第122話:憤りと偽り

「恐ろしいニオイだったにゃ。油断してた獣王様は1発でやられたにゃ」


 ハイエナを倒した後、獣王を担ぐタマちゃんと合流。

 ボロボロになっても獣王を戦線から離脱させたタマちゃんは、本当にいい子だと思う。


「急にえげつニャいニオイがして、怪我を忘れて必死で走ったニャ」


 クロちゃんに至っては、無理に動いたせいで本当に危ない状態だった。

 傷口が開いて大量出血をしてしまい、意識を失う寸前だったんだ。


 大声で話しかけて意識を保たせながら、急いで雑炊を口へ運んだよ。

 次第に弱々しい声で「熱いニャ……」と言い始めて、食べる度に回復していったけどね。


 危うく腐った牛乳でクロちゃんまで倒すところだった。


「至近距離でニオイを嗅ぐ羽目になった私の身にもなってほしい」


 そ、そんなに嫌だったんですか。

 後でクッキーあげるから許してくださいよ。

 珍しくスズさんが文句を言うくらいだから、獣人達は相当辛かっただろう。


「誰も死ななかったんだし、少しくらいは大目に見てよ。獣王でも倒せない化け物だったんだから、あれ以外に倒す方法がなかったんだもん。それより、早くみんなの元に帰r……」


 話を切り上げようとした時、地面が揺れるような地鳴りが始まった。

 もしかしたら、他にもまだ魔物がいるのかもしれない。


 大地を揺らすほどの地鳴りを4人で警戒していると、遠くの方で土煙が上がり始めた。

 目を細めて見ていると、避難していた大勢の獣人達がこっちに走ってくることがわかった。


 どうやら一緒に戦った獣人達だけじゃなく、地上にいた獣人達も全員集まっているみたいだ。

 いったい何人いるんだよ、1,000人は超えてるような気がするけど。


 それに、なぜそんなに怖い顔をして走ってくるんだ。


 先頭を走るメイプルちゃんが手を挙げると、ゆっくりと減速していく。

 僕達の目の前で立ち止まり、早くも息を荒げている。


「ワンワン、大地が腐るニオイがするワン。アイツらの仕業で住めない土地になったワン。ここまでされて、黙って避難をしているわけにはいかないわん」


 ご、ごめん。その犯人は僕だ。

 風に乗ってニオイが遠くへ運ばれてしまったのか、獣人の嗅覚が鋭すぎるのか……。


「臭ヒーン! 臭ヒヒーン! 臭ヒッヒーン!」


 三段活用みたいに言わないでくれ。


「仲間を裏切るだけでなく、母なる大地まで汚すとは許せないドン!」


 お、おう。鼻息をフーン! って飛ばさないでよ。

 完全にブチギレモードじゃないか。


 他にも地上にいた色々な獣人達が、ニャーニャー、ワンワン、ガオガオと、様々な鳴き声で臭さに大して憤っている。


 幸いにも彼らが怒っている対象は僕じゃない。

 裏切り者だったステファンがやったと思い込んでいる。


 これはラッキーだ。

 いくら敵を倒すためだったとはいえ、怒り狂った獣人達を説得するのは難しいからね。

 近くで倒れている獣王を誰も心配しないほど怒ってるんだもん。


「メイプルちゃん、獣王が傷付いて倒れてしまうほどの強敵だったけど、ステファンはカツ丼様の聖なる力で討伐したよ。でも、最後の最後でステファンが未知の腐敗した液体を解き放ち、大地を腐らせるという遺憾の行動を取ったんだ。けど、まだ間に合うかもしれない。魔法で穴を掘って埋めてしまえば、大地は助かるとカツ丼様が言っているんだ!」


