第146話:冒険者ギルド本部
正体がバレた瞬間に、VIPルームへ足を運ぶこととなった。
血相を変えたレフィーさんがお願いしてきたから、何か問題事があるに違いない。
雑魚処理専門の付き人としては、厄介ごとだけは避けたいんだけど……。
一緒についてきたマールさんは背筋をビシッと伸ばしたまま、僕の隣の椅子に座っている。
こんなに緊張している姿を見るのは初めて。
いきなり会社の本部に来て、偉い人と会いそうな雰囲気だから気持ちはわかるけどね。
マールさんの額からポタポタと汗が垂れ始めると、1人の女の子がレフィーさんと入ってきた。
顔立ち、仕草、服装、どれをとってもお嬢様としか思えない。
まだ垢抜けないお人形さんのような可愛さを持つ、女子中学生くらいの女の子。
身長は僕と同じぐらい小さく、おっぱいもまた小さい。
ティアさんと妹キャラが被って困るよ。
バッと立ち上がったマールさんが最敬礼のお辞儀をするから、偉い人に違いない。
貴族令嬢のようにスカートを軽くつまんでお辞儀をすると、僕とマールさんの向かい側に座った。
「わたくしが冒険者ギルドを統括しているイリスですわ。以後、お見知りおきを」
「ボッボボボッボ、ボクはフリージアでギルドの受付をしているマールでふ」
完全に声が裏返ったマールさんからは、緊張感しか伝わってこない。
会社の偉い人に会うから緊張してるんじゃない、イリスさんが好きだから緊張してるんだろう。
本当にわかりやすい人だよね。
まさか冒険者ギルドを統括している人が女の子だと思わなかったけど。
このことはもっと大々的に公表するべきだよ。
冒険者ギルドのトップが可愛い女の子なら、僕みたいな変態は冒険者活動を必要以上に頑張っちゃうからね。
「えっと、タツヤです。VIPルームに通されるような人間でもないと思うんですけど」
口元を手で隠し、ふふっと笑う姿は愛おしい。
ティアさんにお兄ちゃんを捧げたはずなのに、一瞬で心が奪われてしまった。
ごめんね、ティアさん。
もう1人妹ができちゃった。
「冒険者ギルドとしましては、あなたを高く評価していますわ。月に1度、各支部のギルドマスターより報告書をいただきますの。ジェラルド、アンリーヌ、ユリアンヌ、メイプル、あなたに関わったギルドマスターは全員が太鼓判を推していますのよ」
……ちょっと待ってくれ、整理させてほしい。
フリージアのギルドマスターは、ジェラルドというムキムキマッチョだ。
王都フェンネルのギルドマスターは、鼻の中に精霊が入ってくる精霊使いのアンリーヌさん。
ワイバーン討伐で行ったバジル村のギルドマスターは、ユリアンヌさんだったはず。
最後のメイプルって、心当たりのある人物が1人しか知らないんだけど。
ワンワン吠えるだけのイメージで、ギルドマスターという感じがしない獣人。
「もしかして、獣人国のギルドマスターって王女様ですか?」
「あらっ? ご存じありませんでして? 獣人国の冒険者ギルドは、代々王女が管理していますのよ。彼女は可愛らしいですが、賑やかすぎて困りますわ」
フリージアのギルドへ連絡する時、魔石通信の準備をしてくれたのはメイプルちゃんだった。
伝令役をやってくれていたのも、ギルドマスターだから冒険者である僕を接客してくれてたのかな。
「ずっとワンワン吠えてましたからね。獣人国の滞在時間も短かったので、全然知りませんでしたよ」
「そうかもしれませんわね。ダーk……ごほんっ、テロリストの襲撃も報告書で聞いておりますわ」
マールさんとレフィーさんがいるからか、ダークエルフという言葉を隠した。
フェンネル王国も獣人国も、冒険者ギルドの本部にダークエルフのことをしっかり話したみたいだ。
協力関係になるとはいえ、思っている以上に積極的な情報開示をするんだな。
「そこで1つお願いがありますの。砂漠の国でも巨大なワームが出現して、魔物の動きが活発化していますわ。報告書によれば、魔物を強化したテロリストもいるとのこと。関係性があるかもしれませんので、お手伝いいただきたいのですわ」
いくらお人形さんのように可愛い妹のお願いでも、それを受けることはできませんよ。
ダークエルフが絡んでいたら、即死コースですからね。
