第142話:原石

 女の子が一生懸命に汗を流し、カエルを解体する姿は美しい。


 カエルにナイフを入れると、ゲコーーーっと音がして、綺麗に刈り取られていく。

 体長2mもあるため、間の抜けたゲコゲコ音が終始聞こえるけど、気にしない。


 解体屋の技術は問題ないみたいだけど、場数を踏んでいないティアさんは手付きが少しぎこちない。

 ブリリアントバッファローのせいで冒険者達の視線が集まるから、集中できない可能性もある。


 というのも、ブリリアントバッファローの樽のような手足を椅子代わりにして、マールさんと一緒に見守っているからだ。

 ドヤ顔を崩すことなく、背もたれはブリリアントバッファローの本体。

 座り心地は悪いけど、優越感があるんだよね。


 でも、これを片付けるわけにはいかない。

 ティアさんが人気の解体屋さんになるために、まずは冒険者達に彼女の存在を知ってもらう必要があるんだ。


 控えめで幼顔のティアさんは、大人びた女性がいる空間ではあまり目立たない。

 あどけない可愛さが残るだけに、上から見られることも多いだろう。


 しかし、この完璧な水着女性達がいる中で、彼女だけは原石である。


 懸命にカエルと向き合うひたむきな姿に、声をかけるなんてできない。

 周りの女性のように、会話をしながら楽しく解体してもらうことはないだろう。

 最初はサービスが悪いと感じるかもしれないけど、徐々に彼女の魅力に惹き込まれる。


 応援したくなる。推したいんだ。


 魔物をどんどん差し入れて、彼女を育てていきたい。

 埋もれずに人気になって、日の目を浴びてもらいたい。


 真っ直ぐでひたむきな姿を見せていただくことで、自分も頑張ろうと背中を押される気分になる。

 解体中は必死でも、終わった時に振り向いて見せる笑顔は心を鷲掴みにすること間違いなし。


 まるで、仲の良い妹が解体をして喜んでくれるような感覚。

 そう、彼女は妹系の解体屋なんだ。

 お兄ちゃんと呼ばれたい、ニイニイと呼ばれたい。


 解体用の魔物を持って来る時は、ただいまって家に帰ってきたような感覚で持ち込みたい。


 胸もあるから、少しずつ冒険者達も食い付いて来るだろう。

 その証拠に、僕はティアさんを独り占めにして、フリージアへ持ち帰りたいほど惹き込まれている。

 金なら払うから、水着のまま来てくれないだろうか。


 左腕で汗をぬぐったティアさんは、ふーっと一息つくように5匹目のカエルの解体を終えた。


 清潔感溢れる彼女の仕草は、心が汚れ切ったオジサンには眩しすぎる。

 無事に解体できて安堵するようにこぼれる笑顔は、ドヤ顔で見ているマールさんを笑顔にさせる破壊力があった。

 当然のように僕も笑顔だ。


 まだまだカエルの在庫はあるため、次のカエルを取り出すと、仕事熱心なティアさんはすぐに解体を始めていく。

 再びドヤ顔になるマールさんに、耳打ちをして確認する。


「ティアさんが頑張っている姿を見て、妹を育ててるような感覚になるんです。これは浮気に含まれますか?」


「ボクが許すよ、もっと育ててあげて。あんなに真剣なティアの顔を見ると、胸にグッとこみあげてくるものがあるよね。お兄ちゃんって呼んでくれないかな」


 やっぱりマールさんも思ってたんですね。

 友達をそんな目で見るのはどうかと思いますけど。


 大量のカエルがアイテムボックスに眠る中、ティアさんがカエル1匹を解体する時間は15分。

 慣れて5分に1匹ペースになったとしても、1時間で12匹。


 完全に処理するまで、2週間はかかりそうだ。

 そこからブリリアントバッファローやオークジェネラルを解体したらもっとかかる。


「このペースだとかなり時間がかかりますけど、マールさんはどれだけ休めるんですか?」


「全然大丈夫だよ、元から長期予定だし。そもそも、カエル1,000匹も卸そうとしたら時間がかかるよ。ギルドのことを考えれば、氷の魔石で冷やして近隣の街に配達するから、1日100匹が限度かな。砂漠だとカエルの肉は高値で取引される分、良い売り上げになるし」


 カエルが良い値段で売れるのはいいことだ。

 間違いなくティアさんのギルド貢献度は急上昇。

 しばらくはクビになることがないだろう。


「他の慣れない魔物を解体することも考慮すると、早くて1か月ってところでしょうか。充分な時間ですね、ティアさんを育て上げるには」


 ゆっくり頷くマールさんは、真剣に考え始めているだろう。


 勝手に妹化させたティアさんを守るために。

 そして、僕達がいなくなった後も解体業を続けるために、ティアさんを育てていこうと。


 妹の夢を未来へ導いてこそ、お兄ちゃんってものだからね。


「今月だけでも解体処理の売り上げを上位に食い込ませないと。ティアのルックスとスタイルなら、1度付いたファンは離れないと思うんだ」


「何を言ってるんですか、マールさん。上位なんて甘いですよ、トップ以外に目指すものはないでしょう。この空間に妹系はいないんですから、魅力を知れば人気爆発しますよ」


「それなら、ティアのひたむきな姿を見せつける作戦でいこう。毎日何気なく視界に入る解体の姿を見て、知らない間に妹だと錯覚させるんだよ。この作戦に問題があるとすれば、砂漠の国を離れる時にツラくなることかな」


