第36話:牛乳かけて乾燥機の中に入りますね

 ギルドを離れた僕達は、市場に買い出しに来ている。


 残りの依頼の処理は、不死鳥フェニックスにすべて任せることにした。

 もうあんな罪悪感を感じたくないんだ。

 料理で忙しいと言えば、喜んで処理してくれると思うし。


 ちなみに、オークジェネラルの肉は固くてマズイらしい。


 それでも、色々な部位(皮・内臓・骨)が有効活用できるため、希少な素材ばかりでギルドは嬉しいそうだ。

 しかも、アイテムボックスで大量に運べて腐らないから、ギルドの利益はウハウハ。

 一気に出しても捌けないから、定期的に卸すことになったよ。



 今回の買い出しは、『野菜の追加購入』と『新しく欲しい食材』を買っていく。

 極・癒しニンジンは多く使いそうなので、余分に買うことにする。


 追加で買った野菜はいつもの場所にあったから、すぐに購入することができた。

 相変わらずスズの豪快な買い物で、爆買いをしている。


 でも、新しく買いたい野菜が見当たらない。


「きゅうり、レタス、ほうれん草は売ってないの?」


「その3つは人気がない。だから、少し離れた場所に売ってる、こっち」


 市場から少し離れた八百屋さんのようなお店に連れてきてくれた。


『きゅうり2本-銅貨1枚

 イノセントきゅうり2本-銅貨3枚

 ピュアきゅうり2本-銅貨5枚』


「オジサン、ピュアきゅうり100本」


 わかるよ、スズ。

 僕も32年間ピュアだからね。



『レタス1個-銅貨1枚

 小悪魔レタス1個-銅貨3枚

 小鬼レタス1個-銅貨5枚』


「オジサン、小悪魔レタス100個」


 スズみたいな子が小悪魔テクニックを覚えないで欲しい。

 可愛すぎて、鼻血が出ると思うから。



『ほうれん草1束-銅貨1枚

 エレガントほうれん草1束-銅貨3枚

 チャーミングほうれん草1束-銅貨5枚』


「オジサン、チャーミングほうれん草100束」


 確かにスズはエレガントというよりチャーミングだよね。

 エレガントなのはアカネさんのボディだ。

 僕はどっちも好きだけど。



 帰る途中に肉屋さんを見つけたので、立ち寄ることにした。


「オーク肉いっぱいあるのに、肉を買うの?」


「お肉屋さんにしかできない処理があるんだよ。こういうウィンナーとハムは、買っておいて損はない。いや、買わないと損をするお肉だ」


「ハッハッハ、子供なのによく知ってるな」


 お肉屋さんの主人が現れた。

 店の肉を褒められて嬉しそうだ。


「オジサン、このウィンナーって在庫何本ありますか? あと試食はできますか?」


「今あるのは100本くらいだな。時間さえくれれば何本でも作るけどな。ほれ、これが試食用のウィンナーだ」


 試食用ウィンナーを食べる。


 パリッ


 さすが肉の専門店、パリッとする皮がたまらないね。

 スズも「なかなかやる」と言っている。


「このお店のウィンナーはすごくおいしいですね。だから、大量に欲しいんです。できれば明日の朝に1,000本ほど。ハムはこっちの大きな塊を丸々1つ」


「1,000本?! じょ、嬢ちゃんたち、お金は大丈夫なのか? 今まで1,000本も一気に頼まれたことはないぞ。ハムもこの塊だと金貨5枚はする。それにウィンナーも1本銅貨1枚だ、1,000本だと金貨10枚になるぞ」


