第50話:甘い衝撃1 甘噛み

- 親睦会から2週間後 -


 僕は言いたい。

 夜の親睦会はいつになったら終わるのか。


 毎晩『みそ汁、パン、オーク肉の塩と胡椒焼き』ばかり提供している。

 毎日大量に作るのが嫌で、いい加減やめたくて仕方がない。


 同じメニューばかりだったら、次第に飽きると思ってたんだよね。

 それなのに、騎士団長のファインさんも王女様も毎日喜んで食べてくれる。


 むしろ、食べる量が日に日に増えていくような感じすらある。


 気になって王女様に、「毎日同じ料理ばかりで飽きませんか?」と聞いてみた。

 すると、「城の料理より遥かに高いクオリティです、城に戻りたくありません」と言われた。


 なんか……お城の料理長さん、すいません。


 調理の疲労は大きいけど、親睦会をすると1つだけ良いことが起こる。

 それは、食後に必ず女子会が行われること。


 クッキー、トリュフ、コーヒー牛乳の甘々セットで、女性陣に囲まれて癒されているよ。

 僕は当然、シロップさんの膝の上に座って参加する。

 これだけは楽しみで仕方がない。


 女子会に関しては、本当にありがとうごうざいます。

 王女様をフィオナさんと呼べるようになるまで、親しくなれたからね。


 でも、フィオナさんは一国の王女だ。

 襲撃事件があったとはいえ、ギルドの地下に幽閉され続けているのはおかしい。

 さすがの僕も疑問に思ったので、ギルマスに問いかけてみた。


 すると、フィオナさんは殺されたことになっているらしい。


 内部の情報をリークした人間を泳がせているそうだ。

 そのため、しばらくギルドの地下で暮らして、身を潜めているとのこと。


 何もないギルドの地下で生活を続けるのって、想像以上に苦痛だと思う。

 窓がないから太陽の光も当たらないし、やることがなくて暇だろう。


 そう思っていたら、ギルマスが変なことを言い出した。


「いったいお前らは何をやってるんだ? 毎晩の親睦会が楽しみで城に帰りたくない、とフィオナ王女が言っているんだが」


 マッチョなギルマスの参加は絶対に認めない。

 この人の奥さんは、クッキー信者のヴェロニカさんだもん。

 あの人は深く関わっちゃいけない気がする。


 断固として拒否するべきだ。

 これ以上作る量も増やしたくはない。


「ごはんを一緒に食べてるだけですよ、ハハハ」


 渇いた笑いで誤魔化すことに成功した。

 僕も嘘を付いたり、誤魔化したりするのは下手だな。


 そして、忘れた頃にオーク集落を殲滅した、Sランク依頼の報酬金がもらえた。

 なんと1パーティ辺り、白金貨30枚(3,000万円)もらった。


・スタンピード級の災害を防いだこと

・オークキング、クイーンを討伐したこと

・街が壊滅するほどの異常な大繁殖に対処したこと


 ギルドからだけでなく、国からも報酬金が出たんだ。

 カイルさんは「10分もかからなかったから貰いすぎだ」と、コッソリ言っていた。


 ついでに回収したオーク500体の内訳を相談しようとしたら、「全部やる」と言われてしまった。

 逆に「あんなうまい料理食わせてもらってるし、むしろ余分に金を払うべきだ」と、意味のわからないことを言い始めた。


 それだけはやめてほしい。

 お金を取り始めたら、いつでもお金を払って食べに来そうだから。

 大人しくオークを貰おうと思う。


 去り際「それにボスがよく食べるだろ?」と言われて、納得するしかなかった。

 リーンベルさん、あなたのあだ名『ボス』らしいですよ。



 そんなこんなで最近は、軽めの依頼をこなして、夜は親睦会を続けている。

 もちろん、どんな依頼でもスズと一緒に行っているよ。


 今日も同じように、朝からギルドへやって来た。


「受けたい依頼がない」


「じゃあ、今日は休もうか。もうそろそろお菓子の在庫もなくなっちゃうし」


「それはいけない、緊急事態。依頼なんか受けている暇はない」


 君は冒険者としての意識が高いのか低いのか、いったいどっちなんだい?

