第33話:猛獣どもの餌付け第33話:猛獣どもの餌付け
ギルドの裏庭は芝生になっていて、過ごしやすい雰囲気だった。
魔石ライトも整備されているので、夜でも明るいままだ。
みんなで夜ごはんを食べるには、絶好の場所だね。
早速調理セットを1つ取り出し、簡単なものを作っていこうと思う。
でも、すごく気になることがある。
みんなが立ち尽くして僕に注目してくるんだ。
Aランク冒険者の威圧のような視線と、食事に飢えたリーンベルさんの獲物を狙うような視線を感じる。
プレッシャーがすごいから見ないでほしい。
精神が32万もなかったら、普通に倒れてるからね?
それに、君たちは親睦会をするために集まったはずだ。
無言で僕だけを見続ける親睦会ってなんなのさ。
みんなで会話して盛り上がるべきじゃないかな。
「あの~……見られるとうまくできないんですけど」
「ス、スマン」
「簡単なやつしか作りませんからね? それに6人分の用意となれば時間がかかります。机と椅子を用意して待っててください」
「わかった」
どこから持ってきたのかわからない机と椅子が、一瞬で用意されてしまった。
クソッ、なんてハイスペックな猛獣どもだ。
無駄なところでAランクアピールをしないでほしい。
普通はもっと時間かけてワイワイ準備をするものだろうが!
なんでみんな「もう終わりましたけど?」みたいな感じでこっちを見てくるの。
まだメニューを決めてるところなんですけど。
親睦会の意味を知ってるのかな……。
「あの~、誰か手伝える人とかいないんですか?」
「
4人全員で親指を立てて『よかったぜ』みたいなジェスチャーはしないでくださいよ。
ちょっと嬉しいけどね、褒め上手め。
「私とお姉ちゃんも無理。料理だけは不器用」
全員戦力外かよ、泣きたい。
少しくらいは手伝えるだろう。
「野菜を切るだけでもできませんか? カイルさんは戦闘で剣を使っていますし」
「腕力が高すぎて野菜を握り潰しちまうんだ」
「わかるわかる~。潰れちゃうよね~」
わからないよ!
「冒険者あるある」
ないよ! それ誰も共感しないよ!
今までで1番共感できないあるあるネタだよ。
「この話をしていると
「あったね~。オーク肉から焼き芋ができたやつね~」
できませんよ?
逆にちょっと気になるじゃないですか。
聞かせてくださいよ。
「わかる、オーク肉を焼いてると、気付けば焼き芋になる。お姉ちゃんはネギになったけど」
スズもわからないで。肉から野菜はできないの。
「ちょっとスズ! それは言わない約束でしょ!」
「すげぇ、ネギとかレベル高いな」
君達の会話のレベルが高すぎるよ。
ネギがすごいの基準もわからないし。
「そ、そんなことありませんよ。それにスズがオーク肉を茹でるとできる、黄色い粒々したやつの方がおいしいんですよ」
「あーあれな! やっぱりオーク肉を茹でると黄色いやつできるよな」
「あれは私が自慢できる、唯一の料理かもしれない」
「あの黄色いの甘くておいしいよね~」
それ、トウモロコシじゃね?
そもそも、そんな得体の知れない料理をよく食べたね。
この世界が異世界だと心の底から実感したよ。
この後も「わかるわかる~」と、料理できない人あるあるで盛り上がりだした。
どれだけ聞いても、1ミリも共感できないあるある話なんて初めてだ。
……話がぶっ飛びすぎてて逆に気になってくる。クソ、もっと知りたい。
そんな話を聞きながら、リーンベルさんが食べてなかった『豚汁』を作っていく。
1人でコッソリと料理を作っていると、なんだかんだで親睦会らしく、ワイワイ盛り上がってきた。
今はシロップさんの、『茹で卵を作ったらオークの赤ちゃんが産まれた』話で盛り上がっている。
僕の感覚もマヒして来たんだろう。
そんなこともあるんだねーぐらいにしか思わなくなってきたよ。
豚汁の仕上げに味噌を入れて味付けをしていると、また静まりかえった。
良いニオイで会話が終わってしまい、全員こっちを向いている。
まだ豚汁を作り終わっただけだというのに。猛獣どもめ。
仕方なくクッキーを取り出して、時間を稼ぐ作戦に出る。
「料理ができるまでクッキーでも食べててください。あまり食べ過ぎないでくださいね、この後ごはんを食べるんですから」
これがいけなかった。
出した瞬間にリリアさんの目の色が変わって、両手でバクバクと食べ始めた。
それを見た全員が『取られる』と思ったんだろう。
クッキーの奪い合いが始まった。
クッキーではダメだと思った僕は、パンをテーブルの上に置いていく。
すると、クッキーをおかずにしてパンを食べ始めるという、前代未聞の行動を取り始める。
普通はクッキーでパンを食べられないよ。
クソッ、状況が一切好転しない。
すぐに出したクッキーがなくなってしまった。
みんなはパンを持って、『おかずがなくなったよ』みたいな感じで見てくる。
まともな人間は1人もいないのか?
せめてパンにコーヒー牛乳を浸して食べてほしい。
クッキーよりは合うだろうし、それならまだ納得だ。
僕はコップではなく大きめの鍋を2つ用意して、そこにコーヒー牛乳をいっぱい作る。
みんなの目が点になっている間に、パンを大量に補充した。
「タツヤくん、これはなに?」
「リーンベルさんは初めてでしたっけ? コーヒー牛乳といって、甘い飲み物です。クッキーとパンは合いませんから、せめてパンをコーヒー牛乳に浸して食べてください」
僕の料理に一切迷いがないスズと、意外にもリリアさんが即実行に移した。
いつものように「ふぉぉぉぉぉ」と奇声を発し、バシャバシャつけて食べ始めるスズ。
じっくり染み込ませて食べるリリアさん。
それを見たみんなが、コーヒー牛乳とパンでモリモリ食べ始めた。
そんなにいっぱい食べるのは待ってほしい、いま料理を作っているところだから。
「あの-! 今料理を作ってますからね! お腹いっぱいになるまで食べないでくださいよ!」
誰も僕の声に耳を傾けてくれない。
こうなったら豚汁だけでも先に出した方が良さそうだ。
こいつらはもう人じゃない、ただの猛獣。
まともに相手をしてはいけない、猛獣を飼育している気分で接しよう。
急いで豚汁を付けて順番に渡していく。
唯一動きが止まったのは、リーンベルさんだ。
初めての豚汁に驚き、匂いを確認してから食べ始める。
リーンベルさんは大食いだし、ペースダウンしてくれるのはありがたい。
……そんなはずもなかった。
リーンベルさんは一口だけじっくりと味わって食べると、また勢いよく食べ始めた。
むしろ、さっきよりスピードが上がっている。
豚汁が起爆剤となってしまい、誰よりも猛スピードで食べ進めていく。
これも逆効果だった!
