第158話:事件
- 4日後 -
マールさんと何も発展することなく、グアナコにたどり着いた。
「ヘイヘーイ、タッきゅんにマッきゅん、元気でね~。今度はフリージアへ遊びに行っちゃうぞっ」
「「けっこうです」」
護衛中に屁をこき続けたトーマスさんとは、仲良くなった気がしない。
マールさんとの楽しい会話をぶち壊すような連続屁こきに、マイナスイメージの方が大きい。
2人きりだった車内が台無しである。
一応、護衛のお礼にと思ってタマゴサンドを出したのがダメだったんだろう。
友好の証と思われてしまい、一方的に心の距離を詰めてくるようになったんだ。
「照れ屋きゅんめ~。そんなこと言ってたらモテないぞ~」
貴様にだけは言われたくないと思いながら、トーマスさんに馬車を任せて、別れを告げた。
この4日間の思い出は、不本意なことにトーマスさん一色。
インパクトが強すぎて、マールさんの水着姿すら霞んでしまうほどだ。
できることなら、彼とは2度と関わりたくない。
同じことを思っているであろうマールさんと手を繋ぎ、街の中を歩いていく。
前回立ち寄った時は水着の女性がいなかったけど、今回はラクダ車乗り場周辺に多く見られた。
巨大ワームの脅威がなくなり、デザートローズへの通行制限が解除されたんだろう。
冒険者の数が多いのも、護衛の仕事が増えたからかな。
フェンネル王国へ向かうための中継地点であるグアナコに、滞在する予定はない。
1分でも早くフリージアに向かうため、足早に馬車乗り場へ歩き出していく。
「ちょっとこの辺りで待ってて。ボクは少し準備があるから」
「あ、はい。じゃあ、ここで待ってますね」
行きも帰りも全てマールさんにお任せだ。
きっと何かフリージアへ行くまでの手続きが必要なんだろう。
駆け足で走っていくマールさんの後ろ姿を見送り、すぐに辺りを見回した。
マールさんのチェックが外れた今、水着の女性を目に焼き付けておきたいんだ。
こんなところをマールさんに見られないように、急いで脳内保存をしていく。
リーンベルさんにチクられたくないから、3分で済ませるぞ。
- 5分後 -
「お待たせ」
不意にポンッと肩を叩かれたので、何気ない顔で振り向いた。
きっちり3分で脳内保存は済ませて、マールさんを待ち続けていたから。
でも、そんなことはどうでもよくなるほどの、今世紀最大の不幸な事件が起きてしまう。
思わず大きなため息が漏れ、露骨に残念な顔をするほどに。
マールさんが着替えて、水着じゃなくなったんだ。
へそ出しマールさんが……。
ビキニがお尻に少し食い込むマールさんが……。
綺麗な鎖骨ラインを出していたマールさんが……。
もう水着姿が見れないなんて、イリスショックと比べ物にならないくらいのショックだよ。
「えっと、ボクの水着姿を求めるのはタツヤくらいだからね」
時々マールさんはバカなことを言うから困る。
いつまで経っても自己評価が低すぎるんだ。
健全な男子ならチラ見すること間違いなしのお子様ボディなのに。
「どんな服を着てもマールさんは可愛いですよ。でも最近ずっと水着でしたからね。着替えるなら、もう少しちゃんと見ておきたかったです」
女の子に対して言う言葉じゃないし、ヘタレの僕は普通こんなことを言えない。
でも、相手が女好きであるマールさんなら別の話。
似たような目線で女の子を見続けるため、思いを理解してくれるから。
僕達の関係が友達以上恋人未満ということもある。
「そ、そんなにボクの水着姿がよかったの? なんか複雑な気分だけど、言ってくれればいつでも見せてあげるよ。タツヤのこと……好きだし」
急に押してくるパターンはお控えくださいませっ!
心臓が潰れそうな勢いで鷲掴みされてしまいますっ!
