第97話:偉大な存在
- 翌朝 -
カーン カーン カーン
大きな鐘の音が鳴り響き、僕達は飛び起きた。
辺りはまだ明るくなり始めたぐらいの早朝。
ワイバーンがやって来たに違いない。
僕は急いでテーブルにニンジンの煮物を取り出し、カツサンドとタマゴサンドを4つずつ置いた。
シロップさんはニンジンの煮物をガツガツと食べ始める。
一方、スズはサンドウィッチを独り占めにして、勢いよく部屋を飛び出していった。
一応、2人分を出したつもりだったんだけど……。
非常時でもガツガツ食べる癖は治してほしい。
シロップさんにもサンドウィッチを出してあげると、それを持って部屋を飛び出していった。
僕は食べやすいトリュフを口に入れながら、2人の後を追う。
宿の外に出ると、先に行った2人はもういない。
空を見上げれば、5体のワイバーンが東の空を飛んでいるため、向かうべき方角はわかる。
街の人が逃げるように走ってくるので、流れに逆らうように東へ向かっていく。
現場に着くと、東門周辺に冒険者らしき人が何人も集まっていた。
門の近くには、早くも1体のワイバーンが倒されている。
思っていたより大きく、体長は5mほどのワイバーン。
当然のようにシロップさんとスズは戦闘に入っていて、今はワイバーンが先ほどより高度を上げて飛んでいた。
どうやら1体倒されたことで、警戒しているようだ。
僕は邪魔にならないように倒したワイバーンを回収する。
そのままワイバーンが下りてこなくなったので、冒険者達が野次馬のように続々と集まり始めてしまう。
人が多ければいいってもんじゃない。
守るべき人数が増えれば2人の負担になるし、ワイバーンが街へ向かい始めたら、進路を妨害するような形で障害になる。
ここは付き人の出番だろう。
交通整理は任せてほしい。
「みなさ~ん、戦いの邪魔になりますので、醤油の内側までお下がりくださ~い」
醤油を出しながら、冒険者達に近付いていく。
夏場の水まきみたいでちょっと楽しい。
僕は地面が醤油で濡れることに喜びを覚える、特殊な人間だからね。
「は?! なんでてめぇみたいなガキの言うk……」
あっ、この人スズにワンパンされた人だ。
「またワンパンされますか?」
「「「 ……… 」」」
どうやらあの現場にいた人が多かったらしく、トボトボと後ろに下がっていく。
その足元にピュッピュと醤油をかけて、マーカーを付ける。
僕より強い人達が醤油に恐れて逃げていくみたいで、優越感がすごいよ。
そこにギルドマスターが駆けつける。
「もうすでにショコラで対応してくれていたか」
「見学人がいると邪魔ですので、冒険者で避難の手伝いをしてもらえませんか? 流れ弾で建物が崩れるかもしれませんし」
「わかった、冒険者どもは全員下がらせる」
ギルドマスターの一声で、多くの冒険者達が下がっていく。
反発する人には、容赦のない一撃が放たれているけど。
思っているより、強烈なパンチ力だ。
この人は案外強いんだな。
絶対に怒らせないようにしよう。
早くも自分の役目を失ってしまった僕はいったんスズの元に戻って、状況を確認する。
「スズ、ワイバーンなんとかなりそう?」
「クッキーがほしい。クッキーで魔法攻撃力が上がらないと届かない」
君は本当に料理効果について詳しいね。
能力を高めたい料理をピンポイントで選ぶなんて、僕にはできないよ。
ステータスアップの恩恵がほとんどないから、未だに把握してないんだ。
スズにクッキーをあげると、モリモリと食べ始めていく。
少し食べるだけでいいと思ったんだけど、出せば出すだけ食べ続ける。
両手を使って食べる姿は、とても戦闘中とは思えない。
これはあれだな、食べたくて食べてるな。
朝ごはんが足らなくてお腹空いてるんだろう。
「もうステータス上がってない?」
「上がってる……よ?」
じゃあやれよ! 名残惜しそうにしないでくれ!
