第34話:親睦会の反省会
「ちょっと反省会してもいいですか?」
親睦会の反省会という意味のわからないことを提案する。
不自然なほど、誰も視線を合わせようとしてこない。
みんな食べ過ぎた自覚があるんだろう。
「みなさん、よく思い返してください。食べすぎたな、やりすぎたなって心当たりがある人。挙手」
全員の手が挙がった。
「ですよね」
人が食べる量じゃありませんでしたよね。
クッキーをおかずにしてパンを食べちゃダメだし、ナイフがあるのに肉を食いちぎっちゃダメだ。
普通の人はそんなことをやらないよ。
「俺も食いすぎたとは思っているが、あの味は卑怯だろ。なんだよ、あのスパイシーな味付け。あれだけの量を食べたのに、一切飽きなかったぞ」
ザックさんはうなずく。
「私はこれから1週間、全く同じ味付けでも構わない」
ザックさんはうなずく。
「刺激的でおいしかったよね~。オーク肉の脂っぽさを感じなかったよ~」
ザックさんはうなずく
「美味」
ザックさんはうなずく。
しゃべれないザックさんは共感しまくりだ。
「私はまだ満足していないんだけど。もっと食べさせてほしいなー」
誰も共感しなかった。
さすが大食いのリーンベルさんだ、1人だけ浮いている。
この人の胃袋は別次元だから、いったん無視して話を進めていく。
「今回出したオーク肉の味付けは、焼けばいいだけです。だから、簡単ですぐ作れるので問題はありません。でも、作る予定のオーク肉料理『とんかつ』は手間がかかります。手間をかけた分、今日のオーク肉よりおいしいです。サックサクの衣に、噛むたびにあふれる肉汁、下味のスパイシーな塩胡椒がコッソリと顔を出して、肉本来のうまみを引き出します」
「「「 今日よりも……おいしい…… 」」」
スズ、リーンベルさん、シロップさんは混乱して、体が震えている。
「とんかつはソース、ケチャップ、味噌など、途中で味を変えて食べることができます。つまり、1つの料理で色々な味を楽しめるんです」
カイルさんとザックさんまで、とんかつの潜在能力に怯えて震えだす。
「さらに、パンに挟んで食べるカツサンドは最高においしいです。僕はタマゴサンドよりもカツサンドの方がおいしいと思いますよ」
目をギンッと大きく開けて、リリアさんは驚いた。
「皆さん、想像してください。とんかつを普通のオーク肉ではなく、上質なオークエリートの肉で作ったらどんな味になるでしょうか?」
バタッ
トンカツの味を想像してスズが倒れると、すかさずリーンベルさんが駆け寄っていく。
「スズが味を想像しただけで倒れたわ。どんな料理なのかほとんどわかってないのに。みんな! まだ見ぬ『とんかつ』のことを考えちゃダメよ!」
「とんかつ~……、今日のオーク肉よりおいしい~……」
バタッ
シロップさんも倒れた。
どうして見たこともない料理で、倒れるまで妄想できるんだろうか。
「タ、タタタ、タタ、タタツヤ。お、おお、お、俺たちに何を言いたいんだ?」
カイルさんはわかりやすく動揺していた。
体の震え方が異常で、冷や汗もダラダラと流れている。
本当にAランク冒険者か疑問に思えてくるよ。
「皆さんが1人前しか食べないんだったら、こんなこと言わないんですよ? 今日出したオーク肉1枚で、200gぐらいありました。クッキー、パン、豚汁も食べたの覚えてますよね? 1番小食のリリアさんでも、オーク肉5枚で1キロも食べています」
リリアさんは頭を抱えて震え始めた。
きっと『そんなに食べてしまったのか』という後悔だろう。
女の子が肉を1キロも食べて小食とか、意味がわからないもんね。
「結論として、今の段階でとんかつを作ることはできません。すでに想像しただけで倒れる人もいますから。まずは料理の味に慣れてからにしましょう。大量に作る準備も必要ですし。なので、とんかつによる親睦会は1週間後にします」
全員が無言でうなずいた。
まだ体の震えが止まらないようだ。
倒れているスズとシロップさんも『うん、うん』とうなずいている。
なぜ反応できたんだろうか。
実は起きてるのかな。
「あと、リーンベルさんはちょっとお話しましょう」
「うっ……。はい、すいません」
他のメンバーも『だろうな』って感じで見ているよ。
「とんかつを食べても倒れないように、これから1週間、夜ごはんは裏庭で食べます。簡単な物を用意しますので」
その言葉に、Aランク冒険者は狂喜した。
喜びのあまり、ザックさんとカイルさんは殴り合いを始める。
お互いに嬉しそうな顔で、なぜか相手の顔面だけを狙い撃ちだ。怖い。
リリアさんまで拳を握りしめ、ガンガン机を叩いて喜びを表現している。
無表情のリリアさんが喜びを表現してくれるのは嬉しい。けど怖い。
倒れているはずのシロップさんは、垂れている耳がピーンと伸びた。可愛い。
まぁ、
猛獣みたいに食い散らかしたけど。
まだ2日しか関わってないけど、すごく気を使ってくれていたし。
せっかく冒険者の知り合いができたんだから、親睦会を増やしてもっと仲良くなりたい。
異世界で友達がいないって寂しいからね。
あと、シロップさんにもっとスリスリとクンカクンカをされたい。
- 1時間後 リーンベルさんの家 -
反省会後、とんかつの味を想像して倒れたスズとシロップさんを起こして、それぞれ宿と家に戻る。
リーンベルさんの家に到着した僕は、リーンベルさんと話し合いを行う。
「リーンベルさん、ちょっと話し合いましょう」
