第37話:初めての両想い

「どうしたの? 私達、両想いだよね?」


 ちょっと待って! ちょっと待って!

 初心うぶな心が心臓を鷲掴みにしてきて、痛い。

 称号なのに嫉妬しないでよ。

 僕も大パニックしてるんだから。


「ちょ、ちょっと待って。混乱しすぎて心臓が痛いから。あっ、クッキーが焼き上がったから待ってね」


 クッキーよ、もうちょっと焦げずに焼かれていてくれ。

 『兄貴、もう限界っすよ』みたいな感じで焼き上がらなくていいんだ。

 今は大事なところなんだよ。

 なんで少し焦げてるの? 焦げてるところも好きだけど。


 いったいどうなっているんだろうか。

 彼女いない歴32年、女性との肉体関係を待ち続けた【悲しみの魔法使い】だぞ。

 自慢にならないけどさ。

 そんな僕をスズさんは拾ってくれるというのか?


 ちょっと恥ずかしいけど、スズはこんなことを冗談で言う子じゃない。

 自信はないけど、正面からぶつかってみよう。


「ス、スズさん。ちょちょちょちょ、ちょっといいですか?」


 ど、どど、ど、動揺するなって。

 おお、お、おお落ち着けって、田中。

 田中って誰だよ。


「なに?」


「その……本当に僕のことが好きなんですか?」


「好きだよ?」


 痛い痛い痛い、初心うぶな心が心臓を握りつぶしてくる!

 君はドキドキさせるのが役目じゃないのか!


 ……お、おう。ドキドキしてきた。

 『ごめんね、つい間違えちゃった。てへ』みたいに対応してくるんじゃないよ。

 称号のくせに。


 ダメだ、今度はドキドキしすぎてスズさんを直視できない。

 嬉し恥ずかしで目線を反らしてしまい、視線を下に向ける。


 ダメだ! 下を向くとスズさんの魅力的な太ももがお目見えになっている。

 それはそれでドキドキする。

 横向きじゃないと話せない。


「そうだったんですね。あの、こういうの初めてで……。ど、どうしたらいいですか?」


「普通でいい」


 普通ってなんですかー!

 その普通がわからないんですけどー!

 スズさんは15歳で僕の半分しか生きていないのに、なんでそんなに冷静なんですかー!


「い、いつから……ですか?」


「最初から。タツヤもそんな感じだったよ?」


 出会った時は……可愛すぎて魅入ってしまったっけ。

 僕は最初からスズの独特な雰囲気にやられてたのか。


 よく考えたら、この前の依頼の時にも「ビビっときた」とか「恋」とか言ってたよね。

 てっきりタマゴサンドのことだと思ってた。

 僕はタマゴサンドと恋愛を勘違いしていたのか。

 どれだけ恋愛音痴なんだよ、僕のバカ!


 それに好きでもない男と一緒に住まないよね。

 でも、リーンベルさんも僕のことが好きなの?

