第32話:依頼報告

 帰りの馬車もザックさんに操縦してもらい、フリージアへ戻る。

 僕はシロップさんの膝の上で快適に過ごしているよ。


「シロップさんはどれくらい子供好きなんですか?」


「私より小さい子が愛おしく感じるの~」


 そう言いながら、僕の背中に顔をスリスリしてくれる。

 少し慣れてきたのかもしれない、『初心うぶな心』の発動が弱めになっているんだ。


「スズも小さいですけど、スズにはやらないんですか?」


 僕は140センチ、スズは150センチ、シロップさんは155センチくらいだ。


「たっちゃんがいなかったらスズちゃんをいただくよ~♪」


「私は30分で限界、タツヤにあげる」


 スズは目線を反らして、嫌そうな顔をしている。


「え~、スズちゃんはお気に入りなんだけどな~」


「シロップは私の数少ない友達。そしてニンジン仲間。ニオイを嗅いで来なければ完璧だった」


 ニオイを嗅がれるのが嫌なのか、それがいいのに。

 もしかしたら、スズの猫っぽい部分が拒絶しているのかもしれない。


「今度たっちゃんのニンジン料理を一緒に食べようね~」


「賛成」


 返事をしたのは、まさかのリリアさんだ。

 全員が驚いている中、『何故私を呼ばない、食べるに決まっているだろ』と言わんばかりの鋭い目線でこっちを見てくる。


「この前のニンジンのオーク肉巻きとポテトサラダは至高だった」


「私も作って欲しいよ~」


 そんなスリスリしなくても作りますよ。

 あっ、でもそろそろクンカクンカにしてください。

 スリスリばかりじゃ物足りませんから。


「ニンジン料理って意外に難しいんですよね。パッて思い浮かぶのは煮物くらいです」


「あの不倫カボチャのいけない味を作り出した、禁断の料理『煮物』! 柔らかくて甘い口どけを極・癒しニンジンで行われるというのか……。グッ、想像しただけでツライ。極・癒しニンジンが柔らかくなり、中からニンジンエキスが口にぶわ~っと溢れるような、至高の料理に違いない」


 スズって無口系キャラじゃないの?

 けっこう流暢にしゃべるよね。

 いつも無表情なのに料理の時は目がキラキラしすぎだよ。

 後……、君は食レポできる人だったんだね。

 おいしさを奇声で表現するタイプだと思ってた。


 基本的に「むほっ……」と「ふぉぉぉぉぉぉ」のイメージしかないんだもん。


 あっ、ちょっと待って!

 スズの食レポを聞いてシロップさんが興奮してる。

 抱きつく力がどんどんギューッときつくなるよ……。

 そ、それ以上は強すぎるからやめて!