 まぁいいかと思ってギルドを出ようとしたら、不死鳥フェニックスにばったり出会った。


「おっ、お前達も今から依頼か?」


「緊急任務がある、私達は忙しい」


「たいしたことじゃないんですよ。お菓子の在庫が減ったので、作るだけなんです」


「緊急事態!」


 リリアさんもお菓子大好きですもんね。


「そうか、リリアも毎日楽しみにしてるから頼むよ」


「了解です。ところで、みなさんは王都が拠点じゃないんですか?」


 おい、なぜみんなで目を反らしている。

 こいつら……まさか。


「もしかして、料理を食べたくて、本当に拠点を移してるんですか?」


「「「 ……… 」」」


 無言は肯定と同じだよ。

 食い意地張った猛獣どもが。

 親睦会、いや、餌付けをいつまでさせる気なんですか。


「別にいいんですよ。フリージアは高ランク冒険者が少ないですから。そういえば、マールさんが言ってましたよ。通常2日かかる依頼をその日のうちに終わらせるなんて、さすがAランク冒険者だって。まさかとは思いますけど、食事会のためじゃないですよね?」


「「「 ……… 」」」


 無言は肯定と同じだよ。

 なぜみんなで目線を反らす。

 図星なのがバレバレじゃないか。


「さ、さて、きょ、今日も依頼を頑張ろうな!」


 誤魔化すの下手だな。

 挙動不審になってギルドへ入っていく中、リリアさんだけは手を差し出してきた。

 仕方ないので、クッキーをわけてあげる。

 この人はすごくマイペースだ。


 そのまま家に帰って、クッキーとトリュフを作り始める。

 でも、いつもと違うことが1つだけあった。


 依頼がない時は昼寝をするスズが、何故かずっと横にいるんだ。

 朝ごはんも食べたばかりだし、お腹が空いてるわけじゃないと思うんだけど。


「お昼寝しないの?」


「見てる」


「食べる?」


「大丈夫」


 どうした? このパターンは知らないぞ。

 恋愛経験がなさ過ぎて、何を考えているのかさっぱりわからない。


 スズの視線を意識すると、クッキー作りをしている手元を中心に見ていることがわかった。

 たまに僕の顔をじっと見つめてくる時もある。


 スズに見張られる中、僕はお菓子作りを続けていく。

 とてつもないほどの緊張感が生まれているよ。


 好きな人に見つめ続けられるだけで、人はこれほどドキドキしてしまうのか。

 パティシエの試験でも受けているような気分だ。


「あの、スズさん。じっと見られると緊張するんですけど」


「気にしないで。見てるだけ」


 それが1番気になるやつ!

 それに今日のスズは胸元が一段と覗きやすい服装だ。


 普段は白が多いのに、今日は水色。

 ……何の色かは想像に任せるけど。


 これってもしかして……、誘われてるのかな。

 そうだよね、最近そういう甘い展開がなかったよね。


 女子会では、常にシロップさんの膝の上でクンカクンカとスリスリされてるし。

 寂しくなっちゃったのかな?

 スズもまだ15歳の女の子だもんね。


 モテないから気付くのに遅れてしまったよ。

 恋愛に鈍感でごめんね。

 ちょうど甘いものを作ってるし、僕達の関係も甘いものへと進もうか。



 Zzz……



 おい、どうした? 誘ってなかったのか?

 どうして君は結局寝ているのかな。


 なぜ僕の足元で丸まって寝ているの?

 自意識過剰だったのかもしれない。


 でも構わないよ。

 そんな無防備な姿で寝ていたら、絶景を眺めることができるからね。


 ちょっとしゃがめば、君のおっぱいが『こんにちは!』としているよ。

 ポジションを変えれば、スカートから『こんにちは!』としてくれている。


 むしろ、寝てくれたおかげで遠慮なく見ることができる。

 スズさんの大きなおっぱいは、本当にありがたいものだよ。


 クッキーを作る チラッ

 クッキーを作る チラッ

 クッキーを作る チラッ


 クソッ! 今が凝視するチャンスなのに、何故できない!

 そりゃ女の子のおっぱいは神聖なものだ。

 覗きすぎたら汚れるかもしれない。

 だからって、なぜ2秒以上見続けれることができないんだ!


 すると、スズがもぞもぞと動き出した。


「う~ん……寝てた」


「そ、そう? クッキーを一生懸命作りすぎてて気付かなかったよ」


 なぜ嘘をついてしまうんだろうか。

 いけないことをしていたような気分になる。

 2秒以上も凝視できなかったのに。


 結局、僕の行き過ぎた妄想だっただけか。


「……甘噛みしてもいい?」


「え?!」


 なんですか、やっぱり合ってたんですか?

