第38話:ソースとは悪魔である

「食事を始める前に連絡事項があります。不死鳥フェニックスの皆さん、日が沈んでからギルドに来てくださいね」


「グッ、俺たちもそのつもりだったんだ。しかし、朝ギルドで依頼の処理をしていたら、つい思い出しちまったんだ。あの味を!」


 カイルさんは豪快に肉を食べ始めた。エアーで。


「ギルドに迷惑がかかるようなら、中止にしますからね」


「以後気を付けます」


 物わかりのいい大人は好きだよ。

 スキップで喜んでたザックさんのウィニングランが終わったところで、早速始めようと思う。


「今日は昨日のやり直しをしようと思います。また、オーク肉を塩と胡椒で焼いていきます。今日はナイフも使って、落ち着いて食べてくださいね」


「大丈夫だ、昨日みたいにはならない」


 カイルさん、信じるからね。

 あなた一応リーダーなんですから。


「あとは昨日と同じセルフサービスにします。右側には『金タマネギのみそ汁』を、左側には新しい料理『ポテトサラダ』を置きます」


 みんな血走った目で頷いている。


「取り合ってこぼしたりしないでくださいね。もし見つけたら、中止にしますから」


 僕はパンをテーブルの真ん中に置いて、最初だけポテトサラダとみそ汁を入れて渡していく。

 初めて見るポテトサラダに、不死鳥フェニックスは驚愕の表情を浮かべる。


「芸術」


 ポテトサラダで美を感じてしまうリリアさん、感性が高いね。


「なんだ、このフォルムは! なんで食べていないのにうまいとわかるんだ」


 知りませんよ。ポテトサラダ見ただけで、震えだすのはやめてください。


「たっちゃ~ん。極・癒しニンジンが泣いて喜んでるよ~」


 ニンジンの表情が本当にわかるんだろうか。

 それでも、1番喜んでいるのはあなた達だと思いますけどね。


「あ、あのポテトサラダが……進化している?!」


 さすが姉妹ですね。リアクションが似てる。


「あの時は材料足らなくて未完成だったんですよ。今日買い足してきたので、こっちがちゃんとしたポテトサラダです」


「お姉ちゃん、油断しないで! 私はお昼に味見をした。油断などしていなかった。それなのに、その上を超えてきた。このポテトサラダは、強力な魅了スキルを持っている!」


 その言葉に会場は静まり返った。


 料理を視覚で楽しむという考えは、この世界に存在しないんだろう。

 だから、料理に魅了スキルを使われたと勘違いしているはず。

 色とりどりの野菜が含まれるポテトサラダは、この世界では斬新すぎる見た目だから。


「「「 ……… 」」」


 誰も食べようとしない。

 みんなお腹が空いているはずなのに、魅入ってしまっている。

 少しずつでいいから食べ進めてほしい。

 料理を出したのに食べ始めてもらえないと、微妙な気分になるよ。


 僕はオーク肉を切り分け、塩と胡椒で味付けをして焼き始める。

 すると、一度食べたことのあるスズを筆頭に、ポテトサラダとの戦いが始まる。


 1番手はスズ、「うっ。さすがポテトサラダ様。おいしい」

 食べるのが2回目だから冷静だね。


 2番手はリーンベルさん、「はぅ! 油断……してなかったのに」

 ときめき卵も使ってるから、ときめいたのかな?

 どうせならもっとキュンキュンさせたかったよ。


 3番手はリリアさん、「……敗北を認める」

 強者に勝てたことが嬉しいよ。


 4番手はシロップさん、「ニンジン様が~ニンジン様が~」

 シロップさんが極・癒しニンジンで癒されているようだ。

 また艶やかになって覚醒し始めた。

 でも、食欲まで覚醒しないでね?


