第96話:イケメンと書いてスズと読む

 チーズ屋さんに入ると、白髪の優しそうなおばあちゃんが出迎えてくれた。


「おやおや、随分小さい子だねー。小さい子がチーズを欲しがるなんて、いったいどうしたんだい? お酒を飲むにはまだ早いよ」


 酔っ払いが集まる村って言うのは、チーズを酒のあてにして楽しんでいるっていうことか。

 火を通してパンに付けるだけでもおいしいのにね。

 本格的なピザは作れないけど、ピザ風トーストにして食べたいよ。


「金ならある」


 いきなりおばあちゃんにそんなことを言わないで。

 君は恐ろしいほどの財力を持ち、権力を振りかざせるようなスーパーJKだと知ってるけどさ。


「おばあちゃん、僕達は冒険者でチーズを求めて入ってきたんだ。アイテムボックスもあるから、在庫が許す限りたくさん欲しいの」


 呆気にとられたおばあちゃんは、口がポカーンと開いてしまった。

 すると、入れ歯がポロッと取れて地面に落ちた。


「ふぉんふぁひふぁ「入れ歯落ちましたよ」」


 おばあちゃんは落とした入れ歯をそのまま口の中に入れた。

 汚いと思うけど、見なかったことにする。


「そんなに買えるのかい?」


「金ならある」


 そこで言うのが正しいタイミングだね。

 スズは金貨50枚を机にドンッと置いた。


 おばあちゃんは驚いてしまい、また入れ歯を落としてしまう。

 やっぱり拾った入れ歯をそのまま口に入れて、今度は落ちないように入れ歯を押さえている。


「ほんとに大丈夫かい? こんなにいっぱい買う人なんて他にいないよ」


 50万円分もよこせってアホですよね。

 でもフリージアで見なかったから、いっぱい買い込みたいんだ。


 チーズって手間がかからないのに、色んな料理に使えちゃうからね。

 おいしくなったハンバーグを、さらに進化させることだってできる。


 リーンベルさんなんて、チーズinハンバーグにナイフを入れた瞬間、感動しすぎて泣き出しそうだもん。

 女子ウケが良い食材だし、好感度もググッと上がって、イベントもいっぱい起こるだろうなー。


 そうしたら、今度こそスズさんのおっぱいをモミーンとできるだろう。


「大丈夫です、金貨50枚分ください。先払いで構いませんので」


 おばあちゃんは驚きすぎたのか、入れ歯を外して洗い始めた。

 明らかに洗うタイミングが間違っているけど、僕は見なかったことにする。


 綺麗になった入れ歯を付けたおばあちゃんが奥に行くこと、3分。

 奥から息子さんが大きなチーズを運んできてくれた。


 何度も何度も往復して、50万円分のチーズを倉庫から取り出している。

 僕は運ばれてきたチーズをアイテムボックスにしまっていく。


「長生きはするもんだねー。小さい子供に喜んで買ってもらえる日が来るとは思わなかったよ。チーズなんて酒飲みしか買わないからね」


「パンに付けて火で炙るとおいしいですよ。チーズを作ってるのは、この村だけなんですか?」


「そうだね、家畜が魔物でやられにくい環境じゃないとできないからね。この街にワイバーンなんて来たことないんだけど、こればかりは仕方ないね。困ったもんだよー」


 横にいるスズがワイバーンに激怒している。

 まだチーズを食べてないのに、「ワイバーン潰す、ワイバーン潰す」って呟いているんだ。

 せめて食べてから言ってほしいよ。


 口に合わなくても怒らないでね。

 チーズって好き嫌いが分かれる食材なんだから。

 多分、めっちゃ好きなパターンだと思うけど。


 君はチーズを伸ばして遊びながら食べそうだよ。


 そうだ、国王も大好きそうだから、今度伝えてあげようかな。

 一応、義理のお父さんになるわけだし。


「おばあちゃんの名前を聞いてもいいですか?」


「私かい? 私はアトリーナだよ」


「アトリーナさんですね。今度、国王様にお会いしたらチーズのことを話しておきます。あの人はこういう味が好きですから。なので、国王の使いの人が来たらよろしくお願いします。きっと王都に店を出そうとするはずですから、大量に必要になると思いますので」


