第35話:ふ~ん。という言葉責めについて

 僕の朝はリーンベルさんのほっぺたツンツンで始まる。


 一緒に住むようになって、毎朝起こしてもらうのが楽しみなんだ。

 天使の微笑みで起きるなんて、最高に贅沢な朝だと思う。


 でも、今日は起こしてもらう前に目が覚めてしまった。


「ツンツンされたい、寝よう」


 目を閉じると、すぐに足音が聞こえてきた。

 2度寝する前にリーンベルさんが来てしまうなんて……。


 待てよ? ツンツンしても起きなかったら、どうやって起こしてもらえるんだろうか。


 天使のキスで起こしてくれるかもしれない。

 天使のハグで起こしてくれるもしれない。

 天使の甘噛みで起こしてくれるかもしれない。


 妄想がしぶるぜ。


 妄想しているうちに、リーンベルさんが部屋の扉を開けてしまった。

 絶対に起きないと心に誓い、目を閉じたまま耐え抜くことにする。

 天使のキスで目覚めるお姫様のような役柄を演じるんだ。


 リーンベルさんのほっぺたツンツン攻撃が開始する。


 ツンツン ツンツン ツンツン

 効果は抜群だ。だが耐える。


「あれ? 起きないなー」


 囁くように言わないでほしい、ドキッてするから。

 女性の囁き声って、胸にグッと来るものがあるよね。

 早くも初心うぶな心の影響で、心臓の鼓動が高鳴っていくよ。


 すると、リーンベルさんの鼻トントン攻撃が開始された。


 トントン トントン トントン

 効果は抜群だ。だが耐える。


「ふ~ん。起きないんだー。ふ~ん」


 鼻トントンで起こす人っているのかな。

 異性の鼻を触る機会なんて、普通はないと思うんだけど。

 小さい子供の面倒を見るときに、鼻水を垂らした時ぐらいかな。

 さすがの僕でも、自分の鼻水は自分で処理するよ。


 そんなことを考えていると、リーンベルさんの乱れ撃ち攻撃が開始された。


 トントン ツンツン ツントンツントン ツントントン

 効果は抜群だ。だが耐える。


 鼻トントンとほっぺたツンツンの合わせ技はやめてほしい、笑いそうになる。

 変なリズムを刻んでくるから、余計に気になってしまう。

 早くキスで目覚めさせてほしい。


 フーーーー


「うわぁーーーー?!」


 まさかのリーンベルさんによる耳フーーー攻撃が行われた。

 卑怯だ、声を出さずにいられないじゃないか。

 急所に当ててくるなんてずるい。

 でも、ありがとうございます。

 も、もう1回『フー』してください。


「ねぇ、今日は起きてたよねー?」


 なぜバレているんだ。

 僕の演技は完璧だったはずなのに。


「い、いま起きたところですよ?」


「ふ~ん、そうなんだ。いつもはほっぺたツンツンすると、だらしない顔で喜ぶんだけどなー。でも、今日は我慢してたんだよね。最初から起きてたんじゃないかなー?」


「そ、そんな寝てる時のことはわかりません。動かない日もあると思いますよ」


「ふ~ん。本当は?」


「……起きてましたけど」


「ふ~ん。お姉ちゃんに起こしてもらうのが楽しみで待ってたんだー。すぐ起きないように我慢してたんだー。ふ~ん」


 やめて! 僕の心を読み解くような言葉責めはしないで。

 言葉にされると恥ずかしいから。


「恥ずかしいんで、言葉にするのはやめてください」


「ふ~ん。お姉ちゃんに起こしてもらうの楽しみなのは否定しないんだー。ふ~ん」


 そういってリーンベルさんは去っていった。

 大食いポジションから、お姉ちゃんポジションを取り返しに来たみたいだ。

 しかも、いたずらっぽくする新しいパターン。


 それはずるい! そのお姉ちゃん属性、僕は大好きです!


 朝から『耳フー攻撃』と『ふ~んによる言葉責め』で、テンションがMAXになった。

 このエネルギーをすべて料理に注ぎ込むため、急いでキッチンへ向かう。


 思い出すだけで心臓はマシンガンだ。

 初心うぶな心が発動し、ドドドドドドドと高速に拍動している。


 すごい勢いで朝ごはんを作る僕。

 それを遠目で見守るリーンベルさん。


 ドドドドドドドドド


 見つめられる視線を背中に感じるだけ、興奮してしまう!

