第30話:シロップさんと初体験

 食事が終わってみれば、みんな大満足してくれた。

 とても幸せそうな顔をしている。

 最初に料理を出した時の異様な雰囲気が、今となっては嘘みたいだ。


「最初は見たことない料理にビックリしたが、ここまでうまいとは思わなかった。城で出されたスープよりうまかったぞ」


 城でスープ食べる機会って、普通はないよね。

 この人たちってすごいのかな。


「たっちゃん。私はこんなに幸せな日、初めてだよ~♪」


 途中から「男の子おいしい」って言いながら食べてたもんね。

 ちょっと怖かったよ。

 食べられたい願望はありますけどね。


「至福」


 リリアさんは最低限の言葉しか発しない。

 彼女だけ普通のリアクションだったのが心残りだ。

 でも、おかわりしてくれたから、喜んでくれたと思う。


 ザックさんも満足そうな顔をしてうなずいている。


「だから騒がないでって言ったのに」


 君が1番騒いでたけどね?

 1人だけ泣きながら食べてたじゃん。


「お腹も膨れたから、話を元に戻す」


 急に真面目モードへ移ったね。別にいいけどさ。


「驚くと思うけど、声は出さないでほしい。魔物が寄ってくるから」


「な~に? 私は驚かないよ~」


「ステータスを確認してほしい。それだけでユニークスキルの効果を理解する」


「「「「 ??? 」」」」


「説明するより見た方が早い。拡げられたくない理由もわかる」


 リリアさんは、目が少し大きくなって驚いている。

 カイルさんは、白目をむいている。

 ザックさんは、白目をむいている。

 シロップさんは、白目をむいている。


 白目じゃ見れないから、ちゃんと黒目で見てね。


 ちなみに、この世界のステータスは意図的に見せようと思わない限り、他人に見えることはない。

 だから、不死鳥フェニックスの4人が目の前で確認しているけど、僕からは何も見えていない。


「タツヤの料理には、ステータスを向上させる力がある。私も食べたらSランクになる」


「「「「 ……… 」」」」


 4人は驚きすぎて声が出なかった。

 あまりの急な出来事に、受け入れることができなかったんだと思う。


 そのまま誰も話すことができず、ステータスを確認するだけの時間が過ぎていく。

 すると、受け入れることができたのか、カイルさんが大きなため息を吐いた。


「見た目が子供だからと侮っていたよ。スズがパーティを組むだけのことはある。メシはうまい、アイテムボックスを持ち、ステータスを向上してくれる。そもそも、HP・MP回復速度上昇、HP継続回復ってなんだよ。今まで聞いたことがない状態変化だぞ」


「試しに強化魔法を使ってるんだけど~、回復速度が速くてMPが減らないよ~」


 何それ、ずるい。MP0の僕は価値を全く感じないけど。


「確かにこのユニークスキルは、口外できるような内容じゃないな。もし広まれば、とんでもないことになるぞ。もちろん、俺たちは約束したからには必ず守る。タツヤにもスズにも嫌な思いはさせない」