こうなったら時間との勝負だ。
早く出して食べさせる以外に方法はない。
まだアイテムボックスに入れたままの魔石コンロとフライパンをすべて取り出す。
オーク肉を厚め(200g)に切り、スキル【調味料作成】で、香辛料であるブラックペッパーと塩を使って味付け。
それを4つのフライパンに入れて、同時進行でどんどん焼いていく。
簡単で美味しい味付けだから、手抜きでも満足するだろうと思ったんだ。
でも、早くも裏目に出る。
ブラックペッパーのスパイシーな香りが、猛獣どもの食欲をさらに刺激したんだ。
狂っている猛獣どもは『香りだけでいけるぜ!』と言わんばかりにペースが上がる。
その中でも、おかしいのはザックさんだ。
パンをおかずにしてパンを食べている。
もうこの人は無視してもいいかもしれない、完全に味覚がアホになっているんだろう。
豚汁のおかわりを入れる時間はないため、テーブルに豚汁の鍋ごと置いて、セルフサービスにしていく。
お玉の取り合いにならないように、4つ一緒に置いておこう。
パンもまた補充する。
おい、スズとリーンベルさん。お玉を独り占めするな。
そんなダメなところを姉妹で似るんじゃないよ。
なぜ状況が良くならないんだろうか。
何をしてもどんどん悪くなっていく感じがする。
焼きあがった肉を食べやすいように切りわける時間はない。
みんなの皿に焼きあがった豚肉をそれぞれ入れていき、フォークとナイフを置いて、自分で切って食べてもらう。
スズとシロップさんはスパイシーな香りに耐え切れず、フォークで肉を突き刺してかぶりついた。
ナイフを使えと言いたい!
「「ふぉぉぉぉぉぉぉ」」
こいつらはニンジン仲間なだけあって、リアクションが同じだ!
それを見たリーンベルさんも食べ始める。
だからナイフを使えと、あれ? リーンベルさんが固まっている。
どうしたんだろう……。
ドクンッ ドクンッ
「わかるわ、これは挑戦状ね。受けて立とうと思うの」
リーンベルさんの真の力が解放された。
なんて驚異的な速さで食べるんだ。
猛獣のボスが本気で食事を始めやがった!
クソッ、リーンベルさんはギルドにいただけじゃないか。
Sランク依頼で何もしてないのに、なぜ誰よりも食べてるんだ。
おかしいじゃん、ギルドで待ってただけなのに。
それにショコラと
戸締りするのが君の役目なんだから、もうちょっと遠慮してほしい。
あと、挑戦状を出したつもりなんて全くないよ!
僕は4つのフライパンをフル稼働させて、どんどん焼いている。
それなのに、全く間に合っていない。
焼き上がった肉を皿に入れると、猛獣どもはフォークで突き刺して、食いちぎっていく。
なぜ誰もナイフを使わないんだ!
もっと人っぽく食べてくれ!
僕は調理で忙しい、でもみんなは食べるのに忙しい。
オーク戦よりも激しい戦闘が行われているように感じる。
この世界で親睦会とは、食事会という戦場を表す言葉なのかもしれない。
- 親睦会開始から1時間経過 -
ようやく落ち着いてきた。
1枚200gもある『オーク肉の塩と胡椒焼き』を、
リリアさんが5枚
シロップさんが9枚
スズが10枚
ザックさんが12枚
カイルさんが13枚も食べ終わり、満足している
そんな中、リーンベルさんはまだ食べ続けていて、26枚目に突入したところだ。
もちろん、パンと豚汁も継続して食べている。
みんなお腹いっぱいなのに、リーンベルさんだけは食欲が衰えない。
オーク肉のスパイシーな香りと刺激的なうまさで、周りが見えていないんだろう。
全員の視線を浴びて食べていることにも気付いておらず、とても幸せそうに食べている。
さすがに29枚目を食べようとしたときに、正気を取り戻してくれた。
「えっと、食べてるところを見られるのは恥ずかしいんですが」
みんなその一言で目線を反らす。
僕はやっとリーンベルさんだけになったので、食事しながらオーク肉を焼いている。
「リーンベルさん、あと何枚食べますか?」
「え? あと………5枚で我慢します」
さすがです、ボス。
大食いのことを隠す気ありませんよね。
追加で5枚って、1キロですよ。
しかも、『我慢します』ってどういうことなんですか。
後で詳しく聞きましょう。
今まで食べすぎだと思ってましたけど、だいぶ抑えてくれていたようですね。
こうして親睦会(?)という名の猛獣どもの餌付けは、オーク殲滅よりもなぜか苦しい戦いとなり、1人を除いて満腹で幕を閉じた。
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