第123話:フライドポテト

「ちょっとなによ~ん、この芋! 中身がふわふわで塩加減が抜群だわ~ん」


 じゃがいもを半分に切った後、さらに半分に切るだけの豪快な料理、フライドポテト。

 手で支えずにカッティングすることで、スズでも握り潰さずに全ての工程をやり遂げてしまう、最強に簡単な料理だろう。

 油でカラッと揚げた後に軽く塩を振れば、味付けも簡単だからね。


 油の揚げる音で目覚めた獣王は、早くもフライドポテトの虜になっているよ。


「ゴッちゃん、こっちの薄いポテチも食べるといい。切り方が違うだけで、さらに芋は進化する」


 ポテチみたいに薄く切るのは僕の仕事だ。

 スズと2人で作る、愛の共同作業ってやつさ。


 獣王に上げるのはいいんだけど、ゴッちゃんと呼ぶのはやめてほしい。

 あだ名で呼んでるのは君だけだよ。


 スズからポテチを受け取った獣王は、迷わずにポテチを口に入れた。

 バリバリと食べる良い音が鳴り響くと、体をクネクネさせて喜び始める。


「何よ、このバリンバリン割れるような音は~。新感覚で止まらないわ~ん! 手についた塩を舐めたくなるくらいにおいしいじゃな~い」


 クソッ、どうして獣王と気持ちが一致してしまうんだ。

 これからは手に付いた塩を舐めないことにするよ。


「ガラスの心を持つ者、ポテチ」


 スズが何かを呟いたと思ったら、料理ノートを手元に出して書き始めた。

 どうやら、良いキャッチフレーズが思い付いたみたいだ。


 微笑ましい気持ちでスズを見ていると、ワンワン鳴く声が聞こえてきた。

 お馴染みになっているけど、女王がなんであんなに走り回っているんだろうか。


「大きな穴を確保できたワン。瓦礫を移動させて、土魔法と一緒に埋めていくワン」


 獣王が起きているんだし、僕より獣王に報告するべきなんじゃないかな。

 聞こえてると思うから、別にいいけどさ。


「じゃあ、魔力がなくなったら戻って来るように伝えて。働いてばかりだとお腹が空いちゃうからね。ちょうどポテチが揚がったところだけど、メイプルちゃんも休憩して食べていく?」


