第156話:間違ってたらごめんね

- 翌日 -


 いつもと同じように、マールさんの実家で朝ごはんを食べる。

 恒例となったマールさんの「彼氏じゃない」発言で否定された後、手を繋いでギルドへ向かっていく。


 昨日はイリスショックが強すぎて、夢を見ていたんだろうか。

 想像以上にマールさんが普通で困ってしまうよ。

 両想いの友達という複雑な関係だから、仕方ないのかもしれないけど。


 一緒に歩いてギルドへ向かっていくと、途中でマールさんの異変に気付いた。


 チラチラと他の女の子をチェックする姿は変わらない。

 でも、時々僕の方をチラッと見るようになったんだ。

 繋いでいる手を確認することもあるから、間違いないだろう。


 どうやら僕は気になる存在ではあるらしい。


 ギルドに到着すると、珍しくレフィーさんがフロアで立っていた。

 僕達を見付けると、ゆっくり近付いて来る。


「例のことで話がある。一緒に来てもらってもいいか?」


 例のこと、キマイラだな。

 昨日はレフィーさんも解体業に戻っていたし、区切りがついたんだろう。


「わかりました。マールさんも一緒でいいですか?」


「あぁ、構わないだろう」


 歩き出すレフィーさんの後ろをついていくと、予想通り地下のキマイラを出した部屋へ案内された。

 レフィーさんが扉を開けて中に入ると、眠そうなイリスさんが出迎えてくれて、足元には大きな白い袋が3つ置いてあった。

 キマイラの姿はないから、無事に解体できたんだろう。


 大きな欠伸を手で隠したイリスさんの元に近付いていく。

 目が半分開いてないような状態で、明らかに寝不足な顔をしている。


「やっと来ましたのね。これでようやく休むことができますわ。昨日は巨大ワームの書類作りで徹夜でしたのよ。それなのに、レフィーと来たら……」


「わ、悪かったって。昔からイリスに自慢したいと思ったら、落ち着いていられないんだ。特に昨日はどうしても抑えが効かなくて」


「部屋の前で一晩中ウロウロされても困りますわ。10分に1度は必ず様子を見に部屋へ入ってくるんですもの。大人なんですから、もう少し落ち着きを……」


 ブツブツと呟きながら、イリスさんは部屋を後にしていった。

 徹夜で書類を書いているところを邪魔され、その後に解体したものを見せられていたんだろう。

 素材を引き渡してしまえば、見せながら自慢できなくなるから。


「実は一昨日の深夜、無事にキマイラの解体が終わったんだ。肉や内臓の危なそうな部位はすでに処分済み。いやー、色々イリスに話したいことがあったんだが、巨大ワームの件があって時間が合わなくてな」


 レフィーさんは苦笑いしながら、近くにあった白い袋を3つ差し出してくれた。


「この袋には皮が入っていて、こっちは牙と爪、こっちは昨日のワームの討伐報酬だ。巨大ワームの討伐とワーム素材の分配を考慮して、白金貨100枚が入っているぞ。キマイラに続いて巨大ワームまで解体できるなんて、お前が来てから最高だったぜ」


 変態解体屋に解体されるより、レフィーさんみたいな美人に解体されてキマイラも喜んでいるだろう。

 レフィーさんにハグもされていたから、性別が雄なら成仏間違いなしだ。


 3つの袋の中身をサッと確認して、アイテムボックスの中に入れていく。


「偶然ですけどね。また何かレアな魔物が手に入ったら、アイテムボックスに入れて残しておきますよ。頻繁には来れないと思いますけど、腐りはしませんから」


「本当か!! そいつは助かる、楽しみにしているよ」


 夢を追いかける子供のようなレフィーさんの笑顔に、ついつい頬が緩んでしまう。

 次はいつ来れるかわからないけど、違う地域に棲む魔物を色々持ってきてあげたいな。


 我が妹、ティアさんのためにもね。


「それにしても、よくキマイラを解体できましたね。表皮に流れていた魔力はどうしたんですか?」


「魔力の処理で永遠に時間を取られちまって、随分工夫したよ。表皮に流れる魔力を正確に可視化するため、サボテンから特殊な液体を抽出したんだ。複雑に絡み合うキマイラの魔力を1本1本解いていく作業は面倒くさかったよ。合計で200時間ほど延々と魔力の処理をしていたぞ、ハッハッハ」


