第120話:犠牲
闇から作り出されたのは、獣人に似た魔物のような存在。
ステファンのような大きな体格に、肌はダークエルフのような褐色。
全身が短い毛で覆われており、顔はハイエナを凶暴にした般若のような顔立ちになっている。
肉をしっかり噛み切るような大きな牙をいくつも持ち、ダラダラとよだれを垂らしていた。
黒ポーションの陰の力と、白ポーションの陽の力を合わせる、融合ポーションに違いない。
ステファンが赤色のバーサクポーションを飲み干す時に、一緒に白色のポーションも飲んでいたはずだから。
動物的な本能が強く働いているのか、ハイエナのように両手両足を付けて歩き始めた。
ハイエナらしくない大きな尻尾が伸び、ユラユラと揺らめいている。
獲物を見付けたように歩く姿は、大きなハイエナの怪物がお腹を空かせてやって来る、としか言いようがない。
「まだ奥の手を隠してたなんてね~ん。こうなったら、獣人でもエルフでも人でもないわ~ん。完全に魔物化しちゃってるじゃないのよ~ん」
獣王はダークエルフと対峙するように前へ出た。
「気を付けてください。ポーションが使えなくなるリスクを背負ったんです。ダークエルフの最終手段ですから、甘くはないと思います」
獣人とダークエルフという身体能力が高い2つの種族の融合だ。
バーサクポーションで効果を高めていたとはいえ、獣王の攻撃はステファンに通らなかった。
数では有利だったとしても、あれ以上の化け物になっていたら……。
「様子を見てくるわ~ん」
女の子走りで獣王が近付いていくと、応えるようにハイエナが突進してきた。
地面を踏み込んで加速する獣王のパンチに合わせるように、飛びかかって前脚を合わせてくる。
ゴゴォーーーン
拳と前脚の撃ち合いとは思えないような轟音が鳴り響くと同時に、すかさずスズが駆け抜ける。
敵の死角である背後から回り込み、ハイエナの後ろ脚の付け根を目掛けて、回し蹴りを叩きこむ。
ハイエナは犬がおしっこをするような動作で後ろを脚をあげると、スズの強烈な回し蹴りを受け止めた。
いとも簡単に防ぐと、揺らめく尻尾を振りおろしてスズを薙ぎ払う。
ガードが間に合わなかったスズが吹き飛ばされると、タマちゃんが庇うように受け止める。
目立った傷はないように見えるけど、尻尾を振り下ろしただけであの威力か……。
もう1度獣王がハイエナと拳を重ねると、再び轟音が鳴り響いた。
いったんお互いに下がるように距離を取る。
よだれを垂らしたままのハイエナは余裕の表情を見せている。
一方、あの頑丈な獣王が痛くて手を押さえるような仕草を見せていた。
「ヤバイわね~ん、久しぶりに手が痺れたわ~ん。いったんあんた達はここから逃げなさ~い。時間は稼いであげるわ~ん。最後の手段なんだから、ポーションの効果が切れたら弱るはずよ~ん」
災害級の魔物に街を襲われた時も、獣王は己を犠牲に避難させて、再戦するための戦力を残してくれた。
オカマ口調とは裏腹に、行動や思考がイケメン過ぎて困る。
いったいどうしたらいいんだろうか。
ミスリルタートルの甲羅をいとも簡単に打ち砕いた獣王は、間違いなく最強のパワーを誇っている。
ダークエルフの強烈な突き攻撃でも、剣すら刺さらなかった。
バーサクポーションで強くなったステファンを単独で押さえ込んだのも、獣王だからできたこと。
話し方がおかしいから中身が薄く聞こえるけど、敵は間違いなく災害級の魔物を凌駕する生き物。
1人で敵うような相手じゃない。
今ここで置いていけば、間違いなく獣王は死んでしまう。
でも、料理効果を得たスズの攻撃をあっさり防ぐなら、力を合わせて勝てるような相手じゃない。
獣王の言っていることは正しいだろう。
誰かが犠牲になって時間を稼がないと、全滅すらあり得る相手だ。
最善の判断だと思うし、集団で勝つためには誰かが犠牲になることも必要かもしれない。
現実としてそんな場面に遭遇すると……心が決められないだけで。
「獣人族の存亡を懸けても倒すべき相手にゃ。後は任せて、親分と先輩は後ろで休んでくるにゃ」
ニコッと笑ったタマちゃんは、武器を構えて獣王の後ろに付いた。
「ここで逃げたら、カツ丼様に合わせる顔がないニャ。勝利を呼び込む絶対神がついてるクロ達は負けないニャ。親分達は先に帰って、カツ丼を作っておいてほしいニャ」
こんな時までカツ丼様を信じないでくれ。
保身のために付いた嘘なんだよ。
ただのゲン担ぎのようなカツ丼に、奇跡を起こす力なんてないんだ。
どうにかなるような相手じゃないとわかってるはずなのに、クロちゃんも動じず立ち向かっていく。
そんな3人の背中を見ても、心を決めることができなかった。
逃げて生き残ったとしても、獣王達が死ねば一生後悔すると思う。
ここに残っても足手纏いになるだけっていうのもわかってる。
勝てる術を誰も持ってないから、逃げなければ確実に死ぬことだってわかってる。
自分がどうしたらいいのかも……わかってる。
なんでこんな残酷な選択肢しかないんだよ。
仲間を見殺しにして生き残るか、共に死ぬかなんて……。