「お願い、ただし効果は1時間。明日戦う前に軽く食べてから、討伐へ向かう。あと、クッキー出して?」


 相変わらずマイペースですね。


 注文通りにクッキーを出してあげる。

 ついでにコーヒー牛乳も付けてあげる。

 こういうさりげない気遣いで、ポイントは上がるものだからね。


 ここで予想外のことが起きた。


 クッキーを一口食べたリリアさんが、両手でガツガツと食べ始めたんだ。

 全員が驚いてクッキーを食べるリリアさんを見つめている中、僕だけはガッツポーズをしていた。

 この人は甘いもので攻略できそうだって思ったら、嬉しくなっちゃったよ。


 試しにリリアさんにも甘いコーヒー牛乳を出してあげる。

 僕の顔をチラッと見て、ゆっくり飲み始める。


「美味」


 甘くておいしいだけじゃダメなのか。

 ここまで難易度が高いキャラは、意地でも攻略したくなる。

 今度会う時はおいしいお菓子でギャフンと言わせてやる。


 そんなことを思っていると、スズもガツガツと食べ始めていたので、クッキーがかなり減っていた。

 追加のクッキーを用意すると、全員が奪い合うように食べ始める。


「あの~、いっぱいクッキーありますからね。みんなで取り合わなくても大丈夫ですよ? ……聞いてないな」


 この後、クッキー争奪戦は第6ラウンドまで行われた。

 いまは奪い合いが終わり、みんなでコーヒー牛乳を飲みながらまったり食べている。


 すると、リリアさんは急に立ち上がって、僕に近寄ってきた。

 真顔のまま握手を求められたので、手を差し出して握手に応じる。


「「あ、あのリリア(ちゃん)が」」


 カイルさんとシロップさんが体を震わせて驚いていた。

 鋭い目付きで無口だし、彼女は重度のコミュ障を持っているに違いない。

 たまたまクッキーという甘いもので心を開いて、握手をしてくれたんだろう。

 仲良くなったというよりは、お菓子のおいしさを認めてくれた感じかな。


 クッキーを食べ終わると、明日のオーク討伐に向けて早めに休むことになった。

 見張り役はスズ・カイルさん・ザックさんが順番でやってくれるそうだ。


 ここで朗報が入る。


「たっちゃん、今日は一緒におねんねしようね~」


 シロップさんに誘われた!

 狙っていた添い寝を本当に獲得できるなんて、嬉しくて仕方がない。

 歓喜の言葉をグッと飲み込んで「今日だけですよ?」と、仕方なさをアピールしてテントへ向かう。

 スズの前で喜ぶわけにはいかないよ。


 一緒に寝る場所は、もちろん女性用テントだ。


 女性だけが入れる神聖な場所、つまり『聖域』に足を踏み込む。

 テントの中には寝袋と荷物しかないけど、すごく清らかな空気が流れている。

 普通に呼吸するだけで心地よくなってしまう僕は、犯罪者の一歩手前だろう。


 それに今回は、本当に大人の階段を上るかもしれない。

 だって、リーンベルさんを遥かに凌ぐほど、シロップさんは子供好きだから。


 リーンベルさんは子供に対して『like』の好き。

 シロップさんは子供に対して『love』の好き。


 僕はリーンベルさんもシロップさんもスズも『LOVE』の好きだ。

 好意をもらえれば、常に相思相愛。

 今夜は……良い思い出にしてね?


 テントの中で寝袋に入って、一緒に横になる。

 手が触れるほどの距離で、お互いに向き合う形だ。


 向かいあったシロップさんは、目を閉じて寝る気配がない。

 こっちをずっと温かい眼差しで見つめてくる。

 視線で愛でてくれるという高度な技に、早くも理性が崩壊していく。


 人肌が恋しくなった僕は、シロップさんの手を優しく握る。


 ドドドドドドドド


 当然のように、『初心うぶな心』に支配されている心臓はマシンガンだ。


 だが、負けない。

 今日というチャンスを逃してはいけないんだ!


 お互いの手と手が絡み合うように、優しく触りあいっ子をする。

 ふとシロップさんの顔を見てみると、嬉しそうな顔をしていた。


 手を触るだけで喜んでくれるなんて嬉しい限りだ。

 僕もシロップさんの手を触れて嬉しいよ。

 もっと触ってほしいし、もっと触りたい。

 温かく柔らかいシロップさんの手に、僕の手は優しく包まれていく。


「たっちゃん、私に興奮してるの~? 今も心臓さんがすごく早く動いてるよ~。馬車の中でも聞いたことない速さで動いてたよね~。それに~、こうやって手を絡めてくる子は初めてだよ~?」


 初めて……良い響きだ。


「僕まだ子供ですから、手を繋いだだけで興奮するお子様ですよ。なんで馬車から離れたら構ってくれなかったんですか? シロップさんの膝の上に座ってクンカクンカされたかったのに。それとも……嫌、でしたか?」


「そ、そそそ、そそ、そんなことないよ?」


 シロップさんの息が急激に荒くなる。

 すごく「ハァハァ」してる。

 今まで子供への愛情が強すぎて、逆に怖がられていたんだろう。

 だから、それを受け入れている僕はたまらなく愛おしい存在になるはずだ。


 その証拠に温かい眼差しから、狂喜の眼へ変化している。

 だが、それでいい。

 ついに僕は一線を越えてしまうかもしれない。


 これだけ好意を全面的に出してくれるシロップさんには、遠慮なく甘えることができる。

 だからこそ、強く攻めることができる、強く求めることができる。


 この瞬間をずっと待ち望んでいた僕は、今こそ新たな一歩を踏み出すんだ!