「食べるワン! 食べた後にみんなのとこに戻るワン!」


 目をキラキラと輝かせるメイプルちゃんに、ポテチを皿に盛ってあげる。

 口を開けて舌を出し、ハッハッハッと息を荒く姿に背筋がゾクゾクしてしまう。

 犬獣人の好意的な姿に僕のハートはブレイク寸前だよ。


 律義に地面でお座りしているメープルちゃんに、ポテチの皿を手渡してあげた。


 バリバリバリバリバリバリバリバリ


 すごい勢いで食べるんだな。

 確かに犬って味わうことを知らないような生き物だけどさ。


 ペロペロペロペロペロペロペロペロ


 手についた塩が恋しくて、ポテチを触ってないとこまで舐めてるじゃん。

 手首まで舐めるのはやり過ぎだと思うよ。


 ワンワンワンワンワンワンワンワン


 なんか騒がしい子だな。

 走る時に吠える癖は治してほしい。

 ちょっとうるさく感じ始めたんだ。


 走り去っていくメイプルちゃん見送っていると、タマちゃんとクロちゃんが近付いてきた。


「親分、もうそろそろ大丈夫かにゃ?」


「うん、そうだね。1回取り出してみようか」


「こっちもいっぱいできたニャ」


 揚げ物を担当したスズと違い、2人には別の簡単な芋料理を任せていた。


 タマちゃんには芋を蒸してもらうだけ。

 クロちゃんには密閉容器に生クリーム入れて、振りまくってもらうだけ。


 これにより、ホクホクに蒸されたじゃがいもと、手作りバターを作ることができる。

 後はじゃがいもに十字の切り込みをいれて、バターを乗せていく。


「「「「おぉー」」」」


 じゃがいもの香りとバターの溶けだす光景に、みんなの声が漏れてしまう。

 作ったのはタマちゃんとクロちゃんだけど、いつでも最初に食べ始めるのはスズであってほしい。


 そっとじゃがバターを差し出し、スズに手渡す。

 受け取ったスズは、出来立てのじゃがバターを勢いよく食べ始める。


「ほっほふ、ほっほっほふ、ほっふ……ふー」


 猫舌のせいで、ちょっと手間取ってしまったね。

 落ち着いた君の表情は、じゃがいもの優しさで癒されているように見えるよ。


「ど、どんな味にゃ?」


「……ふー」


「ニャ? お、おいしいのかニャ?」


「……ふー」


 スズがよくわからないリアクションをしているので、二人にもじゃがバターを渡してあげる。

 受け取った2人も猫獣人だから、2人とも当然のように猫舌だった。


「にゃー、熱いにゃ! も、もう少し冷ましてから『バリバリ』食べるにゃ」


 じゃがバターを食べようとしてるのに、間にポテチを食べないでくれ。

 食感が真逆の存在だよ。


「味が気になるニャ、見た目の破壊力とバターの香りがたまらな『バリバリ、バリバリ』」


 言ってることと行動が合ってないんだよ。

 フーフーした後に、謎のポテチ休憩を挟まないでくれ。


 そんな中、最後に獣王へ渡してあげると、熱々のじゃがバターを一気に口へ入れた。

 暑さをものともせずに食べていく。


「やばいわ~ん、じゃがいもの甘さに濃厚なバターがマッチして、最高じゃないの~ん。今年のいも祭りは、ホクホクとバリバリで過去最高の盛り上がりを見せること間違いなしだわ~ん」


 この人の体は口の中まで強靭なのか。

 普通はどんな強い人間でも魔物でも、体内は弱いって決まってるんだよ。

 獣王だからって、そんなところまで強靭なのは卑怯だぞ。


 まっ、獣人ハンターの僕には敵わないだろうけど。


「にゃ~、じゃがいもの優しさにホッとするにゃ~」


 おっ、ようやく食べることができたみたいだ。

 だらしなく緩んだ君の頬に、こっちがホッとしてしまうよ。


「ニャ~、こんなにじゃがいもがおいしいニャんて『バリバリ』初めてだニャ」


 おい、ポテチとじゃがバターを一緒に食べるのはやめてくれ。

 いも+いも=いも だけどさ、食感が違うから食べにくいだろう。

 油断して、上あごにポテチが刺さっても知らないからね。


 にゃーにゃー言いながら食べる2人と違い、スズはじっくり味わうように食べている。

 いつもガツガツと食べて奇声を放つだけなのに、ちょっと異様な雰囲気だ。


 もしかして、じゃがバターは口に合わなかったのかな。


「スズ、じゃがバターはおいしい?」


「……ふー」


 なんだ、このパターンは。

 熱すぎて猫舌で困っているのかな。


「も、もう1つ食べる?」


「……ふー」


 と息を吐きながら、2回だけ頷いた。

 きっと新しい奇声パターンの一種だろう。


「ちょっと~ん、私も食べるわよ~ん」


 獣王はいいんだよ、体をクネクネさせてねだってこないでくれ。

 可愛い女の子に食べてもらってなんぼなんだから。


 いっぱいあるからあげるけどね、材料は獣人達のものだし。

 獣人国が大変だったんだから、いも祭りを楽しんでほしいと思うよ。


 そう思って、じゃがバターを獣王に渡した、その時だ。


 再び地響きが辺りに鳴り響き、当然のように土煙が見えてきた。

 先頭を走るメイプルちゃんが、国中の獣人を集めてきてしまったんだ。


 走ってきた獣人達はゆっくりブレーキをかけて、一列に並んでいく。

 恐ろしいほどの長蛇の列ができてしまい、先頭のメイプルちゃんが僕の前でしゃがみ込む。


 嬉しそうな顔で僕を見てくるけど、さすがに叱るべき案件だろう。


「なんで全員で一気に休憩に入るの! 急にできないんだから、順番にやってきて! 獣人国全員分の食事なんて、軽食でも短時間で用意できるわけがないでしょ!」

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