第51話:甘い衝撃2 なめらかプリン

- 翌日、深夜3時 -


 全然寝れない。


 布団に入って目を閉じても、まったく眠ることができないんだ。

 だって、今日はずっと興奮が続いているから。


 原因は明らかにスズの甘噛み。


 目を閉じると、右耳に甘噛みの感触が蘇るだけじゃない。

 スズさんが甘噛みしている時の、ハァハァする息遣いを思い出してしまうんだ。


 すると、『初心うぶな心』が反応してしまい、心臓がマシンガンになる。

 心臓が高速で動き続けたら、眠れるはずもない。


 そもそも僕は32年間彼女がいなくて、いまだにデートをしたことがない。

 手を握ってもらうだけでドキドキする。

 ファーストキスだって、まだ守り続けている。


 そんな僕が可愛いスズに甘噛みをされて、冷静に過ごせるはずがない。

 いったい、僕はどうしたらいいんだ……。



 いや、ここは少し考え方を変えてみよう。



 あの甘噛みには、隠されたメッセージがあるのかもしれない。

 眠ることなく僕に考えてほしいことがあった、と考えたらどうだろうか。

 スズが息遣いを荒くして襲ってきたことにも、納得がいく。


 つまり、スズは言いにくいけど、僕に伝えたいことがあったんだ。

 両想いの僕なら気付くだろうと、体で教えてくれた。


 読み解けてきたぞ。

 メッセージの内容は、きっとこうだろう。





『おっぱいのように柔らかいプリンが食べたい』





 よし、いいだろう。

 プリンを作ろうではないか。


 僕は太陽が昇っていない深夜3時に、急にプリンの下ごしらえを始めていく。

 しかし、普通のプリンでいいんだろうか。


 確かに普通のプリンの方が弾力があって、おっぱいを再現できるだろう。

 でも、バカ正直にスズさんからのメッセージを受け取るべきじゃない。


 スズさんが「プリンを作ってほしい」とメッセージを伝えてきただから、プリンが出てくることはわかっているはず。

 普通のプリンを差し出したら、「はいはい、お疲れさん」で終わってしまうかもしれない。


 ここはおっぱいよりも柔らかい、衝撃的なプリンを作ってこそ価値が生まれる。 

 ズバリ、『なめらかプリン』を作ろう。


 おっぱいよりも柔らかいなめらかさ。

 甘噛みと同じくらいの甘~いひと時。

 幸せだった時間を思い出す優しい後味。


 まさに僕達の甘噛みを再現した最高の一品じゃないか!!


 スズは喜びのあまり、もう1度甘噛みをしてくれるかもしれない。

 もしかしたら、今度こそ止まらない可能性もある。


 意識を奪った勢いで、僕の初体験もそのまま奪い続けるほど興奮するんだ。

 おいしく召し上がった後は僕の耳元で、「ごちそうさま」って優しく囁いてほしい。

 そして、今度は逆の耳を食べ始める。


 クソッ、これが深夜テンションか。

 妄想が止まらず、やる気に満ち溢れてきたぞ。


 苦みのあるキャラメルソースなんて必要ない。

 なめらかで甘い口どけだけを、彼女の口の中へ届けよう。


 幸い雑貨屋さんでバニラエッセンスを見つけて、コッソリ買っておいたんだ。

 アイスを先に作ろうかと思っていたけど、なめらかプリンしかあり得ない。


 このなめらかプリンで、スズさんを押し倒そう!


