第145話:兄として
- 2週間後 -
「ごめんね、午後からは先約があって解体できないの。明日の午前中に来てもらえたら嬉しいなー」
ティアさん育成計画は順調である。
連日のカエルピラミッドにより、カエルを瞬時に解体する姿を冒険者達に目撃されている。
淡々と妹系女子が仕事をする姿に激萌えして、妄想勘違いお兄ちゃんが続出。
今や50人いる解体屋さんの中で、もっとも忙しい人物といっても過言ではないだろう。
解体数・売り上げともに、不動の1位を守り続けたレフィーさんを凌ぐほどに。
たった2週間で、ワースト1からナンバー1に輝くシンデレラストーリー。
解体した魔物の9割がカエルだけどね。
「そうか、仕方ねえな。明日の依頼を受ける前に立ち寄ってやるよ。まっ、兄としては当然のことだがな」
最初は解体に慣れなくて緊張することが多かったけど、今となっては別人だ。
元から解体技術もあったことが大きく、カエル1体を解体するのに15分かかっていたのが、今やたったの3分。
あまりにも早く処理するため、午前中は他の冒険者達に解体の時間を譲り、午後は専属として解体してもらっているよ。
アイテムボックスの中に眠るカエルも少なくなってきたし、今日から量より質で勝負していく。
ブリリアントバッファローとオークジェネラルの解体だ。
カエルと違って傷を付けられない貴重な魔物だから、今までとはプレッシャーが違うだろう。
でも、今の彼女なら上手くやれると信じている。
多少時間はかかっても構わないし、傷が付いても僕は気にしない。
だって、積極的に挑戦してミスした妹を怒るなんて、おこがましいことだろ?
叱るのは上司の仕事であり、兄としては寛容な心で受け止めてあげるべきだ。
落ち込む妹に未来を指し示し、笑顔というチップをもらうために。
勘違いお兄ちゃんの冒険者が嬉しそうな顔でティアさんの元を離れる姿を見て、マールさんと一緒に近付いていく。
元祖変態妄想お兄ちゃん達がやって来たよ。
「長かったカエルとの戦いの日々も終わり、今日から新しいレッスンです。先に残ってるカエルの解体をお願いしますけどね」
僕は慣れた手付きで小さめのカエルピラミッドを作っていく。
砂漠のオブジェクトといえばピラミッドだからね。
異世界にそんなものは存在しないけど、今や冒険者の中でカエルピラミッドが名物化しているよ。
遠くの方で「今日は小さいからこれで終わりだな」という声が聞こえてくるほどだ。
「カエルさんの解体がなくなると少し寂しいなー。しばらくゲコゲコ音も聞けなくなっちゃうね」
うぐっ、今すぐカエルを取りに行きたい衝動に駆られてしまう。
愛する妹にそっと差し出し、喜ぶ姿を見たい。
間近で笑顔を見られるだけでいい、水着姿だからって変態的なことは考えちゃいけないんだ。
妹に恋愛感情を抱いたり、欲情したりするなんて、存在してはいけない感情だから。
ティアさんのファンはみんなそのことをわかっている。
だから、エロい目線で彼女のボディを眺めることはない。
頑張って解体する姿に癒され、再び依頼へ旅立って行くんだ。
また……妹に魔物を届けて成長してもらいたいと思いながら。
まっ、例外な人間だっているけどね。
誰とは言わないけど、醤油を撒き散らかすやつだ。
変態の中でもクレイジー変態に分類されるから、妹に襲われたいと思っているんだよ。
顔には出さずに、隠れてやましい目で見ている危ない存在。
ロリ巨乳の妹が毎朝行うストレッチが見たくて、マールさんを叩き起こして早朝に来ているだからね。
「昨日は高ランクの冒険者さんが、大きなサソリさんを取って来てくれたんだー。初めて解体したから楽しかったよー。これからサソリさんもどんどん解体していきたいなー」
