第144話:甘い衝撃、再び

 もぞもぞと動くような音が聞こえて、手を優しく撫でられる。


 昨日はマールさんに緊張しすぎて、ほとんど寝れていない。

 嬉しい気持ちはあるけど、朝から攻めてこないでよ。

 フリージアからの馬車移動が連日続いたこともあって、思っている以上に体の負担があるんだからね。


 刺激的な水着美女が集まる砂漠の国は心臓の負担も大きいし、もう少しだけ休ませてほしい。


 目を開けることなく体を捻り、手を離してマールさんに背を向ける。

 すると、後ろから「ベル先輩、えへへ」と、幸せそうな夢を見ているマールさんの声が聞こえてきた。


 優しく手を撫でてきたのは、夢の中でリーンベルさんに甘えているからか。

 紛らわしくて困るよ。

 一緒のベッドで寝るくらいだし、脈ありなのかなって期待した僕がバカみたいじゃん。


 幸せそうな寝言が続くマールさんは、もぞもぞと動き続けている。


 マールさんが夢の中でリーンベルさんとイチャイチャする姿を想像して、自然と意識が覚醒してしまう。

 どんな動きをしているのか、少しだけ確認させてほしい。

 後はこっちの脳内で処理させていただきますので。


 マールさんを起こさないように、ゆっくりと体を動かして仰向けになると、予想以上にマールさんが近かったことに驚き、一気に体が硬直。


 寝ぼけてニヤニヤとよだれを垂らすマールさんは可愛く、僕のヘソに手を置いてきた。

 擦るような生々しい動きに、思わず目を閉じてしまう。


 どんどん体を近付けてくるマールさんの寝言は止まらない。

 片耳に「ベルせんぱ~い」と甘えた声が耳を通り、脳内へ侵入。

 全ての生体防御が破壊され、体を支配されるような感覚に陥った。





 ちゅっ




 一瞬だった。

 何かが一瞬、頬に触れた。


 32年間の人生の中で感じたことのない衝撃。

 頭の中で検索しても、ハッキリと答えが導き出せない。

 脳内プログラムが全てエラー表示され、警告音が鳴り響く。


 今まで保存していた脳内メモリーでは、容量不足で処理することができない。

 自動的にリーンベルさんのツンデレボイスメモリーが吹き飛び、フィオナさんのおっぱいフォルダが破壊され、スズのパンチラフォルダが消滅した。

 その代わり、特大容量のマールさんフォルダが作成され、1つの思い出だけが記憶されている。


 この記憶は本当なのか。

 ま、まさか、そんなはずがないだろう。


 おへそ擦りプレイから抜け出し、急いでベッドから飛び起きる。

 眠そうなマールさんが寝返りをうって、ビキニ越しのお尻を見せてくるけど、今はそれどころじゃない。


 自分の手で頬に触れることなく、高速でヘッドバンキングをして顔で風を感じる。

 頬の一部に冷たい感触を感じることから、濡れていることが判明。

 事件が起こる寸前に耳元で声がしていたことを考慮し、脳内メモリーに残された記憶の真実へたどり着く。



 生まれて初めて、女性にキスされた。

 口と口じゃないけど、妊娠ってするのかな。



 愛おしい2人の子を祝うようにへそを擦られたこともあり、マールさんとの新婚生活がイメージされていく。

 ご両親からも許可をいただき、実家にも泊まった。

 異世界も婚姻届けを出す文化があるなら、早く役所へ行って届け出たい。


 キスの衝撃を思い出すと、居ても立っても居られなくなってしまう。

 無駄に全力で走り出す以外に残されている道はない。


 勢いよくマールさんの家を飛び出し、全速力で駆け出していく。


 水着の美女がマイクロビキニを付けていても関係ない。

 女豹のポーズを取っている人がいてもどうでもいい。

 ブーメランパンツの男が躍っていることなんて、もっとどうでもいい。


 百合属性で男に興味のないマールさんが、タダでキスをしてくれるはずがない。

 普通に考えて何か裏があると考えるべきだ。

 面と向かって言いにくい、隠されたメッセージを読み解いてほしいんだろう。


 大丈夫だよ、マールさん。

 僕はもう、そのメッセージが何かを悟ったから。


 休むことなく走り続けて向かった場所は、冒険者ギルド。

 朝早いこともあって、まだ職員と冒険者が数人いるだけ。


 水着を着ている職員の間をすり抜け、解体場の扉を開けた。


 解体屋さんもまだ少ない中、ティアさんの姿を見付ける。

