第147話:レフィーの夢

 発情しているマールさんという犬が、レフィーさんを地下へ追い込んでいく。

 ギルドのトップからお触りの命令をいただいたことで、ヘタレなのに全力で実行しているみたいだ。


「マール、次のまがり角を右へ行けば地下の階段がありますわ。決して逃がしてはなりませんわよ」


「は、はい! イリス様!」


 忠実なる下僕を手にいれたイリスさんは、マールさんに指示を送って誘導する。


「わかったから追いかけないでくれ。地下へ行くからそいつを止めてくれ。完全に目が危ないんだ、うちを襲う気満々だぞ」


 必死で逃げるレフィーさんはマールさんを恐れている。

 姉御肌だから、女の子からのお誘いも多いんだろう。


 そんな光景を僕は微笑ましく見ながら、3人を追いかけているよ。


 角を曲がって地下への階段を降りていく。

 関係者以外立ち入り禁止って書いてあるけど、問題ないだろう。


 地下はたくさん部屋が別れていたけど、レフィーさんは迷わずに1番奥の部屋に入った。

 一緒に中へ入ったマールさんは、イリスさんの「マテ」でピタリと静止する。


 完全に犬扱いじゃん。

 いいなー、ちょっと羨ましい。

 妹にペットプレイされてみたい。


 頭を軽く撫でられたマールさんがだらしない笑顔で喜ぶ中、レフィーさんは息を切らすほど疲れていた。


「はぁ、はぁ、そ、そんなに急がなくてもいいだろう。いったい、何があったっていうんだよ」


 入った地下の格納庫はただ広いだけの倉庫。

 本当に何もない空間で、予備に残された部屋って感じだ。

 光の魔石で明かりが付いているから、作業にも支障はないはず。


 イリスさんがそっと扉を閉めると、ガチャッと鍵をかける。

 来る時にガッと掴んで持ってきた氷の魔石を辺りにばら撒くと、ひんやりした空気が流れていく。


「レフィーに蓄積した4,356個の借りのうち、3,000個分は返せるほどの大きさですわ。いいこと? マールもレフィーも他言無用ですのよ。まだ情報規制がかかっている内容ですの。いずれ公開する予定ですけど、公開時期は未定のトップシークレット案件ですわ」


 借りを作りすぎだろう。

 そりゃ本人も覚えていないし、返せるような量じゃないよ。


「情報規制がかかってる内容を、うちらみたいな人間が知ってもいいのか? 話すつもりはないが、簡単に聞いてもいい問題じゃないだろう」


「構いませんわ。レフィーは1番信用していますし、マールはわたくしの言うことに逆らわないタイプですの。わたくしの人を見る目は確かですのよ」


 実際に会った醤油戦士に危険な依頼をお願いした時点で、説得力0だ。

 あっさりとマールさんを下僕にしたことはすごいと思うし、マールさんに至ってはその通りだけど。


「細かい話を聞かなければ大丈夫だと思います。今から出すものを内緒にしてもらえれば、何も問題はありません。解体好きのレフィーさんにとっては、悪い話にならないと思いますし」


「そうですわ、むしろ喜ぶべき案件ですの。さぁ、早く出して差し上げて?」


 近くで見ると驚きすぎると思い、少し離れた場所まで歩いていく。

 マールさんは受付の仕事をしてるといっても、魔物の耐性は強くないはず。

 イリスさんも統括とはいえ、か弱い女の子だから。


 みんなから5mほど離れたところで立ち止まり、アイテムボックスからキマイラを取り出した。

 当然のように嬉々とした表情に変わるのは、レフィーさんが本当に解体好きだからだろう。

 普通はマールさんのように、言葉にならないような驚き方をするから。


 猛ダッシュでキマイラに近付くレフィーさんは、早速ベタベタと触っていく。


 蛇になっている尻尾を恐れることもなく、顔をグッと摘まんで歯や目を確認。

 脚の指も研究するようにチェックして、爪をウットリするような表情で眺める。

 傷口からまだ少し流れる血を指で取ると、ニオイまで嗅ぐ徹底ぶり。


 解体好きということもあるけど、きっと魔物の構造が気になるんだろう。


 無言で嬉しそうにじっくり見ていくレフィーさんの姿を、僕達はそっと見守っている。

 怖がるマールさんは、自然とイリスさんの腕をギュッと抱き締めていた。

 興奮するような様子はないから、本当に怖いんだろう。


 イリスさんが落ち着かせるように頭を撫でてあげると、目を細めて喜び始めたけど。


 抱きつくマールさんの姿をチラ見していると、レフィーさんの顔がいきなり曇り始めてしまう。

 いくつもある傷口のうち、一点だけ目を細めて見つめていた。


「なぁ、さっきヴォルガの兄貴達が解体不可能だったと言ったよな。ここに僅かだが、表皮剥ぎ取ろうとした痕跡が体内の肉に付いている。あの5人がチャレンジしても出来ないなんて信じがたいんだが、こいつはいったいなんなんだ?」


