第95話:むにむにとモミーン

 ツンデレバーガーを楽しむこと、1週間。


 耐性ができてしまったのか、もうツンデレ対応してもらえることはなくなった。

 悲しい思いを抱きつつも、脳内メモリーにある『天使の名言フォルダ』から再生している。


 お気に入りのセリフは、「私が好きって言ってるんだから、もっと自信を持ちなさいよ。ほら、早く出して」である。

 その前に多少のやり取りはあるんだけど、このセリフだけ切り取って再生している。

 色々な意味で自分に自身を持つことができる、天使らしい一言だと思う。


 お昼ごはんの片付けをしている現在は、「早くしなさいよ、待っててあげるから」というボイスを再生する。

 リーンベルさんが待ってると思うだけで、食器洗いは15倍速になるほど早く処理できる優れボイス。

 何回聞いても飽きることはなく、いつも大興奮してしまうよ。


 なお、本人はギルドで仕事をしているため、絶対に待っていることはない。


 でも問題はないよ、この家には妹であるスズがいてくれるからね。

 食後の日向ぼっこをしているであろうスズの元へ向かうため、勢いよく庭へ飛び出していく。


 扉を開けると、目の前にはギルマスがいた。




 究極のホラー体験である。




 視線が重なってしまうこと1秒、扉を素早く閉めて、迷わず鍵をかける。

 ギルマスの声が聞こえるけど、気にしない。

 急いでフィオナさんという国家を代表する王女様を呼び出し、全力で掃除道具入れに避難した。


 たかいたかいをされてから、トラウマになっているんだ。

 顔を合わせたくない。

 ムキムキオッサンにつかまれると、握りつぶされそうで怖いからね。



 掃除道具入れで過ごすこと、5分。

 家の応接室に招き入れたようだ。


 きっとスズとフィオナさんが対応してくれているだろう。

 ショコラのリーダーはスズであり、僕はただの付き人だからね。


 ホッと安心していると、ニオイでシロップさんが見付けてくれたため、たかいたかいで遊んでもらうことにした。



 いったいどうしたらいいんだろうか。

 たかいたかいが30分続いても楽しいと感じてしまうんだ。

 楽しそうにするシロップさんの笑顔で、心が満たされていく。


 溢れ出す母性と垂れうさ耳の癒し効果で全身の力が抜けてしまい、幸せというホルモンだけで体が構成されていくような、不思議な感覚。


 あぁぁぁぁぁ、浄化しそう……。


 アホなことを思ってる間にギルマスという大災害が家を去り、スズとフィオナさんがやって来た。

 たかいたかいをされて幸せそうな顔をしてるところを見られると、恥ずかしい気持ちでいっぱいだ。


 一気に現実に引き戻されてしまったため、シロップさんに降ろしてもらう。

 スズが軽装備に着替えているし、わざわざギルマスが訪ねてきたから、何かあったのかもしれない。


「ギルマスは何を言いに来たの?」


「その話は後でする。いったん目を閉じて」


 僕はよくわからないまま目を閉じた。

 2人がそのまま近付いて来て、僕の横に座った気がする。


 これとギルマスの話と関係があるのかなー。



『『かぷっ』』


 ビクビクビクビクビクンッ




- 8時間後 -




「……起きて……早く起きて」


 体を乱暴に揺すられるような感覚を感じ、もう少し優しくして欲しいと思いながら、意識を取り戻した。

 目を開けた僕の視界に写るスズは、なぜか不満そうな顔をしている。


 辺りを見回すと、何故か野外の草原でキャンプをしていた。

 全く現状がつかめない。


「ごはんを出してほしい」


 よくわからないままスズとシロップさんにごはんを差し出す。

 夜だったから、ツンデレバーガーを取り出してあげると、2人は大喜びで食べ始めていく。


 サンドウィッチは朝とか昼のイメージがあるからね。

 夜ごはんならガッツリとした肉が食べたいと思うはずだもん。

 うちのパーティは、夜ごはんに肉がないとクレームが来るタイプの食いしん坊が多いし。


「なんで僕達は外にいるの? フィオナさんとスズが部屋に入ってきてから、記憶がないんだけど」


「それはフィオナが悪い。まさかあれほど溺愛しているとは思わなかった」


 その瞬間、シロップさんが僕の背後に周り、ハンバーガーを食べながらクンカクンカをするという超人技を披露。

 喉に詰まらないか心配になったけど、どうやら大丈夫のようだ。


 あと、スズに買ってもらった大事な装備なんだから、汚さないでね。


「何があったの?」


「以前、タツヤが寝ている隙に、お姉ちゃんが甘噛みをしたことがある。それを再現するために目を閉じてもらって、私とフィオナで同時に甘噛みをした」


 目を閉じなくても耐えられるような攻撃じゃないよ。

 蟻をダイナマイトで吹き飛ばそうとするぐらいの過剰攻撃だ。

 甘噛みをされた記憶がないのも納得だろう。

 毎朝ギュッとされるだけで腰砕けになってるんだから、もうちょっと優しいのでお願いしますよ。


 でも……ありがとうございます。


「依頼で出掛けることになったから、フィオナが寂しくないようにタツヤと色々したかったみたい。私の口からは言えないけど、恥ずかしいことを色々と」


 スズが赤面するようなことを気絶させてやっちゃったの?