「それは大きな問題ですね。でも、妹の夢を叶えるために一肌脱ぐ。それが……、」


「「お兄ちゃんだから」」


 マールさんと目線が重なり、一度ティアさんの方を見る。


 少し解体にミスして、肉を傷付けてしまったようだ。

 体を小さくしてしゅーんと落ち込む姿は、愛おしいの一言。


 迷う必要なんて最初からなかった。

 僕達はこの子の為にやれることをやればいい。


 再びマールさんと目を合わせると、お互いに大きくうなずき合った。

 ティアさんを1人前に育てるプロジェクトを話し合い、念入りに作戦を練っていく。


 途中で解体が終わると笑顔が飛んでくるため、笑顔を返してカエルを取り出し続けた。




 昼休みになっても、話し合いもカエルの解体も終わらない。

 解体場に残るのは、列が続いてるレフィーさんとティアさんだけ。

 他の人はお昼休憩を取るため、一斉に引き上げていったよ。


 休むことなく解体を続けようとするティアさんに休憩を伝えると、


「ダイエット中なので大丈夫です。次のカエルを出してください。もっといっぱい解体してうまくなりたいんです」


 と、言いながらお腹を鳴らした。


 解体の仕事がもらえず、金銭面のやりくりが厳しいに違いない。

 お昼ごはんを抜いてまで夢を追い掛ける姿に、汗が胸元にたまってエロいとか考えてた自分が情けない。

 過酷な現実を感じさせない眩しい笑顔に、マールさんが泣き始めるのも当然のこと。


 実家がパン屋さんって言ってたから、本当にダイエットかもしれないけど。


 泣いてしまったマールさんを見てパニック状態に陥るティアさんを座らせ、3人でタマゴサンドを食べた。

 初めて食べるティアさんがときめき卵でキュンキュンしてしまい、マールさんと心臓を押さえて悶え苦しむ幸せイベントが勃発。

 妹が水着姿でキュンキュンするなんて、年齢制限がかかりそうなDVDの撮影かと思ったほどだ。


 午後からはマールさんと話し合いを繰り返し、ギルドが閉まるギリギリの時間まで解体を行った。

 今日の成果は、ひたすらカエルだけを解体し続けて50匹。

 まだまだあるけど、初日にしては上出来だろう。


 初めて大量の解体を終えたティアさんは、喜びのあまり涙を流し始めた。

 そんな姿を見たマールさんが1番号泣して、2人で慰めあう感動とエロスの百合展開が発生。

 いけない気持ちになりながらも、ありがたく脳内メモリーに保存した。


 ティアさんとギルドで別れると、マールさんと手を繋いで街を歩いていく。

 宿を取っていないというリーンベルさんがぶちギレそうな展開に気付くと、背筋に悪寒が走ってしまう。


「どうしたの、何かあった?」


「あっ、いえ、宿を取ってないことに気付いたら、リーンベルさんに怒られそうだなって思ってしまって」


「フリージアに来たばかりの時は、毎日ベル先輩に怒られてたもんね。教育係をしてもらってた時にボクも何度か怒られたけど、めちゃくちゃ怖いよね。そこがまた支配されてる感じがして堪らないけど」


 さすがの僕でもリーンベルさんが怒るのはトラウマだよ。

 今まで怒られた中でもダントツで怖いからね。


「今からでも予約が取れそうな宿ってわかりますか? お金は余裕があるので、高くても大丈夫ですけど」


「あ、うん。首都だからいっぱいあるけど。よ、よければ、滞在中はボクの実家に泊まらない? 狭いから一緒の部屋で寝ることになっちゃうけど」


 えっ?! そ、そ、それっていいんですか?!

 手を繋いで言うことじゃないですよ。

 すべての行程を飛び越えて、結婚直前の家族に紹介するイベントを提案してくるなんて。


 一緒の部屋で寝るなら……誘ってるんですよね?


 もしかして、水着女性に目がいって怒ってたのは、僕のことが好きだからですか?

 ティアさんも素敵でしたけど、僕は最初からマールさんの方が好きですよ。

 ボーイッシュで百合属性持ちですけど、女の子っぽい可愛さが堪りませんし。


「あっ、べ、別に変な意味じゃないよ! ボ、ボクが誘ったみたいになるじゃん。違うからね、そういう意味じゃないの。だから、ドキドキされても困る……かな」


 そうやって女を出さないでくださいよ。

 もっとドキドキしてマシンガンになりそうですから。

 普通は男を実家に泊めようなんて思いませんよ。


「子供の僕を弄ばないでくださいよ。水着を着て、手を繋いでることを忘れないでくださいね。そういう意味でしか考えられないですから」


「……ボクを女と見るのはタツヤくらいだよ。自分でも女と思わない方が多いのに。実家に来てほしいのは、ジージとバーバにごはんを作ってもらいたいの。ジージとバーバが育ててくれたから、喜ばせてあげたいなって」


 そういうことは先に言ってくださいよ。

 めちゃくちゃ期待したんですからね。


 それにしても、マールさんも両親がいないのか。

 リーンベルさんとスズも他に家族がいないし、魔物のいる異世界では普通なのかもしれない。

 孤児院もあるくらいだから、身内が育ててくれたことに本当に感謝してるんだろう。


 30歳を過ぎたオッサンには、心にグッと来るような理由じゃないか。

 そんなことを15歳で考えられるのはすごいと思うよ。

 男を連れ込もうと考えるのは頂けないけど、ありがたいことだから突っ込まない。


「僕で良ければ喜んで作りますよ。材料も充分ありますし」


「本当?! じゃあ、あれ作ってよ。湖でみんなと食べた親子丼! ジージもバーバも好きだと思うんだよね」


 嬉しそうにジージとバーバのことを話すマールさんと一緒に歩き続けた。

 2人を置いてフリージアへ出てきたことを気にしていたのかもしれない。


 特別なことはできないけど、マールさんが喜んでくれるように料理ができたらいいなー。

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