「災害級の魔物に分類されるキマイラという魔物です。フリージアのギルマスが言うには、死んでも表皮に魔力が流れているみたいで、死んだ今も物理攻撃が通りません。実際に戦った時も物理攻撃は受け付けませんでした。だから、解体用のナイフで皮を処理できないみたいで」


 災害級の魔物と聞いた瞬間、レフィーさんの目がキラキラと輝き始めた。

 ガッツポーズをして喜び、死んだはずのキマイラに抱きつくというクレイジーっぷり。


「レフィー、魔物に抱きつくものではありませんの。フェンネル王国の国王も認めた、正真正銘の災害級の魔物ですのよ。わたくしも初めて見ましたけど、このように禍々しい魔物は初めて見ますわ」


 傷口に頬ずりをして顔に血を付ける姿は、さすがの僕でも引いてしまう。

 可能ならば、今すぐキマイラと場所を変わりたい。


「ちょっとくらい許してくれよー。災害級の魔物を解体することが小さい頃からの夢だったんだ。しかも、あのヴォルガの兄貴達も解体できなかったなんて、燃えてくるなー」


 いったいヴォルガさんはどれだけすごい人なんだろうか。

 レフィーさんに名前を覚えられているなんて、羨ましい。


「ヴォルガさんってそんなに良い解体屋なんですか? たまに頭から蒸気を吹き出す変態なんですけど」


「蒸気を出す仕組みはわからないが、解体業界じゃ有名な人さ。うちも1年間フリージアでヴォルガの兄貴に弟子入りしたからな」


「え?! レフィーさんフリージアにいたんですか?」


 そのままフリージアで仕事しててくださいよ。


「あぁ、今でもヴォルガの兄貴に勝っているとは思わないよ。特にドラゴンの解体なんて、持ち込まれる数が少ないから手間取ることが多いんだ。それなのに、ヴォルガの兄貴は迷うことなくナイフを入れていく。どんな魔物でも最小限の劣化で済むような丁寧で素早い解体は、超一流の証だ」


 言われてみれば、ワイバーンだってブリリアントバッファローだって、頻繁に持ち込まれる魔物ではない。

 肉以外にも、皮、鱗、内臓、爪など、全ての部位が素材になる。

 のんびり解体すると腐敗が早まるけど、ヴォルガさんは何を持っていってもパパッと処理してくれる。


 出会った頃からお世話になってたけど、意外にすごい人だったんだな。


「何でもいいですから、早く解体してみなさいな。師事していた人が出来なかったのなら、うまくいっても時間はかかるはずですのよ。今からキマイラの解体が終わるまで、他の解体をせずに専念なさい。これはギルドからの命令ですのよ」


「当然だな、こんな大物を前にしたら他の解体なんてできるはずがない。うちの他にも解体屋はたくさんいるし、遠慮なく専念させてもらうよ。肉や内臓は危なそうだから処分するかもしれないが、骨・牙・爪・表皮はしっかり取りたいなー。まずはやっぱり、表皮からか」


「一応氷の魔石は使っておりますの。後で上着を持って来てあげますから、ちゃんと着るんですのよ」


 子供のような無邪気な表情で考え始めるレフィーさんは、早くもイリスさんの声が聞こえていない。

 はぁ~とため息を吐いたイリスさんと一緒に、僕達は部屋を後にした。


 手伝えることは何もないし、喜んでくれて何よりだよ。


 もしも解体に成功できたら、フィオナさんとサラちゃん用の装備が作れるかもしれない。

 フリージアへ帰る楽しみもできるし、解体できることを祈ろう。


 いつまでもイリスさんにベタつくマールさんを引きはがして、ティアさんの元へ向かう。

 早くブリリアントバッファローの解体も終わらせたいから。

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