「金ならある」


 スズが先払いをすると、肉屋のオジサンは受け取った金貨をマジマジと見て驚いた。


「……わかった、疑ってすまなかったな。明日の朝までに意地でも作ってやる」


 肉職人にスイッチが入ってしまったようだ。

 やる気満々になったオジサンを置いて、家へ帰っていく。


 家に着くと、早速料理を作り始める。

 猛獣どもはよく食べるからね。

 大量に作ってアイテムボックスにしまっておきたい。


 スズは「やることないから寝る」と、もう一度眠りにいったよ。


 まず午前中は『ポテトサラダ』を作って、昼からクッキーを作ろうかな。

 前の『極・癒しニンジンとダイナマイトじゃがいも』だけの、寂しいポテサラは嫌だから。


 1.ダイナマイトじゃがいも茹で、茹で終わったら軽く潰す

 2.ときめき卵のゆで卵を作る。

 3.極・癒しニンジン、ピュアきゅうり、ハム、ゆで卵を細かく切って、きゅうりは水気を切る。

 4.全てをマヨネーズと混ぜ合わせば完成


 ずっと作り続けていると、早くもお昼ごはんの時間になってしまう。

 眠そうなスズがノソノソと起きてくる。

 そして、机の上に置かれたポテトサラダを見て、大きく目を開いて驚いた。


「ポ、ポテトサラダが進化している……だと?!」


 かつてないほど目がキラキラしている。

 ポテサラによだれを入れないでね。


 でも、僕の目もキラキラしているよ。

 君は相変わらず薄着だからね、ありがたい。

 最近は刺激的な毎日を送っているから、少しずつ耐性がついてきたんだ。


 ……谷間はまだ直視できないけど。


 目の保養をしてくれるスズには、感謝の味見をさせてあげようと思う。

 すごい懐いてくれてるし、猫のペットを飼っているような気分だよ。


 出来上がったポテトサラダをそのまま食べても面白くはない。

 パンをトーストして、その上にポテトサラダを乗せて差し出す。


 受け取ったスズは、早くも嬉しそうな顔をしている。

 きっとこれは、「むほっ……」で喜ぶパターンだ。


「こ、これが……本当のお姿」


 なぜかポテトサラダに対して、敬語になり始めた。

 でも、そういうノリは嫌いじゃない。

 普段何気なく食べているけど、ポテトサラダは色とりどりで綺麗だ。


 ニンジンの橙色、きゅうりの緑、ハムのピンク、イモとマヨネーズの白さ、ゆで卵の黄色。

 受け取ったスズがうっとりしてしまうのも、無理はない。


「これが本来のポテトサラダの姿だよ。万人に愛されて、今もなお魅了し続ける魅惑のサラダさ」


 どうやらスズは、完全に魅了されているようだ。


 さぁ、お食べ。そして感想を教えてほしい。

 君のリアクションが嬉しくなってきたからね。

 むしろ欲しいんだ、君の意味の分からない奇声が。


 魅了されたスズは、何も考えずに口へ運んでいく。


「ほあ……?! ま、まさかこれほどとは……」


 ほあパターン。新しいね。


「一目見た時からおいしいとわかっていた、わかっていたはずなのに……。ポテトサラダに魅了され、すべてを飲み込まれてしまった」


 悔しそうな言葉を言っているけど、とてもおいしそうに食べているね。

 そういうところが愛しくてたまらないよ。


 スズが食べてる間に、『ポテトサラダのサンドウィッチ』を作る。

 トーストしていない食パンに、小悪魔レタスとマヨネーズ、ポテトサラダを挟む。

 ただそれだけ。


 食べ終わったスズに、今度は『ポテトサラダのサンドウィッチ』を手渡す。

 迷うことなくパクリと食べ始めた。


「ポテサラ様の顔が、お変わりになった?! レタスが入って、パンを焼いていないだけなのに。こんなにも優しいお味になられて……」


 ポテトサラダに様付けして敬語で話すのは、世界中で君ぐらいだよ。


 食べ終わったスズは、残っていたポテトサラダに一礼をして、昼寝へ戻っていった。

 ギルマスじゃないけど、本来は大変な依頼だったからね。

 何もない時はぐうたらして過ごして、気を休めてほしい。


 僕もサンドウィッチを食べた後、午後からはクッキーを作っていく。

 スズだけじゃなくて、リリアさんも楽しみにしているはずだし。


 生地をたくさん作ったら、どんどんとオーブンで焼いていく。

