第49話:親睦会3 ~揚げ物界の帝王『とんかつ』~
- 揚げ物界の帝王『とんかつ』 -
「今回のとんかつは、オークエリートの上質な肉を使っています。けっして油断しないようにしてください。ちなみに、僕はとんかつを揚げ物界の帝王だと思っていますので」
女性陣は息を呑んだ。
心の声が手に取るようにわかる。
『早くとんかつが見たい、でもとんかつを見るのが怖い』
そんな雰囲気に包まれている。
でも、容赦をするつもりはない。
僕は迷わず、アイテムボックスからとんかつを取り出す。
もちろん、ちゃんと切れ目を入れてあるし、ソースは別の皿に入れて同時に渡していく。
とんかつに付けるソースは、4種類だ。
1.普通のソース
2.ケチャップ
3.ソース+ケチャップ
4.味噌
5人の目の前に現れたとんかつは、同じ揚げ物である、から揚げとは見た目が大きく異なる。
ゴロゴロとした大きなから揚げのような肉ではなく、どちらかといえばステーキのようなフラットな料理に近い。
ただし、揚げ物の代名詞ともいえる、キツネ色+パン粉は装着済み。
まさに見る者を魅了する、帝王にふさわしい料理だろう。
「「これが……帝王」」
スズとリーンベルさんはきれいにハモる。
それと同時に、とんかつから目が離せなくなった。
さすが姉妹だ、君達は揚げ物が大好きだよね。
「「「 ……… 」」」
シロップさん、王女様、リリアさんは言葉を失っている。
少し大きめに作ったとんかつのインパクトが強すぎたんだろう。
「今日は4つのソースを用意しました。食べ終えた後、パンに挟みたい方は言ってくださいね。香辛料のカラシを付けた『カツサンド』を、その場で作りますから。では、最初はソースの試練からです」
心の準備などさせる気はない。
誘導して熱々のうちに食べてもらう。
「切れ目がありますから、まずは真ん中のとんかつを持ち上げて、小皿に移してください」
とんかつは『端から食べる派』と『真ん中から食べる派』に分かれるよね。
僕は真ん中派だ。
とんかつの断面図もよく見えるから、ベストな判断だと思う。
みんな一斉にとんかつを持ち上げる。
「「「「 断面が…… 」」」」
リリアさんを覗く4人は、断面の破壊力に驚いた。
パッと見ただけでわかる、ジューシーな肉汁があふれ出す肉の断面図。
いきなり目の前に現れてしまえば、思わず声に漏れてしまうのも当然のこと。
しかし、心が奪われるように魅了されてしまえば、そんな声すら出なくなる。
きっとリリアさんは肉が大好きなんだろう。
とんかつを見た瞬間から、口元が緩みっぱなしだ。
無表情キャラが完全崩壊しているよ。
「では、ソースを軽く付けて食べてください」
みんな一斉にとんかつにソースをかけ、同時に食べ始めていく。
サクッ
「「さすが帝王様……」」
リーンベル姉妹はきれいにハモる。
「お、おいしい~」
シロップさんはうっとりしている。
「お城の料理はいったいなんだったんでしょうか……。この世の食べ物とは思えません」
フィオナさんもほっぺたに手を添えて喜んでいる。
「 ……… 」
リリアさんだけは言葉を発することができなかった。
口元が緩み続けているから、おいしいと思っていることは間違いないけど。
から揚げもそうだけど、とんかつも裏切らない料理だからね。
基本的に揚げ物のおいしさって、誰が食べても正義だと思う。
特に揚げたては、おいしさが倍増する。
「では、次に赤いケチャップを付けて食べてください」
さすがここまで残った強者達だ。
みんな気をしっかり持って、とんかつに挑んでいる。
誰も料理に怯える姿はなく、しっかり向き合っていた。
もしかしたら、純粋に食事会を楽しみ始めているのかもしれない。
サクッ バタッ
おやおやおや、リリアさん。
このタイミングで脱落してしまうんですか?
やはり肉が好きだったようですね。
君ほどの無表情な方でも、倒れている今はニコニコ顔じゃないですか。
これから嬉しいことがあったら、そういう顔をするといいと思いますよ。
「リリアちゃん……わかる、わかるよ~。ここまで味変されたら~、強すぎだよね~」
「「でも、ここまで来て負けるわけにはいかない」」
なんでこの姉妹は急に双子キャラで攻めるように、声をハモらせてくるんだろうか。
そういうの好きだから困る。もっとして?
「私も諦めるわけにはいきません。王族が諦めたら……国が終わってしまいます」
ごはんを食べているだけですよ。
国は終わりませんから、安心して倒れてくださいね。
「次はソースを付けて後に、ケチャップを付けて食べてください」
みんな言われるがまま行動している。
何の迷いもない。
サクッ
「なぜ、濃すぎない」
「普通はこんな味の濃いソースを2つも付けたら、濃すぎるはずよね」
「全く理解できません。なぜソースとケチャップを付けても、とんかつの味が負けないのでしょうか。これが帝王と呼ばれる所以かもしれません」
「帝王~、おいしすぎるよ~」
耐えきりましたか……。
だが、まだ戦いは終わっちゃいない!
「まさか、ここまで4人も残るとは思いませんでした。ですが、まだ戦いは終わっていません。とんかつの4種類目のソースは特別製です。なんと、味噌を付けて食べるだけで名称が変わる『味噌カツ』です」
「「「「 味噌カツ!! 」」」」
「味噌カツは一部の地域で絶大な支持を得る、化け物のような存在です。気を付けてくださいね。今までで1番濃い味が襲い掛かってきますから」
濃い味が好きな人は結構ハマるよね。僕も好きだ。
見た目通りの濃い味なんだけど、ご飯が進むんだよね。
千切りキャベツと一緒にバクバク食べるのもいい。
「味噌はみそ汁の原形のようなものねー」
「予想が付かないよ~」
「油断しない、これが最後の戦い」
「王族の維持にかけて、生き残って見せます」
4人共とんかつに味噌を付けて持ち上げる。
今まで生き残ってきた4人は、お互いの無事を祈るように見つめ合い、うなずきあった。
そして、迷うことなく同時に口へ運んでいく。
サクッ
バタッ バタッ
よく戦ったというべきか、期待はずれだったいうべきか。
判断に困るよ、君達姉妹は。
1番僕の料理を食べているはずの2人が、なぜここでやられてしまうのか。
なんだかんだで、君達には生き残ってほしかったというのに。
「私は味噌カツが1番好きです。味噌が甘めに味付けされていて濃い味なのに、とんかつを引き立てています。これほど濃い味付けなのに、とんかつが負けていないのが信じられません。ぜひ味噌カツでカツサンドをいただきたいです」
「私はソースがいいな~」
「ではカツサンドを作りますので、その間はとんかつ食べててくださいね」
「「は~い」」
もう王女様を完全に餌付けできている気がする。
……してもよかったのかは別として。
それに、この2人が残るとは思わなかった。
リーンベルさんは残って、ひたすら食べ続けると思ってたのに。
むしろ、いつまでも食べ続けるリーンベルさんと、2人きりで過ごしたかった。
少し悲しい気持ちになりつつも、カツサンドを作っていく。
1.カツに味噌(ソース)で味付けをする
2.パンにからしを少し塗って、キャベツの千切りとカツをパンで挟む
「ここまで来てカツサンドで倒れないでくださいね?」
2人は『うんうん』とうなずいて食べ始める。
「「う~ん♪ 幸せ~♪ 」」
この後、王女様もシロップさんもカツサンドを3個も食べていた。
意外に王女様なのに食べるんだなーって思っていると、
「タツヤさんの料理は恐ろしいですね。普段の5倍以上は食べてしまいました。まだ食べたいと思っている自分に驚きを隠せません」
「王女様なので、食が細いかなって心配してたんですよ。僕もここまで食べてくれるとは思いませんでした」
「私もたっちゃんの料理は~、普段の倍以上食べちゃうからね~。おいしくてついつい手が伸びちゃうよ~」
「そう言ってもらえると嬉しいです。また機会があれば食べてくださいね。……さて、起こしましょうか。これから食べるなら時間もかかりますし」
「そうだね~」
王女様はファインさんを優しく起こし、シロップさんはパーティメンバーを叩いて起こす。
僕はリーンベル姉妹を起こしていく。
試しに耳元で「から揚げが泣いているよ」と言ったら、2人は「「ごめんなさい」」と飛び起きた。
「起きた人は食べるんだったら食べてくださいねー。デザートは濃厚なチョコレートですから、欲しくなったら言ってください」
カイルさんとザックさんはトンカツにやっと出会えて、見た瞬間に2人で泣いていた。
カイルさんなんて「悪かった、悪かった」って、なぜかとんかつに謝罪をしている。
2人はその後、とんかつを食べてアホみたいに喜びの殴り合いをした後、とんかつをおかずにしてホットドッグを食べ続けている。
ファインさんはもうダメだ。
とんかつにソースかけて食べたら、またすぐ倒れた。
こんな弱い人(?)が騎士団長でいいのだろうか。
少し心配になったよ。
リリアさんは「不覚」といって食べ始めて、今はカツサンドを食べている。
また口角が上がっているし、おいしいと思ってくれているんだろう。
リーンベルさんは満遍なく、色々な料理を食べ進めている。
スズとシロップさんは肉料理を中心に食べたいようで、『から揚げ、とんかつ、角煮』をローテーションしていた。
- 30分経過 -
カイルさん、ザックさん、リーンベルさん以外は、デザートを食べることになった。
もちろん、1人倒れている人は無視だ。
「デザートのトリュフチョコレートです。僕のクッキーにも黒いのが入ってますよね。あれがおいしさの秘密のチョコです。それに手を加えてお菓子にしたのが、トリュフになります。少しで満足すると思いますので、まずは1つ食べてみてくださいね」
みんなワイワイと賑わいながら、一斉に口の中へ入れた。
表面のコーティングしたチョコがパリパリッと割れて、中の生チョコがふわ~っと癒してくれる。
口の中には濃厚なのに甘すぎない、優しいチョコの味が拡がり続ける。
デザートにふさわしい幸せのひと時である。
バタッ バタッ バタッ バタッ
「「「 ?! 」」」
デザートを食べなかった3人は驚いた。
予定通りの展開に、僕はニヤリと笑ってしまう。
なんで最後に油断しちゃったんですかね。
僕は初めに言いましたよ。
最後にデザートのトリュフチョコレートを出す、と。
誰がもう戦いは終わったと言ったんですか。
こんなにも戦場で油断するなんて、本当に愚かな子羊達ですよ。
「最後にとっておきを用意するのは、当たり前のことですよ。とんかつで気が抜けちゃったんですかね。見てください、キャラが崩壊したリリアさんがだらしない顔をしていますよ」
完全に勝ち誇った僕は、最大級のドヤ顔している。
トリュフを食べなかった3人は『やられた……』という顔をしていた。
それも束の間、3人はまた食べ始めていく。
- 30分後 -
カイルさんとザックさんは甘い物が苦手みたいで、お腹いっぱいになったら満足そうに帰っていった。
その後、念願だったリーンベルさんとの2人だけの時間。
そこら辺で幸せそうに倒れている人達が、いっぱいいるけどね。
「リーンベルさんは本当においしそうに食べてくれますよね」
「だっておいしいよ。自分でもかなり食べていると思うけど、タマゴサンドと揚げ物は別格だね。いつまでも幸せを感じるおいしさだよ」
「そうですか。僕はリーンベルさんが喜んでくれたら嬉しいです」
「そ、そう? じゃあ明日もいっぱい食べていい?」
「それとこれとは話が別です。この1週間は料理だけで終わってしまったんですから。楽しいと言えば楽しいですし、充実感もありますけどね」
「私はタツヤくんがオーガに挑むような無茶しなければいいよー。オーク討伐のSランク依頼も、私は反対だったんだから。スズがいても限度があるよ」
「ショコラの依頼はスズに任せてます。後、そういうお姉ちゃんっぽいリーンベルさんの方が素敵ですよ。大食いばかりのリーンベルさんは少し残念ですから」
「どうせ私は食いしん坊ですよー。おかわりで豚汁とポテサラ様、カツサンドちょうだい」
合計で2時間ほど食べ続けたリーンベルさんは、「満足した~!」とようやく食べ終えた。
デザートは家に帰ってから、スズと一緒に3人で食べることにする。
倒れてた人を全員たたき起こして、親睦会は解散だ。
シロップさんと王女様は、「油断していました……」と反省していた。
リリアさんは「幸福」と、トリュフチョコレートを思い出して帰っていった。
ファインさんには仕方なく、ホットドッグを2つあげてギルドの地下へ帰らせた。
去り際に「うますぎると人は死ぬのかもしれない」と、アホっぽいことを言っていたけど。
リーンベル姉妹とそのまま、仲良く家へ帰っていく。
家に着くと、
「デザートの前にホットドッグ10個ちょうだい。あとから揚げも」
リーンベルさんが衝撃的なことを言い出した。
「残念リーンベルさんになるの早くないですか?」
「今日は言ったもん! いっぱい食べていいって言ったもん!」
本当に今日だけにしようと心に決め、スズと一緒に食べるところを見守った。
おいしそうに食べてくれるから、見ていて癒される。
リーンベルさんが食べ終わったら、スズも含めてデザートを食べる。
トリュフチョコレートを口に入れた2人は、
「うっ……危ない、やられそうだったよ」
「クッキーを凌駕するお菓子が存在するとは。しかも、濃厚で1つでも満足度が高い」
「手作りのトリュフって格別だからね。でも、クッキーはクッキーでまた別の良さがあるよね」
「その通り」
「トリュフは『幸せの爆弾』ね。あのとき油断して、みんなが倒れた気持ちがわかるわ」
トリュフは『幸せの爆弾』。
そのネーミングはいただくことにしよう。
何かに使えるかもしれない。
3人でトリュフを楽しんだ後、僕達はいつも通りに就寝した。
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