第94話:ツンデレバーガー
結局、スズとシロップさんにつまみ食いがバレてしまい、「ずるい」と責められ続けることになった。
その騒ぎに気付いたフィオナさんが、2階から降りてくる。
いつもの清楚な服装とは違い、ジャージのようなラフな格好で変装用のメガネも装着していた。
「料理の邪魔をしていると、夜ごはんが遅れてしまいますよ。それに、今日はとてもおいしい夜ごはんだと思います。私は一足早くお腹を空かせてきますね」
どうやらいっぱい食べるために、庭でランニングをしてお腹を空かせるみたいだ。
スズとシロップさんは互いに目を合わせ、猛スピードでフィオナさんを追いかけていく。
僕はホッと肩の荷を下ろして、ハンバーガー作りを再開した。
日が暮れ始めると、ダラダラと汗を流す3人が家に入ってきた。
相当気合を入れて運動していたのか、全員がゾンビみたいな感じになっている。
腰を少し曲げて、両手をダラーンと前にぶら下げ、「アァー」としか言わないんだ。
僕は急いでコップに水を入れて、3人に手渡した。
一気に水を飲みほした3人は、トボトボとお風呂に向かって行った。
薄着のスズしか汗で透けてなかったのが残念だ。
紫を付けるなんて、どういう心境の変化なんだろうか。
紫色の何かを頭に浮かべながら、1人でリーンベルさんを迎えに行く。
ギルドに入ると、リーンベルさんとギルマスが珍しく話し合っていた。
そのまま近付いていくと、ギルマスが僕に抱きついてきた。
最近男の人に抱きつかれることが多くなってきた気がする。
本当に勘弁してほしいよ。
ムキムキのオッサンに抱きつかれても、テンションが下がるだけだぞ。
「まさかブリリアントバッファローを5体も獲って来てくれるとは思わなかったぞ」
僕もムキムキギルマスに抱きつかれるとは思ってませんでしたよ。
とりあえず、『たかいたかい』するのは、やめてもらってもいいですか?
「あいつらの蒸気パフォーマンスが聞こえた時は耳を疑ったがな」
僕はあの人達が同じ人類なのか疑っていますよ。
「俺も久しぶりに見たかったな-。あいつらどういう構造になっているのか、興奮すると蒸気を出しやがる。腕は良いが、なかなか厄介な奴らで意欲が足らないんだ」
「どうでもいいので、早く下ろしてもらってもいいですか?」
ようやくギルマスの『たかいたかい』から解放された。
愛しのリーンベルさんを迎えに来ただけなのに、なぜテンションが下げられているんだろうか。
地面に降ろしてもらうと、即効でリーンベルさんの元へ避難する。
「リーンベルさん、たかいたかいしてもらってもいいですか? ギルマスに汚された心を癒してもらいたいんです」
「君は最近どんどん幼児退行していってないかなー。お姉ちゃんは少し心配になってきたよ」
あっ、ごめんなさい……。
フィオナさんが甘やかしてくれるから、つい甘える癖が付いてしまいました。
僕も危ないっていう自覚はあるんですよ。
でも、「ばぶー」って言わなければセーフだと思ってます。
結局リーンベルさんは、たかいたかいをしてくれなかった。
仕方ないので、家に帰ると急いでシロップさんの元へ向かう。
「シロップさん! たかいたかいをしてください!」
嬉しそうな顔でシロップさんは、たかいたかいをしてくれたよ。
あぁ、よかった、ギルマスに汚された心が癒されていく。
ちょっと楽しいと思っている時点で、本当に僕はヤバイのかもしれない。
リーンベルさんの視線が痛いのも納得だね。
羨ましそうに見てるフィオナさんは、もうヤバイ人だって知ってる。
シロップさんに癒されたところで、早速夜ごはんを食べることにした。
「リーンベルさんは初めてのハンバーガーになりますから、ゆっくり食べてくださいね。多分、無限に食べるパターンのやつですから」
僕はそれぞれに2つずつハンバーガーを渡してあげた。
リーンベルさんは初めてのハンバーガーに、早くも衝撃を受けている。
「ちょっと待ってよ……。もう少し注意喚起と説明をしてほしいレベルの物を、パッと取り出さないで。ホットドッグを超える無限パターンは作っちゃダメだよ。見た目が軽犯罪だもん」
犯罪ではないですよ、ハンバーガーですから。
「私をどうしたいの? こんなの食べたら、また食欲に支配されちゃうよ。勝てる気がしないんだもん。またスズに怒られちゃうじゃん」
バクバク食べる3人に対して、リーンベルさんは食べ進めようとしなかった。
そんなにもあの罰がトラウマになってしまったんだろうか。
ジッと見つめているけど、我慢して葛藤する辺りがすごいと思う。
そこまで意志が固いんだったら、無理に勧めないよ。
食べてもらえないのは残念だけど。
「じゃあ、食べるのやめm「食べますけどね」」
食べるんかい。
リーンベルさんは文句言いながらも、1番おいしそうに食べてくれた。
天使の姿を見るのもいいけど、幸せそうに食べてくれる姿を見るのもいい。
……30人前を過ぎたあたりから、腹が立ってくるけどね。
他の3人は早くも1つ食べ終え、2つ目に差し掛かっていた。
フィオナさんは横に揺れながら、おいしそうに食べている。
スズとシロップさんは、一緒に「ふぉぉぉぉぉぉぉぉ」と言いながら食べているよ。
やっぱり牛肉を使ったハンバーグはおいしいよね。
さてと、ツンデレトマトはどうなってるんだろうか。
1番想像ができなさそうな、スズから聞いてみようかな。
「スズ、ハンバーガーおいしい?」