 怪我をしないようにストレッチをするティアさんは、水着姿で大股を開くように開脚。

 上体をゆっくり倒して胸の谷間を見せ付けてくるけど、今は妹の刺激的な姿に欲情している場合ではない。


 僕に気付いて笑顔を見せてくれても、真顔で返すことしかできなかった。

 お兄ちゃんは今、妹よりも優先すべきことがあるんだ。


「ティアさん、氷の魔石をこれで買えるだけください」


 そう言いながら、金貨をガッツリ掴んで手渡す。


「え、ええっ?! こ、こんなに買って何するの? この国は暑いからギルドに在庫がいっぱいあるけど、こんなに買う人はいないよ?」


 金持ちは後先考えないで買うものなんですよ。

 スズから学んだので間違いありません。


「急ぎで必要なので、大至急用意してください。今日の分のカエルはドッサリ置いておきますね」


 100匹のカエルでピラミッドを作るように置いていく。

 巨大なカエルを綺麗に飾ることで冒険者の目を引き、ティアさんが注目されるという作戦だ。

 マールさんと一緒に考えた作戦を怠るわけにはいかないよ。


 綺麗なピラミッドが出来上がる頃に、ティアさんが大量に氷の魔石を準備してくれた。

 大きな口をポカンッと開けてカエルを眺めるティアさんから氷の魔石をもらい、急いで解体場を後にする。


 のんびり眺めずにしっかり解体しておいてね。

 早くも同業者から注目をされていたから、効果は抜群だと思うよ。


 全速力でマールさんの家へ帰ると、おじいちゃんとおばあちゃんが起きていた。

 結婚すれば祖父母になるので、アイテムボックスに残っているタマゴサンドを差し出す。

 異世界人と良好な関係を保つためには、餌付けするのが1番って知っているから。


 おじいちゃんが「おぉ、これはまた新しい……」と言っているけど、ゆっくり聞く暇はない。

 印象は悪くなるけど、2人の反応を無視してマールさんの部屋に立てこもる。


 相変わらずベッドで眠っているマールさんは、呑気に寝言を言っていた。

 幸せそうな表情で「ベル先輩、ちょっとくらいいいじゃないですか~、えへへ」と、言葉を漏らしているんだ。

 枕を掴んでモミモミしているから、きっとリーンベルさんのおっぱいを揉む夢だろう。


 めちゃくちゃ羨ましい。

 それと同時に、自分の考えが正しいことを確信したよ。


 実はキスされる時に、腕に何かが当たっていたんだ。

 スズやフィオナさんのような柔らかい衝撃じゃなかったけど、あれは間違いなく貧乳のおっぱいだった。


 今もおっぱいの夢を見ているから、確実におっぱいとキスが関わってくる。

 ここまでわかれば、誰だってメッセージを理解するだろう。



 牛のおっぱいから出るミルクで作られた、キスのように甘い口どけのアイスが食べたいって。



 コンプレックスである胸まで使ってメッセージを送ってくれたんだ。

 期待に応えるのが、男ってもんだろう。

 砂漠のような暑い国で住む家族に、冷たいアイスで感謝を送りたかったに違いない。


 マールさんの優しさを胸にしまい、アイス作りに必要な調理器具をアイテムボックスから取り出し、すぐにアイスの制作に取り掛かる。


 1.牛乳、砂糖、卵を鍋に入れ、焦がさないように弱火で混ぜていく

 2.とろみが付いたら火からおろし、大きな器に入れて冷やしていく

 3.少しホイップした生クリームと、チョコチップを入れる。

 4.氷の魔石で冷やしながら混ぜて、完成


 大量に買った氷の魔石で急激に冷凍することで、あっという間にチョコチップアイスが完成した。


 チョコチップを入れた理由は、おっぱいのちくb(自重


 なんとなく突起物のような物があった方がいいと思って入れただけ、特に深い意味はないよ。

 本当は桜色したものを入れたかったんだけどね。

 他に代用品がなく、真っ黒のチョコチップを入れてしまった。


 なんか黒いイメージが付いちゃってごめんね、おいしいから許してほしい。


 アイスが出来上がると、タイミングよくマールさんが目を覚ます。

 眠い目をゴシゴシと手で擦って体を起こし、半目になりながらボーッとしている。


 早速、小さめの器にアイスを取り分けて、マールさんに小さなスプーンと一緒に手渡した。

 マールさんは冷たいアイスが気持ちよかったのか、両目をつぶってしまう。


 女の子の油断した姿は卑怯だ。

 いつもマールさんは元気な姿を見せてくれることもあって、眠そうな姿はギャップが大きい。

