第31話:とんかつ欲しさにワンパンする奴ら

- 翌朝 -


 爽快な気分で目が覚める。

 モフモフ効果で睡眠の質が向上したに違いない。

 少し鼻炎気味だった鼻までスッキリ通っているよ。


 もちろん、目の前にはシロップさんが寝ている。

 とても嬉しそうな寝顔に、朝から癒されてしまう。


 ちょっと下に目線を向けると、僕たちの間でスズが丸まって寝ている。

 自分でも猫っぽいって言ってたから、見張りが終わった後に、人肌恋しくて間に入ってきたんだろう。

 猫って懐くと、足元で寝たり、枕元で寝たり、添い寝したりしてくるからね。


 もしスズに猫耳があったら、クッキーをエサにして全力でモフモフしているところだ。


 昨日のモフモフの感触を思い出すとムラムラしてきたので、2人を起こさないようにこっそり抜け出す。

 テントの外では、ザックさんが見張りをしていた。


 朝から見たくない怖い顔だ。

 声帯が潰れて話せないらしいから、お互いに会釈だけして挨拶は終わる。


 ザックさんと少し距離を取り、早速朝ごはんを作っていく。

 戦闘はみんなに任せるけど、ステータスを向上させるのは僕の役目だからね。


 それに、このムラムラを何かにぶつけて早く処理をしたい。


 料理をするといっても、戦闘前にヘビーなものは食べさせられない。

 だから、昨日の夜ごはんと一緒の『タマゴサンドと豚汁』を作ることにした。


 僕はモフモフパワーを使って、高速でタマゴサンドを作り出していく。

 モフモフの感触を思い出すだけで、体がいつもの倍くらいの速さで動くのが不思議だ。

 これが変態にのみ生まれるエネルギー、変態パワーというやつか。


 変態パワーの影響は凄まじく、タマゴサンドと同時に豚汁を作るという離れ業をやっている。

 直訳すれば、未知のエネルギーで高速に料理を作るただの変態さ。


 豚汁の良い匂いがしてくると、みんながのそのそと起きてくる。


「たっちゃ~ん。ニンジンが食べたいよ~」


 おっとりしてるシロップさんが言うと、甘えられてるみたいでドキドキする。

 しかも、昨日の今日だからね。

 朝から理性が崩壊しそうだよ。

 朝から『初心うぶな心』も元気に心臓を揺らしてくる。


「そうですよね、うさぎさんにはニンジンが必要ですよね。うーん……今から作るのは難しそうなので、野菜スティックでも大丈夫ですか?」


 なぜ『うさぎ=ニンジン』の発想を忘れていたんだろうか。

 シロップさんの好感度を上げる絶好の機会を逃すなんて……。

 モフモフで浮かれているとは情けない、後で反省しよう。


「は~い。生のニンジンでも大丈夫だよ~」


 ニンジン料理ってパッと思い浮かばないんだよね。

 本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

 この依頼が終わったら、ニンジンのフルコースを考えてもてなそう。

 だから、もう1つくらい初体験を奪ってほしい。


 それよりも今は野菜スティックだ。

 野菜スティックの相方といえば、『味噌マヨネーズ』で決まりだろう。

 ニンジンを切るだけだと簡単だし、せめてディップぐらいは作ってあげないと。


 それに味噌マヨネーズだったら時間もかからない。

 味噌とマヨネーズを混ぜて、砂糖と七味で味を調整するだけだからね。


 必要な材料は【調味料作成】で全部作り出せるため、あっと言う間に終わってしまう。


 準備ができたので、テーブルに朝ごはんを並べていく。

 置かれた瞬間から、全員がバクバク食べ始める。


「今から戦闘ですから、食べ過ぎないでくださいね?」


「「「「 ……… 」」」」


 おい、無視か!

 まぁAランク冒険者だし大丈夫だろう。


「シロップさん、ニンジンスティックとディップです。すいません、手抜きになってしまって……」


「これはな~に?」


「ディップです。ニンジンをこのタレに付けて食べるんですよ」


 早速ニンジンに味噌マヨネーズを付けて食べだすシロップさん。

 おいしかったのか、夢中になって味噌マヨとニンジンで食べていく。

 すると、獣人の特性なのか、シロップさんの体がどんどん変わり始める。


 ニンジンを食べる度に、耳のモフモフ感がアップし始めたんだ。

 髪の毛は艶やかで色っぽさが溢れ、妖艶なシロップさんに変わっていく。


 そんなシロップさんに目を奪われてしまうのも仕方がないこと。

 僕だけじゃない、この場にいた全員がシロップさんに魅入っていたんだ。


「たっちゃん、ニンジンさんおいしいよ~。ニンジンさんが生まれ変わって、すごい癒されるよ~」


 あなたも生まれ変わってますけど?