「被り付いた時にふわふわのパンが出迎え、小悪魔レタスがシャキシャキと音を立てながら、ハンバーグにたどり着く。肉汁が口の周りにスーッと流れてしまうほど溢れ出すと同時に、ブリリアントバッファローの強烈な肉の旨みが軍隊のように押し寄せる。いきなり現れた強敵を噛めば噛むほど、肉汁という血が溢れ出し、舌という大地が侵食される。まさに、人類と魔物の戦争といっても過言ではないだろう」
お、おう。求めてたものと違うぞ。
普通の(?)食レポになっちゃった。
無表情キャラでツンデレを抑えつけないでほしいよ。
さっきまではしゃいで「ふぉぉぉぉ」って言ってたくせに。
次に2番手のシロップさんだ。
この人もほんわか癒し系だから、期待できなさそうだよね。
「シロップさん、おいしいですか?」
「おいしいね~、えへへへ。お肉の肉汁がすごいの~、えへへへ。野菜のバランスもいいね~、えへへへ」
デレ成分が強すぎるよー。
それじゃあダメだ、先にツンの部分が欲しいんだよ。
いま求めらているのはデレデレじゃない、ツンデレなんだから。
でも、デレデレにデレるのは大好きだから、今度トマト食べながら僕も食べてね。
そっちの方が甘い夜を過ごせそうだし。
布団の中で一緒にデレデレしたいよ。
そう思っていると、僕の腕はクイクイと引っ張られた。
パッと振り向いてみると、フィオナさんが恥ずかしそうにお皿を突き出してきた。
「食べてあげるから、おかわり出しなさいよ。べ、別に好きとかじゃないから! 勘違いしないでよね!」
さすが最高神フィオナ様だ。
全力で拍手を送りたい気持ちをグッと堪え、あえて強気で攻めていく。
欲しがりさんな僕は、もう1声聞きたいから。
「嫌いなら他のものにしましょうか?」
「……嫌いとは言ってないじゃない。いいから早く出しなさいよ、このバカ! 食べてあげるんだから、感謝しなさいよ!」
背筋ゾクゾクさせながら、おかわりを出してあげる。
王女様っぽい丁寧なしゃべり方も好きだ。
でも、ツンデレトマトを食べた時のツンデレっぽさもいい。
普段と全然違うしゃべり方をするフィオナさんのギャップがたまらないよ。
「私にも早く出しなさいよ、このバカ」
すると、もう1人ツンデレの美少女が現れてくれた。
ツンデレ天使、リーンベルさんだ。
天使の言葉責めって、すごくいいな……。
「は、ハンバーガーはおいしいですか? それとも、お口に合いませんか?」
「もっと自信持ちなさい。私が好きなんだから、おいしいに決まってるじゃない。ほらっ、早く出して」
ツンよりデレが多いパターンだけど、すごくいい。
溢れ出すお姉ちゃん属性でツン要素を抑えきれず、漏れ出てしまってる感じが堪らない。
「リーンベルさんのためにいっぱい作ったので、たくさん食べてくださいね」
「お腹空いてるし、仕方ないからいっぱい食べてあげるわ。感謝しなさいよね」
ありがとうございます!
- 1時間経過 -
スズ、シロップさん、フィオナさんはお腹いっぱいで満足している。
リーンベルさんは初めてのハンバーガーに、食べる手が止まらない。
ただ、僕はここで大きな計算ミスをしてしまった。
「リーンベルさん、もうそろそろ……」
「なによ、もうないとは言わせないわよ。早く出しなさいよ、この変態!」
あぁぁぁぁぁ、ありがとうございます!
変態の言葉までオプションで付けていただき、本当にありがとうございます。
どうぞ、残り30個ありますので、全て召し上がってくださいませ。
……ツンデレじゃなくて、だんだん言葉責めになってるけど気にしないよ。
思わずアイテムボックスから、一気に30個テーブルに並べてしまった。
予想外にいっぱいあったのか、リーンベルさんは驚いている。
そして、ハンバーガーを1つ手に取り、そっぽを向いた。
「残り30個じゃ物足りないけど、仕方ないからこれで許してあげるわ。その……あ、あり、ありがとね」
頬を赤く染めてハンバーガーを被り付くリーンベルさんは、ツンデレ界においても天使だろう。
ツンデレの黄金比である9:1ではないけど、充分に素晴らしいものを持っていると思う。
なお、彼女はもう90個もハンバーガーを食べている。
そこに30個も出していいもんじゃない。
食べるの我慢しなさいって、止めなきゃいけないんだ。
でも、それができない。
ツンデレ天使の言葉責めに、僕の心臓は大喜びしているから。
綺麗に16ビートを刻むという新たな展開が生まれているんだ。
感情をコントロールすることができなくて、当然だと思う。
思わず、食べ続けるツンデレリーンベルさんを魅入ってしまう。
「な、何ジロジロ見てんのよ、この変態! ……別に、嫌いなわけじゃないけど」
残り30個食べ終わるまで、背筋をビシッと伸ばして見守り続けた。
口周りをタレで汚してしまう愛らしさも堪らない。
最後の30個目を食べ終わると、「まだ残ってるんじゃない? 本当に全部出したの?」と、必要以上に何度も聞かれた時は失神しそうになった。
ツンデレの領域から完全にはみ出していると思ったけど、ありがたいお言葉を頂戴し続けた。
脳内に詰め込めるだけリーンベルさんの言葉を録音し、脳内メモリーはパンク寸前である。
ツンデレってなんだろうとわからなくなり始めていたけど、最高に幸せな日だったことは間違いない。
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