受け入れることができない現実に戸惑っていると、視界がグルッとまわって、体が宙に浮いた。
突然のことに慌てふためきながらも、目の前にスズの顔があって状況を理解する。
お姫様抱っこをされたってことは、スズは撤退を決意したんだ。
「ゴッちゃんの言うことは正しい。でも、まだ戦力は残ってる。時間を稼いでもらっている間に、戦力を集めて戻ってくる」
そうだ、まだ残っている獣人達を再度パワーアップさせて、数で圧倒すればいけるかもしれない。
少なくとも、このまま策がないまま残り続けるよりはいい。
いつまで持ち堪えてくれるかわからないけど、少しでも可能性があるのなら……。
「獣王様、無理せずに時間を稼いでください。援軍を呼んできますので」
獣王の返事を聞くこともなく、スズは離れていく。
冷静な顔をしても、2人を可愛がっていたスズも焦っているんだろう。
その証拠に、全速力で駆け抜けている。
車みたいなフロントガラスがないから、風が痛いし息苦しい。
でも、そんなことを嘆いている場合じゃない。
あの3人が死ぬか死なないかの瀬戸際なんだ。
僕達が離れると、すぐに後方から恐ろしい衝撃音が聞こえてきた。
大地を揺るがすような衝撃は、お姫様抱っこをされても感じるほど。
獲物を逃がしたくないハイエナが動き出したんだろう。
お願いだから、無事であってほしい。
ドゴォーン
そんな願いを打ち砕くような音と共に、進行方向に飛ばされてきたものを見て、歯を食いしばった。
たった一撃でボロボロになるほどの攻撃を受けた、クロちゃんの姿が目に映る。
さっき僕を庇ったときに腹部を刺されて出血していた。
傷口は癒えたとしても、本調子までは遠かったはず。
あの時ダークエルフの能力をしっかり見抜いていれば、こんなことには……。
カハッと口から血を吐くクロちゃんを見て、意識があることに気付く。
「スズ、今ならまだ間に合う。クロちゃんにニンジンの煮物を食べさせよう」
「ダメ。ニオイで敵を誘いだしたら、攻撃を防ぐことはできない。逆にトドメを刺すことになる」
一瞬で判断して、迷うことなく駆け抜けようとするスズは正しいだろう。
それでも、どこか心の奥で軽蔑するような感情が生まれて来る。
助ける方法はあるのに、手を差し出すことを拒否されてしまったから。
全く止まる様子もなく、クロちゃんの横を通り過ぎていく。
猛スピードで走るスズに抱かれている僕にとっては、クロちゃんとすれ違うのは僅かな時間だった。
それでも、その僅かな時間が長く感じるほど、走馬灯のように思い出が流れていく。
一緒にカツ丼を作った楽しい日々。
ポテサラサンドをおいしそうに食べる姿。
トンカツのことを必要以上に聞いてくる真剣な顔。
すれ違う瞬間、最後の別れと言わんばかりにニコッと笑ったクロちゃんの顔が脳に刻まれ、「ニャ~」と弱々しい言葉が耳に残った。
今なら助かるのに、なぜ見捨てないといけないんだ。
置いていったら、間違いなくハイエナに殺されてしまう。
時間をかければ、タマちゃんと獣王まで同じ運命を辿ることだってわかってる。
本当のことをいえば……、援軍が間に合わないことだってわかってる。
自分を正当化して逃げるための口実に過ぎない。
ダークエルフを倒すための、仕方ない犠牲なんだよ・・・・・。
魔物と人間が争う世界では、冒険者も兵士も遊びで戦ってるわけじゃない。
災害級と呼ばれる魔物が現れた時点で、本来は多くの犠牲を出して勝つしかできない相手。
今のところシロップさんとアルフレッド王子が倒れただけで、未だに犠牲者は出ていない。
それだけでもすごいことなんだよ。
3体もの災害級の魔物を倒せたのも、ユニークスキルがあったから。
僕は充分役に立ったんだよ、できることはやったんだよ。
獣王達が死んだとしても、まだ3人。
どう考えたって少ない犠牲だろう。
種族が滅亡することを考えたら、とてつもない成果だぞ。
異世界から獣人という種族がなくなることを守れるんだ。
たった3人。たった3人犠牲にするだけでいい。
ポーションの効果が切れたら勝てるんだから。
お願いだから………いい加減に見捨てる決心を付いてくれよ。
見殺さないとダメなんだ。
精神32万もあって、なんでこういう時に働かないんだよ。
神様でもなければ、強い力だって持っていない。
守るより守られる側の僕が、高望みできるような立場じゃないんだ。
明らかに僕が間違ってるし、どう考えたってスズの判断が正しい。
バーサク状態のステファンでさえ、ニンジンの煮物のニオイで飛びかかってきた。
ここでアイテムボックスから料理を取り出せば、さらにパワーアップしたあいつが一瞬でニオイに気付いてやって来る。
なぜ料理には必ずニオイが付いてしまうのか。
もしニオイが付いていなければ、気付かれなかったのに。
ニオイが付いていなければ、ニオイが付いていなければ……。
……ニオ………イ?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます