第93話:解体屋という変態

 ブリリアントバッファローの手足の雪崩がようやく終わった。


「たっちゃ~ん、ごめんね~。いきなり手足がゴロゴロ転がってきたから~、思わず投げちゃったの~」


「怪我してませんし、大丈夫ですよ」


 いつもクンカクンカでお世話になっているから、強く責めることが出来ない。

 それにヘタレの僕は女の子に優しいんだ。

 嫌われたくないから、投げ捨てられたぐらいじゃ怒らないよ。


 余程怖かったのか、スズはまだ手足が転がって来ないか警戒している。


「仕方ないと思う。ブリリアントバッファローの手足が200本も転がってきたら、誰だって混乱する。人生で1番恐ろしい光景だった」


 普通に戦って勝てない魔物だもんね。

 そんな化け物の手足が、なぜいじけて取れるのか謎だけど。


 僕達は心を落ち着けた後、ゆっくりと本体の方に近付いていく。


 マヨネーズプールに、巨大なブリリアントバッファローの本体がゴロゴロと転がっている。

 集まって倒れているため、回収しやすくて助かるよ。

 こけないように気を付けて、1体ずつアイテムボックスに入れるだけだ。


 スズとシロップさんは本当に滑るのか気になって、マヨネーズで遊んでいるよ。

 倒れた魔物の回収は付き人の仕事だから、手伝ってくれなくても気にしない。


 それにしても、戦闘で活躍するだけじゃなく、討伐した魔物を全て回収してしまうなんてね。

 今日の僕は存在感がありすぎる。

 パーティに貢献しすぎて、優越感が半端ないよ。


 もうそろそろ遊ぶのやめないと、本当にコケるから注意しないt……、


 ツルッ すてーん


 注意しようと振り返ったら、ちょうどスズがマヨネーズプールに顔面から突っ込んだところだった。

 同じように遊んでいたシロップさんは、慎重にマヨネーズから離れていく。


 僕は何も見なかったことにして、ブリリアントバッファローの回収作業に戻る。


 回収が終わると、スズはマジックバッグから水の魔石を取り出して、頑張ってマヨネーズを落としていた。

 パッと見た限りは落ちているけど、手や顔に付いている油分がベタベタするみたいだ。

 洗剤とかお湯じゃないと難しいし、ニオイも残ってしまうだろう。


「お風呂に入った方が早いから、そのままお家に帰ろう」


「……うん」


 落ち込んだスズをシロップさんと励ましながら、その場を後にした。

 帰り道も何度か声をかけたけど、スズは一言も話すことはなかった。



 街に着くと、先に家へ戻ってフィオナさんにスズを預ける。

 フィオナさんは「よしよし、お風呂で落としましょうね」と、スズにもお姉ちゃんっぷりを発揮していた。


 僕も一緒に落とし合いっ子をしたいと思いつつ、シロップさんとギルドへ向かっていく。


 ギルドに入ってやることは、いつだってリーンベルさんに報告することだ。

 依頼は受けてないから本当は報告する必要がないんだけど、なんとなく報告したいんだよね。


 リーンベルさんが僕を見付けてくれたと思ったら、いきなり猛スピードで飛び出してくるマールさんとアカネさんの姿が視界に入った。


「タマゴサンド、すごいよかったよ。ずいぶん前にベル先輩がキュンキュンしてた謎が、ようやく解けたんだ」


「お姉さんは初恋を思い出しちゃったなー」


 そういえば、今朝お弁当にタマゴサンドを渡したんだっけ。

 せっかくならキュンキュンするマールさんとアカネさんも見たかったなー。

 もったいないことしちゃったよ。


「依頼で出てる時は無理ですけど、あれぐらいならいつでもお渡ししますよ。大した量じゃないですし」


 喜ぶ2人と固い握手を交わした後、リーンベルさんの元へ向かっていく。


「リーンベルさん、ギルドカードの更新をお願いしてもいいですか?」


「あ~、私も~。ついでに~、ショコラにパーティ移ったから処理もおねが~い」


「はーい、じゃあギルドカード預かるね。君はCランクでもまだ経験が少ないんだし、無茶なことはしちゃダメだよ。ただでさえステータスが低いんだから」


 あぁ、この感じが懐かしい。

 天使リーンベルさんのお姉ちゃん属性が心地いいよ。

 心配してくれてる感じと、優しくお説教されてる感じが合わさって、『愛してる』と告白されてるような気分になるんだ。


 32年も彼女がいなかった弊害で、幸せな気持ちが溢れ出して来るよ。

 一緒に住んでることもあって、もう付き合ってると錯覚しているんだ。

 勘違いしないように気を付けようと思いつつも、心はすでに有頂天になっている。


 異世界に来たばかりの時、こうやって毎日ギルドでやり取りしてたよね。

 暗くなる前に戻ってくるようにって、指切りで約束してくれたこともあったなー。

 仕事しているリーンベルさんは本当に素敵な天使だと思う。


 勝手に妄想の世界に飛び立っていると、リーンベルさんは口を尖らせて、ムスッとした表情をしてくれた。

