第159話:ブーメランパンツの男
冒険者ギルドに急いで入ると、そこには2度と会いたくない男がいた。
信じることができるだろうか。
冒険者ギルドのフロア内で、ブーメランパンツの男が2人で社交ダンスを踊っていることを。
顔の系統が似ていることから、兄弟だと推測できる。
トラブルが起こった時は、素早く上司に連絡することが必須。
でも、時にはマニュアルから外れて対応する柔軟性も必要である。
僕の意思が伝わったのか、マールさんと忍び足で出口へ向かう。
「ヘイヘーイ、タッきゅんにマッきゅんじゃないかー。オジサンに会いたくて戻って来ちゃったのか~い?」
見つかってしまった。
ギルド中の視線を集めてしまうほど、注目を浴びても困る。
みんなの言いたいことはわかるよ。
こんな恐ろしい変態と仲が良いなんておかしいもんね。
いや、仲良くはないけど。
「ホイホーイ、あれは誰だい、トーマス。随分親しそうなボーイとガールじゃないか」
「ヘイヘーイ、アンドルフ兄さん。タッきゅんとマッきゅんは心の友さ。なんといっても、彼は巨大ワームを倒した張本人だからね」
周りの冒険者とギルド職員がザワザワと騒めき始める。
変態フレンズを見るような目から、格上の冒険者を見るような尊敬の眼差しへと変わっていく。
「巨大ワームって、1度討伐ミスしたやつだろ」
「トーマスさんが借りだされるレベルだったのに、あの子が倒したの?」
「あの若さでSランク冒険者と同等の強さを持っているのか」
通行規制がされていたこともあり、この地域では早くも噂が広がっているのかもしれない。
Sランク冒険者のトーマスさんが言ったこともあって、評価が加速して伸びていく。
でも、そんなことはどうでもいい。
お兄さんの名前が『アンドルフ』と、無駄にカッコいいことに驚いている。
全世界のアンドルフさんに今すぐ謝ってほしい。
全世界のトーマスさんにも今すぐ謝ってほしい。
ブーメランパンツの男が、2人揃って仁王立ちしないでほしい。
「ホイホーイ、イリス様からトーマスでも倒せなかったと聞いているぞ。あんな子供が倒しちゃうなんて、脇腹がキュンキュンしちゃうな~」
未だかつてないほどの悪寒が全身を走り抜ける。
悪い意味で心臓が鷲掴みにされた気分だ。
こんな注目を浴びたままでは、ギルド職員さんを通じて指示を仰ぐことができない。
ギルドマスターに直接会って、別室で話した方がいいだろう。
幸か不幸か巨大ワーム討伐の話が広がったし、拒否されることはないはず。
ブーメランパンツの男2人を無視して、ギルド職員さんの方を見る。
「すいません、ギルドマスターと別室で話すことはできませんか? 少しギルドの指示を仰ぎたいことがありまして」
「ホイホーイ、オジサンに言ってみなよ。弟が無事に帰って来たのは君のおかげなんだ。な~んでも答えちゃうぞっ」
ウィンクしてくるブーメランパンツの男に用はない。
アンドルフさんは黙っててくれ。
僕はギルドマスターに用があるんだ。
「いえ、変態はけっこうです。ギルドマスターにお会いしたいんです」
「ハッハッハ、若いのに褒め上手だな~。それじゃあ、別室に案内してあげるよ。グアナコのギルドマスターはオジサンだからね」
衝撃の真実を聞かされ、マールさんと一緒に膝から崩れ落ちてしまう。
ブーメランパンツの呪縛に囚われてしまったに違いない。
全身に寒気が走り続けると同時に、肺が圧迫されて息苦しくなった。
まるで、肺がブーメランパンツで締め付けられているようなあり得ない感覚。
絶望的な表情で苦しむ僕達を見たトーマスさんが「タッきゅんとマッきゅんは照れ屋だからね~」と、なぜか好意的に受け止める。
その言葉と共に、2人のブーメランパンツを履いた男の笑い声だけが、ギルド内に響き渡っていた。
- 冒険者ギルド内、別室 -
「そうかいそうかい、マッきゅんはギルド職員なんだね~」
トーマスさんに席を外してほしいと必死になって頼み込み、アンドルフさんとマールさんの3人で別室に入ることに成功した。
ブーメランパンツの変態を2人同時に相手をすることができないんだ。
いや、1人でも無理だけどね。
「は、はい……。これからボクはどうしたらいいですか?」
一通り事情を説明したマールさんは、色んな意味で不安そうだ。
「フェンネル王国とグアナコを結んでる橋は、特殊な土系統の儀式魔法を使っていてね。最低でも準備に1か月はかかっちゃうんだよ。安全の確保にも時間をかけたいから、橋の復興を待つなら2ヶ月はかかる予定だね」
確か橋を壊したのは、ドラゴンとウルフによる影響だ。
1か月も準備して行う儀式魔法で作り出した橋を、魔物2体が暴れただけで壊れるものだろうか。
高ランク冒険者が巨大ワーム討伐に借り出されていたとはいえ、ギルドマスターのアンドルフさんは応戦したはず。
Sランク冒険者の兄でギルドマスターをしていることを考えると、ドラゴンを追い払う力は持っているだろう。
スタンピードでもないのに、なぜ橋を守れなかったんだ?