 それって、もしかして………、


 もしかしてっ!!!!!!


「でも大丈夫、一線は越えてない。チューもしてない」


 大丈夫じゃないよ、一線を越えてほしいんだから。

 せめて、貪り食うように唇を奪ってくれよ。

 溺愛してるなら1番最初にすることだろう。


 逆にキスすらしていないのに、スズが赤面するような恥ずかしいことって何なの?

 わざわざ気絶させる必要なんてないと思うんだ。

 シロップさんのクンカクンカが止まらないから、気になって仕方がないよ。


「シロップさん、フィオナさんは僕に何をしてたんですか?」


「は、恥ずかしくて言えないよ~」


 めちゃくちゃ気になるのに、なんで教えてくれないんだ。

 そんなに恥ずかしがるってことは、大人のプレイであることは間違いないと思う。

 だからこそ、詳しい内容を知りたい。


 何があったかわからないけど、フィオナさんに感謝しておこう。


 家に帰ったら、いよいよ愛の特訓が待ってそうだなー。

 リーンベルさんとデートの約束もしているし。

 最近スズと何もないから、そろそろイベントが起こるような気もする。


 なんか急にモテ男みたいなことを考えちゃってるね。

 小学生以下の恋愛しかしてないんだけどさ。


「じゃあ、家に帰ったらフィオナさんに聞いてみるよ。それで依頼の内容はなんだったの? わざわざギルマスが足を運んできたけど」


「厄介な依頼だけど、ステータスを高めたら余裕だと思う。実は………」


 スズの話は、高ランク冒険者向けの緊急依頼だった。


 フリージアから南に行くと、バジル村という大きな村がある。

 そこの冒険者ギルドから緊急通信が入り、助けを求められたんだ。


 今朝ワイバーン5体に襲撃され、建物・人・家畜に大きな被害が出ているから援軍が欲しい、と。


 近隣の街でドラゴンを討伐できるパーティはショコラしかいなくて、指名依頼という形で回ってきた。

 1番弱いレッサードラゴン以外は、全てAランクモンスター以上と分類される。

 今回のようなワイバーン5体の討伐は、当然のようにSランク依頼となる。


 本来ならば、3パーティ以上で討伐するような危険な依頼だ。

 けど、ブリリアントバッファローを5体討伐してきたことで、1パーティでも大丈夫と判断されたんだろう。


 どうやらあの牛は、ドラゴン並みの扱いだったようだ。

 シロップさんが本気で殴りつけても涼しい顔してたからなー。

 マヨネーズを踏ませたら、倒せたけど。


 難しい話が嫌いだったみたいで、シロップさんは話の途中で眠り始めてしまった。

 見張りをしてくれるスズにコーヒー牛乳を出してあげると、『デザートは君だ』と言わんばかりに手をつかまれる。


 心の中で「ほら、イベント来た」とガッツポーズ。

 向かい合ってるからキスしてほしいという思いは届かず、頭を撫でられ始める。


 スズさんに頭を撫でられるのは久しぶりだなって、考えること2秒。

 幸せという心地良さに意識を刈り取られ、すぐ眠りについてしまった。



- 翌朝 -



 むにむに むにむに


 なんて刺激的な朝をスズさんは提供してくれるんだろうか。


 目を覚ますと、スズさんが馬乗りになって僕の顔を覗き込み、ほっぺたをむにむにして遊んでいるんだ。

 今までにない新しい起こし方で、朝から大興奮するのも仕方がないだろう。


 横にシロップさんが寝ているし、ここは野外。

 いつもの部屋とは違う解放感にスズも遊びたくなったのかな。

 きっと海外旅行に行くと羽目を外しちゃうタイプに違いない。


 僕と目が合っているのにも関わらず、まだむにむにして遊んでいるぐらいだし。


 ホッとしたのは、馬乗りしている部分がおへそだったこと。

 奪われたい願望はあるけど、朝起きたばかりでそんなことになっていたら、間違いなく死んでるからね。


「私より柔らかい」


 スズさんのおっぱいには敵いませんよ。

 そのたわわなおっぱいを揉んで確認してみたいですけど。


「触ってみて」


 ま、マジかよ! 以心伝心してしまったのか?!

 両想いになると心の声まで伝わるんだな。

 僕が32歳童貞であることだけは伝わらないでくれ!