 そういう顔で怒られたい願望が生まれて来る。


「もう、ちゃんと聞いてるの? お姉ちゃん怒っちゃうよ」


 ありがとうございます! と思いつつも、ニコニコリーンベルさんに怒られないように冷静な心を取り戻す。

 あれは恐怖の象徴だからね。

 せっかく天使になってくれたのに、ここで堕天使を呼び起こしてはいけない。


「今はSランクのシロップさんも一緒ですから、大丈夫ですよ。更新してる間に魔物の解体をお願いしてきてもいいですか?」


「本当にわかってるのかなー、もう。解体はヴォルガさんのところに持っていってね。それで何を狩ってきたの?」


「ブリリアントバッファローです」


「………え?」


 そんなに驚かなくてもいいと思うんですけど。

 ショコラはAランクとSランクが1人ずついるチートパーティですからね。

 アイテムボックス持ちという優秀な付き人もいますし。



 まっ、今回はそんなチートな2人は戦いに敗れ、勝利をもぎ取ったのは醤油戦士の活躍でしたけどねっ!!



 心の中でドヤ顔を決めていると、シロップさんの充電が切れてクンカクンカが始まってしまった。

 リーンベルさんの前で抱えられるのは恥ずかしいから、もうちょっと我慢してくれてもいいのに。


「ブリリアントバッファローって、すっごく危ないんだよー? シロちゃんとスズがいたとしても、土魔法が飛んでくるかもしれないんだからね。本当に無茶しちゃダメだよ。……おいしいお肉ではあるけど」


 前回のお説教が効いているのか、心配を優先してくれるリーンベルさんが可愛くて仕方がない。

 ちゃっかり我慢できず、肉の味を想像しちゃう辺りが何とも憎めないところ。


 自分でも恥ずかしいと自覚しているのか、手をモジモジさせる仕草に、童貞の心は崩壊寸前である。


 心配するというお姉ちゃんのような優しさ。

 ムスッとして口を尖らせる、ジト目付きの表情。

 恥ずかしそうにモジモジとしてしまう愛おしさ。


 そこに、食欲が止められないという残念な要素が混じり合うことで、ギャップが起こって可愛さが爆発する。

 変幻自在にコロコロ変えてくる色とりどりのリーンベルさんに、心を奪われてしまうのも当然ではないだろうか。


 勝手に心臓でマシンガンを撃ち放っていると、抱えているシロップさんが「ふっ、惚れたな」と、声を漏らした。


 クンカクンカの充電が切れたわけではなく、心の変化を確実に読み取ろうとして抱えていたというのだろうか。

 ギギギッとぎこちない動きで首を動かしてみると、『誤魔化せないぜ、旦那』と言わんばかりの不敵な笑みを浮かべていた。


 油断していたことに反省しながら、クンカクンカをされて解体場へ運ばれていく。




 解体場に着くと、ヴォルガさんが暇そうに黄昏ていた。


「こんにちは、解体をお願いしたいんですけど」


「おう、久しぶりだな。今日は暇だったから、物足らないんだ。ドーンとデッカイの出してくれよ、ドーンとな」


 ちょうどよかった。

 すぐ解体してもらえば、夜ごはんに何とか間に合いそうだもん。

 リーンベルさんも食べる気満々だと思うし、スズも落ち込んじゃったからね。


 牛肉を使ったハンバーガーにしてあげたら、すぐ元気になると思うんだ。


 ブリリアントバッファローを1体だけ、アイテムボックスから取り出す。

 1体でも体長3m・体重800kgはあるから、残りは今度ゆっくり解体してもらおう。


 ドシーン


「ファーーー!!」


 あっ、そうだった。

 ヴォルガさんってゴルフのキャディーさんみたいなリアクションするんだよね。

 懐かしいなー、この感じ。


 前はホロホロ鳥を一気に6体取り出して、こうなったもんね。

 樽のような手足は転がらないように添えておくよ。


「今日の夜ごはんで使いたいので、お肉だけ早めにもらってもいいですか?」


「お、お、お、おう。そうだったな、お前はアイテムボックス持ちだったな。いきなり超大物が出てきたから焦ったぞ。肉はまた全部持ってくのか?」


「半分はギルドに卸しますから、早めに解体してください」


「そ、そうか! そいつは助かる! よし、全速力で肉だけ解体してやろう」


 テンションが上がったヴォルガさんは、ポケットから笛を取り出し、『ピー』と吹いた。

 すると、奥から4人の屈強なオッサン達がすごい勢いで走ってくる。


 全員が裸にオーバーオールという衝撃な格好をして、右手に鋭いナイフを持っている。

 ヴォルガさんは1番乗りで本体を解体し始めると、まだ走っている4人は「やられたー!」と叫んで、先着順で大きな手足をぶんどっていく。

 そして、狂喜に満ちた目で次々に解体していった。


 まさかフリージアにこんな変態集団がいたなんて……。

 みんな「ぶへへへ」と不気味な笑みを浮かべて、嬉しそうに解体しているよ。

 変態だから解体もうまいんだ。(?)

 きっと、強い魔物を解体したがる変態集団なんだろう。


 3分もかからず、あっという間に手足組は終わってしまった。

 本体を解体しているヴォルガさんを羨ましそうに見ていたので、僕はそっと4体のブリリアントバッファローを出してあげることにした。


 ドッッッッシーーーーン


「まだありますから、よければ解体お願いします」


 4人の変態解体屋は、「ポッポー!」と汽車のような音を鳴らして、蒸気を頭から放出。

 「シュシュシュシュシュ」と口で言い始め、ブリリアントバッファローにゆっくりと近付いていく。

 なお、膝を90度の高い位置まで上げ、手は短く前ならえをしている。


 シロップさんは警戒して、サッと距離を取ってくれた。


 そのまま近付いて解体すると思ったら、謎のウィニングランが始まっていく。

 ブリリアントバッファローの周りを走りだし、「ポッポー!」と言い続けている。

 余程嬉しかったのか、全く終わる気配がない。


 どうでもいいから、早く解体してほしい。

 裸にオーバーオールを来たオッサンたちが、魔物の周りをクルクル回って「ポッポー!」って言ってるんだよ。

 究極の変態じゃん。 

 頭から放出されている蒸気は何でできているんだよ。


 受付嬢の質が良すぎるから、解体屋のオッサンを変態にすることで、プラスマイナスゼロにしてるのかもしれない。

 いや、そんなところでバランスは取らなくていいんだよ。

 解体屋のオッサンに需要はないんだから。


 自分だけ本体を解体していたヴォルガさんは、真顔で僕にこう言ってきた。


「お前ら、とんでもねえ奴らだな!」


 こっちのセリフだよっ!!




 変態達の解体技術はハイレベルだったため、たった10分で解体が終わってしまった。

 解体が終わると、頭から噴き出ていた蒸気は収まり、トボトボと奥の方に帰っていく。


 その結果、4tというトラックレベルの牛肉が目の前に並んだ。


 約束通り肉を半分卸してあげると、ヴォルガさんはとても喜んでくれた。

 解体でお世話になってるし、ギルドと友好的な関係を取ることは大切だと思う。


 帰り際リーンベルさんに、「あれが出てきたのは1年ぶりだよ、私も見たかったなー」と、よくわからない褒め言葉を送ってくれた。

 どうやら変態による解体ショーは、フリージアの名物みたいだ。

 今度は残りの40体以上いるブリリアントバッファローを一気に取り出して、リーンベルさんと一緒に楽しもうと思う。


 更新したギルドカードを受け取って、ギルドを後にした。

 変態達のパフォーマンスが早くも噂になっていて、ギルドの外は大盛り上がりだ。


 家に帰ると、日当たりの良い庭でダイノジになっているスズを発見する。


「何してるの?」


「天日干し」


 すると、シロップさんがスズの横で同じことをやり始めた。

 僕は何も見なかったことにして、キッチンでハンバーガ―を作ることにする。


 今回はブリリアントバッファローとオーク肉の合い挽き肉にして、小悪魔レタスとツンデレトマトをパンで挟んで食べることにした。

 レタスたっぷりの照り焼きバーガーも好きだけどね。

 ツンデレトマトの酸味を活かして、飽きないサッパリ感を演出してみたよ。



 異世界に来て、数か月。

 初めての牛肉を使った料理を前に、つまみ食いを我慢できる奴なんていないだろう。


 コッソリ1個だけ食べようかな。

 今回活躍したのは僕だし、1つだけなら許されるはず。

 都合の良いように考えるのって、嫌いじゃないんだ。



 ハンバーガー休憩が終わると、天日干ししてた2人がキッチンへ入ってくる。


「1人だけイケナイことしなかった?」


「つまみ食いとかしてないよね~?」


 冒険者のカンが鋭すぎる。

 そんなことは受信しなくてもいいんだよ。

 最近気付いたんだけど、君達の冒険者のカンは『食』にしか働いてないからね。

 もっと戦いに役立てるように働くべきだよ。


 バレてしまうと厄介なことになるので、僕は誤魔化すことにした。


「べ、別に食べてなんかないんだからねッ!」


 あ、あれ? 普通にしゃべることができない。

 なんで僕がツンデレキャラになっているんだろう。


 まさか、サッパリ感を演出するためのツンデレトマトにやられたというのか。

 この世界の食べ物で影響を受けたことなど、今まで1度もなかったというのに。


 いきなり僕がキャラ変したことで、スズとシロップさんにジト目で見られることになった。

 明らかにバレているけど、2人に食べさせるわけにはいかない。

 だって、今まで食べたハンバーガーの中で1番おいしかったから。

 お腹いっぱいになるまで止まらないはずだもん。


 スズ達に問い詰められながらも、僕は違うことを考えていた。

 僕まで影響が出てしまったのなら、彼女は絶対に反応してくれるだろう。


 リーンベルさんにツンデレ対応されたくて仕方がない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る