 なぜ僕はリーンベルさんに見られているだけで、心臓が狂いそうになっているんだ!

 もっといたずらされて、「ふ~ん」って上から目線でマウントされたい!


 クソッ、気が付けば短期間でタマゴサンドを異常なほど作ってしまった。

 いつもの3倍の速さで料理していたみたいだ。

 これがリーンベルさんの狙いだったのか、策士め。


 出来上がった朝ごはんをテーブルに並べていく。

 すると、寝ていたはずのスズが一瞬で飛び起きてくる。

 まるで競争を始めるようにして、2人の爆食が始まった。


 2人が食べている間もタマゴサンドを作り続ける。

 リーンベルさんが気になって、一緒に朝ごはんを食べられる状況じゃないんだ。

 まさか『耳フー』と『ふ~ん』ごときで、これほど心が乱されるとは。


 タマゴサンド作りがしぶるぜ。


「タツヤくん、今日は一緒に食べないの? やけにタマゴサンドばかり作ってるよね」


 だ、誰のせいだと思っているんですか。


「タマゴサンドを作りたい年頃なんですよ。今日は1日料理とお菓子を作ることにしてますし」


「ふ~ん。そうなんだ。ふ~ん」


 やめて! 『ふ~ん攻撃』はやめて!

 クセになっちゃうからーーー!


 料理を作るスピードが5倍になった。


 朝からスズは8人前、リーンベルさんが25人前を食べた。

 ちなみに、リーンベルさんはお腹がいっぱいになったわけじゃない。

 仕事に向かう時間になったため、25人前で切り上げたんだ。


 後片付けをしてから、ギルドへ3人で一緒に向かう。

 依頼を受けるつもりはないけど、オークの引き渡しがあるからね。


 ギルドに着くと、マールさんとアカネさんが出迎えてくれる。


「おかえり-、無事に緊急依頼が終わったんだね」


「はい、スズと不死鳥フェニックスのおかげでアッサリでしたよ」


「君たち急いで出ていったでしょ。あれからベルちゃんが大変だったのよ?」


 そういえばリーンベルさん、普段ギルドが閉まっている時間まで残ってたよね。

 自主的に残ってくれてたのかな。


「ちょっとアカネ先輩!」


「ふふふ、ずいぶん心配してたもんね」


「ベル先輩、ずっと半泣きだったんだよ?」


「2人とも! 余計なことは言わなくてもいいの!」


「「は~い」」


 2人がからかっているんだろう。

 顔を真っ赤にして恥ずかしがるリーンベルさん。

 ニヤニヤしているマールさんとアカネさん。


 ずっと見ていたい光景だ。 


「もうー! ショコラは解体場で先に待ってて! ギルマス呼んでくるから!」


 リーンベルさんは足早に2階へ向かっていった。

 昨日出迎えてくれた時も泣いてたから、本当に心配してくれてたんだろうなー。

 その後は、猛獣になって食い散らかしてたけど。


 安心していっぱい食べたってことにしておこう。

 でも気になるから、こっそりとアカネさんに教えてもらう。


「昨日リーンベルさんが夜遅くまでギルドに残ってましたけど、緊急依頼の時はあんな対応になるんですか?」


「なかなか良いところに目がいくようになったわね~」


 はい、あなたのグラマラスボディをいつも見てますよ。

 今日も胸のボタンを飛ばしそうですね。


「ベルちゃんが自主的に残ったのよ。2人が気になって寝れないからって。仕事中も大変だったんだから。大泣きする、ギルマスと喧嘩する、仕事は手につかない。慰めるのにも苦労し……あっ。降りてきた」