バレないように見守っていた冒険者達が、3パーティほど一斉に動き出す。
みんな口々に「サソリだ、サソリだ」と呟いて、解体場を出ていった。
我が妹は恐ろしいほど天然の男垂らしだな。
あれだけ熱心なファンがいるなら、僕達がいなくなっても大丈夫だろう。
そんな解体するティアさんを眺め続けることが、最近の日課である。
カエルにナイフを入れると、ゲコーーーッと音が鳴るのにも慣れてきた。
逆に他の魔物にナイフを入れても音が出ないから、違和感を覚え始めているよ。
大兄貴的な存在感を放つマールさんに、そっとブリリアントバッファローの樽の手足を差し出す。
腕を組んでドシッと座る姿は、大御所的なオーラを放っている。
胸元だけは小物感を放っている。
今や完全にマールさんの付き人になった僕は、一歩下がってついていく大和撫子タイプ。
毎日手を繋いで解体場へやって来るため、ティアさんからは彼氏だと思われているよ。
時々すれ違うマールさんの知り合いも、同じことを思っているだろう。
繋いでいる手を3度見されるからね。
必死に彼氏じゃないとマールさんは否定するけど、誰も信じていない。
手を繋ぐのを止めようとしても、説得が得意な僕にかかれば簡単に丸め込まれてしまう。
大体わかると思うけど、「迷子になったら、家でアイスも親子丼も食べられなくなりますね」って言うだけ。
おじいちゃんもおばあちゃんもアイスにハマっているからね。
恩返しをしたいマールさんは、積極的に手を繋いでくれるよ。
ちなみに、毎晩一緒のベッドで眠っているよ。
初日以外は手を繋がれることも、キスをされることもないけど。
「マールさん、これからの解体予定はどうしますか?」
「まずは今日、ブリリアントバッファローを1体解体しよう。ボクの口はステーキの気分だからね」
あっ、それは全然ティアさんに関係ありませんね。
ただのマールさんの気分じゃないですか。
ポイントが上がるなら、ステーキにしますけど。
おじいちゃんとおばあちゃんは食べにくいと思いますから、サイコロステーキにしておきます。
そういう気配りをすることで、ポイントが上がるのも知っていますから。
ティアさんがカエルの解体を始める中、今日の夜ごはんの付け合わせを考えていると、珍しくうるさい声が聞こえてきた。
振り返ると、レフィーさんの列に並んでる冒険者達を通り過ぎ、解体中のレフィーさんに近付く3人組の男が騒いでいた。
砂漠の国に初めてきた時、ギルドでお姉さんに囲まれて巨大ワームの討伐依頼をお願いされていた3人組だ。
ギルドのお姉さんの対応に浮かれ、相当天狗になっているに違いない。
高ランク冒険者ともあろうものが、マナーを無視して順番抜かしをするなんて。
美女におっぱいを見せられて頼まれたくらいで、調子に乗っちゃいけないよ。
「おい、レフィー。俺達は忙しいんだ。先に解体してくれよ」
冒険者達からの鋭い視線を浴びながらも、3人組はレフィーさんに声をかけた。
自分達の力に自惚れ、他者を見下すような感じだ。
「旦那、冒険者としてのマナーは守ってくれよ。うちの列に並ぶのは、Bランクモンスター以上の大物も多い。少し時間もかかっちまうから、急ぎなら他の子に持ってってくれ」
さすが1番人気で姉御肌のレフィーさん。
女性なのに、僕よりも遥かに男前でカッコイイ。
「フンッ、そんなことを言えるのは今のうちだぞ。ちょっとくらい腕と顔が良くて人気があるからってな。こいつを見れば、態度が変わるだろうが。ロニー、出してやれ」
ロニーと呼ばれた男が前に出ると、マジックバッグからブリリアントバッファローよりも若干小さいドラゴンのようなものを取り出した。
周りの冒険者のリアクションが薄いのは、カエルピラミッドのようなインパクトがないからだろう。
