第157話:ふぉるてっしも~~~
解体場に顔を出すと、そこにはもう僕達の知る妹の姿はなかった。
しばらくレフィーさんが現場を離れていたこともあり、ティアさんの前には7人の冒険者が並んでいる。
誰もロリ巨乳という素晴らしい属性をやましい目で見ることもない、ただ妹を見守る兄のような存在。
彼らはもうティアさんのファン……いや、勝手に自分を兄と思い込んだ同士だろう。
少し悲しい気持ちはあるけど、ティアさんは僕とマールさんの手を離れて自立したんだ。
再び職を失いかけるようなことはないだろう。
これからは成長を続け、ファンを増やし、冒険者ギルドを代表する解体屋になってくれるに違いない。
ふとマールさんの顔を覗いてみると、目から1粒の涙がこぼれていた。
自分達はもういらない存在だと理解したはず。
妹の成長に嬉しいような寂しいような複雑な思い胸に、遠くから微笑んで見守っている。
感傷に浸る僕達の近くを、期待する眼差しでウロウロするレフィーさんが邪魔だった。
ブリリアントバッファローを取り出し、邪魔者は排除する。
久しぶりのブリリアントバッファローに頬ずりをしても無視だ。
「このくびれがいいんだよなー」と、意味のわからないことを言っても無視だ。
角を上下に何度も撫でまわし、「おっきいな~」と言った時だけは前かがみになった。
「マールさん、アイテムボックスの魔物はほとんど解体が終わりました。この国でやり残したことは何かありますか?」
「ない……かな。もしあるとしたら、妹の成長を見守れないこと。でもボクには、フリージアで待ってくれている人がいるから」
それは僕のセリフだと思います。
リーンベルさんは言うほどマールさんを待っていないと思いますよ。
ただの仕事の後輩ですからね。
「急になりますけど、明日にでも帰りましょうか。長くいればいるほど、妹との別れが辛くなりますし」
「そう……だね。妹に別れの言葉はいらない。何も言わずに、明日の朝に帰ろう」
わかります、泣き顔を見せたくないんですね。
大好きな妹に感謝の言葉を言われて見送られたら、『泣く』か『号泣する』かの2択ですから。
「おじいちゃんとおばあちゃんにも、しばらく会えなくなりますね」
「今日こそタツヤが彼氏じゃないと理解させないと。誤解されたままだと帰れないから」
頑なに僕を受け入れてくれませんよね。
あの告白は何だったんでしょうか。
昨日一緒に寝る時、何度もチラチラと目を開けて、僕の顔を見てたの知ってるんですよ。
寝たふりしておけば、キスをしてもらえると思って期待して待っていたというのに。
これだからヘタレは困りますね。
イリスショックで開き直ったキングオブヘタレの僕には、特大ブーメランなんて効きませんよ。
この日、レフィーさんに解体してもらったブリリアントバッファローは全てギルドに卸し、マールさんの目の前で白金貨30枚を受け取った。
金持ちアピールを忘れない、僕のあざとい作戦である。
結局ティアさんには何も言わないまま、マールさんの実家へ戻った。
最後の日ということもあり、親子丼にステーキ、デザートのアイスと豪勢な料理を並べていく。
上質なブリリアントバッファローの肉、人気のホロホロ鳥を使った料理、暑い地域にピッタリのデザート。
これにはマールさん一家も大喜びだ。
料理を使って猛アピールする僕は、おじいちゃんとおばあちゃんの中で婚約者であることは普遍的なものになっただろう。
外堀から攻めるという、僕のあざとい作戦である。
夜ごはんの片付けが終わると、今日もマールさんと一緒のベッドで就寝。
仰向けで寝ることなく、あえてマールさんの方を向いて横向きで寝ることにした。
知的な僕は気付いているんだ。
マールさんは極度の寂しがりだということに。
手をマールさんの見える範囲に置くことで、必ず手を取って眠ろうとする癖がある。
寂しくて人肌が恋しい甘えん坊な一面を持つ、可愛らしい女の子なんだ。
こんなことを考えてる間に、早くもマールさんは僕の手を握ってくれたよ。
これでフリージアへ戻った時、ベッドに入って寝る時は寂しくなるだろう。
僕と一緒に眠った日々を思いだし、『寂しい夜は男の子がいてほしい』と思わせる、僕のあざとい作戦である。
「もう、いい加減に心臓を落ち着かせてよー。ボクに興奮するのはわかったけど、ベッドで変な気持ちにならないでよね。フリージアへ戻ると思ったら、ベル先輩のことで頭がいっぱいなんだから」
そう言って握っていた手を放し、マールさんは僕に背中を向けた。
僕のあざとい作戦ミスである。
- 翌朝 -
「妊娠したら、早めに帰って来るんだよ。お腹がおおきくなってからでは、砂漠越えは辛いからね」
「婚約者でも彼氏でもないって言ったじゃん」
外堀を埋める作戦は見事に成功し、おじいちゃんとおばあちゃんからは婚約者だと認定された。
早朝なのにもかかわらず、みんなで仲良くタマゴサンドを食べて、見送ってもらっている。
「マールや、名前を決める時はジージに相談するんじゃぞ」
「子供ができる予定はないってば」
ヘタレのマールさんとキングオブヘタレの僕だから、本当に予定はない。
同じ家で共に生活をしたとしても、フィオナさんにリードしてもらって、3人でやるパターンしか思い浮かばない。
いきなりのハードプレイよりも、フィオナさんと一線を乗り越えることが先だよ。
おじいちゃんとおばあちゃんの温かい視線で見送られ、ラクダ車乗り場へ歩き出す。
誤解が解けないと怒りながらも、なんだかんだでマールさんは手を繋いでくれた。