 第一、僕だけ甘い衝撃で倒れるなんて情けないだろう。

 スズさんも甘い衝撃で倒れるべきだ。

 2人で過ごした甘い衝撃を体で感じ、一緒に倒れよう。


 さぁ、『なめらかプリン』を作ろうか。


 1.卵をひたすら割って卵黄だけ取り出す

 2.牛乳と生クリームを少し温めて混ぜる。

 3.砂糖とバニラエッセンスを入れてすべて混ぜ、器に流し入れる

 4.フタをして蒸した後、冷やせば完成


 久しぶりのなめらかプリンは、実に素晴らしい出来に仕上がった。

 この世界のプリンは、おっぱいと甘噛みのパワーによって誕生したのである。


 後悔はしていない。

 むしろ、心が清々しい。

 早くスズさんにこの思いを届けたい。


 そこに、リーンベルさんが近付く足音が聞こえてきた。

 外を見ればすでに明るく、朝を迎えていたから。


 没頭しすぎて時間というものを忘れていたけど、スズにモーニングプリンを届けることができて嬉しいよ。


 ガチャ


「あれ、起きてる。え?! な、なに、この甘い匂い」


「リーンベルさん。いや、リーンベル姉さん。スズが欲しいと言っている気がしたから、応えてみただけですよ」


「ど、どうしたの?」


「すいません。ちょっと本気を出しただけです、気にしないでください」


 リーンベルさんは手足がガタガタと震えだしていた。

 初めてトリュフを食べた時、全員が倒れてしまった光景を思い出したんだろう。


 甘い香り+僕の本気という言葉で、何が起こるのか悟ってしまったんだ。

 だが、いくらリーンベルさんでも僕を止めることはできない。


 それが……愛ってものだろう?


「今からスズにぶつかってみようと思います」


「ス、スズがいったい何をしたの?」


「もう……後に引けないんですよ」


 その言葉で、リーンベルさんは膝から崩れ落ちた。

 リーンベルさんの横を通り過ぎ、スズの方へ向かっていく。


 すると、スズの冒険者のカンが働いてしまったんだろう。

 僕の視界に入っただけで、ビクッと飛び起きた。


「この感じはなに? それに薄っすら香るこの匂いはなに?」


「おはよう、スズ」


「おはよう、どうしたの? この香り」


 そこにドタドタとリーンベルさんが走ってくる。

 僕の横を通り抜けて、スズの肩を揺らし始める。


「スズ、逃げて! タツヤくんは本気よ!」


 リーンベルさんは叫んだ。

 しかし、スズはプリンの甘い香りにやられて動けない。


「スズ、昨日のことを覚えていますか? 急でしたが、本当に嬉しかったです。そこで、朝起きたら新作デザート『なめらかプリン』ができちゃいました、という幸せをお返ししたいと思います」


「「な、なめらかプリン」」


「おっと、言い忘れていましたね。なめらかプリンは、トリュフチョコレートと並ぶSランクデザート。そのなめらかな口どけに、甘~いひと時を思い出すことでしょう」


 アイテムボックスに入れていた、なめらかプリンとスプーンを手渡す。

 受け取ったスズは、早くも虜になってしまう。


 リーンベルさんもプリンをガン見である。


「朝起きたばかりで、見ていいものじゃない! うぅ、でも目が離せない。それに、この香りが私の心を惑わせる」


「スズ、しっかりして! タツヤくんの部屋は、その甘い香りで充満していたわ。きっと口の中にも拡がるよ。とてつもない甘い味が口を攻め込んでくるわ」


「お姉ちゃん、ダメ。朝起きたてで、耐えられる誘惑じゃない。この甘い匂いに……私は勝てない!」


 スプーンでプリンを救い取ったスズは、迷わず口へ運んでいった。


 ふわ~っとしたなめらかな口どけが、一瞬で広がったんだろう。

 癒し尽くされてしまったスズは、すぐに表情へと現れた。


 まさに、至福の時を表す満面の笑み。


「癒し、オブ……癒し」


 バタッ


「スズーーーッ!!」


 本当に嬉しかったよ、僕は。

 甘噛みって最高だった。

 しかも、噛まれる間ずっと抱きしめられるんだから。


 耳に触れる吐息、興奮して漏れでる声、耳を攻められる歯と舌の感触、押し付けられるおっぱい。

 すべてが良かった。

 その気持ちをプリンで表して、君に伝えることができて本当に良かったよ。

 スズもまだ甘いものに弱いんだよね。


 一緒に……ゆっくりなれていこ?