「は、はい」
いつも怒る側だったリーンベルさんを、今日は僕が怒る。新鮮だ。
しゅーんとなってるリーンベルさんが可愛い。
もちろん、2人とも正座だ。
「いっぱい食べることは隠しているはずでしたよね?」
「そ、そうなんですが……」
「今日200gのお肉、何枚食べたかご存じですか?」
「えっと、15枚……くらいですか?」
目を反らしながら答えるんじゃありませんよ。
冷や汗が流れてるじゃないですか。
「34枚です」
「うっ。バレてる」
知ってて半分までサバ読んだんですか。読みすぎですよ。
誤魔化すのも下手すぎです。
「だっておいしかったんだもん! すごいスパイシーで飽きがこないんだもん! あれでも我慢したんだもん……」
駄々をこねるリーンベルさんが可愛い。
語尾の『だもん』が卑怯だ。
もっと言ってほしい。
……違う。食べすぎを注意しないと。
「お姉ちゃん、さすがに食べ過ぎ」
そうだ、スズ。もっと言ってくれ。
君もオーク肉10枚、2キロも食べてたけどね。
10枚だったら少ないねって、変な錯覚が生まれてるから許すよ。
「おいしそうに食べてもらうのは嬉しいんです。でも、作るのは大変なんですからね?」
「はい……」
「ちなみに食べようと思ったら、後どれくらい食べられたんですか?」
「ほ、本当のことを言った方がいい?」
そ、そんな上目遣いで言わないでください。
「普段どれくらい作った方がいいのか参考にしたいんです。怒らないので正直に言ってくださいね。肉の枚数みたいにサバを読んだら、明日の朝ごはんは抜きです」
「今からオーク肉20枚、タマゴサンド20人前を食べたいです」
ごめん、理解できない。
目をキラキラさせて言ってこないでください。
なんで『もしかして用意してくれるの?』って、期待の眼差しで見てくるんですか。
出しませんし、さすがに引きますよ。
今までの食事はだいぶ我慢してたんですね。
リーンベルさんの天使+お姉ちゃんイメージが、残念大食いキャラに変わっていくよ……。
「僕が作る前から1人でそんなに食べてたんですか?」
「ホロホロ鳥が手に入った時だけはいっぱい食べてたの。それ以外は1人前を食べてただけだよ。お腹いっぱいになるまで食べたことは、大人になってからはないかな」
スズまでドン引きだ。
こいつやべぇよって顔をしている。
「スズはどうなの?」
「私はお腹いっぱい。今日は食べ過ぎた、お腹が張ってる」
ポンポンとお腹を叩いている。
よかった、妹だけど君は普通だね。
……普通ではないか、ただの大食いだ。
リーンベルさんは怪物だ。
「せめて、暴走するのは家の中だけにしてくださいね。今までのリーンベルさんのイメージが崩れてしまいますから」
「ぜ、善処します」
曖昧な返事で逃げて、目線も反らしてる。
「家の中ではいっぱい食べられるように用意しますから。だから、外ではもうちょっと自重してください」
「は、はい……」
言質、取りましたよ?
「話もまとまった。クッキー出して」
スズは相変わらずマイペースだね。
甘いものは別腹か、それは仕方ない。認めよう。
……あ、あれ? クッキーほとんど残ってないじゃん。
「クッキーの在庫6,000個あったはずなのに、10枚しか残ってないよ。なんで1週間もしないうちになくなっちゃうのかな……」
残っていたクッキーを10枚出してあげると、リーンベルさんとスズで5枚ずつ食べていった。
「スズ、しばらくは冒険者活動を休みにしていい? お菓子作りをしないと、クッキーが食べられなくなっちゃうから」
「休むべき、クッキーは最優先事項。金ならある。問題はない」
出た、「金ならある」発言。
そんな言葉は投資家か社長ぐらいしか言わないぞ。
「どれくらいお金持ってるの? 買い物も豪快だし」
「私も気になってたんだよね。一緒に住んでた頃は、こんなに高い野菜は食べられなかったよ。魔石コンロとかも買ってるし」
「金ならある」
「「いくらくらい?」」
「ん……白金貨300枚くらい?」
「えーーーーーーーー!」
リーンベルさんが叫んだ。
口をパクパクさせて驚いている。
白金貨って初耳だけど、どれくらいの価値があるんだろうか。
「白金貨の価値を教えてもらってもいいですか?」
「え!? あ、そっか。そうだよね、知らないよね。白金貨1枚で金貨100枚分。普通に生活してたら見ることもない硬貨なの」
「金貨100枚!?」
ちょっと待って、高すぎて計算できない。
白金貨1枚で100万円だから、10枚で1,000万円、100枚で1億円……。
15歳で資産3億円とかヤバすぎる、結婚したい。
「なんでそんなに持ってるの?」
「王族の依頼をいっぱい受けた。ギルドに通さない特殊依頼とかも受けたし」
王族の依頼をいっぱい受ける、ギルドに通さない特殊依頼。
そりゃ金銭感覚が狂ってしまうのもわかる。
多分『火猫のスズ』のネームバリューがすごいのも、王族に信頼されて大活躍をしているからだろう。
「王族の依頼を受けてたのは知ってたけど、特殊依頼まで受けていたなんて。Bランクが受ける依頼じゃないよ。お姉ちゃんはスズが遠い存在に見えてきたわ……」
あなたの食欲の方が遠い存在ですよ。
「金ならある。だからクッキー作って?」
これが噂の玉の輿ってやつか。
僕はスズさんに一生ついていこうと思います。
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