仲間がいないと何もできない醤油戦士ですし、ステータスはゴブリン以下です。
最近ちょっと活躍したからって、調子に乗って戦いませんよ。
勝てる相手にしか戦いを挑まない、どこまでいってもヘタレな男ですから。
「お手伝いしたい気持ちはあるんですが、難しいですね。普段はパーティを組んでいるんですけど、今は別行動を取っているんです。ここ来たのは僕だけで、戦闘は専門外のサポート役でして。無事に砂漠へ行けるようにと、マールさんに案内してもらったぐらいですし」
全く手伝う気持ちはないので、ちゃんとした理由で断っていく。
マールさんに同意を求めようと振り向くと、自然に視線が集まってしまう。
未だに緊張しているマールさんは、ずっと溢れ出る汗をタオルで拭いているよ。
「さ、さ、砂漠出身のボクが案内しております。パーティを離れて1人で来ていることは事実であり、現在は毎日大量のカエルを卸している途中です」
「確かに、うちもこの子と一緒に来ているところしか見たことがない。毎日大量の素材を提供してくれてるが、この国で冒険者活動している様子はないな」
マールさんとレフィーさんの証言で、イリスさんは少し悲しそうに下を向いてしまった。
「……そうですか、わかりましたわ。難しい案件なだけに、無理を言うわけにもいけませんものね。でも砂漠の国にいる間だけでも、困ったことがあればご相談させていただけませんか? 実際に戦ったあなたと報告書だけを見てる私では、感じることが違うと思いますの」
「それくらいでしたら大丈夫ですよ。基本はティアさんに解体してもらっていますので、何かあったら声をかけてください」
イリスさん、何でもお兄ちゃんに相談してくださいね。
頼りになるところはありませんけど。
「あっ、そうですわ。個人的なお願いになってしまうのですけど、レフィーに珍しい魔物を解体させてもらえませんこと? どうにも最近珍しい魔物を解体できずに欲求不満らしくて」
「お、おい、イリス。お前が言わなくてもいいんだよ。うちはうちで頼んでるんだし、冒険者にギルドの統括が頼んだら断りにくいだろう」
「多少の職権乱用なら使わなければ損ですのよ。もっと頭を柔軟にしませんと、チャンスを逃しますわ。それに2人とも女性に弱い感じがしますから、頼んだ方がお得ですの」
なぜ僕とマールさんが女性に弱いということがバレているんだ。
マールさんは一目見たらわかるけど、まだ僕はそんな雰囲気を見せていないというのに。
「マナーとモラルの問題だって。だいたいうちはあんな媚びを売るような接客はやめろってあれほど」
「お言葉ですが、元々砂漠の国を出会いの場としている者が多いですの。わたくしの政策で依頼成功率、達成率、冒険者平均滞在時間の他に、結婚率まで上がりましたのよ? レフィーはすぐにそうやって……」
妹と姉御の言い合いが始まった。
マールさんはようやく緊張が解けたのか、微笑ましく見守っているよ。
見た目は妹だけど、一応彼女が冒険者ギルドのトップなはず。
ただの解体屋であるレフィーさんが対等に言い合うのはおかしい。
イリスさんがレフィーさんのためにお願いしてきたことが発端だから、親しい友人なのかな。
……夜のお店のような接客が、イリスさんの政策だとは思わなかった。
あんなエッチなことを目の前の妹系お嬢様が考えていたとはね。
冒険者ギルドは安泰だよ。
お兄ちゃんとしては複雑な気持ちだけど。
「あの~、2人はどういう関係なんですか?」
「あ、はい、同い年で幼馴染みですのよ。レフィーはこの通りたくましい方ですから、色々借りがあるんですの。溜まっていく一方ですので、いい加減に減らしておきたくて」
「気にしてないからいいって言ってるだろう。うちも覚えていないようなことばかりなんだから」
少なくともレフィーさんは、アカネさんと同い年ぐらいの大人の女性だから、27、8歳かな。
同い年で幼馴染みなら、イリスさんは随分子供っぽく見えてしまう。
胸も身長も顔も全て中学生みたいだからね。
「むっ、いま失礼なことを考えましたわね。どうせ私は全身幼児体型の子供に見えますわよ、ふんっ。それで、お願いは聞いてくださいますの?」
怒らないでくださいよ、僕は全身幼児体型もウェルカムですから。