 「寝顔みたい」とか「寝顔可愛い」とか言ってくれるし、この前の依頼でも心配してくれた。

 てっきり子供好きだからだと思ったのに。


 もしかして……姉妹で僕を挟み込んでくれる展開になるのかな。

 姉妹サンドウィッチじゃん。

 以前マールさんに言われた通りになりそうだよ。

 あの人は預言者の才能があるかもしれない。


「私もお姉ちゃんと一緒がいい。お姉ちゃんとタツヤと3人で幸せになりたい。でも、お姉ちゃんは鈍感だから、がんばってね?」


 薄着でミニスカートを履いた女の子と2人きりになったら、姉妹サンドウィッチを要求された件について。

 スズさんはなんて最高なことを言ってくれるんだ。好き。


「えっと、僕もスズさんが好きですよ。スズさんの独特なペースで引っ張られるの好きですし、一緒にいると安心しますし、可愛いですし。あの、クッキー食べますか?」


「食べる」


 食べられるくらいまで固まっているクッキーを渡してあげる。

 コーヒー牛乳も一緒に渡してあげる。


「……頭、撫でてもらってもいいですか?」


 クッキーを食べながら、スズは頭を撫でてくれた。

 やっぱり心地いい。

 初心うぶな心が僕をとろけさせてくる。

 ずっと頭をナデナデされたい。


 ……またクッキーが焼き上がってしまった。

 良いところなのに、さっきから君たちは我慢できないのかな。

 でも、スズと最初に出会った時にクッキーは大活躍だったからね。

 君たちには敬意を表そう。


 って、またちょっと焦げてるじゃないか。

 なんだか『ちゃんと焼き具合見てくれないからじゃん』って、言われてる気がする。

 それについてはごめん。

 スズさんと甘い時間を過ごしたかったんだ。

 素直に謝罪するよ。


 焼き上がったクッキーを冷まし、再度オーブンで焼いていく。

 買ってもらった魔石オーブンがフル稼働だ。


 スズさんに貢いでもらった物で、スズさんに貢ぎ物を作る。

 そして、頭をナデてもらう。

 実に良い関係だ。


「あっ、夜ごはん食べられなくなるまで食べちゃダメだからね?」


「わ、わかってる」


 絶対わかってなかったよね。

 君が目を反らすときはウソをつくときだ。

 わかりやすくて助かるよ。


「また夜ごはんの後に出してあげるから」


「わかった」


 スズはもう一度昼寝をするために、ベッドへ向かっていった。

 1人になった僕は、残りのクッキーを焼いていく。


 全てのクッキーを焼き上がったので、夜ごはんに『金タマネギのみそ汁』を作ろうかな。

 スズさんと僕の甘い恋を、金タマネギの独特な甘さで表現しようと思うんだ。

 愛情という、甘いスパイスでね!!


 ……いけない、これは重症だ。


 32年間も両想いを待ち続けたことで、完全に危ないやつになっている。

 口に出したら引かれるし、絶対に嫌われる。

 この危ない思考は全て料理に注ぎ込み、決して口に出さないと誓おう。


 いったい好きってなんだよ。

 たったの2文字の言葉で、ここまで人は有頂天になるのか。

 なぜ自然とスキップをしてしまうんだろう。


 浮かれた気分のまま、順調にみそ汁を作っていき、味噌を溶かして味見をする。


 おい、今日の『金タマネギのみそ汁』がいつもより甘いぞ。

 本当に愛情というスパイスは入れてしまったのか?


 いや、そんなはずはない。

 もっと落ち着けよ、浮かれすぎだ。

 浮かれすぎて味覚が狂ってしまったのかもしれない。


 こんなに舞い上がっちゃダメだ。

 32年目でようやくつかんだチャンスだろう。

 このチャンスを逃したら、もう永遠にやってこないんだぞ!


 しっかりしろ! しっかりするんだ、自分!



 なんとか自分の心が落ち着いた頃には、日が沈みかかっていた。

 外は少し暗く、もうそろそろギルドも閉まる時間。


 スズを起こしてギルドに向かお……、もうすでに起きてたわ。

 椅子に座って箸を持ち、『ごはん、はよ』って顔で見てくる。


 この子は僕が好きなんじゃなくて、僕の料理が好きなんじゃないの?

 聞いてみたいけど、「それもある」と言われそうなので、聞かないことにする。

 今のスズの目はキラキラと輝いているからね。


 自分の料理に嫉妬する時点で僕は相当やばい奴だな。

 不死鳥フェニックスと夜ごはんを食べるため、ギルドへ向かって歩いていく。


 ギルドに入ると、すでに不死鳥フェニックスの4人は椅子に座って待っていた。

 深刻な雰囲気で、4人とも激しく貧乏ゆすりをしている。


 シロップさんとリリアさんは、そんなことをしないでほしい。


「何かあったんですか?」


「うおっ?! ついに来てくれたか!」


「待ってたよ~」


「歓喜」


 ザックさんも、うなずいている。

 まさかのごはん待ちだった。


「ギルドが閉まってからですよ。先にテーブルと椅子、お皿の準備をしてもらってもいいですか?」


 さすがAランク冒険者達だ。

 一瞬で目の前から4人が消え、無駄に高い身体能力を発揮していたよ。


 リーンベルさんの元へと向かう。


「あと10分くらいで閉めるから、もうちょっと待っててね。それと不死鳥フェニックスの4人に、日が沈んでから来るように言ってもらっていい? 午前中からあそこに座って、ずっと貧乏ゆすりしてたから。重々しい雰囲気で声がかけれなかったんだよ?」


 どれだけ楽しみだったんだよ!

 昨日1人1キロ以上も食べてたのに。


「わかりました。なんかすいません、ご迷惑をおかけして」


 ギルドが閉まる時間まで3人で一緒に待ち、裏庭へ向かう。

 裏庭では不死鳥フェニックスのメンバーが、ルンルン気分で待っていた。


 カイルさんは、ナイフとフォークを使ってエアーで肉を食べている。可哀想な人だ。

 ザックさんは、真顔のままスキップしている。ドン引きだ。

 シロップさんは、ケンケンパをして遊んでいる。一緒に遊びたい。

 リリアさんは、スクワットをしている。一緒に鍛えたい。


 この異様な風景を見て、僕は思った。


 こんな変人達と一緒に夜ごはんを食べたくない! 今すぐ帰りたい!

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