「あのー、1つ聞いてもいいですか? 簡単に壊れないようにするため、わざわざ儀式魔法を使っているはずですよね。この街に多くの冒険者達もいたと思うんですけど、なぜ橋を防衛できなかったんですか?」
芸能人張りに歯をキラーンッとさせたアンドルフさんは、無駄に全力の笑顔を見せてきた。
「ホイホーイ、良い質問だね。オジサンもすぐに現場へ向かったんだが、あれはそういう次元の問題じゃない。稀に神のような魔物を見るという情報が入るけど、実際に見たのは初めてだったよ。伝説の古代竜だと思うから、橋を守らずに避難を優先させたんだ」
災害級やSランクモンスターを討伐した後は、古代竜か……。
スズがいない時に限って、神獣に近付きそうな情報が手に入るなんて。
無理に近付くのは危険な気がするし、スズと合流してからフリージア周辺を散策して接触を試みた方がいいだろう。
「これからの行動については、マッきゅんはうちのギルドに臨時勤務してもいいんだが……。オジサンのおすすめは、北にある『雪の都 アングレカム』を経由して、フリージアへ向かうルートだな。巨大ワーム討伐の療養と付き添いという形で処理してあげるから、ゆっくり楽しんで帰るのはどうだい?」
夏のような砂漠から、今度は冬のような雪国か……。
僕は装備があるから大丈夫だけど、気候が全然違う地域になる。
砂漠生まれのマールさんは寒さに弱いと思うから、体調を崩さないか心配だよ。
療養と付き添いなら、旅行みたいな感じで悪い気はしないけどさ。
「一応、ボクは出張という形になっています。緊急時だったとしても、それでいいんですか? 遊んで帰るみたいで、同じギルドの仲間に悪い気がして……」
「優秀な冒険者をサポートすることも、ギルド職員の大切な仕事だよ。ここに入る前に依頼の履歴を確認させてもらったけど、タッきゅんは療養するべきだからね。随分とハードな依頼しかやっていないから、オジサンは心配なのさ。フリージアにはこっちで連絡しておくし、この機会に羽を伸ばして来たらどうかな?」
見た目と話し方が変態なだけで、中身はちゃんとしたオジサンかもしれない。
Sランクモンスターを討伐した僕に気を使ってくれているんだろう。
ギルドとしても良好な関係を築きたいから、長期滞在より旅行して帰ることを提案してくれたんだ。
ブーメランパンツの時点で良好な関係は結べないけど。
「は、はぁ。わかりました。じゃあ、お言葉に甘えようと思います。ボクも1度は行ってみたかったので」
「ホイホーイ、そうしたまえ。でも、さすがに予算出さないぞっ。巨大ワーム討伐の報酬金をばら撒いてきてくれ」
ちゃっかりしてるな。
まぁ莫大な資金を持っている僕からすれば、全然余裕だけどね。
マールさんも雪国に行く予定はなかったから、冬用の服を持っていないだろう。
醤油戦士が高い洋服をバンバン買ってプレゼントしちゃうよ。
この旅行でマールさんのポイントを急上昇させ、恋人以上に昇格する作戦だ。
「わかりました。ちなみに、雪の都は何があるんですか?」
何気なく聞いたこの質問で、僕はブーメランパンツの男に盛大に感謝することになった。
超絶変態で関わりたくなかった男なのに、恋のキューピッドのように思えたんだ。
「ホイホーイ、そんなことも知らないのかい? 雪の都は温泉が有名だよ。2人でゆっくり温泉に入って、巨大ワーム討伐の疲れを癒してくるといいさ」
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