君に餌付けすることを生き甲斐にしてる変わり者だから、ちゃんと後であげるよ。
必要以上に食べてたことが気まずかったのか、スズはシロップさんの元へ急いで向かった。
「シロップ、羽を打ち落とすから処理をしてほしい」
「は~い」
スズは両手で炎を操り、何かを作り始める。
真っ赤な炎が揺らめきながら、だんだんと圧縮されて物に変わっていく。
熱気が強すぎるあまり、スズの周りだけ時空が歪んでいるように陽炎が見えるほどに。
恐ろしいほどの熱量を放って作られたのは、スズよりも大きな大弓。
左手だけで大弓を支えると、右手でまた炎を操って、灼熱の矢を生成した。
暗闇だったら、幻想的に見えそうなほど綺麗な炎の武器だ。
そのままスズは上空にいるワイバーンを攻撃するため、大弓を構え始める。
炎の大弓と灼熱の矢は、炎が安定して形を作ってるとはいえ、炎そのものなので近付くことができない。
スズは涼しい顔で持っているけど、大丈夫なんだろうか。
火魔法を使えるから火に耐性があるのかもしれないし、自分の魔法は熱いと感じないのかもしれない。
ギリギリギリ……と弓を引いたスズは、片目を閉じて狙いを定める。
そして、開いている目にグッと力を入れ、灼熱の矢を解き放つ。
バシュッッッ
時速300kmはあるであろう速さで、ワイバーンへまっすぐ向かっていった。
ギャオオオオオオオ
突然飛んで来た灼熱の矢に、ワイバーンは全く反応することができていない。
ワイバーンの右翼をもぎ取り、バランスが取れずに急降下。
墜ちてくるワイバーンをシロップさんがジャンプして、両手で地面に叩きつける。
ドゴォォォォン
その光景を見た残り3体のワイバーンは、上空で仲間の死を悲しみ「ギャアアア」と鳴きわめいた。
すると、警戒することをやめて、上空から勢いを付けて襲い掛かってきた。
2体のワイバーンは急降下して、スズとシロップさんに向かって来る。
残り1体のワイバーンは途中で停止。
口から火を噴いて、2体を援護した。
スズは全く焦る様子もなく、炎の壁を作り出してワイバーンの火を防ぐ。
しかし、それがブラインドになってしまい、ワイバーンを一時的に見失ってしまう。
突っ込んでくるワイバーンの距離感がつかめない。
でも、ステータス3倍のシロップさんに死角はない。
突っ込んできたワイバーンの脳天に、チョップを叩きこんで迎撃。
地面に頭がめり込み、ワイバーンのオブジェが誕生した。
Aランクモンスターのワイバーンが完全に格下扱いである。
一方、スズは魔法を使っていたためか、回避行動が遅れる。
トップスピードから放たれる鋭い爪の斬撃をギリギリで避けた。
しかし、ワイバーンの胴体に直撃してしまい、勢いよく吹っ飛ばされてしまう。
このまま追撃されれば、スズも街も壊されかねない。
僕の援護技、威嚇醤油が必要だろう。
ブシューーーッとワイバーンを醤油で威嚇しつつ、吹き飛ばされたスズの元へ向かう。
ワイバーンは威嚇だと思わなかったのか、初めてみる黒い液体に興味を示し始めた。
地面に水溜まりのように溜まった醤油の匂いをクンクンと嗅いで、ペロッと舐める。
口に合わなかったんだろう、「ぐぅ~ん」と嫌そうな顔しながら声を漏らした。
後味が気持ち悪いのか、口の中の醤油を唾と一緒に吐き出している。
世の中において、絶対にやってはいけない行動というものが存在する。
まさにワイバーンの行動がそれであり、スズの逆鱗に触れてしまう。
上体を起こしていたスズは、怒りに満ちた表情でワイバーンに突進。
今まで聞いたことがないような重低音ボイスで、「ウゥゥゥゥ」と唸っている。
迎え撃つワイバーンは、もう一度鋭い爪を武器にして、スズに斬りかかった。
急降下して加速していない分、ワイバーンの攻撃は軽くなる。
スズはいとも簡単にワイバーンが放ってくる鋭い斬撃を拳で弾き返して、懐に入り込んだ。
そして、ワイバーンにひたすらローキックを叩き込む。
「貴様、醤油様を嫌うとは何様だ! 醤油様は豆腐にかけるだけで進化させる偉大な存在。野菜を煮れば煮物にし、あの伝説の角煮を作った調味料。ワイバーンごときとは格が違う!」
醤油をリスペクトするスズの暴力は酷い。
ひたすら同じ場所ばかり、ローキックを叩きこんでいる。
ワイバーンはただ暴力を受けるだけのサンドバッグ状態。
痛がることしかできないワイバーンがだんだん可哀想に思えてくるほどに。
その恐ろしい光景を目の当たりにした上空にいるワイバーンは、危険を察知して逃走を試みた。
しかし、スズの怒りは治まらない。
瞬時に灼熱の矢を作り出し、ノータイムで矢を撃ち放った。
逃げるワイバーンの左翼に命中して、ワイバーンは急降下。
怒りに満ち溢れすぎて、狙いを定めることなく撃墜してしまった。
「貴様、なぜ逃げようとする。連帯責任に決まっているだろ。醤油様を侮辱した罪は重い!」
またスズのローキック攻めが始まってしまい、ワイバーンを引きずり回すほど暴れまわった。
僕はそっと倒れているワイバーンを回収し、シロップさんに後ろから抱え込まれる。
「スズって、怒ると怖いんだね。家に帰ったら、角煮を作ろうと思うよ」
「あんなスズちゃんの姿は初めてだけどね~。あのワイバーンはもう意識ないのに~、まだ蹴り続けてるよ~」
連帯責任を取らされたワイバーンが解放されたのは、それから10分後のことだった。
スズがボコボコになったワイバーンを運んでくれたので、アイテムボックスにしまった。
どうやら怒りは治まったみたいだ。
料理が好きだとは思っていたけど、まさか醤油を尊敬しているとは思わなかった。
好きな女の子の意外な一面を見れたのに、怖いって思うこともあるんだね。
良い勉強になったよ。
そこに遠くから見ていたユリアンヌさんが近づいてくる。
「ハハハ、もう笑うしかないな。5匹のワイバーンを瞬殺とは、さすがだよ。こんなにあっさりドラゴンを討伐するとは思わなかった。まさか蹴り倒すとはな、くくくっ。面白いものを見せてもらったよ」
「ワイバーンに裁きを与えただけ」
僕は今日ほど醤油を出せてよかったと思った日はないよ。
いつでもスズに新鮮な醤油を提供することで、最高の付き人になれるからね。
捨てられる確率がグッと減った気がするもん。
その後、ユリアンヌさんに別れを告げて、そのまま足早に街を立ち去った。
後は復興するだけだから、僕達は残っていても邪魔になる。
それに、早くフリージアへ戻りたい思いの方が強かったから。
- 帰り道 -
「前もそうだったけど、スズっていつもお金出したり、食料提供したりしてるの?」
「状況次第」
目線を反らしたスズは、ちょっと照れている。
どうやら恥ずかしいみたいだ。
「スズちゃんは依頼で稼いだお金を~、ほとんどそういうことに使ってたんだよ~。だから火猫のネームが拡がっちゃって~、この国で知らない人の方が少ないね~」
スズの顔が赤くなってきて、自然と歩くペースも上がっている。
「スズはすごいねー」
「スズちゃんすご~い」
「………」
スズの耳が真っ赤だから、これ以上はやめておこう。
後、めちゃくちゃ歩く速度が速くなったんだけど。
これ以上は追い付けなくなるから、ペースを落としてほしい。
恥ずかしがり過ぎだろう、あっ、待って、おいていかないで!
それからスズは1時間ほど照れてしまい、その間は全速力で走り続けた。
どんだけ照れ屋さんなんだ。
「このまま帰ったら約1週間ぶりになるけど、リーンベルさん大丈夫かな」
「……不安しかない」
「もし残念なことになっても、大目に見てあげてね。リーンベルさんはスズも大事だけど、食欲に負けちゃう残念な人なんだから」
タマゴサンドを食い散らかすであろうリーンベルさんのフォローをして、フリージアへ帰っていく。
少しでもいいから、我慢してほしいと思いながら。
あわよくば、奇跡が起こって天使に戻って欲しいと願っている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます