第155話:男として

 恐ろしく気まずくなったイリスさんと別れ、解体場に1人で戻ってきた。


 水着美女達が協力してワームを解体する姿は美しい。

 ワームほど大きい魔物は、常に動き続けて解体する必要がある。

 動きまわることで体温が上がり、自然と汗が滴り落ちる姿は『美』という文字がピッタリだろう。


 そんな中、1人だけ「ヒャッホー」と子供みたいなテンションで解体するのはレフィーさんだ。

 誰も手を付けたくない巨大ワームを独り占めして、嬉しそうな笑顔で解体している。

 姉御肌っぽいイメージが薄くなっているけど、幸せそうで何よりだと思う。


 マールさんと合流するため、端っこで解体するティアさんの元へ向かっていく。

 ジッと見守るマールさんが僕に気付くと、隣に座るように地面をポンポンと叩いてくれた。


 誘導してくれたマールさんに感謝し、ありがたく隣に腰を下ろす。


「イリス様と何を話してたの?」


「え?! いや、今日の依頼のことですよ。一応、討伐した本人ですし、お礼の言葉を言われた程度です」


「ふーん、そうなんだ。2人きりって言ってたけど、やましいことはなかったよね?」


 やましい気持ちで部屋へ向かったんですけど、現実は残酷ですね。

 手を繋ぐこともなく、最後は引かれて帰って来ましたよ。

 やっぱり調味料で活躍した後は恋愛運が下がってしまうみたいです。


 最後はすごい気を使ってもらうという謎の展開で、正直けっこう凹んでいます。


「ありませんよ……。本当に……何も、ありませんでしたよ」


「う、うん。なんか落ち込んでない?」


 当然じゃないですか。

 妹に性癖がバレて、ドン引きされたんですよ。


「スキルを使いすぎて、疲れているように見えるのかもしれません。なんだかんだで、もう夕方ですからね」


 朝から出発していたとはいえ、移動中はずっと徒歩だった。

 そのため、すでに日が傾き始めるような時間になっている。


「ボクも歩きっぱなしで疲れたよ。今日は早めに帰って休もうか」


 イリスショックで心が折れていることが大きく、反対する気にはならなかった。

 マールさんの提案を受け入れ、ティアさんに別れを告げてギルドを後にする。



 ギルドからマールさんの実家までの帰り道を、いつもと同じように手を繋いで歩いていく。


 水着マールさんという最強の癒し効果で、心が少しずつ安らいでいくよ。

 謎のステップを踏むくらい喜んでた心臓は、まだ落ち込んでいるみたいだけど。


 手を繋いでも普通に動く心臓よりも、マールさんの方が気になる。


 疲れている影響もあるのか、いつもより歩くペースが遅くて妙に口数も少ない。

 周りにいる水着の女の子をチェックしないのは、今までで初めてのこと。


 いったいどうしたんだろうか。

 普段は座り業務の受付嬢だから、足に疲労が溜まって痛いのかな。


「ちょっと寄り道してもいい?」


「え? 別にいいですよ」


 砂漠の国に来て、初めての寄り道である。

 育ての親を大切にするマールさんは、砂漠にいる間はできるだけ一緒に過ごしたいと、直帰してばかり。

 当然、マールさんの付き人である僕も行動を共にするため、この街のことが未だによくわかっていない。


 夜ごはんを作るにしても、もう少しマールさんと手を繋ぎたいな。

 癒え始めたといっても、イリスショックの影響が大きいから。


 たまには寄り道も悪くないと思いながら、マールさんと一緒に歩いていく。




 マールさんに案内されたのは、近くにある公園。

 日本のような遊具はないけど、砂の山で作られた滑り台がある。


 夕暮れ時ということもあって、子供達はすでに帰った後。

 誰もいない夕焼けの公園で手を繋ぐという、無駄にムードたっぷりの展開だ。

 もし、マールさんが百合属性を持っていなかったら、恋愛イベントがあったに違いない。


「子供の頃ね、ここでよく遊んだんだ」


「そうなんですね。久しぶりに遊びたくなったんですか?」


「ううん、ここだと2人きりになれると思って」


 ……どうした、今日は2人きりになる日か?

 イリスショック後にマールショックをくらったら、僕の心が崩壊するぞ。


 よくわからない雰囲気のまま、一緒に前を向いてボーっとする時間だけが流れていく。

 確認するようにマールさんの方を向いても、こっちを見返してくることはなかった。


「ねぇ、今日はボクにドキドキしないの? いつも手を繋ぐだけで必要以上にドキドキしてるのに」


 どうした、何が起きているんだ。

 この展開はガチの恋愛イベントが始まるパターンのやつ。

 でも真正の百合属性を持つマールさんに限って、僕に惚れることなんてあり得ない……はず。


 それなら、このイベントはなんだ?


「心臓が休んでいるだけですよ。今日は口数が少ないですけど、何かありましたか?」


 夕焼け空を見つめたままのマールさんは、表情を一切変えなかった。

 その代わり、少し汗ばんだマールさんの手にギュッと力が入った。


「タツヤは……本当にボクのことを可愛いって思う?」


 意図的に手を強く握ったのかもしれないし、無意識だったのかもしれない。

 でも間違いなく言えることは、マールさんが勇気を出して聞いてきた質問だということ。


 女の魅力が自分にないと思い込んでいるマールさんは、こういう話題を避けることが多い。

 可愛いと言っても照れてしまい、すぐに話題を変える癖もある。

 自分に自信が持てないため、好意を素直に受け取ることができないんだ。


 彼女いない歴32年だった僕には、マールさんの気持ちが痛いほどわかる。

 そして、恋愛ルートに突入しているという事実も受け入れよう。


 99%のヘタレ成分を配合していて、イリスさんにボコボコに叩きのめされたばかりの無残な心を持っていたとしても、1%の男を発揮して立ち上がる時である。


「マールさんはいつも可愛いですよ」


 再び握っている手にギュッと力が入ると、マールさんは僕の方に顔を向けて来た。

 いつもの元気いっぱいの表情ではなく、少し背伸びをしたような大人っぽい表情。


「君は……ボクのことが好きなの? 水着姿のボクを可愛いと言ったり、いきなりアイスを作って誘惑してきたり、ボクの故郷を守ろうとしたりしてさ」


 自分の価値を低評価しすぎているマールさんは、これだから困るよ。

 元気なボクっ子なんて、みんな大好きに決まってるじゃないですか。


「胸がないから、水着姿が可愛いなんてお世辞だってわかってるんだよ」


 違うよ、そこだけは本気なんだ。

 マールさんの水着姿は似合ってるし、すごく可愛い。


 砂漠の国を守ったことと、アイスが偶然なだけであって。


「ワームの時だってそうだよ。魔法が効かないとわかっていたのに、敵の注意引き付けるために攻撃してたんでしょ」


 違うよ、唯一無二の絶対王者ハバネロ先生で倒せると思ったんだ。

 ワームは辛いのが平気なんて、誰も考えないからね。


 まさか腐った卵も食べてノーリアクションだとは、誰も考えることのできないハプニングだよ。

 腐った牛乳をがぶがぶ飲んでも、お腹を壊さないなんておかしいもん。


「ギリギリで攻撃を避けてたのも、ワームをイライラさせて自分のヘイトを高めたかったから」


 違うよ、醤油噴射で避けるのが楽しかっただけ。

 砂がいい感じのクッションになって痛くなかったし。


「近場にワームが出てきたら危ないことだってわかってるのに、ボクの故郷を守るために命を張ってくれた」


 それも違う、偶然あそこに醤油があってワームが飛び出してきたんだ。

 塩が漏れそうで動けなかったら、偶然に偶然が重なってワームを討伐できただけで。


「そんなの、好きにならない方がおかしいじゃん!」


 ちょ、ちょっと待ってくれ!

 嬉しい展開なのに、なんか罪悪感がすごいんだ!


 マールさん、そんなにギュッと手を握ってこないで。

 百合属性のヘタレ女の子に告白をさせるなんて、相当勇気が必要だったんだろうね。

 息が上がるほど叫ばなくても大丈夫なんだよ。


 夕焼けでそう見えるのかもしれないけど、顔も真っ赤に染まっているように見える。


 唯一本当だった水着姿が可愛い部分だけが否定され、偶然に起こった出来事が都合よく解釈されてしまった。

 百合属性のマールさんが男を好きになるなんて、一生に一度の出来事かもしれない。

 普段ならめちゃくちゃ舞い上がって喜んでるのに、マールさんの大切な『男への初恋』を奪った背徳感で押し潰されそうだ。


 もしかしたら、マールさんが異性を好きになるのは最初で最後かもしれない。

 一生に一度しかない大イベントを、醤油戦士がたまたま奪っていいのかよ。


 僕が何も言わないためか、マールさんは悲しそうな表情へと変わっていく。

 その時、僕の中にある1%の男の血が覚醒し、99%のヘタレを飲み込むという奇跡が起こる。


 勇気を出して言ってくれたマールさんに、僕はなんて失礼なことを考えていたんだ。

 女の初めてを奪ったのなら、しっかりと責任を取るべきだろう。


 男としてな!!


「マールさん、1つだけ間違ってますよ。マールさんの水着姿は……最高に可愛いです」


「ロリコンなの?」


 どうしよう、ロリコンの定義がわからない。

 年齢が15歳で発育の悪いマールさんは、ロリコンに該当するんだろうか。

 もし該当するなら、ロリコンでも構わない。


 僕の中では小学生以下の女の子に興奮を覚えたらアウトだ。

 フィオナさんの妹、サラちゃんのような女の子は完全にアウトになる。


 しかし、男として覚醒した僕にとっては些細なこと。

 説得は得意なんだ、任せてほしい。


「まだ僕は子供です。マールさんは大人っぽく見えますよ」


 最大級の殺し文句を解き放っただろう。

 お子様体型で悩むマールさんに、大人っぽく見えるとは1番嬉しい言葉である。


 子供の僕だからこそ言えるセリフであり、説得力もある。


「あ、ありがとう」


 恥ずかしそうに照れたマールさんは、明後日の方向を向いてしまった。

 力強くギュッと手を握り締めてくるから、相当恥ずかしいに違いない。


 これでリーンベルさんとマールさんの百合ルートはなくなってしまったけど、僕にとっては最高の展開だ。

 マールさんのおじいちゃんとおばあちゃんにも、良い報告ができるだろう。


「リーンベルさんのこと、忘れられそうですか?」


「ん? どうして忘れなきゃいけないの?」


「え? そういう感じの流れじゃ……」


「1番好きなのはベル先輩に決まってるじゃん。

 ボクはベル先輩を諦めるなんて一言も言ってないよ。

 ちなみに、タツヤは恋敵に変わりないからね」


 マールさんルートへ入ったにも関わらず、彼氏ではなく恋敵という謎のポジション。


 さすがの僕も理解できないよ。

 ここまで完璧に恋愛ルートを攻略したのは初めてだというのに、関係性に発展が見られないなんてね。


 言動と行動が合っていませんよ。

 良いムードの場所に連れ込んで、顔真っ赤にして手をギュッと握りしめてきたのに。

 思いを確かめるような質問をしたうえで、告白をしてきたばかりじゃないですか。


 息を荒げて好きって叫んだあの言葉は何だったんですか!

 両想いパターンじゃないんですか?!


「じゃあ、僕達はどういう関係なんですか?」


「両想いの親密な友達だよ。ボクはベル先輩と結婚するんだから」


 マールさんの考えていることがわからない。

 両想いの友達ってなんだよ。


 こうなったら、もっと誤解させて意地でも恋人に発展させてやる。

 マールさんはオンリーワンの属性だから、絶対そばにいてほしい。


 もはや罪悪感もクソもないんだよ!


「でも、ボクは君のことが大好きだよ」


 あぁーーーっ!! 子供っぽいマールさんに弄ばれてる!!

 なにこの感じ……好き。


 満面の笑みを見せてくれたマールさんの笑顔にやられ、しばらく一緒に夕日を眺めていた。

 手をギュッと握り合ったまま、一言も話すことはない。

 互いに体温が上昇していることを感じるくらい、2人でドキドキして過ごすだけ。


 両想いなのに、友達以上恋人未満という複雑な関係。

 それでも、夕焼けを一緒に眺める今だけは、お互いに恋人だと認識していることだろう。

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