第148話:なんて男ってやつはバカなんだ!

- 3日後 -


 ティアさんによるブリリアントバッファローの解体は、思ったよりも長期戦になった。

 倒したばかりの状態で保存できているからいいけど、1体解体するだけで数時間はかかる。


 慣れていない魔物ということもあるけど、全身が素材になるから、ナイフを1つ入れるだけでも考え抜く必要があるんだ。

 初めて解体する砂漠の魔物でも、ティアさんはここまで苦戦することはない。

 一緒に持ち込んだオークジェネラルだって、苦戦せずに解体をしてくれた。


 それだけブリリアントバッファローのような、全身が貴重な素材になるタイプは解体が難しいんだろう。

 レフィーさんの言う通り、あっさり解体してしまうヴォルガさん達の腕がおかしい。


 さすが変態だ。


 ペースが遅くなったとしても、品質に影響が出るくらいまで時間はかからない。

 ブリリアントバッファローの素材はかなり高く売れるし、イリスさんもご満悦。


 砂漠ではなかなか手に入らない素材のため、いくつ解体しても高値のまま。

 肉は必要だから7割回収するけどね。

 それでも大量に卸せるから、感謝をされても文句を言われることはないよ。


 相変わらずマールさんと一緒にティアさんの解体を見守っていると、肩をトントンと叩かれた。

 後ろを振り返ると、イリスさんがいた。


「本当にブリリアントバッファローを何体も持っているのですね。ギルドとしては嬉しいですが、信じられないことだらけですわよ。あなたに常識というものを教えて差し上げたいですわ」


 同じことをリーンベルさんに言われたことがありますよ。


「良い意味で想定外ならいいじゃないですか。ブリリアントバッファローの素材も高値で売れてるみたいですし。レフィーさんの方はどうなってるんですか?」


「色々試しているみたいですけど、進展はなさそうですわ。あの子は悔しそうにしながらも楽しんでいますから、もうしばらくは出てこないと思いますの。それで、例の件で少し話をしたいのですけど、場所を変えてもよろしくて?」


 例の件……巨大ワームのことか。

 確かダークエルフが関わってる可能性かあるっていうやつ。

 ここで話せるような内容じゃないと思うし、移動した方が良さそうだな。


「わかりました」


 移動するために立ち上がると、マールさんも一緒に立ち上がる。

 イリスさんを期待の眼差しで見つめ、久しぶりに出会えたことが嬉しそうだ。


「マールは待っていなさい。待つのも仕事ですのよ」


「は、はい! イリス様」


 忠実なる下僕であるマールさんに見送られながら、再びVIPルームへ案内してもらう。


 部屋の中に入っても誰もいない。

 第2の妹であるイリスさんと2人きり。

 向かい合って座るんじゃなくて、隣に座って甘えられながら話したいよ。


 だが、現実は向かい合って座る。

 テーブルという壁も存在する。


「先日、以前から頼んでいたAランクレベルの実力を持った3人のBランク冒険者が、巨大ワームに挑みましたの。同じBランク冒険者を補助として同行させていたから良かったものの、こっ酷くやられてきましたわ」


 多分、カエルピラミッドを見て腰を抜かした3人組だろう。

 大物を狩って見返したいと思ったのかな。


 Aランク並みの実力を持ってる人間がやられているなら、巨大ワームはSランククラスになる。

 こんな時にスズとシロップさんがいてくれたら、あっさり倒してくれるんだけど。

 正義感の強いスズなんて、2つ返事で討伐に行っちゃうよ。


「僕がここに来たのはだいたい2週間前ですけど、その時から冒険者にお願いしてましたよね?」


「えぇ、もう2か月ほど前になるかしら。ここから南へ行った灼熱砂漠という酷暑地帯にワームは生息していますの。でも最近になって、1体の巨大ワームが現れ、ジリジリとこの街の方へ生息域を広げ始めたのですわ。ワームのスタンピードなんて洒落になりませんから、以前から高ランク冒険者を派遣しているのですが……」