「あっ、リーンベルさんは朝ごはんを食べてからにしてくださいね」


「はーい」


 こうして2人で朝ごはんを食べることになった。

 一睡もしてないけど、僕はいつもより元気だ。


 タマゴサンドを25人前食べたリーンベルさんは、意を決してプリンに挑んでいく。

 あっさりとやられて倒れちゃったよね。


 ………大変だ。

 リーンベルさんがギルドへ行けなくなってしまった。

 すぐ目覚めることはないだろうし、このままでは遅刻してしまう。


 色んな人に怒られそうだ。

 これって、マジでヤバくない?


 サーッと顔が青ざめていく感覚になり、ダッシュでギルドへ向かう。


「マールさん! リーンベルさんが体調不良なので、お休みさせてください」


「え! そ、そうなの? 大丈夫なの?」


「大丈夫です。今日の午後には良くなるような軽いものですから」


「わかったよ、ボクがギルマスに伝えておくね。お大事にしてくださいって言っておいて」


「わかりました、ありがとうございます」


 よし、問題ない。なんとかセーフだ。


 僕はホッとした気分でリーンベルさんの家へ戻る。

 家に着くと、2人が倒れている現場を見て、殺人事件を起こした気分になった。


 リーンベル姉妹が幸せそうな顔で横向きに倒れている。


 2人とも全く同じ手口でやられたことがよくわかる。

 同じように倒れて、とても癒されたような満面の笑みをしているからね。


 ……よだれを垂らしているのは内緒にしておくよ。



- 2時間後 -



 僕はどうしていいのかわからず、あれからずっと2人の間で正座をしている。

 すると、最初に倒れたスズが目を覚ました。


 辺りをキョロキョロと見まわし、現状を把握している。

 さすがBランク冒険者だ、起きたばかりなのに無駄な動きがない。


 立ち上がると同時によだれを拭き、そのままリーンベルさんを起こし始める。


 そうか、正座待機せずに起こせばよかったのか。

 なぜ僕はその発想に至らなかったんだろう。


 殺人事件っぽいと思ったから、触れちゃいけないと感じたのかな。

 早く起こしていれば、無駄な時間を使わずに済んだのに。


 スズに起こされたリーンベルさんも、よだれを腕で拭いた。

 事態を把握した2人は、僕の前で同じように正座をして向き合ってくる。


 僕は先制攻撃をする。


「リーンベルさん、安心して下さい。ギルドには体調不良で欠席と伝えておきました」


「そうですか。どう責任を取るつもりですか?」


 プロポーズ……ですか?