「今までに感じたことない気分だよ~。ん~、心地いい気分だね~。あはは、ステータスが3倍になってる~」


「「「 え?! 」」」


 誰もが驚く中、スズがシロップさんをジロジロと眺め始める。


「シロップ、物理攻撃いくつ?」


「108,000になったよ~。こんな数値までたどり着けるんだね~。ワンパンでドラゴン倒せたりしないかな~」


「「「 じゅ、じゅうまん?! 」」」


「おい、確か精霊魔法の攻撃力が100,000だったよな。あれが物理攻撃になるのか!? い、意味が分からないんだが、どうしたらいいんだ」


 精霊魔法ってなんだろう。

 ちょっと特殊な魔法だとは思うんだけど。

 ニュアンス的に普通の魔法より上位っぽい気がする。


「シロップ、ちょっとニンジン分けて」


 スズもニンジン好きだもんね。

 最初にお願いされた料理が『ニンジン料理』だったし。

 残っていたニンジンをつかみ、スズが味噌マヨを付けて食べていく。


「グッ、ディップを付けるだけでここまでおいしくなるなんて。無限に食べられそう……。でも、私は3倍にならない」


 簡単に作れるから食べてもいいけど、今から戦闘だからね?

 モリモリ食べてるけど大丈夫かな。


「状態のところに『覚醒』ってついてるから、獣人だけなのかな~。初めて聞いたけど~」


 味噌マヨネーズでニンジンを食べたら、潜在能力を開放して『覚醒』する。

 なんかごめんね、ダサいよね。

 もっとちゃんとした物を作ってあげたらよかったよ。

 フリージアの街が味噌マヨで救われた、とかいう歴史が残ったらごめんね。


「覚醒については、獣人国に行かないと詳しいことはわからないだろう。ひとまず置いておくか。それにしても10万超えか。俺ですら料理効果で70,000いって腰抜かしてるのに。ザックもリリアもそんなもんだろう?」


 カイルさんの問いに、話を振られた2人はうなずいていた。

 3倍になったシロップさんだけ、強すぎて浮いているような状態。


「まぁ、強くなる分にはいいじゃないですか。シロップさんに大活躍してもらいましょう。街に戻ったら、ちゃんとしたニンジン料理作りますからね」


「本当? 頑張るよ~、見ててね~」


 手を振って頑張る宣言をするシロップさんは可愛い。

 思わず、手を振り返してしまうほどに。


 そこに、スズがバンッと机を叩いて立ち上がる。


「タツヤの潜在能力を甘くみてはいけない! そんな簡単に攻略できる料理じゃない! 私はホロホロ鳥を使って、料理を作ってもらったことがある。あれは次元が違う料理だった。まるで……神に捧げる料理」


「ニンジンの神に捧げる、ニンジン料理」


「知ってる? 見ただけでおいしいとわかる料理が出てくると、体って勝手に震えるんだよ?」


 禁断症状みたいに震えるのは、君たち姉妹だけだと思うよ。

 だから、安心して食べてほしい。

 から揚げはただの家庭料理だ。


「から揚げまだ残ってるけど、ここに出そうか?」


「ダメ! 出さないで! この戦いが終わったらご褒美でいただきたいです、よろしくお願いいたします」


 スズが丁寧にお辞儀をしてくる。


「あ、うん。わかったよ。ホロホロ鳥を使った料理なら、から揚げ以外にも違う食べ方があるからね?」


「か、から揚げが頂点じゃないんですか?」


「照り焼きとか、チキン南蛮とかもおいしいと思うよ」


「シ、シロップ、見て。照り焼きとチキン南蛮という言葉を聞いただけで、手足がガタガタ震えてくる」


 確かにスズの手足はガタガタと震えていた。

 もはや、怯えているのか喜んでいるのかはわからない。


「たっちゃんって何者なの~? 神様の料理人なの~? ねぇねぇ、しばらく拠点をフリージアに移そうよ~」


「そうするべき。後悔はさせない」


「賛成」


「「「「えっ?!」」」」


 全員が驚いた。

 誰よりも初めに賛同したのが、鋭い目付きをもったリリアさんだったからだ。

 まさかリリアさんの胃袋つかめていたとは。

 そんな雰囲気はなかったのに。


「賛成」


 再度、意思表示をするリリアさんに、しゃべれないザックさんが白目を向いて驚く。


「まぁ、移すにしても、まずはオークをやっちまうぞ! オークエリートの肉はうまいからな。タツヤ、帰ったらオーク料理も楽しみにしてるぜ」


「わかりました、さっさと終わらせて帰りましょう。おいしいオーク料理なら……『とんかつ』ですかね。から揚げの兄弟料理である揚げ物系ですから」


 この言葉がいけなかった。

 何かのスイッチがカチッと入ってしまったんだ。

 全員がすごい勢いで立ち上がり、まだ食べたことのない『とんかつ』という言葉の響きだけで、狂喜に満ち始める。


「俺の冒険者としてカンが『とんかつ』はやべぇって言ってるぞ!」


「早くオークを倒して帰るべき!」


 全員がうなずいた。


 こうしてやる気満々になった僕らは、異常なテンションでオークの集落を強襲することになった。

 命を落とすかもしれない……Sランク任務に。




 でも、現地に着くと予想外の連続だった。


 ドゴォーーーン


 バゴォーーーン


 ブヒィーーーー


 ………思っていたのと全然違う。


 完全に押せ押せムードで圧倒している。

 カイルさんやザックさん、リリアさんも強い。

 もちろん、スズも負けずと戦っている。


 これはSランク冒険者による戦いというより、圧倒的強者による『蹂躙』だ。


 その中でも1人、次元の違う強さで戦っている人がいる。

 ステータス3倍のシロップさんだ。


 Aランクのオークジェネラル達を一瞬でなぎ倒していく。

 急に行われた強襲に『何事だ?』と現れたオークキングとオーククイーン。

 2匹合わせて2秒でぶっ飛ばすシロップさん。

 もはやただの暴力である。


 それでもシロップさんは止まらなかった。

 残ったオークをひたすら倒し続け、1人で半分以上も倒してしまう大活躍。


 オーク集落を強襲すること、たった10分。

 フリージアの街が壊滅すると言われたSランク依頼は、あっけなく終わってしまった。


 戦いが終わると、僕の前にどんどんオークが並べられていく。

 全員が「とんかつ……とんかつ……」と呟いて、次々に運んでくる。

 だんだん作るのが怖くなってきたよ。


 運ばれてきたオークをアイテムボックスに入れていく。


 オークが301匹

 オークエリートが150匹

 オークジェネラルが86匹

 オークキング・クイーンが1匹ずつ

 合計539匹


 異常な繁殖スピードを考えれば、フリージアの歴史に残る大事件に違いない。

 1番影響力を与えたのは、味噌マヨである。


「10分で終わりましたけど、スタンピード間近でSランク依頼じゃなかったんですか?」


「お前のおかげというべきか、お前のせいというべきか。俺も混乱しているんだ。あの規模を相手にしたのに物足りないって思ってる。準備運動が終わる前に、オークキングとクイーンが空を飛んできたし、不完全燃焼でちょっと悔しいぞ」


 ザックさんも『うんうん、その通りだ』と言わんばかりにうなずいている。


「スズ、命落とすかもしれないとか言ってなかったっけ?」


「シロップが暴走したのが原因。あの強さは異常」


「え~、私のせいなの~? 確かにキングもクイーンもワンパンで倒しちゃったけどさ~。カイル~、不完全燃焼ならちょっとトレーニングしようよ~」


 その言葉にカイルさんが真っ青になっていた。

 なぜかカイルさんが全力で謝り、トレーニングは中止になった。


 また廃村に魔物が住み着かないようにスズが燃やして処理をし、僕たちはフリージアへ帰還することにした。


 帰り道の馬車も、もちろんシロップさんの膝の上にお呼ばれする。

 ありがとうございます!


 またクンカクンカとスリスリしてくださいね。

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