「テオールの兄貴、これが兄貴の仕留めたデザートドラゴンですぜ」
威張り散らかしているテオールは、前髪をかきあげて渋い顔をしている。
ガッとポケットに両手を突っ込むと、首を若干傾けてレフィーさんを見つめた。
本人が思う1番カッコいい口説きポーズなんだろう。
「今すぐ解体するなら、お前に解体させてやるぜ。デザートドラゴンを解体するチャンスなんて滅多にないだろう。まっ、今夜は俺達と一緒に一杯飲んでくれるよな?」
「ハァ~。うちは解体屋に誇りを持ってやってんだ。マナーを守れないような奴の解体なんてごめんだね。ましてや、そのサイズはデザートドラゴンの子供だろう。珍しいといえば珍しいが、あんたらの負けだよ」
カチーンときた3人組は、自分の思い通りにいかないレフィーさんにガンを飛ばし始める。
一方、レフィーさんはビビることなく僕達の方を指し示していた。
「子供だろうがデザートドラゴンはギリギリAランクに分類……えええっ!! なんでカエルが山盛りになってんのー!! めっちゃ怖いんですけどー!」
「や、やべえっすよ、兄貴!! カ、カエルを解体してるっすよ!」
未だに声を発しない1人の男が大量のカエルを見て失神すると、残りの2人は尻餅をつき始めた。
周りの冒険者達が僕に目線を送ってくるから、ブリリアントバッファローを出せってことなんだろう。
みんなの希望に応えて、ブリリアントバッファローを3体アイテムボックスから取り出していく。
「ええっ、え、えーーーっ!! ぶ、ブリリアントバッファローとかマジっすかー?! 3体とか激レア度やべぇ~~。なんか、あの~、すいません。小物を取っただけで調子に乗ってしまいました。レフィーさん、後で取りに来ますので、お時間空いてる時にお願いします」
下っ端であろうロニーが失神した男を担いで、テオールは律義に順番を抜かした冒険者達1人1人に謝罪していく。
カエルにビビっていたから、他所の国で活躍してた冒険者なんだろう。
Aランクの魔物を3人で倒すなら、充分な強さを持っていると思う。
水着美女に言い寄られたことで、本当に調子に乗っちゃっただけかな。
集中しすぎて騒ぎに気付いていないティアさんが、カエルの肉を持って笑顔を見せてきた。
マールさんと一緒に笑顔を返してしまうのは、もはや脊髄反射のようなもの。
そんなことをしていると、レフィーさんが近寄って来た。
「悪いな、追い払うのに使わせてもらったよ。連日持ち込んでくれるが、元々ティアと知り合いなのか?」
リードしてくれそうな姉御のレフィーさんと、お近付きになれるチャンス到来。
マールさんのチェックが厳しいけど、ティアさん繋がりならセーフな気がする。
砂漠の国で優先すべきは、ティアさんの将来と決まっているからね。
しかし、予想外のことが起きてしまう。
レフィーさんとお近付きになりたいと思っていたのは、僕だけじゃなかったんだ。
物凄い勢いで立ち上がったマールさんは、背筋をビシッと伸ばして無駄に敬礼していた。
「ボ、ボ、ボ、ボクのいもうt……友達です!」
2週間もベッタリと一緒に過ごせば、マールさんのことがよくわかってくる。
この人は全く男に興味がなく、すれ違う可愛い女性を目で追っちゃうオッサンタイプだ。
気になる女の子を見付ければ、すれ違った後にさりげなく後ろを向いて、お尻チェックも忘れない。
僕と同じヘタレ属性を持っているため、リードしてくれそうな女性が大好き。
ティアさんの解体中にも、よくレフィーさんを横目で見ていることも知っている。
用事もなく話しかけることができないヘタレだから、今が絶好のチャンスだと思うはず。