 スズに甘噛みされたばかりなんですけど、全然ありですよ。

 責任を取りますので、ぜひ結婚しましょう。


 そんなことを言える空気ではないので、素直に謝る。


「ごめんなさい。昨日の今日だったので寝れなくてですね……」


「やって良いことと悪いことがあるよね。とりあえず、続きのプリンを出して」


 リーンベルさんとスズは右手を差し出してくる。

 もちろん、プリンを手渡す。


 先にスズが食べ始めて、あまりのおいしさにニヤーッと笑顔になっていく。


「スプーンを入れただけでわかる、この極上のなめらかさ。さすが、なめらかプリン。名前になめらかとついている理由も納得する」


 後を追いかけるように、リーンベルさんがプリンを食べる。

 同じようにニヤーッとだらしない笑顔になった。


「それに、この見た目と香り。初見殺しをしようとしているのは明らかよ。なめらかな口どけが拡がった後、すぐに喉へ流れてしまう儚さまであるわ」


 2人はなめらかプリンを丁寧に解説しながら食べていく。

 どんどんだらしない笑顔になっている。


 癒されきったスズは、途中でまた意識を持っていかれそうになっていた。


「うっ、また倒れかけてしまった。なんて恐ろしい癒しデザート。クッキー、トリュフとはまた違う。ニュータイプのSランクお菓子に分類される」


「今までは手でつまめるタイプだったよね。それなのに、スプーンで食べるという斬新な方向転換をしてきた。……バケツで食べたいわ」


 リーンベルさんなら余裕で食べ切りそうで怖いよ。

 むしろ、おかわりを要求してきそうですね。


 2人はその後も、倒れないようにゆっくりと味わっていった。

 とても嬉しそうで、終始ニヤニヤしながら食べていた。


 食べ終わると、リーンベルさんによる尋問が始まってしまう。


「それで、昨日何があったの? スズがなにかしたの?」


 スズは目線を反らした。


 わかるよ、他人には言いにくいことってあるよね。

 それがお姉ちゃんだと、なおさらのこと。


「タツヤくん、何があったか教えて」


 僕も目線を反らす。


 甘噛みされて倒れましたって言えるわけがない。

 めちゃくちゃ恥ずかしいよ。

 そんな変態チックなことをリーンベルさんにバレたくない。

 どうにかして隠したい。


「そうなんだー。君達はお姉ちゃんに隠し事するんだー」


 僕とスズはゾクッとして、背筋をビシッと伸ばしてしまう。

 強烈な悪寒が走っていったんだ。 


 リーンベルさんの漆黒のオーラで、部屋の中が闇で埋め尽くされていく。


 これはかつて感じた、天使から堕天使へ変化するときに起こるもの。

 リーンベルさんをパッと見ると、すでにニコニコリーンベルさんになっていた。

 なんて恐ろしいことだ。


 久しぶりに堕天使の部分が表に出てきてしまった。

 最近は天使の部分すらなかなか出てこないというのに。


「が……我慢できなくて、甘噛みしました」


 スズが自供した!

 姉妹なだけあって、心がすでに折られていたか。

 リーンベルさんが鋭い視線でこっちを見てくる。


 ぐっ……、ここまでか。


「スズさんの誘惑で眠れなくなって、プリンを作ってしまいました」


「………」


 リーンベルさんは完全に呆れていた。


「スズ! 顔を舐める癖と甘噛みはやらない約束でしょ! どうしてもダメな時は、タオルの端っこ噛むように言ったじゃない」


 え? 顔を舐めるオプションもあるんですか?


「ご、ごめんなさい。でも、タオルじゃ物足りないの。お姉ちゃんの耳もダメって言われたから、タツヤの耳しかなくて……」


 スズはやっぱり妹だ。

 姉であるリーンベルさんに逆らおうとする感じが見られない。

 堕天使の怖さをよく知っているんだろう。


「それでタツヤくんが、スズの甘噛みに耐え切れず興奮しちゃったのね。スズは体の発育がいいんだから、気を使ってあげなきゃダメじゃない。最初は胸が見えるだけで倒れかかってた子だよ? 一緒に住んでいるといっても、兄弟じゃないんだからね」


 中身32歳なのに耐え切れず興奮してしまって、本当にすいません。

 あっさりと気絶してしまって、本当にすいません。

 おっぱいを2秒以上凝視できなくて、本当にすいません。


「タツヤくんもタツヤくんだよ。あんなおいしいものとわかってて、なんで作ったの! 毎晩みんなで食べるんだし、食事会の時に出せばいいじゃない。朝から出したら、こうなることくらい考えられるでしょ? 早くもう1つ出して」


 怒るのかプリンを食べるのかどっちかにしてほしい。

 そう思いながら、2人にプリンを手渡す。


 2人が2つ目のプリンを食べ終わったところで、3人で一緒にギルドへ謝りに行くことになった。


 なんでこうなったのか、詳しく説明することができない。

 甘噛みとプリンについて話す必要が生まれてしまうから。

 アカネさんとマールさんに知られたくはない。


 だから、僕は何も説明せずに謝罪をして、クッキーが100個入った箱を3つも差し出したよ。

 すべてが解決して、一瞬でみんなが幸せになったんだ。やったね。


 その姿を見たリーンベルさんが、過去最大級の強烈なジト目で見てきたけどね。

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