 5番手は同時でカイルさんとザックさん。


「グッ、侮っていたというのか?! 油断をしていたつもりはなかったというのに。想像の3倍を軽く超えてきやがった。なんだこの、酸味とうま味の絶妙な味付けは!!」


 マヨネーズは初めてでしたね。

 とはいっても、2人で男泣きして食べるのはやめてください。


 一度ポテトサラダを口にすると、それぞれ自分のペースで食べ進めていった。


「タツヤくん、金タマネギのみそ汁も味付け変えた?」


「変えてないですよ」


「そうかな。なんか今日の甘みが増してる気がする」


「私も思ってた。甘みがアップしてる。腕を上げたのかもしれない」


 ご、ごめんなさい。

 それ多分、僕の重い愛情のせいです。

 恋という名の重いスパイスが入ってます。


「たっちゃん、みそ汁おいしいね~。誰かを想うような匂いがするよ~。いったいどんな隠し味を入れたのかな~?」


 バ、バレてるの? 獣人の嗅覚すごすぎるぞ。

 しかし、これで愛情というスパイスが存在することが証明された。

 今度ニンジン料理作る時は、シロップさんへの愛情をぶち込むね。


 すっごい勢いでクンカクンカしてもらえそうだから。



 その後、肉を焼いて出しても、昨日のようにはならなかった。

 フォークとナイフで切りながら、一口ずつ落ち着いて食べ進めていく。

 これぐらいで食べてくれれば、僕も嬉しい。

 やっと親睦会らしく、会話と食事を楽しみ始めてくれたよ。

 ……僕は料理を作ってばかりだけど。


 その時だ。


 カイルさんが「なんでパンとも肉ともポテサラは合うんだよ」と発見したことで、みんなの食べる量が増えた。

 余計な発見はしないでほしい。


 その事実を知った1人が、暴走して猛獣へと生まれ変わった。

 言わなくてもわかるだろう、リーンベルさんだ。


 パンにポテサラと肉を挟んで食べ始めたんだ。


 これはダメだと思って止めようと思った。

 でも、おいしそうに食べるリーンベルさんが可愛すぎる。

 とても良い笑顔で幸せそうなんだ。


 こんな天使の笑顔を奪うことはできない。

 後でもう1度反省会をしようね。

 今はゆっくりお食べ。


 すると、『あんなに食べてるなら俺たちもいいよな』的な雰囲気になってきた。

 完全に昨日の再現VTRみたいな状態になっている。

 唯一、小食のリリアさんだけは食べ終わっていた。


 こうなってくると、さすがの僕もヤケクソだ。

 そんなに食べたければ、苦しくなるまで食べさせてやろう。


「みなさ~ん、ボーナスタイムに入りま~す。実はこのポテトサラダとオーク肉に、少しだけソースをかけると生まれ変わります。味が変わるとおいしさもアップしますよ~。試しにリリアさん、ちょっとだけ付き合ってください」


 食べ終えているはずのリリアさんに、あえて協力を依頼する。

 少しだけポテトサラダをよそって、ソースを適量かけて差し出す。


 リリアさんは迷わない、すぐ食べ始める。


「……奇跡!!」


 お腹いっぱいのはずのリリアさんは、思わず自らポテトサラダをおかわりしてしまう。

 そっとスキル【調味料作成】で作ったソースを小瓶に入れ、テーブルに置いていく。

 途中で味を変えるという衝撃的な行為は、この世界では革命的な発想だった。

 そのため、喜んでソースをかけ始め、再び食事を再開していく。


 みんなの食べる量とスピードが、さらに増えた。

 肉もさらに焼くことになる。

 それでも心の中でガッツポーズをする。


 さぁ、止まらないおいしさに食べ過ぎて苦しむがいい!



- 親睦会開始から90分経過 -



 リーンベルさんが40枚目の肉のおかわりをしたところで、さすがにドクターストップだ。


「リーンベルさん、これで最後ですよ」


「は、はい……すいません」


 昨日怒られたことは覚えているんですね。

 それなら構いませんよ。

 後で反省会はしますけどね。



 40枚目の肉をリーンベルさんが食べ終えたところで、食事会は終わった。

 明らかにみんな食べすぎている。

 どれくらいかといえば、リーンベルさん以外は動けないほど。

 背もたれに深く持たれるものもいれば、芝生の上で大の字になっている人もいる。


 僕は1人で後片付けをして、反省会を開く。


「さて、反省会をしましょうか」


「待ってくれ……。食いすぎて、しゃべりたくない」


「昨日言いましたよね? 食べすぎないようにって、言いましたよね?」


「ポテトサラダはダメだよ~。神様に供える料理だよ~」


「私もそう思う。ポテトサラダは完成された最強の芋料理。それに、あのソースがいけない。なんであんなに……うっ。最強から最強へ生まれ変わったのか」


 リバースはしないでね。

 いくら可愛くても、僕は掃除したくないよ。


 ザックさんは、うなずけないぐらいに限界だった。


「タツヤくん、あのソースはダメだったと思うの。あれは悪魔よ! 悪魔のソースよ! 許してもらえるなら、私はあのソースに浸りたい」


 やめてください。

 許可するわけがないでしょう。

 ソースに浸っても美肌効果とかありませんから。


「動けなくなるまで食べすぎるのは、体に悪いですよ。みなさん立派な冒険者なんですよね? このタイミングでスタンピードが起きたらどうするんですか? 魔物がいきなり襲ってきたらどうするんですか? 体調管理も冒険者の仕事ですよ」


「……そ、その通りだ、すまん」


 そうなるようにソースを取り出したのは僕ですけどね。

 ちょっと腹が立ったんだ、許してほしい。


「怒らないで聞いてほしい。私はおかしい、自分でもわかってる。クッキーを少しだけ食べたい」


「お預けです!」


「そ、そんな……」


 リバースしそうな人には上げませんよ。

 おかしいとわかってるなら、我慢してください。


 それから1時間休憩して、のそのそと帰っていく。

 Aランク冒険者たちがお腹を押さえて帰る姿は、少し情けなかった。


 ……ちょっとやりすぎたかもしれない。


 お腹いっぱいのスズをリーンベルさんと2人で支えながら、家へ帰っていく。

 家に着くとスズはベッドに倒れこみ、仰向けで『大』の字になった。


 本当に限界まで食べたんだろう。

 さすがのリーンベルさんも、今日は満足そうな笑顔だ。


 パンとポテトサラダのダブル炭水化物を誰よりも食べている。

 オーク肉200gを40枚と、金タマネギのみそ汁20杯をたいらげ、怪物っぷりを発揮した。


「私は久しぶりに腹八分目だよー」


「なんで満腹じゃないんですか!」


 人の領域を超えてますよ。


「私だって最初は抑えてたんだよー? でも、カイルさんがポテサラにパンと肉が合う、とか言うんだもん。それに、タツヤくんだってソース出すんだもん。あれがダメだったんだもん!」


 なんで言い訳するときだけ『だもん』付けるんですか。

 相変わらず可愛すぎますよ。

 そういう癖があるんなら、メモして残しておきますね。


「明日は気を付けてくださいね」


「は……はい」


 なんで目線を反らすんですか。

 努力はするけど多分食べます、と言っているようなもんじゃないですか。


 明日はホットドッグを出す予定なんだけど、本当に大丈夫かな……。

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