今まで甘々な態度を取ってくれた女性陣とは違い、マールさんは恋の駆け引きを頻繁に使って来る。
スズの小悪魔テクニックのような、男を弄ぶような方法とはまた違う。
自らの女度をアピールして、友達から恋人へ急に踏み込んでくる、愛の伝道師。
顔と体は誰よりもお子様なのに、恋愛テクニックは誰よりも大人という魔性の女。
恋という抜け出せない底なし沼にドップリ浸かっているような感覚に陥ってしまう。
弄ぼうと思っていないマールさんに弄ばれてしまう禁断の恋……、好き。
少し頬を赤くしたマールさんは、僕の手をさりげなく握って歩き始めた。
今からフリージアへ帰るのに、マールさんのことで頭が埋め尽くされてしまう。
フリージアに戻ったら、僕達の関係はどうなるんだろうか。
付き合っていないなら、僕の家に泊まりに来ることはおかしい。
冒険者ギルドへ行けば会えるけど、依頼はリーンベルさんに受付してもらう。
そもそも、スズとシロップさんが戻るまでは依頼を受けないから、冒険者ギルドに行かないか。
あれ? そうなれば、しばらくマールさんとの接点がなくなる……?
同じ街にいるんだから、会おうと思えばいつだって会えるだろう。
でも、隠れてこそこそ会うのは変だし、リーンベルさんやフィオナさんより優先するのも変だ。
ましてや、嫉妬深いリーンベルさんにバレたら、お互いにマイナス評価を受けてしまう。
待てよ、マールさんはリーンベルさんが本命なんだ。
職場で常にリーンベルさんが隣にいるなら、心がどんどん満たされていくだろう。
僕のことなんてキープしてる男ようなもので、どうでも良くなるかもしれない。
なんだ、この、ひと夏の恋みたいな感覚は。
本当に恋人未満のまま、いつもと変わらない日常へ戻ってしまうんだろうか。
マールさんとの恋は、これで終わり……?
複雑な心境になり、焦りから心臓の鼓動が加速する。
繋いでる手を変に意識していると、馬車乗り場にたどり着いた。
そこには『フリージア方面は臨時休業』と書かれた看板が置いてある。
「えー、臨時休業?! こんなこと滅多にないのに」
マールさんの叫び声と共に、馬の面倒を見ていたオッサンが近付いてきた。
「嬢ちゃん達、知らないのか? 4日前にフェンネル王国を結んでる橋が壊されたんだよ。見たこともないようなドラゴンとウルフが暴れてな。それでしばらくは様子を見るために臨時休業ってわけだ」
「どれくらいの期間ですか?」
「詳しいことはわからないが、早くても2ヶ月はかかるんじゃねえか。安全が確認できなければ、もっと長くなるだろう。北の山へ向かって大きく迂回するか、橋ができるまで待つかの二択だな」
そう言ったオッサンは、馬の世話へ戻っていった。
フリージアへ帰れないなんて予想外の展開だ。
マールさんも落胆の色を隠せていない。
それでも、僕は少し嬉しく思ってしまう。
もうしばらくマールさんと2人きりだから。
リーンベルさんとフィオナさんに会いたい気持ちはある。
スズとシロップさんも帰ってきてるかもしれない。
それなのに、マールさんへの思いばかりが募っていく。
思わせ振りな態度と、時々女を見せてくる恋の駆け引きに魅了されているんだ。
マールさんの気持ちが気になって仕方がない。
恋人以上の存在になりたい。
もっと振り向いてほしい。
リーンベルさんじゃなくて、僕を好きになってほしい。
32年間もモテなかった反動で、好きと言われて引き下がることができないんだ。
ましてや、マールさんは僕のファーストキスの相手。
頬とはいえ、初めてを奪われたんだぞ。
今度こそ、口で奪ってもらいたい。
「ど、ど、ど、どうしよう! ぼ、ボクこんなことになると思ってなかった。初めての出張でうまくいってたのに。えーっと、ベル先輩はなんて言ってたっけ。非常時の時は、ベル先輩は、ベル先輩は……」
取り乱すマールさんは15歳の社会人1年目。
今までリードして砂漠の国へ連れていってくれたけど、けっこう頑張ってくれていたんだな。
僕のためじゃなくて、リーンベルさんのお願いのためだと思うけど。
でも、こういう時は任せてくれ。
日本のストレス社会を生き抜いた社会人の先輩として、非常時マニュアルは完璧だ。
「マールさん、まずは冒険者ギルドへ行って状況を確認しましょう。橋を管理してるのは冒険者ギルド。マールさんの所属先も冒険者ギルド。自分で判断するより、冒険者ギルドで指示をもらう方がいいと思います」
「えっ、あ、う、うん、そうだね。ぼ、冒険者ギルドに急ごう」
急いで駆け出すマールさんと一緒に、グアナコの冒険者ギルドへ向かっていく。
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