 普段は全く想像もできない朧げな姿に癒されてしまうよ。


「ん……冷たい」


「アイスですからね。チョコチップを多めに入れましたから、砂糖は少なめにしておきましたよ」


「……うん、ありがと」


 どういう意味か理解していないと思うけど、眠たくて話す気がないんだろう。

 毎朝冒険者ギルドに1番乗りで出社してたのに、朝は弱いタイプなのかもしれない。


 薄っすら目を開けたマールさんは、スプーンでアイスをすくおうと試みた。

 冷えて固まったアイスが簡単に崩れるはずもなく、全くスプーンが進まない。

 寝起きでうまく力が入らないんだろう。


 全然崩れないアイスにムッとすると、口が『へ』の字に変わる。

 スプーンを握りしめるように持ち替え、グググッと少しずつアイスにスプーンを入れていく。

 アイスが半分になるように最後までスコンッと刺さると、そこからさらに小さくしていった。


 途中で眠い目を擦りながら、小さなスプーンに乗るくらいの大きさに切り分けると、ゆっくり口へ運んでいく。


「ふぇっ?! な、なに? 口の中で溶けていくんだけど。こ、こんなの初めてだよ」


 僕も初めてでしたよ、女性にキスされたの。

 脳内メモリーがぶっ壊れるほどの衝撃でしたから。


「甘くて冷たいデザートのアイスです。食べ過ぎるとお腹に良くないので、1日1個ですよ」


「えー……やだ。もっと食べたい」


 アイスが甘いからって、甘えるような声を出さないでください。

 寝起きで頭が働いていないせいだと思いますけど、めちゃくちゃ刺激的ですよ。


 僕だってキスのおかわりを我慢しているんです。

 絶対してもらえないってわかってるから、言わないだけであって。


「ダメですよ、朝ごはんだって食べてないんですから」


「朝ごはんは全部アイスがいい。お願い、ちょーだい」


 普段のマールさんと違う、お淑やかな雰囲気に飲み込まれそうだ。


 じっと僕の目を見つめるだけでは終わらない。

 キスをしてきた唇をアピールするように尖らせ、上目遣いで攻めてくる。

 まだ完全に目が覚めていないのか、開ききっていない目が二重になり、大人っぽく見えてしまう。


 舌をちょっと出して唇を湿らせる大人っぽい仕草に、拒否することができるだろうか。


 お互いに見つめ合うだけの時間が流れていくと、永遠の愛を誓った仲のように感じる。

 このまま目を閉じれば、今度は口でキスをしてもらえるかもしれない。


 マールさんの唇に視線を落とすと同時に、ゆっくりと部屋のドアが開いていく。

 おじいちゃんとおばあちゃんが食い入るように覗き込み、ニヤニヤとした顔で………えっ?!


 パッと振り向いた時には、もう遅い。

 甘い雰囲気を完全に目撃され、とても嬉しそうな表情をしていた。


 僕がおじいちゃん達を見付けて驚いた姿に、マールさんは首を傾げている。

 脳が覚醒しきっておらず、まだ気付いてないんだろう。

 ゆっくりと扉の方を振り向いたマールさんは、「ひっ?!」と、驚くような声をあげた。


「ジージもバーバも何してるの!! 急に顔を出さないでよ、驚くじゃない」


「いやいや、すまんのー。何やら昨日の夜から随分と良い雰囲気じゃったから、ついつい気になってしもうて」


「じーさんや、それは言わない約束だよ。気付かないフリをするのが、大人ってものだからね。ひ孫の顔も早いとこ見れそうでいいじゃないか」


 気付かないフリをするのが大人なら、なぜ今見ているんだ。

 ベッドの軋む音が聞こえたとしても、それは僕の心臓が揺らした音。

 子作りに励んでいたわけじゃないよ。


「何もしてないよ、一緒に寝ただけなの! あっ、ね、寝たってそういう意味じゃないから。ボク達はただの恋敵。男女の関係になることはないからね!」


 必死に弁明するマールさんの声も虚しく、おじいちゃんとおばあちゃんの誤解が解けることはなかった。

 不本意ながら僕も説得を試みたけど、結果は同じ。

 2人とも照れ隠しだと思われてしまい、話はずっと平行線のまま。


 必死に否定していく姿を見て、僕はマールさんとくっつくことは本当にないと悟った。

 初めてのキスを奪ったんだから、ちゃんと責任を取るべきだと思うんだけど……。

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