一緒に手を繋いで歩きたいと思ったのか、いつもの癖で繋いだのかわからない。
ただ1つだけ言えることは、マールさんは僕のことを意識し始めている。
彼女の心臓がドキドキと動いていて、手から鼓動が伝わってくるんだ。
おじいちゃんとおばあちゃんに触発されて、その気になっているんじゃないかと疑っている。
ラクダ車乗り場にやって来ると、衝撃の事件が勃発した。
信じられない出来事に、僕とマールさんは手を繋いだまま、一緒に膝から崩れ落ちていく。
シンクロするように2人で地面を濡らし、心の整理を付けることができなかった。
物陰に隠れていた2人の少女が顔を出してきたから。
なぜ……妹のティアさんと、第2の妹であるイリスさんが見送りに来ているんだ。
妹がこっそり見送りに来るのは定番イベント。
でも、イリスショックでマイナスのイメージが付いたイリスさんまでどうして……。
「もう~、内緒で出ていこうとしないでよね。まだお礼も何も言ってないんだから」
マールさんの限界突破は早かった。
僕の手を速攻で手放し、ティアさんに抱きつく。
豊満なロリ巨乳に顔面を押し付けて泣き叫ぶという、最高に羨ましいシチュエーション。
思わず、妹の別れよりもエロスな心が勝ってしまい、僕の涙は引っ込んだ。
「ティア~~~! ぴあの~、めっぞふぉるて~~」
マールさんの泣き方は独特だ。
前世はピアノの演奏者なんだろうか。
音楽で使う単語で泣き始めた。
「昔からマールは意味のわからない言葉で泣くよね。よしよし」
ロリ巨乳による甘やかしプレイが羨ましい。
「ふぉるてっしも~~~、ふぉるてっしも~~~」
でも、それ以上にマールさんのよくわからない言葉が気になってくる。
ちなみに、マールさんが泣き叫んでいる言葉は強弱記号であり、小学生の音楽の授業で学ぶ内容。
ピアノは『弱く』、メッゾフォルテは『やや強く』、フォルテッシモは『とても強く』という意味で使われる。
マールさんの泣き声の強弱と連動していることから、ある意味正しい使い方をしていた。
「レフィーに聞きましたの」
急にイリスさんが声をかけてきて、ビクッと飛び跳ねるように驚いてしまう。
この状況を見ても動じないとは、さすが冒険者ギルドの統括。
予想をしていたのか、冷静沈着な姿に戸惑いを隠せない。
正直、妹が来てくれた衝撃よりもマールさんの泣き姿の衝撃が大きい。
「巨大ワームの解体を終えても、死因がハッキリしませんでしたわ。詮索するつもりはないのですが、冒険者ランクの査定にかかわりますの。討伐に参加した冒険者達に聞いても、どうやって倒したのか誰もわからないんですのよ」
巨大ワームの喉に詰まった岩塩はアイテムボックスに隠しましたからね。
Aランク冒険者達が束になっても勝てなかった魔物なんです。
喉に岩塩を詰まらせて倒れた、という事実は彼らは知りたくないでしょう。
最高に惨めな自分達を責めることは目に見えていますから。
「正直にいえば、最初に言った通り僕はサポート役です。本来は戦いの前線に出ることはありません。今は1人で行動しているので、冒険者ランクはそのままにしてもらえると助かります」
下手にAランクやSランクになったら、高難易度の依頼へ行かされてしまう。
スズもシロップさんもいない間は、厄介事に巻き込まれたくはない。
遊んで暮らせるほどの金もできたことだし。
「すでにそうしておきましたわ。戦闘を思い返しても、強い印象はありませんでしたから。なんと言えばいいのかわかりませんが、運だけで生き抜いているような感覚ですわ」
正解です、運が100なんですよ。
働く時と働かない時の差が激しいんですけどね。
「色々と気を付けた方がいいのではありませんの? サポート役はパーティを支えることが役目ですわ。Cランク冒険者であっても、仲間もなしに冒険するものではありませんわよ。ワーム討伐に引っ張り出した、わたくしが言うのも変ですが」
これが本物の知的キャラってやつかな。
手の平を転がすような計算力を持ち、全てを見透かすような分析力と観察眼を持っている。
スキルや魔法が乱立する世界でIQを武器に戦う我が妹。
本当の天才を前にしたら、僕の知的キャラが見事に霞んでしまったね。
いつまでも「ふぉるてっしも~~~」と泣き止まないマールさんに、「いい加減に泣き止みなさいな」とイリスさんが言った瞬間、嘘のようにピタッと泣き止んだ。
動揺するティアさんに感謝を言われながら、僕も別れを告げた。
当然のように冒険者ギルドの用意してくれた馬車へ乗り込み、マールさんとフリージアへ帰還する旅が始まっていく。
2人の妹に見送られながら。
行きはリーンベルさんが好きな同志だったけど、帰りは恋人に近い関係になった僕達。
向かい合って座ることはなく、隣に座って手を繋いで寄り添い合う。
会話の中身はリーンベルさんだけど、馬車は甘い雰囲気のままグアナコに向かって走り出す。
そんな素敵な旅の護衛は、Sランク冒険者のトーマスさんだ。
なぜ護衛依頼を引き受けてくれたのかわからない。
イリスさんもなぜ彼にお願いしたのかわからない。
早くも切れ痔が治っている意味がわからない。
マールさんとの会話が盛り上がってトーマスさんの存在を忘れた頃に、プップッと屁こき音が聞こえてくる。
今日ほど魔物に遭遇しないでほしいと思った日はなかった。
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