 垂れ耳うさぎさんでほんわかした優しい顔。

 胸も大きくてスタイル抜群。

 異常な子供好きで僕に夢中。

 積極的なスキンシップで絡み合う手と手。


 そして、完全な相思相愛。


 もう………我慢することができない!

 逆に男だったら、ここで我慢をすることができるんだろうか? いや、できない!


 後ろにリリアさんが寝てるけど関係ない!

 見せつけてやろうぜ、僕たちの愛情表現を!


「シロップさん。お願いがあります」


「な~に?」


 僕はついに踏み切ることにする。

 これ以上は我慢の限界だ。


「その耳、モフモフしたいです」


 やっぱりモフモフしたいよね。

 どうせならその後、僕の頭をモフモフしてほしい。

 揉みくちゃにされたいよ。

 シロップさんの優しい手で包み込むように愛でられたいんだ。


 あっ、男女の関係は我慢できるよ。

 だって32年間待ってるからね、まだ待つよ。


 その一線を越える時は、けっして攻めないと決めているんだ。

 攻めずに奪われたいんだよ、僕はね。

 まぁシロップさんがこの後に攻めて奪ってくれるなら、アリだけどね!


 でも、垂れたうさ耳は違うんだ。

 うさぎさんのモフモフを奪いたいんだ! 攻めたいんだ!

 僕のモフモフ初体験をシロップさんに捧げたい!


「み、耳を……触りたいの~?」


「初めて会った時からモフモフしたかったんです。こんな目の前で見たら我慢できません。シロップさんの垂れ耳は魅力的過ぎますから」


「だ、だめだよ~。獣人の耳は感度が高いから。は、恥ずかしいんだよ~?」


 恥ずかしがる気持ちはわかる。

 でも、僕のモフモフ愛は止まらない!


「僕のモフモフ初体験を、シロップさんの耳で奪われたいんです!」


「男の子、初体験、私の耳、初体験、奪う、初体験……」


 やっぱりシロップさん危ない人だ。

 だからこそいける!

 モフモフ初体験を奪われたい!


「も、もうしかたないな~。ちょっとだけ、だからね~? 男の子に触ってもらえるなんて……私もうれしいし。優しく……してね?」


 シロップさんはすごく恥じらっている。

 どこまでも男の子を求めるよね、この人は。

 でも、そう言うところも好き。

 遠慮なく初体験を捧げさせていただきますね。


 シロップさんの垂れた耳に、優しく触れていく。

 ふわふわとした毛並みに手が吸い込まれ、モフッと温かい感触に出会った。

 きっと毎日手入れしているに違いない。


 毛玉になっているような所もなく、極上の羽毛布団のような肌触り。

 背中おっぱいよりも温かく、心地良い気分に浸らせてくれる。

 一瞬で虜になってしまった僕は、徐々にエスカレートし、加速して垂れ耳をモフっていく。


 モフモフモフモフモフモフ

 モフモフモフモフモフモフ

 モフモフモフモフモフモフ


「あっ……も、もうダメ! それ以上は、おかしくなっちゃうからぁ~!」


 気付けばシロップさんが赤面して、恍惚な表情になっていた。色っぽい。

 もっとモフモフして、おかしくなったシロップさんに襲われたい。

 

 しかし、男女の関係が近付くとわかれば、自然と理性が働いてやめてしまう。


 32万の強靭なメンタルが『待ちたまえ』と、ブレーキをかけてくるんだ。

 待ててしまう自分が情けないよ。

 でも、男女の関係が進むときはあくまで奪われたいから仕方がない。

 

「素敵なモフモフでした。その耳には幸せが詰まっています。また、モフモフさせてくださいね」


「うん。また今度、だよ。ちょっとだけ……ね」


 モフモフってこんなに幸せだったのか。

 目を閉じれば、初体験の感触が蘇る。

 目を開けると、息が荒いシロップさんが、僕のことをチラッと見ては目線を外している。


 恥ずかしくて直視できないんですね、わかります。

 でも、僕はあなたの色っぽい感じをガン見しますけどね。

 とても癒されてしまいますよ。


 すると、僕の肩がトントンと叩かれた。

 そうだった、ここにはリリアさんもいたんだった。

 恐る恐る振り向いてみる。


「……素敵!!」


 まさかの高評価だったこともあり、今日2回目の固い握手をリリアさんと交わした。

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