 笑い事じゃないわ、すごい苦労してんじゃん。

 そういう地道な作業は繊細な女の人しかできないよ。


 間違っても、蒸気を出す変態がやっちゃダメなやつだ。


「大変だったんですね。じゃあ、もう解体が終わったキマイラの皮には魔力が流れてないんですか?」


「それが……一緒に置いておいたら、皮に魔力が戻っちまってな。解体には成功したが、それで装備を作ろうとした時は……という状態だ」


 マジかよ、サボテンなんて砂漠にしか自生しないだろうし、装備は諦めた方が良さそうだ。

 解体というご褒美がないのに、もう1度レフィーさんにやってもらうわけにもいかないし。


「わかりました、解体してもらえてよかったです。ありがとうございました。一生アイテムボックスの中に入れておこうかと思ってましたから」


「いやいや、こっちのセリフだよ。災害級の魔物を解体できて嬉しい限りだ。あと……あれだ、ブリリアントバッファローの件なんだが」


「まだ残っていますので、大丈夫ですよ。今から解体場で解体しますか?」


「おぉ、助かるよ。後片付けだけしたらすぐに向かうから、先に行っててくれ」


「わかりました。じゃあ先に行きましょう、マールさん。……ん? マールさん?」


 マールさんの顔を見てみると、未だかつてないほど真顔になっていた。

 元気っ子のマールさんがこんな顔をするなんて珍しい。


 異変を感じた僕はレフィーさんと一緒に、マールさんの顔を覗き込むように確認した。


「ボクが間違っているのかな。白金貨100枚という莫大なお金に驚かないなんて、ボクがおかしいのかな。普通は白金貨を目にもしないと思うんだけど」


 マールさんの言いたいことはわかる。

 普通の金銭感覚では、いきなり白金貨100枚(1億円)ももらうことなんてあり得ない。


 でも、僕の金銭感覚はスズと一緒に過ごしたことで崩壊しているんだ。

 フェンネル王国で王族の命を助けた時、同じように白金貨100枚(1億円)もらったこともあるし。

 今回も似たようなものだから、妥当な額になるんじゃないかな。


 大勢の冒険者が参加したことを考えれば、多めにくれたとは思うけど。


「まぁ冒険者ですからね。大きな依頼をこなせば、それなりにもらえますよ。ねぇ、レフィーさん」


「あぁ、特に砂漠の国は高ランク冒険者も多いしな。国の崩壊を未然に防いだことを考えれば、もう少しあってもいいと思うぞ」


 圧倒的に正しいマールさんの意見が、なぜか否定されるような展開になった。


「そっか、ボクが間違ってたんだね。なんだー、スッキリしたよ」


 だが、純粋なマールさんは受け入れてくれる。


 今まで素材や魔物のことで首を突っ込むことはなかったのに、お金のことは珍しく聞いてきたな。

 もしかして、マールさんってお金が好きなのかな。

 嫌いな人はいないと思うけど、意外にお金で釣れるタイプなのかもしれない。


 お金で愛を買うには賛否両論あると思うけど、僕とマールさんはお互いに好きという感情を抱いている。

 ここで僕に財力というステータスが付くことで、元々あった愛が深まるだけ。


 男らしさを出す時にマッチョが力こぶを作るようなもの。

 雄の力をアピールするために、僕は金をチラつかせるだけさ。


「ちなみにマールさん、カエル1体はどれくらいでギルドに買い取ってもらえるか知っていますか?」


「当然知ってるよ。カエルはオークよりも高いから、1体あたり金貨45枚だね。今はタツヤが卸しすぎちゃって、40枚に下がってるけど。それでも、ギルドにしたらウハウハだけどね」


「そうなんですよ、じゃあ計算しますね。1,300匹のカエルを1体金貨40枚で買ってもらうと、白金貨520枚になります。ブリリアントバッファローも砂漠では貴重で、相場の3倍近い値段で取引されていますから、丸ごと売れば1体で白金貨30枚です。だから報酬の白金貨100枚って、けっこう少なく感じますよね」


 だいたいの金額を予想していたレフィーさんは、納得するように頷いている。

 元々ギルド本部でナンバー1の売り上げを叩き出す解体屋のため、当然のように大金の話をあっさりと受け入れてしまう。


 でも、フリージアでなかなか大きな金額を提示しないマールさんは違う。

 目をキラキラと輝かせて、僕の両手を包み込むように握手をしてきた。


 じっと見つめてくる姿は最高に可愛い。


「正直に言うね、ちょっと結婚したくなった」


 君は昨日、僕に愛の告白をしてきたばかりだろう。

 1番愛情が強い時期なのに、なんで莫大な財産を提示してもちょっとだけなの?

 どれだけリーンベルさんと結婚したいんだ。


 結婚の壁が高すぎて、君と付き合える気がしないよ。

 でも、もう少し頑張ろうと思う。

 マールさんと楽しい日常も過ごしたいから。


「国王からもらったお風呂付きの屋敷も持っていますよ。毎日おいしいごはんも食べられます」


「ベル先輩の次に結婚したい」


 リーンベルさんの壁が高すぎるよ。

 僕の長所をすべて提示したのに勝てないのか。

 マールさんとは結婚できないかもしれないな。


「相手がリーンベルさんなら無理そうですね。大人しくフィオナさんと一緒に暮らそうと思います」


「結婚しよう」


 フィオナさん狙いじゃないか!

 結婚したら僕を財布扱いして、フィオナさんとイチャイチャしようとするのがバレバレだぞ!

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