第121話:ライドオン

 なんで今までこんな大事なことを忘れていたんだろうか。


 誰からも呼ばれていないけど、僕は最強のウルフハンターじゃないか。

 嗅覚が鋭い相手なんて、どれだけ強くてもザコでしかない。

 活躍できる時に活躍しないなんて、とんだ腑抜け野郎になるとこだったよ。


 ポーションスキルに選ばれたダークエルフの戦いは、もう充分に見せてもらった。

 今からは、調味料に選ばれたハイエルフの戦いを見せてやろう。


「スズ、今すぐ戻って!」


「ダメ、今戻ったらやられる」


「大丈夫、勝てる方法が1つだけあるから」


 猛スピードで走り抜けていたスズが、ゆっくりと立ち止まっていく。

 まるで、頭でなかなか理解することができず、聞き間違えたのかと考えているような感じだ。

 その証拠に、目をパチパチさせて驚いている。


「スズとパーティを組んだ時に、依頼でシルバーウルフを討伐したことがあったよね。あれ、どうやって僕が勝ったか覚えてる?」


 頭の中で記憶を掘り起こすスズはボーッと考えた後、ハッと我に返るようなリアクションをした。


「たまご結界!」


 ごめん、それは黒歴史なんだ。

 技名は忘れてくれ。

 君の方が中二病だから、何も思わないんだろうけど。


「抱っこされたままだったら攻撃できないから、シロップさんみたいに後ろからハグして運んでほしいんだ。戦闘に向かない僕のステータスだったら、ハイエナに襲われたら避けられないから」


「わかった」


 抱っこから下ろされると、衝撃的な光景を目の当たりにした。

 いきなりスズが四つん這いになり始めたんだ。


 一体どうしたというんだろうか。

 後ろからハグしてもらうのに、四つん這いになる工程なんて存在しないぞ。


 こんな非常事態だって言うのに、プリッとしたお尻を突き出してくるのはやめてくれ。

 タマちゃんとクロちゃんのお尻を見続けていたことで、「私のお尻も見てほしい」という欲求を解放してきたのか?

 尻尾はないけど君のお尻も魅力的なのは、出会った初日から知ってるよ。


 家でミニスカートの時は君のお尻をずっと追いかけてるし、太ももだってパンチラだって毎日楽しみにチェックしてるから。

 今はハグして持ち運んでもらいたいんだよ。


「乗って」


 の、乗る?!

 そ、そうか。猫っぽいスズは馬のように運んでくれるのか。

 お尻を自慢してきたのかと、勘違いしてしまったよ。


 それにしても、超絶美少女のスズさんに「乗って」と言われたら、胸にグッと来るものがあるな。

 まるで小さい頃にしてもらった、お馬さんごっこのように……お馬さんごっこだと!?


 君はクロちゃんが死ぬかもしれないっていう時に、大人のお馬さんごっこをしたいのか!


 戦いが終わってからのご褒美にしてくれよ!

 今もこうしてる間に、命を削り合う死闘を繰り広げているんだぞ!


 唐突な四つん這いという衝撃的な光景に、頭が変態思考で埋め尽くされてしまう。

 なかなかプレイを始めない僕がじれったいのか、お尻が左にズレ、右肩を引きながら上体を捻じり、四つん這いになったまま振り返って見つめてきた。


「早く乗って」


 あっ、は、はい。の、乗らせていただきますね。


 5秒ほど目的を忘れ、高鳴る胸のままスズさんにライドオンした。



 こ、こ、これが大人のお馬さんプレイ!!



 スズさんをお尻で踏みつける背徳感と、お尻から温もりが伝わってくる。

 バランスを保つために手を置くと、ちょうど下着の位置に手を付いてしまう。


 装備越しでもお触りしてよろしいのでしょうか!

 全神経を指先に集中させるような変態ですけど!


 手を震わせ、スズさんの背中からも温もりを感じていく。



 その時だ。

 一瞬で視界がグルッと回って、後頭部を強打したのは。



 なにがあったのかわからない。

 ライドオンポーズのまま地面に背を向け、気付けば天を見上げていた。

 なお、興奮しすぎて後頭部の痛みなど感じない。


「落ちるからしがみついてて」


 ハッと我に返ると、スズさんが再びお尻突き出し、四つん這いになっていた。


 きっとチーター並みの猛スピードで駆け出したせいで、僕は振り下ろされてしまったんだろう。

 料理効果でステータスが上がっていることもあって、一気にトップスピードへたどり着くからね。


 落ちる前に言ってほしいと思いながら、再びスズにライドオン。


 これ以上バカなことをやっていたら、本当にクロちゃん達が死んでしまう。

 今はやましいことを考えず、スズさんから振り落とされないことだけを考えよう。


 戦闘を行うための、合法的な合体だ!