 もっと早く言ってくださいよ。

 スズさんも甘えたい感じですか?


 でも寝起きの勢いで攻めてくるのは、やめてくださいよ。

 心の準備をしないと、倒れそうになりますからね。

 彼女いない歴32年をなめないでください。


 ……嫌いじゃないですけど。


「お姉ちゃんにも断られた。子供の頃はよかったのに。やっぱり……ダm「全然ダメじゃないですよ」」


 即答しちゃうじゃないですか。

 逆にダメな理由ってありますか?


 お姉ちゃんに迫っちゃうほど欲求不満だったなら、早く言ってくださいよ。

 もっとぶつけてきて下さい。

 シロップさんを見習って下さい。


 僕たちは両想いなんですからね。


 それに、僕は攻めずに待つ派です。

 女性経験がなさ過ぎて、攻められないんですよ。

 だからお願いします、もっと過激にどんどん攻めてください。


 言葉責めだけでもウェルカムですよ。


「本当? 噛んでもいいの?」


 ガブガブ、ムシャムシャ、モグモグ、噛んでくださいよ。

 毎日噛んでくれてもいいです。

 引きちぎらなければ、好き勝手やってください。


 ドドドドドドドドドドドドドドド


 スズに甘噛みをされると思うだけで、『初心うぶな心』が過去最大級のマシンガンを撃ち始める。


 なんだ、この心臓の爆音は?!

 でも、スズは僕に近付いてきている。


 ちょ、ちょっとだけ待ってほしい。

 いま来られると、心臓が本気で爆発するかもしれない。


 しかし、欲求不満のスズが止まることはなかった。

 それどころか、流れるような動きで攻めてくる。


 右耳をしっかり甘噛みするために僕を抱きしめて、逃がさないようにホールドしてきたんだ。


 その瞬間、僕はすごい勢いでへっぴり腰になる。

 察してほしい。


 スズはそんなことを気にすることもなく、右耳を甘噛みし始める。




 甘い吐息


 甘噛みにより響き渡る音


 耳をかじられる感触


 そして、抱き締められて当たる胸。





 僕は出産寸前だ。





 男で出産するわけがないと、普通の人は思うだろう。

 そもそも、妊娠するような体の構造にはなっていない。

 でも出産寸前なんだ、わかってほしい。


 何かがお腹から生まれそうな気がするんだよ。

 もはや妊娠を通り越して、出産しそうなお腹になっている。


 甘噛みを続けるスズのせいで、全意識は右耳の快感へ奪われてしまう。

 その甘い衝撃に耐え続けながら、両手でお腹を押さえている。


 本当はスズを軽く抱きしめたい。

 でも僕は出産寸前で、そんな余裕はない。


 右耳からお腹へ向けて、雷撃が駆け抜けていくような衝撃なんだ。


 久しぶりの甘噛みにスズは大興奮だったんだろう。

 どんどんテンションが上がって、息遣いが荒くなっていく。


 そんなハァハァするスズさんに、耐えられるはずがない。

 『初心うぶな心』による、意識の強制シャットダウンが行われてしまった。



- 2時間後 -



 僕は何故かキッチンの床で眠っていた。

 体を起こした僕が見えたのか、スズが近寄ってくる。


「ごめん。タツヤには刺激が強かったみたい。いつも膨らんでるのは知ってたけど、喜んでるだけだと思ってた」


 ん? どうしたの?

 なんでこんなことになってるんだ?


 僕は確かクッキーを作ってて………。


 甘噛みだ!

 思わず右耳を押さえる。


「嫌……だった?」


「ち、ちがうよ! むしろ嬉しいんです。ただ、恥ずかしいだけです。その、耐性がなくて、ですね」


「なら、またしてもいい?」


「は、はい。ぜひ」


「ゆっくりなれていこ?」


 なんだろう。ちょっと悲しくて嬉しい。


 15歳の美少女の誘惑に耐えきれず、1分も我慢できずに気絶した32歳のオッサンという前代未聞の人間だ。

 ただでさえ、耳を甘噛みされただけで気絶する人なんてレアなのに。

 それでもスズさんは見捨てることもなく、優しく接してくれる。


 いったいどれだけ最高な女神なんだよ!

 これから甘い展開が待ち続けていると思うと……ん?


 そういえば、さっき「膨らんでる」って言わなかった?

 き、気のせい……だよね?

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