 4つの魔石オーブンからクッキーの香りが広がり、家全体を包み込む。


 クッキー作りの醍醐味は、焼き時の良い香りだと思うんだよね。


「クッキーの匂いで起きた」


 気が付けば、スズが眠そうな顔で立っていた。

 せっかくゆっくり寝てたのにごめんね。


「クッキーは焼かないとできないから、許してね」


「うん、良い匂い」


「焼いた後1回冷まさないと形が崩れちゃうから、すぐに食べられないからね。出来上がった物をすぐ食べようとしないでね」


「早く食べたい」


 我慢してください。


「スズは前からクッキーが好きだったの? 王都にはクッキー食べられるところがあるんでしょ?」


 ヴェロニカさんが取り寄せて食べてたって言ってたし。


「食べたことはあった。でも、そこまでおいしいと感じなかった。タツヤのは違う、至高のクッキー」


 スズに褒められるのは悪くない。

 嘘ついたり誤魔化したりするのが下手な子だから、おそらく本音だと思う。

 ストレートに「好きです」とか言ってくれたら、僕はすごい頑張っちゃうよ。


「良い匂い。しばらく見てる」


 近くにいてくれた方が寂しくないから嬉しいよ。

 話し相手にもなってもらえるし。

 薄着でミニスカートも最高だし。


 ……きょ、今日はピンクなんだね。何の色かは言えないけど。

 グッ、初心うぶな心が発動してしまった。ドキドキする。


「ちょっと変なこと聞いてもいい?」


「なに?」


「スズは家だとミニスカートだよね、かなり薄着だし。可愛いとは思うけど、そういうファッションが好きなの?」


「ファッションに興味はない。神獣様と契約してから火魔法が強くなりすぎた。それから暑がりになった」


 暑がりで薄着、最高ですね。

 僕は寒がりなんで、温めてもらってもいいですか?


「リーンベルさんとスズは見た目が似てるけど、性格とかファッションは全然違うもんね」


「うん、お姉ちゃんはお姉ちゃんっぽい。でも、食の好みはだいたい同じ。好きな人も同じ」


 はい、タイム。

 タイムアウトを要請します。

 総員戦闘態勢を取れ。


 ちょっと待ってくださいよ。

 すごい重要な案件をぶち込みませんでしたか?

 言いましたよね、好きな人が同じと……。


 スズさん、あなた好きな人がいたんですか?

 そんな思わせぶりな服装して、家に連れ込んで、玉の輿みたいにお金を出してくれてるのに、ちゃっかり狙ってる人がいるって、どういうつもりですか。

 ヒモ男を捨てないで下さいよ!


 しかも……リーンベルさんもですか?

 僕の心はグシャッと踏み潰され、クッキーのようにボロボロと崩れ始めているよ。


「スズさん? その、スズさんもリーンベルさんも、好きな方とかいらっしゃったんですか?」


「お姉ちゃんは鈍感だから気付かない。可愛くて仕方ないって思ってるだけ。恋愛感情がわからないと思う」


「ス、ス、ス、スズさんは敏感なんですか?」


 お、お、落ち着けよ、自分。

 どどどど、ど、どど、動揺しすぎだろう。


「ハイエルフを調べるために本をいっぱい読んだから。恋愛の本もたくさん読んだ。付き合ったことはないけど、冒険者として色々な人とも接してきた。だから、それなりにわかる。他人の恋愛感情も、自分の恋愛感情も」


「お、大人っすね」


 いいな、スズに好かれている人。

 一途だろうし、世話好きだし、頼りになるし、しっかり者だし、ルックス抜群だし、薄着だし、金持ちだし。

 新しい料理だした時の「ふぉぉぉぉぉ」が可愛いし。

 クソ、なんか早くもふられた気分だ。

 しかも、リーンベルさんまで一緒の人が好きだと?!


 なんだその贅沢なやつは!! 許せん!!


 全身に牛乳かけてから乾燥機にぶち込んで乾燥させてやりたい。

 臭くなれ! 臭すぎて嫌われてしまえ!


「そう? 3人とも両想いじゃないの? タツヤは違った?」


「え? 僕?」


「お姉ちゃんのこと好きでしょ? 私のことも好きでしょ? 私も好きだよ」


 ………。



 全身に牛乳かけて乾燥器の中に入ってきますね。

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