 嫌いじゃないけど。むしろ好き。


「……背中が濡れている気がするんですけど、よだれ垂らしてませんか?」


「ご、ごめんね~」


 やっぱりですか。

 さすがによだれは喜べませんよ。


 そのまま和気あいあいと話しながら、フリージアまで戻っていく。




 あと1時間で街に着く場所まで来て、日が落ちてしまった。

 暗くても野営はせず、街へ向かっていく。

 街のみんなも早く脅威が去ったことを知りたいだろうから。


 でも、暗い夜道で馬車を走らせるのは危ない。

 そこでカイルさんとリリアさんが降りて、護衛をしてくれた。

 僕はのほほんとシロップさんの膝の上で街まで過ごす。

 至れり尽くせりだ。


 街に近付いてくると、兵士さんが城壁の上で見張りをしている姿が見えてきた。

 松明たいまつをいつもより多く用意し、重々しい雰囲気で警戒している様子がわかる。


 馬車が門に近付くと、兵士さん達は騒がしくなり始めた。


「何者だ! 今この街は非常事態警報が発令されている」


「俺たちは不死鳥フェニックスだ。夜分にすまないが、ギルドに急ぎの報告がしたい。街の中に入れてくれないか?」


 不死鳥フェニックスというパーティ名が出ただけで、兵士の態度が急変する。

 依頼の村での『火猫のスズ』もそうだったけど、不死鳥フェニックスも名前が売れているんだろう。

 兵士たちは急いで門を開けて、中に入れてくれた。


 ちなみに、兵士さん達は領主様の命令で動いている。

 街を魔物から守ることと、治安維持の役割をしているよ。

 防衛を専門としているため、魔物との実践経験が少ないのであまり強くはない。

 冒険者でいえば、Eランク程度らしい。


 兵士さんにお礼を言って、すぐにギルドへ向かった。

 ギルドに着くと、本来は閉まっている時間なのに、奥の方だけ灯りが付いていた。

 ザックさんに馬車を任せて、先にギルドの中へ入っていく。


 扉を開けると、カウンターにリーンベルさんが1人で座っていた。

 僕らに気付いてくれたリーンベルさんが走って近付いてくる。


「無事だった? ケガとかない?」


「大丈夫、私もタツヤもケガしてない。オークも殲滅してきた、街に被害は出ない」


「そっか、よかった。よかったよ……。本当に、よかった……」


 安心したリーンベルさんは泣き崩れてしまった。

 スズは心配してくれた姉をそっと抱きしめてなぐさめる。

 いつ戻ってくるかわからなかったのに、ギルドでわざわざ待っててくれたんだね。


 そのまましばらくリーンベルさんは泣いていた。

 ギルド職員として依頼内容も聞かされていただろうから、余計に心配だったのかもしれない。

 現実はアッサリと終わってしまったけど、本来なら街が壊滅するかもしれないSランク依頼だったんだもん。


 ザックさんが戻ってくると同時に、リーンベルさんが立ち上がる。

 まだ少し泣きそうな顔だけど、無事に生還してるから落ち着いてきたんだろう。


「ごめんね。ギルマスも上で待機してるから報告に行かないと。私も書類作って処理することになったから、一緒についていくね」


 リーンベルさんに先導してもらい、ギルマスの部屋へ向かっていく。

 2階に上がると、ギルマスの部屋だけ灯りが付いていた。


 コンコンッ


不死鳥フェニックスとショコラが依頼を終えて無事に戻ってきました」


「なに?! 入ってくれ、いったいどうなっている?」


 リーンベルさんを先頭に、全員で中へ入って椅子に座っていく。

 僕は椅子には座らず、シロップさんの膝の上に座るけどね。

 ここは特等席だから、誰にも譲るつもりはないよ。


 ギルマスが混乱する中、僕とシロップさんの2人だけは楽しそうに過ごしている。

 カイルさんが代表して簡潔に報告を始めた。


・オークを殲滅して帰ってきたこと

・オークが合計539体いたこと

・廃村を燃やして後処理をしたこと

・全員ケガせず無事だったこと



 もちろん、僕の能力は内緒にしてくれた。

 「10分で終わっちゃいました!」とは言えないので、戦闘については「まぁ……何とかなったよ」と、誤魔化していた。


「報告は以上だ」


「そうか……感謝する! おかげで街が救われた。一応オークキング・クイーンの討伐証明部位を確認させてくれ」


「オークは全て解体せずにアイテムボックスへ入れてきました。もう暗いので、明日の朝にお持ちしてもいいですか?」


「そうだったな。アイテムボックス持ちだったな。昨日から生きた心地がしなかったが、フリージアにとって良い利益になったということか。オークエリートも持って来てくれたんだろう?」


「オークエリートの肉は全ていただく」


 出た、食い意地を張ったスズの独り占め発言。

 おいしい肉は全部もらおうとする頑固っぷりは相変わらずだ。

 でも、僕はスズの説得が得意なんだ、任せてほしい。


「スズ、150匹もいたんだよ。少しくらい卸してあげて。そうじゃないと「譲ります」」


 ほらね、スズのこういうところが好きだよ。

 食事関係で僕に逆らわないよね。


「お、おう。少しずつでいいから定期的に卸してくれ」


 スズを手懐けたことに、みんなが驚いているようだった。

 リーンベルさんなんて「いつの間に手懐けたの?」と言わんばかりの顔だ。

 最初からクッキーで手懐けてたけどね。


「報酬はギルド本部に申請するから少し待ってくれ。その方が大幅に増えるだろうからな。他に何もなければ解散して、細かい話は明日にしよう。お前たちも疲れてるだろう。不死鳥フェニックスはギルドで宿を1週間押さえてあるから、心配しないでくれ」


「わかった。依頼とは関係ないんだが頼みがある。ギルドが閉まった後でいいから、しばらく裏庭を貸してくれないか? 毎日じゃなくてもいい。せっかくショコラと臨時パーティを組んだからな、親睦会を開きたいんだ」


 それって、「しばらく夜はメシ作れよ」ってことだよね。

 いいんだけどさ、シロップさんにも会いたいし。


「構わない、しかしギルド職員を1人残す必要が「私が残ります」」


 ギルマスの言葉を遮るようにリーンベルさんが立候補した。

 とても真剣な顔で、右手をビシッと真っすぐ挙げている。


「ギルマス、私が残るので問題ありません。むしろ、譲りませんよ」


 君は親睦会という響きだけで、僕の料理にありつけると判断しましたね?

 どっちみちお誘いするつもりでしたけど。

 でも、ちょっとは食べる量を減らしてくださいね。


「お、おう。頼んだ」


「……もしかして、今から親睦会しようって思ってますか?」


「「「「 当然 」」」」


 ザックさんも『当たり前だろ』と言わんばかりにうなずいている。

 こんな飢えた猛獣どもを前にして料理を作れというのか。

 絶対に作るペースと食べるペースが合わないだろう。


「いきなり言われても準備が必要ですからね? 今日は手抜きで勘弁してくださいよ」


「俺たちも鬼じゃない。それで大丈夫だ」


 しつけが行き届いた猛獣で助かった。

 ギルマスは『?』状態だったけど。


 こうして、Sランク依頼の打ち上げを猛獣どもと行うことになった。


 この後、僕は思い知ることになる。猛獣どもの餌付けの厳しさを……。

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