「なにを言ってんだい。国王様がこんな辺鄙な村に使いを寄こしやしないよ。もし食べてくれるなら、それほど嬉しいことはないけどね」


 あの人は熱々のチーズを体に塗り始めると思いますよ。

 踵のひび割れを直すために、ポテトサラダを足に塗った男ですからね。

 チーズのおいしさを知ったら、自分で視察に来るかもしれないレベルだよ。


 ……本当に来そうで怖いな。


「あの~、もし国王様本人が来ても驚かないでくださいね」


 おばあちゃんは「あるわけがないよ」と笑っていたけど、その可能性の方が高いと思っている。

 驚きすぎてショック死をしないでほしいと思いながら、チーズ屋さんを後にした。


 シロップさんと合流して、「ワイバーン潰す」と呟き続けるスズと一緒に冒険者ギルドへ向かう。


 途中で目に入ってくる街並みは、思ったより被害が大きかった。

 今まで歩いていた道は被害が少なかったみたいで、ギルド方面が本格的に影響を受けているんだろう。


 屋根が壊れている家、壁が壊れている家、何かが叩きつけられたような地面。

 遠くの方に見えている家畜を飼っている牧場も、柵が壊れているところが多い。

 これでまたワイバーンが襲撃して被害が増えたら、大変なことになりそうだ。


 すると、シロップさんが急に『クンクン』と、空気のニオイを嗅ぎ始めた。

 どうしたんだろうと思って顔を見ると、よだれを垂らし始めている。

 子供の僕がいるというのに、なぜこんなことになったんだろうか。


 気になって視線の先を確認すると、孤児院と思われる建物があった。

 たくさんの子供達が手洗いで洗濯をしていたから、きっとあれに反応したんだろう。


 それを見たスズは「オーク肉を出して」と言ってきたので、ドスンッと50kg渡してあげた。


 イケメンのスズさんは、こういう困っている子供を見捨てないからね。

 悪い大人達に騙されないか心配になっちゃうよ。


 オーク肉を運んで孤児院に近付いていくスズ。

 スズの後を追って、ハイエナのようについていこうとするシロップさん。


 これはいけないと思った僕は、子供っぽさを最大限活かして引き留めることにした。

 絶対にトラブルになるからね。

 今のシロップさんには、僕だって近付きたくないほど不気味なんだ。

 でも、パーティメンバーとして見過ごすわけにはいかない。


 僕はシロップさんの元まで走り、右手の裾をちょっとつまんで引っ張った。

 32歳のオッサンがこんなことをやることじゃないと葛藤しつつも、子供達を守るために仕方ないと心を決める。

 自分の中の最高に可愛いオーラを全開にし、振り向いた彼女に上目遣いで声をかける。


「他の子のところに行っちゃやだ。シロップさんがいなくなっちゃったら、生きていけないもん。寂しくて死んじゃうよ?」


 効果は抜群だった。

 いや、抜群に効きすぎてしまった。


 シロップさんをゆっくりとしゃがみこみ、僕の脇腹に手を添える。

 垂れ耳だった耳をピーンと立たせながら、僕の装備をバッとめくり、おへそに鼻を沈めた。


 フゴフゴフゴフゴフゴ


 あぁ……、これはダメなやつだ。

 僕のおへそのニオイをすごい勢いで嗅ぎだしたよ。

 さすがにヘソはやめてほしい。


 普通ヘソって入念に洗わないじゃん。

 多分そこは臭いはずだよ。

 いくら匂いフェチでも限度があるから。


 ……僕のヘソゴマを掃除してるんじゃないよね?