「そうか、よろしく頼むよ。それと……出来たらブリリアントバッファローを1体解体させてくれないか? 今は忙しいから後になってしまうが、前に見た時からウズウズしていてな」
「あっ、でも、これはティアの、あっ、お姉さまに差し上げ、あっ、ティアの……」
きっとレフィーさんは本当に解体の仕事が好きなんだろう。
砂漠では滅多に解体できないため、解体欲求を我慢していたんだ。
どっかの蒸気を出す変態とは大違いだよ。
でも、これはティアさんを育てるために必要な素材。
珍しいAランクのブリリアントバッファローを解体することで、ティアさんに格が付くってもんだ。
心なしかティアさんの不安そうな顔が視界に入る。
1度レフィーさんに解体してもらえば、自分から離れるんじゃないかと思っているんだろう。
挙動不審なマールさんがレフィーさんに一目惚れしてるのは、一目瞭然だからね。
……ふぅ、まったく。困ったもんだよ。
妹の気持ちも気付かずにホイホイと違う女に尻尾を振るなんて、マールさんはお兄ちゃん失格。
こういう時に付き人の僕がしっかりしないで、誰がティアさんを守るっていうんだ。
解体屋で冒険者達から多大なる人気を得ているレフィーさんは、ライバルでもある。
敵に塩を送るとはよく言うけど、そんなバカげたことを現実でできるはずもない。
我が妹の夢を叶えるためには、姉御に立ち向かう勇気も必要。
僕はティアさんのお兄ちゃんっ!!
妹を守るためにはズバッと言う立派なお兄ちゃんだからね!!
「まだ残っているので、1体だけなら大丈夫ですよ。列が終わったら、こっちで解体してもらってもいいですか?」
クソッ、断れない、お近付きになりたくて仕方がないんだ。
姉御肌なんてめちゃくちゃリードしてくれそうだし、水着だから色々と期待もしてしまう。
お願いされて断れるわけがないよ。
といっても、ティアさんを見捨てることはできない。
咄嗟の判断で適当なことを言ったけど、なかなか良いアイデアだと思うんだよね。
姉御と妹の夢の共演、ブリリアントバッファロー解体ショーで注目されること間違いなし。
みんながハッピーになれる最高のイベントだよ。
「よ、4体も持っていたのか!! 手が空き次第こっちに来るよ!」
興奮したレフィーさんが少し前のめりになると、おっぱいが感謝してくるようにプルンッと揺れた。
マールさんと一緒に少しへっぴり腰になってしまうのは、仕方がないこと。
「いえ、全部で40体あります。で、でも、ティアさんに解体してもらいたいですから、1体だけですよ」
「……はっ?!」
「……えっ?!」
ティアさんとレフィーさんが同時に驚きの声をあげた。
2人で見つめ合うように顔を合わせている。
「レフィー先輩、ブリリアントバッファローって、そんなに持ち込まれる魔物でしたっけ?」
「いや、本部に持ち運ばれるのは5年ぶりで、1体が限度だ。近隣の冒険者ギルドでも、1か月で3体以上取引されるケースなんて……待てよ。最近フリージアで5体持ち運ばれて、騒ぎになっていたな。確かアイテムボックス持ちで……、フェンネル王国の王族を守り抜き、異例の昇格を決めた……小さな……子供……」
だんだん声が小さくなっていくレフィーさんはちょっと可愛い。
冒険者ギルドの本部だから、細かい情報が出回っていても不思議じゃない。
ほぼ他人の力だけでCランクまで上り詰めた、味噌を出しただけで英雄と呼ばれる男の情報が。
同一人物だと確信めいたものが2人の頭をよぎると、胸の谷間を見せつけるように前かがみになってくる。
姉御のおっぱいと妹のおっぱいが迫って来るという展開に、隣にいたマールさんがガン見しながら前かがみになっていく。
「「(ご本人)ですよね」」
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