 そ、そんなこと考えている場合じゃない。

 スズがおっぱいを触れと言ってきたんだ。

 きっと見張りで疲れて、朝からムラムラしているんだろう。


 そんな彼女を支えるのは、両想いである僕の仕事だ。

 起きていきなり気絶したって構わない。

 勢いよくガッといって、モミーンと1発ぶちかましてやろう。


 男なら……おっぱいと向き合うべきだから。


 僕は両手を動かそうとした時、まさかの事態が起きた。

 なんと、スズに両手をつかまれたんだ。


 ヘタレキングの僕に業を煮やしたんだろう。

 そんなに揉まれたいという感情を持っていたとは思わなかったよ。

 こんな体質じゃなければ、形が変形するくらい揉んでいるのに。


 スズは僕の顔を見詰めたまま、つかんでいる手を持ち上げた。


 大きなおっぱいを手でしっかり感じるため、緊張してビーンとなっている手を、包み込むお椀スタイルに変更。

 これでおっぱいに当たった瞬間に、ギュッと力を入れるだけでモミーンと1発かますことができる。

 一瞬で気絶するに決まってるから、条件反射でモミーンをするしかない。


 僕の手はゆっくりとスズのに運ばれる。


 モミーン


「痛い」


「あっ、ごめん」


 まさかほっぺたに持っていかれるとは思わなかった。

 スズが馬乗りになって、おっぱいブラブラさせてるんだもん。

 しかも、僕の顔を覗き込んで「私より柔らかい」なんて言われたら、普通おっぱいだって思うじゃん。


 2日間寝込む覚悟でモミーンをしようと思ってたのに。

 スズのほっぺたを思いっきり握ってしまったよ。


 そ、それはそれで、柔らかくていいものではございましたが……。


 この後、ふくれっ面のスズはずっと怒りを露わにしていた。

 シロップさんが起きると「たっちゃんは幸せなのに~、なんでスズちゃんは怒ってるの~?」と言い出し、それがまたスズを怒らせた。


 結局、朝のタマゴサンドでも機嫌を直してもらえず、そのまま依頼の村に出発することになった。

 道中で謝っても許してくれないから、ずっと重い雰囲気のまま。


 お昼休憩でハンバーガーを取り出しても、機嫌は一切治らない。


「ねぇ、いい加減に機嫌を直してよー。僕だってわざとじゃなかったんだから」


「 ……… 」


 怒って口を利かなくなるパターンのやつ。

 でも、ハンバーガーを食べ終わると、キッチリ片手を出しておかわりをねだってくる。

 これ以上機嫌をそこねないように、要求された分は手渡してあげる。


 こうなったら、イチかバチかの策に出るしかない。

 シロップさんに聞かれないように、スズに小声で声をかける。


「今度、朝まで甘噛みし放題でどうかな」


「……許す」


 ありがとうございます!


 甘噛みへの欲求が爆発している僕達2人は、互いに変態パワーで走り出していた。

 いきなりの展開にシロップさんも急いで走り出す。


 1番ステータスが高いシロップさんはアッサリと追いつき、興奮している僕のニオイを嗅いでテンションをあげていく。


 先陣をすごい勢いで走り抜ける僕とスズ。

 僕の後ろをピッタリマークして、クンカクンカしながら走るシロップさん。



 ショコラという変態集団は、草原を疾走する。



 猛ダッシュすること、4時間。

 ワイバーンに襲われたバジル村に到着した。


 バジル村は思ったより大きい村で、人口も多く、冒険者ギルドもあり、城壁のような壁もある。

 田舎のような村っぽさはなく、フリージアより小さい街って感じがする。


 それにしても、ワイバーンの襲撃を受けたにしてはワイワイとにぎやかだ。

 まだ夕方なのに、お酒を飲んで騒いでいる人がいるくらいに。


 さすがに羽目を外しすぎている気がするけど。


「ワイバーンの襲撃があったにしては、騒ぎ過ぎじゃない? もう倒しちゃったのかなー」


「ここは酔っ払いが集まる村。酒のみが集まるから、こんな感じになる。絡まれると面倒くさい。今日は宿で過ごそう」


 スズに連れられて宿へ向かった。

 中に入ってみると、すでに酔っ払いがどんちゃん騒ぎをしている。

 僕達はコソコソと入っていき、店員さんに受付の処理をしてもらって、部屋に立てこもった。


 1階の食堂を使わずに、アイテムボックスから夜ごはんを取り出して、この日は早めに就寝する。



- 翌日 -



 朝ごはんのタマゴサンドを食べたら、冒険者ギルドに向かっていく。

 しばらく歩いていると、僕は1軒の店の前で足を止める。


「ストップ! 運命が呼んでいる。右手のお店に入らなければならない」


 突然僕が大声を上げた意味を、スズはよくわかっていないようだった。

 シロップさんは鼻をハンカチで隠して、明らかに嫌がっている。


「たっちゃん……、この店、獣人にはきついよ~」


「シロップさん、離れた場所でもいいから少し待っててほしい。スズ……、買い占めるよ」


 スズの目が大きく開く。

 それだけで理解してくれたらしい。


 さすが僕のパートナーだ。

 久しぶりに僕のできる付き人感を思う存分見てほしい。


 ダダダッと、2人で店に押し掛けるように入っていく。


「すいません、チーズをください。いっぱい買います!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る