妹に手を出されたいと思う変態ですし、お嬢様の下僕や奴隷になりたいと思うクレイジーな一面も持ちます。
全然タイプの違う2人の妹に迫られるところを考えるだけで、幸せな気分になってしまいますよ。
とはいっても、ティアさんの未来がかかっていますからね。
姉御の欲求と妹の未来では、どうしても天秤が妹に傾きます。
「今アイテムボックスに入ってる魔物は、以前にオーク集落を壊した時のオーク達と、ブリリアントバッファローの群ればかりなんですよね。マールさんの友達なので、できるだけティアさんに解体してもらいたいですし」
「……レフィー、ブリリアントバッファローって群れで倒せました?」
「いや、群れで襲われたら国が崩壊するぞ。40匹もいると聞いていたが、群れで狩るとか正気の沙汰じゃないな」
「えっ?! よ、よんじゅう!? あり得ませんわ、ギルドとしては嬉しい限りですけど。そんなにいるなら、1匹くらい変異種でも混じっていませんの?」
えーっ、そんな無茶振りをされても困りますよ。
回収した時に変なものは見つかりませんでしたし、変異種って簡単に見つかるようなものじゃないでしょう。
まぁ、珍しい魔物がいないってわけじゃないですけど。
災害級の魔物が獣人国を襲ったことは、混乱を防ぐためにまだ一部の人間しか知らされていないはず。
当然のようにマールさんも知らないし、レフィーさんが知っているわけもない。
「変異種はいませんが、ちょっと人前では出しにくいレアな魔物はいます。フリージアでは解体不可と判断されましたし、買い取り額や買い取り費用がわからない魔物なんですが……」
「持ってるなら早く教えてくださいな。解体費用ぐらいわたくしが持ちますし、売却なら買い取り額は適正に判断いたしますわ。そもそも、解体不可なんて聞いたことありませんわよ。初心者が多い街とはいえ、フリージアの解体レベルを見直さないといけませんわね」
レフィーさんと言い合いしてからイライラしてるのか、イリスさんは愚痴を漏らすように話している。
はぁ~、と大きな溜め息をついて呆れているほどだ。
一方、レフィーさんは顎に手を当てて、難しい顔で考え始める。
「待て。フリージアにはヴォルガの兄貴と蒸気ブラザーズがいる。解体屋のレベルは本部と同等、いや、それ以上といっても過言ではない。Sランクの魔物やドラゴンでも軽々と解体するレベルだぞ。それなのに、どうして解体不可能なんて判断を……」
レフィーさんの言葉に、イリスさんが真顔になっていく。
情報規制がかかっているギルド職員とは違う。
統括であるイリスさんは獣人国の出来事を把握している。
災害級の魔物が現れて、僕達が討伐したことも知っているだろう。
フリージアで解体に挑戦した時も、人目がない早朝を選んで立ち入り禁止にしたくらいだ。
本来は存在しない魔物であり、見ることも叶わない。
解体屋の変態達同様の解体魂を持つレフィーさんにとっては、喉から手が出るほどの魔物。
って、ヴォルガさん達はそこまで有名な人だったのかよ。
なんで初心者の街なんかで解体しているんだ。
変態すぎて追い出された以外に考えられないぞ。
「ぜ、ぜひ、それでお願いしますわ! 確か地下の大きめの格納庫が空のはずですの。レフィー、今すぐ素材が傷みにくいように氷の魔石を準備して、お預かりしなさいな。このチャンスを逃したら、一生解体できないかもしれませんのよ!」
テンションが上がるイリスさん。
急なことで混乱するレフィーさん。
イリスさんのテキパキした姿に惚れ込むマールさん。
そして、好感度爆上げイベント到来の予感がして喜ぶ僕。
「お、おい、どうしたんだ? うちも無理矢理ここに来てるんだから、この後は解体場に戻らないと……」
「バカなこと言ってる間に魔物は逃げますわよ! いいから言うこと聞きなさいな。ほら、マール。あなたも手伝いなさい。一緒にレフィーを地下へ連れていきますわよ」
すごい勢いで椅子から立ち上がったマールさんは、テーブルに頭をゴンッとぶつけてるようなお辞儀をした。
「名前を覚えていただいただけでなく、レフィーお姉さまのお触り許可をいただきありがとうございます!」
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