 全て玉砕してるってわけか。


 あの3人の実力が確かだったとしても、彼らはまだBランク。

 冒険者の国として栄えているにしては、ちょっと弱く感じてしまう。

 普通はもっと高ランクのAランク冒険者パーティを複数投入して、確実に撃退することを試みるだろう。


 補助としてBランクパーティを付けた理由もわからない。

 仮にAランク冒険者が追い返されていたなら、補助として付けたBランクパーティは撤退要因として用意したはず。

 なんでわざわざあの3人組を、水着の美女で誘惑してまで向かわせたんだろうか。


 お人形さんみたいな顔して可愛いのに、意外に腹黒いのかな。


「Bランク冒険者を向かわせた理由を聞いてもいいですか? この国なら他にAランク冒険者もいると思うんですけど」


 あまり話したくないことなのか、悲しそうな顔でうつむいてしまった。


「正直に申しまして、時間稼ぎですわね。巨大なワームが警戒しないことには、どんどん街に近付いてきますの。負けたとしても戦闘を繰り返す以外に方法はありませんでしたわ。彼らを選んだのも物理攻撃を主体とするパーティでしたので、もしかしたらと……」


 イリスさんの話は予想以上に深刻だった。


 灼熱砂漠に生息するワームは、過酷な環境で育ったために魔法耐性が強い。

 今までは上級魔法でダメージを負っていたワームでも、巨大ワームは一切魔法が効かない。

 そのため、討伐するには物理攻撃を主体として戦う必要がある。


 通常のワームが大きくて10mなのに対して、巨大ワームの全長はおよそ5倍の50m。

 常に動き続けるワームに近付くことは難しく、なかなか敵の懐に入って攻撃することができない。

 もしできたとしても、一撃で決めるような攻撃をしなくては致命的な反撃をもらうことになる。


 巨大な体を活かして向かって来る突進攻撃。

 近付いて攻撃した敵を、体を振りまわして跳ね飛ばすような攻撃。

 砂に潜っていきなり現れ、大きな口で獲物を飲み込んでいく。


 すでにAランク冒険者10パーティで編成を組んで、討伐へ向かったこともあるらしい。

 犠牲者は出なかったにしても、全員が怪我をして撤退したそうだ。


「次は近隣の街からもAランク冒険者達を一斉召集して、20パーティで討伐へ向かう予定ですわ。ですが、裏でダークエルフが糸を引いているのであれば、街を捨てて撤退するべきでしょう。難しい判断を迫られるため、なかなか判断に迷っておりましたの。子供とはいえ、あなたは頭が回ると聞いていますわ。どうか、わたくしにアドバイスをいただきたいですの」


 今すぐにでも涙がこぼれそうなほど、イリスさんの目はウルウルしていた。

 両手を力強くギュッと重ね、祈るように僕の顔を眺めてくる。


 まさかの知的キャラの弊害である。


 モテるからと調子に乗り過ぎた影響で、国を捨てるか捨てないかの選択肢を相談されてしまった。

 選択をミスすれば、大量の国民が死ぬだけじゃない。

 世界中に存在する冒険者ギルドが大混乱に陥るだろう。


 かといって、安易に国を捨てることもできない。


 首都のように大勢いる国民を受け入れてくれる場所や食料は、急に用意することができないから。

 ワームがどこまで押し寄せるかわからないし、人間同士の争いまで勃発する可能性もある。

 マールさんのおじいちゃんやおばあちゃんなどの年配の方は、猛暑の中を進むことも厳しいだろうし。


 本当にAランク冒険者を20パーティも集めることができるなら、料理効果で討伐することも可能だ。

 ダークエルフが出てきたとしても勝算はある。

 でも、ユニークスキルをスズの判断なしで広げるのは危ない。


 そもそも、これはダークエルフの仕業なのか?


「ハッキリしたことは言えませんけど、ダークエルフの仕業よりも自然発生した変異種だと思います。ダークエルフだったら、巨大化したワームを複数用意して一気に攻めて来るはずですから。2か月以上もゆっくりとした侵攻は考えにくいかなと」


 フェンネル王国では、4方向から大量の魔物によるスタンピードと強化オーガが召喚された。

 獣人国では、3体の災害級の魔物を召喚され、後にもう1体召喚された。


 それなのに、今回は巨大ワーム1体だけ。

 冒険者が逃げ帰ってきていることを聞くと、災害級の魔物とはいえないだろう。

 Sランク級の魔物1体がワームの群れを引き連れているなら、どうしても弱く感じてしまう。


 完全に僕の感覚が麻痺してるだけだと思うけどね。

 Aランク冒険者を10パーティも跳ね返すなんて、普通だったら絶望的に感じる内容だと思うから。


「それが聞けただけでも、肩の荷が下りますの。予定通り巨大ワームの討伐編成を組んで、現地へ派遣すると致しますわ。気が進みませんが、砂漠の国に1人だけいるSランク冒険者にも声をかけましょう。できることなら関わりたくないのですが……」


 そんな人がいたのかよ。

 冒険者ギルドのトップなんだから、好き嫌いで判断しちゃダメだ。

 会社や組織で過ごすには、嫌なお付き合いだってすることもある。


 日本の社会なんてストレスまみれなんだぞ。

 逃げ道はコンビニスイーツと冷蔵庫に眠るチョコレートだけなんだから。


「非常事態なら仕方ないと思いますよ。それでは、僕は解体場に戻りますね」


「あっ、お待ちくださいな。もう1つお願いがありますの」


 立ち上がる僕にトコトコトコっと可愛らしく走ってきたかと思うと、目の前で立ち止まった。

 ジッと見つめられると自然に目を反らしてしまうのは、それだけ可愛いからであって……。


「あなたは相当女の子に弱いみたいですわね」


 いきなり何を言いだすんですか。

 僕に強いという言葉は存在しませんし、そんなことをわざわざ確認しないでくださいよ。


「おまけに恥ずかしくて目を見て話せないなんて、とんでもないヘタレですわね」


 もしかして、イリスさんはドSなんですか?

 マールさんも一瞬で下僕にされましたし……。


 あっ、ちょ、ちょっと、なんですか?!

 顎クイはやめてくださいよ!

 顔も近付けてこないでください!

 あぁぁぁぁっ、いきなりのご褒美タイムはお控えください!!


 唐突に妹からキスされるシチュエーション……好き。


「もしお願いを聞いてくださるのなら、1時間だけわたくしを好きにしても構いませんわよ。こう見えて、最近28歳になりましたの。いろ~~~んなことも知っておりますし、そういうことに興味がありますわよね」


 ま、待ってくださいよ。か、顔が近いです。

 ふーって吐息を口元にかけてこないでください、妊娠しますよ!


 何ですか、28歳になった妹の体を1時間だけ好きにしてもいい、という夢のオプションは。

 今まで色々なことを妄想して生きてきましたけど、口にしてご提案いただいたのは初めてですよ。


 しかも、最近出会って数回しかお会いしていない妹キャラのイリス様。

 幼児体型なのに大人の女というギャップも溜まらないし、Sっぽさがあって罵りながらリードしてくれそう。

 初めて大人の階段を上るには、個人的に1番理想の相手。



 どうしよう、完全なワンナイトラブのお誘いだ。



 いや、もっと冷静になって考えろ。

 このタイミングのお願いだと、間違いなくワーム討伐へ行くことになる。

 パーティを組まずに単独で向かえば、間違いなく死んでしまうぞ。


 ゴブリン以下のステータスを持つ最弱の冒険者が、Aランクパーティが束になっても敵わない相手に勝てるわけがないだろう。

 ステータスだって最弱なんだし、囮役として餌にされること間違いなし。

 ダメだ。このお願いを受け入れてしまったら、2度とリーンベルさんの元へ帰れなくなる。


 それに、仕事のために自分の体を売るなんて、お兄ちゃんとして許せない。


 もっと自分の体を大事にしてほしい。

 もっと好きな人と愛を分かち合ってほしい。

 もっと夢中になるような恋をしてほしい。


 ふっ、ここはズバッと言ってやるべきだな。


 男とは何たるやを我が妹に示してやるんだ。

 誘惑をするような魔性の女になっちゃいけない。

 こうやって弄んでいたら、変な男に捕まって大変なことになってしまう。


 ここは兄として……一歩も引けないところ!!

 今こそ妹の過ちを正し、希望の光へ繋げよう!


「マールさんには内緒でも大丈夫ですか?」


 ち、違う。そうじゃないだろう!

 僕の希望の光はいいんだよ。

 イリスさんの今後の人生のために、過ちを正さないと。


「もちろんですわ。2人きりで好きにしてくださいな」


 あぁぁぁ、確実に起こる素敵イベントの誘惑に打ち勝てない!

 ダメだ、断れ! 断るんだ!


「お願いします」


 あぁぁぁ!! なんて男ってやつはバカなんだ!

 女の手の上で転がされているとわかっていながら、なぜ自ら転がりに行ってしまう。

 家に帰ってフィオナさんに頼み込めば、いつだって激しいプレイができるんだぞ。

 わざわざ死地に向かう必要はないんだ。


 それなのに……、

 なぜ、一夜を共にして捨てられたいと願ってしまうんだろうか。


「ふふふ、それではワーム討伐に加わってくださいな。体を洗って待っておりますわ」

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