 腰にまたがった足を、スズのお腹にクロスするように挟み込む。

 体を倒してスズに抱きつき、両手はスズのお腹にシートベルトのように固定した。

 首は右に捻じって、スズの肩甲骨周辺に頭を沈める。


 初めて自分から抱きついたとはいえ、恐ろしいほどの幸福感で満たされていた。



 これが……だいしゅきホールドというやつか。



 準備ができると、すぐにスズが駆け抜けていく。


 正面から風を受けないだけで、随分と呼吸がしやすい。

 風の抵抗をあまり感じないし、スズさんの温もりと心音に安心する。

 地面からの衝撃もほとんどなく、乗り心地も安定感も抜群だ。


 なにこれ、好き。


 お馬さんごっこに快感を感じていると、地面をガガガッと削るようにブレーキがかかる。

 視界に現れたのは、傷付いた体を武器で支えるようにして起き上がったクロちゃんだ。


 どうしよう、ライドオンからのだいしゅきホールドを見られるの、ちょっと恥ずかしい。

 でも、離れようと思わないほどの中毒性があるから困る。


「ニャ~、戻って来ちゃダメニャ。獣人の問題に親分達が犠牲になることはないニャ。なんとか持ちこたえてるけど、すぐに決壊するニャ」


 傷だらけの獣人であるクロちゃんは、極力この場から離れさせるべきだ。

 まともに立てないくらいの肉体的な損傷がある状態で、腐敗臭という精神攻撃に耐えられるかわからない。

 今はまだ回復させられないから、もうちょっと我慢して生きてくれ。


 戦闘ができないような体でも戦おうとする強い意志を、変態カウボーイが受け取るよ。

 もはや僕の独壇場なんだ。

 まずは得意の説得で、君を後方に下がらせてみようか。


「カツ丼様は酷な決断をなされた。獣人が死を選ぶくらいなら、獣人が住まう大地を焦土に変えるとおっしゃった。よって、今からカツ丼様による天罰が降り注ぐ」


「か、カツ丼様の……天罰ニャ?」


「そうだ、今からニオイを嗅がずにできるだけ離れるがいい。カツ丼様の怒りに……大地は腐敗する。神聖すぎる聖なる光によって、逆に大地がやられてしまう恐ろしい魔法だ!」


「親分……その格好で言われても説得力がないニャ」


「それは言わない約束だよ」


 絶妙なタイミングでスズは走りだしていく。


 ここに来てカツ丼教の効果が薄くなるという、まさかの事態が勃発した。

 あれほどカツ丼を愛してたクロちゃんが、お馬さんごっこに意識を取られるとは。


 もしかしたら、クロちゃんもお馬さんごっこがやりたいという思いを潜在的に持っているのかもしれない。


 馬役になってクロちゃんのお尻で踏んでもらう姿を妄想していると、スズの走るスピードが減速して方向が変わる。

 戦闘の音が鳴り響き、獣王とハイエナが戦っている姿が見えた。

 どうやら、戦場に戻ってきたみたいだ。


 装備がボロボロになったタマちゃんが近付いて来る。


「戻って来ちゃダメにゃ。獣人の問題に親分達が犠牲になることはないにゃ。獣王様もいつまで持つかわからないにゃ、早く逃げてほしいにゃ」


 そういえば、君達は双子だったね。

 似たようなクダリをクロちゃんとやって来たばかりだよ。

 今度は失敗しないように気を付けよう。


「今からカツ丼様より受け継いだ神の裁きを与える。大地を腐敗させる禁呪魔法だ。獣人に多大なるダメージを与えるため、急いで避難するがいい。後は………任せてくれ」


「親分、その格好で言われても説得力がないニャ」


「それは言わない約束だよ」


 再び絶妙なタイミングでスズが走り出していく。

 それと同時に、落雷に似た轟音が鳴り響き、獣王が吹き飛ばされた。


 最初に見た時よりもダラダラとよだれを垂らしたハイエナは、餌を食べたくて仕方がないんだろう。

 お楽しみのところ悪いけど、君にはオカマすら食べさせないよ。




 ここからは、歴史に残る中二病ハイエルフの戦いを見せてやろう。




 獣王に追撃をしようと走り出すハイエナの前に、スズが飛び出してくれたので、僕が反撃ののろしをあげる。


 腐った卵のような殻に守られたものでは、割れるまでにタイムラグができてしまう。

 それなら、常温で傷みやすい牛乳で攻め抜くのみ。

 腐敗すると悪臭を放つ牛乳は酸っぱい刺激臭を伴うだけでなく、雑巾と牛乳が混ざり合ったような吐き気のするニオイがする。


 それをお馬さんごっこという変態パワーフルスロットルで作り出すとどうなるか。

 対獣専用兵器の完成である。


 抱きついていた右手をフリーにし、横に薙ぎ払って攻撃をする。


「悪しき者を切り刻む聖なる斬撃、ミルクスラッシュ」


 腐った牛乳をピュッと横に払いながら飛ばして、斬撃っぽさを演出。

 横一線に飛び出した腐った牛乳は、見事に水魔法をコントロールしているようだった。


 ただ臭い液体をすごい勢いで飛ばしているだけに過ぎないけど、雰囲気って大事だからね。

 せっかくの見せ場なのに、ドバーッて出すだけなんてセンスがないよ。


 ミルクスラッシュが解き放たれた瞬間、ハイエナは猛スピードで後方に撤退した。

 警戒しながら逃げるような感じじゃない。

 全力で離れるために、敵である僕達に背を向けて走り去ったほどだ。


 まさかコップ一杯程度の腐った牛乳で、100mも離れるほど効果的とは。

 後ろを振り返ったハイエナは、信じられないような驚愕の表情をしているよ。


「スズ、今からあいつが逃げられないように、聖なる牢獄に閉じ込める。時間をかけずに追い込み、混乱しているうちに仕留めるつもりだよ。しっかりくっついてるから、危なくなりそうなら逃げて」


「わかった」


 同じく中二病のスズは、僕が意味不明なことを言っても突っ込んでこない。

 腐敗臭で倒そうとしている時点で、聖なる存在とは真逆の存在。

 でも、白い牛乳の見た目は聖なる力を帯びているように見えるからね。


 遠くから見たらバレないし、雰囲気って大事なんだ。


 手の平を天に向け、腐った牛乳を大量に噴出させる。

 高く舞い上がった腐った牛乳は、重力に引っ張られるように方向を変え、大地へ向かって降り注ぐ。


「悪を封じる聖なる牢獄、ミルクプリズン」


 逃げられないようにするため、ハイエナを中心に円を描くように巻き散らかす。

 かっこよく聞こえるけど、腐った牛乳を遠くまで放水し、広範囲でハイエナを囲っただけ。


 消防隊員もビックリな放水量で恐ろしい臭さをしているよ。


 ミルクプリズンの影響で、どの方向に進んでも臭くなるという恐ろしい嫌がらせが誕生した。

 鋭い嗅覚をもった相手には、地獄のような空気だろう。


 当然のように混乱するハイエナは、自分の尻尾を噛み付くような勢いで、その場をグルグルと回り始めた。

 周囲一帯が目に見えない悪臭という恐怖に囲まれ、見付からない逃げ場にパニック状態。


 もはや、決着はついたようなもの。

 でも、残念だったね。

 僕はどんな雑魚でも全力で倒すタイプ。



 だって、1番雑魚なステータスをしているのは僕だからね!!