 秘技、他人のせいにするを発動した。

 タマちゃんとクロちゃんの視線がちょっときつくなった。

 スズはボーッとしている。


「カツ丼様が言うなら間違いないワン! 今すぐにみんなで埋めにいくワン! 鼻栓を装着して、作業開始ワン!」


 熱心な信者であるメイプルちゃんは、疑うこともなくワンワン吠えて先陣をきっていく。

 走りながら鼻栓を装着したから、途中でちょっと吠える声がおかしくなっていたけどね。


「カツ丼様がおっしゃるなら間違いないドン。偉大なる絶対神に従うまでドン。俺達の命があるのは、カツ丼様のおかげドン!」


 サイ獣人達も疑うことなく、鼻息を荒くして走っていった。

 せっかく詰めた鼻栓を鼻息で飛ばし、鼻栓を巻き散らかして進んでいく。


 予備の鼻栓は持ってるのかな……。


 当然のように地上にいた獣人達は、カツ丼様について何も知らない。

 あちこちで、「カツ丼って何ぴょん?」「知らないガオ」「王女様の指示に従うだけメ~」という声が聞こえてくる。

 戸惑いながら走る獣人達の元にケンタウロス達がうまく散らばり、「よく聞くヒヒーン、カツ丼様っていうのは……」と、説明しながら走っていった。


 戦いが終わった以上、カツ丼教を普及させるつもりはないのに。

 無駄に広がってしまいそうだ。


 4人で走り去っていく獣人達を見送り、地鳴りがどんどん遠ざかっていく。


「時には嘘をつくことも大事なんだにゃ。真実を墓まで持っていくにゃ」


「カツ丼教の繁栄には仕方がないことだニャ。丸く治まるなら、それが1番ニャ」


 君達の心遣いに感謝するよ。

 今頃になって、犯人を名乗り出る勇気はないからね。


 サイ獣人達によってボコボコにされたミスリルタートルを思いだしていると、1人だけ逆走して戻ってくる獣人の姿が見えてきた。

 ワンワン吠えているから、間違いなくメイプルちゃんだな。


 そのままワンワン走ってくると、急ブレーキをかけるように立ち止まる。


「あっちに、じゃがいもがいっぱいあるワン。いも祭りが過ぎてしまったから、ついでにやりたいワン。好きに使ってもいいワン」


 それだけ言うと、ワンワン言いながら去っていった。

 多分、じゃがいもを使って料理をしてくれってことだろう。

 腐った牛乳を埋めてもらう代わりに何か作ろうかな。


 その代わり、おいしい芋料理で怒りを鎮めてほしい。


「ポテトサラダだにゃ~」


「ポテサラサンドニャ~」


 2人は早くもポテサラの口になったみたいだ。

 味を思い出して、早くもよだれを垂らしている。


「待ってほしい」


 そこに、ポテトサラダが大好きなスズがストップをかけた。

 ソースをかけて味変ができるというのに、まさか飽きてしまったのだろうか。


「確かにポテサラ様は素晴らしい料理。でも、私の冒険者のカンが止めてくる。もっと手軽で油を使うやつがいいと」


 もしかして、料理を作って誰かにおいしいと言ってもらいたいんじゃないのか?

 カツ丼作りを手伝ったことで、自分の作った料理を誰かに食べてもらいたくなったんだろう。

 野菜を握り潰してしまうから、作れる料理はかなり限定されるけど。


 でも、このチャンスを逃すことはできない。

 料理の楽しさを覚えることで、スズと一緒に料理ができるようになるかもしれないんだ。

 すでに朝ごはんはリーンベルさんと一緒に作ってるし、妹のスズとも一緒に作りたい。


 もし、姉妹と一緒に料理が作れたら、最高に萌える展開になるだろう。


 料理の味見をしたスズは、間違って僕の耳も味見して食べ始めるに違いない。

 嫉妬心が強いリーンベルさんは次第に拗ね始め、反対側の耳を食べてしまうという最高の展開が勃発。

 そこへ更に嫉妬心の強いフィオナさんがやって来ることで、僕の耳の奪い合いが始まるだろう。


 いいなー、朝から弄ばれたい。

 この妄想を現実にするためには、スズでも作れる簡単な料理を作るべきだ。


「ハッ、カツ丼様がご決断されました。今すぐ4人で新たな芋料理を作り出し、獣人達を元気付けなさいと」


「にゃー、また難しい工程があると、覚えるまでに時間がかかりそうだにゃ」


 カツ丼様の名前を出したのに、まさかのやる気がダウンしてしまった。

 腐ったニオイと嘘のせいで、カツ丼様の洗脳が解けかかっているのかもしれない。

 じゃがいも料理で、再洗脳するべきだろう。


「そんニャことを言っても、カツ丼様がお決めになられたことニャ。頑張って覚えて作るしかないニャ」


 クロちゃんはさすがだね。

 でも大丈夫、料理音痴のスズでも最初から最後まで自分で作れる、超簡単な料理を教えてあげるよ。


「難易度の高いカツ丼と違って、芋料理は簡単なものが多いよ。助手のスズくん、今すぐ火を用意してくれ。誰もが好む最高にジャンキーな芋料理を、獣人達に見せ付けようじゃないか!」

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