 スズが孤児院から戻ってくる頃には、ヘソの匂い嗅ぎが終わっていた。

 僕の心は猛烈に消耗してしまったので、冒険者ギルドまでシロップさんに運んでもらうことにした。


 冒険者ギルドに入ると、ガラの悪い冒険者達のたまり場のような状態だった。

 まだお昼にもなってないのに、ギルド内で30人ほどお酒を飲んでいる。

 僕達のような若いパーティはおらず、中年男性ばかりだ。


 スズとシロップさんは気にする様子もなく、受付に向かう。


「ギルドマスターと話がしたい」


「少々お待ち「なんでガキがギルドマs」」


 近くにいたオッサンがスズに絡んできたと思った瞬間、ドゴォーンッと大きな物音が鳴り響いた。

 いとも簡単にワンパンで仕留め、オッサンを壁にめり込ませた。


 どうやら今日のスズさんはご立腹みたいだ。


「ギルドマスターに会わせてほしい」


「か、かかか、かか、確認してきます」


 受付の女性は怯えながら、ギルドマスターの元へ確認に行った。


 待っている間にスズの気持ちを落ち着かせるため、クッキーを上げる。

 スズは黙々と僕の手からクッキーを食べ続ける。

 怖いスズより小動物っぽいスズの方が可愛いよ。


 スズに餌付けをしていると、ギルドマスターに会う許可が降りたので、受付のお姉さんに案内してもらった。

 部屋に入ると、ギルドマスターがソファーの方へ誘導してくれる。

 優しそうな女の人で、少し驚いているような顔だった。


「まさか英雄のパーティが来てくれるとは思わなかった、歓迎するよ。受付ではすまなかったね。私はバジル村のギルドマスターをしているユリアンヌだ」


 そうか、ショコラの名前が王都のスタンピードで売れたのか。

 火猫のネームバリューみたいに広がると嬉しい。


「私はスズ、ウサギはシロップ、膝の上に座ってるのがタツヤ」


 リーダーのスズに全てお任せしよう。

 こういう大人の話し合いは、営業しているみたいで苦手なんだ。


「いきなりで申し訳ないが、本題に入らせてくれ。やることがありすぎて、間に合わないんだ。数日前の朝、日の出とともに5体のワイバーンが村を襲ってきた。冒険者総出で追い返したが、傷を負わせることはできていない。知能が高いワイバーンは狩り場として認識しただろう。次はいつやって来るかわからないが、なんとかワイバーンを討伐してくれ」


「そのつもりでやって来た。被害状況は思ったより悪いはず。見渡しただけでも、かなり酷い。ワイバーンの被害で孤児も増えてる?」


「……隠しても仕方がないことだ。たった1度の襲撃だったが、日の出とともに現れたために、うまく対処しきれなかった。結果的に、孤児の数は倍になったと聞いている。この辺りは強くてもオークしか出ないから、冒険者のランクも低くてな。ワイバーンを追い払えただけでも、儲けもんなのさ」