 ハイエナの右側に向けて手を突きだし、運動会の玉転がしほどの腐った牛乳の玉を、大砲のような轟音と共に弾き飛ばす。


「拡散する聖なる凶弾、ミルクボム」


 ドンッ! という音が鳴り響くと、緩やかな速度で腐った牛乳の塊が宙を舞う。

 着弾する瞬間を見ずに、ハイエナの左側にもミルクボムを発射する。


 直線的な液体攻撃しかできない僕は、素早い動きをする敵が苦手だ。

 ウルフハンターといっても、相手は獣王すら倒す怪物。

 確実に仕留めるためには、腐った牛乳を浴びせる必要がある。


 ならば、ニオイという見えない壁で逃げ道を封鎖し、行動に制限をかければいい。


 右側のミルクボムが地面に着弾すると、バッシャーンと腐った牛乳が飛び散った。

 グルグル回っていたハイエナは立ち止まり、飛び散る牛乳にドン引きして、体を斜め45度に倒して拒絶する。


 まるで、バイクレースでカーブを曲がる時に体を倒す選手のようだ。


 時間差で放たれたミルクボムが左側で着弾すると、また拒絶するように反対側に体を倒す。

 しかし、悪臭に挟まれているため、どっちに体を倒してもニオイは変わらない。



 その結果、高速で動くメトロノームのような動きをしている。



 腐った牛乳を拒絶し続けるハイエナの頭上を越えるように、ミルクボムを上空へ打ち上げた。

 ハイエナはすぐに体を動かすことを止めて地面にひれ伏し、目を大きく開けてミルクボムを見ながら頭を抱え込む。

 無事に通り過ぎるように祈るような姿は、ガタガタと震えている。


 綺麗な放物線を描いて飛んだ腐った牛乳は、予定通りハイエナの頭上を越えて地面に着弾。

 飛び散る牛乳が自分に付かないようにするため、ハイエナは猛ダッシュでこっちへ向かって来る。


 作戦通り。腐った牛乳で閉じ込め、腐った牛乳で誘導した。

 あとは……腐った牛乳でトドメをさすのみ。


 君はちょっと調子に乗り過ぎてしまったのがいけないんだよ。


 ダークエルフ如きが有用なポーションスキルを使いやがって。

 高い身体能力で戦闘しやがって。

 災害級の魔物まで召喚しやがって。


 レベル1でカンストのハイエルフにも少しくらい強さをわけろよ!

 美男子でモテそうな顔までしやがるとは、全てにおいて羨ましいだろうが!


 完全な嫉妬心で怒りに満ちた僕は、過去最大級に腐敗させた牛乳をイメージする。

 黒い斑点が存在し、ヨーグルトのように半固形状の物が混じり、よくわからない微生物がいるような最悪の牛乳。


 これだけは言っておこう。

 乳製品関係で働く人、本当にごめんなさい。


 パニックになったハイエナが、助けを求めるような顔で走ってきた。

 目から大粒の涙を流しても……もう遅い。

 クロちゃんとタマちゃんをボコボコにした罪は、身をもって償うがいい。


 距離を縮めてくるハイエナが射程圏内に入った時、スズに置いていかれないようにギュッと左手と足で挟み込んで、腐り過ぎた牛乳を解き放つ!


「獣人の街を廃墟にし、獣人の心を蝕み、獣人を傷つけたことを後悔してくらうがいい。全てを飲み込む聖なる放水、ミルクウェーブ」


 右手から大量の腐敗しすぎた牛乳が高波のように放水されると、ハイエナは白目を向いて急ブレーキをかけた。

 しかし、猛スピードで向かって来たため、ブレーキが間に合うことはない。

 

 腐り過ぎた牛乳の高波にハイエナがブレーキをかけたまま突っ込むと、水飛沫ならぬ牛乳飛沫が跳ね返る。

 華麗なバックステップでかわすスズは、まさかの着地に失敗して1回転。

 瓦礫が背中に当たってゴリッていったけど、一瞬でもスズに押し倒されたという現実が嬉しい。


 ライドオン中は僕の大事な部分を背中に押し付けちゃってるから、スズも大人のお馬さんごっこがやりたくなったんだろうね。

 着地ミスと思わせて攻めて来る、そういう小悪魔テクニックも嫌いじゃないよ。


 一刻も早くお馬さんごっこがしたいのか、スズは猛スピードで離れていく。


 今すぐやりたい思いを我慢して、雰囲気の良い場所を探しているんだろう。

 臭いところだとムードがでないからね。


 地面に寝転んでも大丈夫な茂みがある場所にたどり着くと、抱きついている僕を無理やり剥がして、正面に座らせてきた。


 とても真剣な顔で見つめてくる姿は、誰も叶わなかった強敵を討ち取ったことに対する、尊敬の念が込められているはず。

 同じ中二病ならわかってくれるであろうセリフで戦い抜いたし、2人で合体して討伐したんだ。

 融合ポーションなど使わなくても、両想いであれば合体できる。


 今度こそ大人のお馬さんごっこで、連結合体しようね。


 気持ちが伝わったのか、ガシッと僕の両肩を掴んだスズは顔を近づけてくる。

 キスから始まると思い、そっと目を閉じる。


 すると、スズの口から衝撃的な告白をされた。


「牛乳は腐らせちゃダメ。すっっっごい臭い」

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