 ギルマスとリーンベルさんが戻ってきた。


「あー! アカネ先輩、余計なことを言いませんでしたか!」


「言ってない、言ってない」


「本当かなー、もう! 早く解体場に行くよ」


 アカネさんからいい話を聞けたよ。

 やっぱりリーンベルさんはお姉ちゃんポジションが1番だね。



 解体場に着くと、ヴォルガさんが出迎えてくれた。

 早速アイテムボックスからオークキング・クイーンを取り出す。


「間違いねぇな。オーククイーンとは珍しい。こりゃ本当に街が壊滅していたかもしれねぇ」


「あぁ、早速オークキングを計測しよう。通常よりデカイ気がする」


「測らないと何とも言えねぇがな。これだけデカイんだ、武器は持ってなかったのか?」


「良さそうな斧が2本落ちていたので、持ってきました。多分、オークキングが持っていたと思います」


 一瞬で終わったからね。

 誰が斧を装備してたかわからないんだ。

 相当大きい武器だし、多分オークキングの物だろう。


 2つの大きな斧をアイテムボックスから取り出す。


「これほどの大物とやり合ってるのに、なんで曖昧なんだ?」


 気付けば空を飛んでいたからです。

 シロップさんが一瞬でぶっ飛ばしたんです。


「詳しくは実際に戦ったシロップさんに聞いてください。斧はおそらくオークキングが持っていた、としか僕は言えません」


「私もオークキング・クイーンはやられた後しか見てない。今回の依頼内容は難しかった。皆いつものステータス以上の力を発揮して戦っただけ」


 うん、嘘はついてないね。

 依頼内容は誰もが難しいと思う内容だった。

 やってみると10分で終わったけどね。


 しかし、ギルマスには間違って伝わってしまったようだ。

 オークキング・クイーンをよく観察するように、真剣な顔をしていた。


「極限状態で記憶が曖昧になるほど、力を振り絞ってくれたんだろう。オークキングとクイーンをよく見てみろ。時間をかけて慎重に戦っているような傷はない。イチかバチかの強力な攻撃で仕留めている。おそらくシロップ以外が囮になり、500匹ものオークの群れを引き付けた。キングとクイーンが出てきたところを、シロップが単身で乗り込み、命をかけた捨て身の奇襲攻撃で仕留めたんだ。死ぬかもしれない危険な方法で……。この街を……守るために!」


 ギルマスとヴォルガさんは男泣きだ。


 内容が薄い説明に、ギルマスの脳内で恐ろしい戦いへと変換され、武勇伝とされてしまった。

 本当に中身のない戦いだったから、中身のない発言しかできないんだ、許してほしい。


 ニンジンを食べたウサギが、数分でオークを半分壊滅させましたよって言いたい。

 馬車の旅がワイワイガヤガヤと盛り上がって、楽しかったよって言いたい。

 スリスリとクンカクンカしてもらって、幸せだったよって言いたい。


 現実と間違って伝わりすぎて、変な罪悪感が生まれてきた。


 スズも申し訳なさそうな顔をしている。

 君はふろふき大根を食べて『ゴンゴン響くよ~』って、はしゃいでたもんね。

 食事で1番騒いでたくらい喜んで食べてたもんね。


 そんなスズの顔を見たギルマスは、


「すまない……死闘を思い出させてしまったな。命を懸けた戦いだったんだ、無理には聞くまい」


 思い出したくない記憶と変換されてしまったようだ。

 スズはきっと「楽しいピクニックだった」と思っているよ。


 これ以上は誤解しか生まれない。

 後は不死鳥フェニックスに任せて逃げよう。

 謎の罪悪感が強くなるばかりで、この場所にいたくないんだ。


 解体するべきオーク達を引き渡して、スズと逃げることにする。

 しかし、そんな姿すら間違って伝わってしまったのか、ギルマスは唇をグッと噛みしめて顔を背けた。


「そんなに思い出したくないことだったか、本当にすまない。他に方法がなかったとはいえ、こんな子供たちに重荷と心の傷を背負わせてしまうとは!! 本当にすまなかった! 俺はギルマス失格だ! あの時オークの異変にもっと早く気付いていたら……」


 やめて、そっちの方が心に傷を負ってしまうから。

 楽しい思い出を話したいのに、辛い思い出として伝わり続けてしまう。


 僕たちは走り去って、その場を離れていく。

 スズもいたたまれない気持ちになったんだろう。

 ギルドを離れたら、こう言ってきたんだ。


「オークエリートの肉、もう少し卸してあげてもいいよ」

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