 ユリアンヌさんは少し寂しそうな表情をしていた。

 冷静に分析をすると、彼女の言う通りなんだろう。

 でも、大きな被害が出てしまったことに納得していない様子。


 こういう人がギルドマスターなのに、どうして冒険者達はお酒を飲んで酔っ払っているんだろうか。

 僕だったら、褒めてもらいたくて頑張っちゃうけどなー。

 年齢的にお母さんポジションだけど、僕のストライクゾーンは広いからね。


 変なことを考えてる僕と違って、スズさんはいつでもイケメンなことしか考えない。

 マジックバックから白金貨を50枚(5,000万円分)取り出し、机に置いた。


「依頼を3つ出したい。1つ、ワイバーンで壊れた家の修復の手伝い。2つ、女冒険者による孤児院の手伝い。3つ、牧場の修繕の手伝い。材料費に回してもらっても構わない」


 ギルマスは50枚の白金貨を見て、完全に固まってしまった。

 当然の反応になるだろう。


 同じパーティメンバーでも、全く理解できないお金の使い方をしてしまうのが、イケメンという心だけで動いているスズさんだ。

 いったいどういう金銭感覚をしているんだって、突っ込みたくなってしまうよ。


 通りで『火猫』のネームバリューが、恐ろしいほど広まってしまうわけだ。

 見栄を張っているのかと疑ってしまうレベルだもん。


 でも、スズさんのすごいところはもっと別の場所にある。


 パーティで稼いだお金を、勝手にバンバン使っちゃうところがすごいんだ。

 普通はできないぜー、パーティメンバーの目の前で、稼いだお金を勝手に5,000万円も使っちゃうなんて。


 付き人の僕は全然気にしないけどね。

 下手に口出しをして、両想いのスズさんに嫌われることだけは避けるべきだから。


 それにブリリアントバッファローを丸々買い取ってもらえば、1体で白金貨10枚(1,000万円)もするんだ。

 まだ40体は残ってるから、痛くも痒くもないんだよ。

 シロップさんはスリスリで幸せそうだから、きっとお金に関心がないはず。


 現実を理解したギルドマスターはうろたえ始めてしまう。


「そ、そこまでしてもらうわけにはいかない! 白金貨50枚なんて大金をポンと出されて、受け取れるわけないがだろう! 君は一体何を考えているんだ」


「冒険者がギルドで暇をしている。人手は足りていないはず。早く復興して、チーズを作ってほしい」


 お、おう。まだ食べていないチーズのためだったのか。

 てっきり村人のためかと思ったのに。

 それもあるんだと思うけどさ。


「だ、ダメだ。まだワイバーンだって倒せていないんだぞ」


 どうやらユリアンヌさんは意地っ張りのようだ。

 本当はもらえるならもらいたいと思っているのに、理性が働いて素直に受け取れないんだ。

 酒を飲んで暇そうにしている冒険者をお金で動かすことができれば、早く復興できるとわかっているはずなのに。


 言葉足らずで依頼を出そうとするスズ。

 受け取れないと断り続けるユリアンヌさん。


 このままでは、イケメンのスズさんに恥をかかせることになってしまう。


 僕は知ってるんだ、スズはこういう交渉が苦手だっていうことを。

 でも安心してほしい、そのために付き人という存在がいるんだよ。

 説得は得意なんだ、任せてほしい。


「スズ、どうやらユリアンヌさんは白金貨50枚じゃ不満らしい。もう20枚足してみよう」


「わかった」


 スズはあっさりと白金貨20枚を取り出した。

 当然、スリスリで忙しいシロップさんは何も言わない。


 ユリアンヌさんは何故か追加されたお金に、驚きを隠せなかった。

 ハッキリ言おう、僕達はおかしな奴らなんだよ。

 相手が悪かったね。


「ちょ、ちょっと待ってくれ! なぜ増えたんだ? 普通は減らしていく流れだろう」


「それは違いますよ、ユリアンヌさん。この世の中には、お金よりも大事なものがいっぱいあるんです。お金で買えないものだって、存在する。僕達は……それが何かを知っているだけです。だから、このお金を受け取ってほしい。そうしないと、もう10枚増えますよ」


 何の迷いもなくスズはお金を追加し、白金貨80枚(8,000万)という大金が置かれてしまった。


 ユリアンヌさんはスッと立ち上がり、窓の向こう側の景色を眺め始める。

 表情はわからないけど、体が少し震えていた。

 そのまま振り向くことはなく、大きく深呼吸をした。


「そうか、ありがたく受け取るよ。若いとはいえ、さすがは英雄と呼ばれるパーティだ。そうだよな、辛さを知っているからこそ優しくなれる。家族を失っても、人は支え合って生きていけるんだ。愛情……か」




 いいえ、おっぱいが触りたいんです。




 お金でスズさんのおっぱいは買えないんですよ。

 だって、スズさんは金持ちに権力を兼ね備える、最強の15歳ですからね。

 昨日モミーンチャンスを逃してから、ずっと気になってるんです。


 左おっぱいに詰まっている夢。

 右おっぱいに詰まっている希望。

 2つのおっぱいをモミーンした人がたどり着く境地、理想郷。


 スズさんのポイントを少しずつ稼いで、モミーンチャンスを生みだしたいんです。

 許されるなら、両手で一気にいきたいですね。

 欲望のままガッていって、バタッと倒れたいです。


 できれば、今度こそおっぱいまで誘導してくれると嬉しいんですけどね。

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