第143話:OKのサイン

「ほーほー、こんなウマイものがあったとはのー。フェンネル王国なんて対したことないと思っておったが、圧倒的なウマさじゃのー」


 マールさんのおじいちゃんは、白髪で優しそうな人だ。

 夫婦ともに腰を曲げて歩いていたけど、まだまだ元気そうだよ。

 親子丼をガツガツかきこんで食べているからね。


「おやおや、なんだいこの卵の味は。複雑な味がする割に随分優しい味だねぇ。孫も良い男を探してきたもんだ」


「ち、違うってば! さっきから彼氏じゃないって言ってるでしょ! ボクはベル先輩と結婚して一緒に過ごすんだから」


 おじいちゃんとおばあちゃんは、僕が結婚の挨拶に来たと勘違いしている。

 何度もマールさんが否定してるけど、聞く耳を持っていない。


 彼氏じゃない、好きじゃない、付き合っていないと、拒否され続けるこっちの身にもなってほしい。


 告白してないのに何回もフラれるのは初めての経験だ。

 家に連れ込んだんだから、ちゃんと責任取ってよね!


 あっ、ちなみにおじいちゃんもおばあちゃんも水着じゃないよ。

 耐熱効果のある普通の服を着てるみたい。


「ばーさんや、孫娘が女好きとわかった時はどうしようかと思ったが、一人暮らしをさせてよかったのー」


「そうだね、じーさん。年下でまだまだ小さいが、耐熱装備を装着しておる。金銭面も問題ないだろうし、困った時は定食屋を開いたら儲かるだろう。いやー、あのマールが結婚相手を連れてくるとはねぇ。胸が育たないと泣いてた夜が懐かしいよ」


 おばあちゃん、その話を詳しく聞かせてください。

 マールさんの育乳生活に興味があります。


「昔のことは言わないでよ! それに、結婚じゃなくて、ボクは仕事で来たんだからね。まだタツヤは小さいんだし、1人で宿に泊めるわけにもいかないでしょ。知らない女にホイホイくっついていくに決まってるもん」


 そのセリフが付き合ってる感を出してますけどね。

 完全に彼氏ポジションじゃないですか。

 マールさんって、照れ屋さんなんですね。


「孫娘や、そんなことを言っても彼は冒険者じゃろー。冒険者に大人も子供も関係ない。恋は……惚れたもんが負けじゃぞ」


「惚れてないってば! ボクが好きなのはベル先輩なの! 同じギルドの受付してる女の人なの!」


 おじいちゃんもおばあちゃんも、マールさんが照れ隠しをしてると思っているんだろう。

 嬉しそうな顔でマールさんを見て、ニコニコと微笑んでいる。


 もう僕が婚約者でいいと思うんだよね。

 家族公認だし、女好きという共通の趣味も持っている。

 ティアさんのことでも意見が一致したんだし、良い関係になれると思うんだ。


「ところでマールや、新婚生活はデザートローズとフェンネル王国のどちらにするつもりだい? 最初の子を産むのは大変だから、実家に帰っておいで。ま、まさか、もうお腹にいるから帰ってきたのかい?」


「まだいないし、作ろうとしたこともないから! ボクは結婚する予定もないし、お仕事で戻ってきただけなの! いい加減にわかってよー」


 マールさん、まだ未経験なんですね。

 特に意味はないんですけど、何か嬉しくなってしまいますよ。

 散々彼氏じゃないと否定されましたから、相手に選ばれることはなさそうですけど。


 おじいちゃんとおばあちゃんの誤解は解けることはなく、話は平行線のまま過ぎていった。

 孫が帰ってきて嬉しかったのか、マールさんの怒濤のようなツッコミを笑顔で返すだけ。

 挙げ句の果てには、存在するはずのない僕達のなれそめを聞いてくる始末だ。


 結局、婚約者だと思われた僕は、おじいちゃんとおばあちゃんに握手を求められてしまったよ。

 孫をよろしくとお願いしてくる2人の姿に、苦笑いを返すことしかできなかった。

 認めてしまったら、マールさんに怒られてしまうから。


 おじいちゃんとおばあちゃんが休むために寝室へ向かうと、僕は夜ごはんの後片付けをすることにした。

 マールさんは部屋を片付けて、寝る準備をしてくれる。


 後片付けが終えた頃に、ちょうどマールさんが呼びに来てくれたので、一緒に部屋へ向かう。

 メインはおじいちゃんとおばあちゃんの2人暮らしのため、最低限の部屋しか用意されていない。

 そのため、マールさんが使ってた部屋も3畳ほどの広さしかなく、ベッドが1つ置いてあるだけ。


 なお、マールさんの服装は水着に上着を羽織っているだけ。

 後ろから見ればビキニがパンツのように見え、本当に刺激的な女の子で困る。

 誘ってるのか誘っていないのかわからないんだ。


「2人だと狭いけど、寝るだけだからね。床は背中が痛くなるから、一緒にベッドで寝よ。ボクが壁側をもらうけどね」


 子供のようにベッドへダイブすると、壁にピッタリついて笑顔を向けてくる。


 確かマールさんは言っていた。

 ベッドで一緒に寝るのはOKのサインだと。

 間違いない、彼女は誘っている。


 おじいちゃんとおばあちゃんが同じ家にいるのに、そんなことができるわけないだろう。

 絶対に声とベッドの軋む音が聞こえちゃうよ。

 僕は興奮しすぎて叫ぶことだってあるから、やるなら大人の行為が認められる宿へ連れて行ってほしい。


「良い装備してますから、床で寝ても痛くなりませんよ。マールさんはそのままベッドで寝てください。僕は気にしませんから」


 キングオブヘタレの僕は床で寝ることを選択する。

 固い床は少し寝にくいけど、装備のおかげで体を痛めることはないだろう。

 何も問題はないよ。


 問題があるとすれば、悲しそうな顔でベッドから見下ろす少女がいることだ。


 どれだけ誘惑してくるんだよ。

 さっきは彼氏じゃないとか結婚相手じゃないと言いながら、2人きりになったら甘えん坊か。

 そういうのめちゃくちゃ弱いからやめてくれ。


 恋の駆け引きをしなくても、僕はすぐに恋に落ちるんだからね。


「きょ、今日だけでも一緒に寝ない?」


 欲求不満ですか?

 こっちはあなたの水着で充実感しかありませんが。


「どうしたんですか? おじいちゃんとおばあちゃんに触発されました?」


「ち、違うよ! そういう意味じゃないの! 最近夜営ばかりで常に誰かいてくれたから寂しいの。人の顔見ながらじゃないと寝れなくて。お願い、一緒のベッドで寝て」


 そ、そんな甘え声を出さないでくださいよ!

 目をウルウルさせてお願いしてくるマールさんの破壊力は、天使リーンベルさんと同等の力を持っていますよ。


 しかも、一緒のベッドで寝てってパワーワード過ぎます。

 キングオブヘタレの僕でも、そこまでお願いされたら引き下がれないじゃないですか。


 床から起き上がると、マールさんが笑顔になって壁際にズレてくれたので、そのままベッドにノソノソと入り込む。


 ちょっと温かく感じるのは、マールさんがいたからだろう。

 当然、そんなことを考えてしまえば、早くも心臓が暴走するわけであって。


 ドドドドドドドドド


 実家を離れるまで使い続けてきたマールさんのベッド。

 マールさんに包まれるような感覚が生まれると共に、目の前には本人が寝ている。


 恋人以上じゃないと起こらないイベントの連続攻撃。


 本気でマールさんと結婚する気がしてきたよ。

 向かう合うように横になったら、すぐ手を包み込むようにつかんできたんだ。


「あっ! ボ、ボクはそんな気はないからね! ほ、本当に夜寝るのが寂しいだけで。あっ、寝るって言うのは睡眠の方の意味で、体と体が1つに重なり合うことじゃないよ」


 照れ隠し……ですか?

 ベッドに入るのはOKのサインでしたよね。

 女の子は待ってるんでしたよね。


「えーっ!? なんで鼓動が速くなってるのさ! いま断ったばかりだよね? ボ、ボクにここまで興奮するなんておかしいよ。お子ちゃま体型だし、可愛くないし、人気もないし」


「マールさんは可愛いですし、人気もあると思いますよ。僕はいつもリーンベルさんに受付してもらいますけど、だいたいマールさんは他の冒険者の受付してますから。気付いてないだけで、ファンは多いと思いますよ」


「ふあっ?! ふぁ、ファン?! き、君は寝る前に何を言うんだよー。も、もういい。早く寝るよ! ほら、早く目をつぶって!」


 目を……つぶれ?

 ちゅ、ちゅーがくるぞっ!!


「なんで興奮度が高まるんだよー! ちゅーなんかしないからね! もう~、調子が狂うんだから……。ボクはもう寝るからね、変なことしないでよ」


 包み込むように手を握ってきてるのに、変なことをしないで、とは?

 マールさんが襲いたいと思ってるから、動かずに待てって意味かな。

 32年間待ち続けてきた男の唯一の得意分野だよ。


「心臓でベッドをドンドン揺らさないで! 変なことしてると思われるじゃん。ボクは普通に眠りたいの。寂しいから一緒にいてほしいだけなの!」


 マールさんによる手繋ぎ言葉プレイは、なかなか終わることはなかった。

 抱かれないとわかっていても、1%でも可能性があれば期待してしまう。

 その僅かな可能性に心臓が過剰反応してしまい、ベッドを無駄に揺らすほど暴れまくっていた。


 おじいちゃんとおばあちゃんが同じ家で静かに眠る中、マールさんのツッコミが響き渡り、夜は更けていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る