第52話:甘い衝撃3 拡がる甘噛みの余波

- 翌朝 -



 ビクンッ!! ビクビクビクビク!



- 2時間後 -



 僕は目を覚ました。

 なんだろう、なんか変な感じがする。

 体が少し痙攣しているような……。


 そう思いながらパッと横を見ると、珍しい光景が拡がっていた。


 しゅーんとしたリーンベルさんと、腕を組んで怒っているスズが正座をして向き合っていたんだ。

 なんで僕が寝ている部屋で、こんなことに?


「あの~、どうかしたんですか?」


「ごめんなさい。つい出来心で……」


 リーンベルさんが僕と目を合わせようとしない。

 スズの鋭い眼差しがリーンベルさんをとらえ続けている。


「お姉ちゃんがタツヤに甘噛みをして気絶させた」


 え? リーンベルさんに甘噛みしてもらえたんですか?

 記憶にあるようなないような……。

 いつもと違う気がするのは、確かだけど。


「なんでお姉ちゃんは甘噛みしてもいいんですか。言い出した本人が甘噛みしたら、説得力がないと思いませんか」


「ご、ごめんなさい」


 スズは激しく怒っているせいか、珍しく流暢に話して問いただしている。


 キレると敬語になるタイプだったのか。

 しかも、反論をさせない逃げ道封鎖型のようだ。


 ……これって、またリーンベルさん遅刻なんじゃね?


「なぜ犯行に及んだんですか」


 もはや容疑者扱いの姉である。

 スズ刑事から言い逃れはできるんだろうか。


「えっと、寝顔が可愛くてですね……。私も甘噛みしてみたいなーっと、思いまして。ちょっとくらいなら大丈夫と思ったんです。まさか、噛んだ瞬間にビクビクビクッてなって、気絶するとは思わなくて」


 そんな一瞬でアウトだったんですか。

 めちゃくちゃ恥ずかしいじゃないですか。

 むしろ、ホラーですよ。


 耳をカプッて噛んだら、いきなりビクビクビクッて動くなんて、恐ろしい現象です。

 色んな意味で自分が心配になってきました。


「10歳の子供に気を使うのではありませんでしたか。少なくとも、私は確認してから噛みました。お姉ちゃんは寝込みを襲っています。どちらが刺激的だと思いますか?」


 スズ刑事はヤバイ。

 すっごい追い込んでいる。

 完全に逃げ道がないもん。


 その言い方だと、後者は犯罪だからね。

 リーンベルさんを怒らせたらヤバいけど、スズも怒らせたらヤバイな。


「は、反省しています」


 僕もなんとなく反省します。

 せっかく甘噛みをしていただけたのに、一瞬で気絶してすいません。

 朝からホラー現象をお見せしてすいません。


「これからは私の甘噛みを許可していただきます」


「それはダm「許可していただきます!」


「は……はい」


 押し負けてるじゃないですか。

 僕はそっちの方がありがたいですけどね。


 む、むしろリーンベルさんの甘噛みも許可しますよ。

 今度は意識がある時にお願いします。


 スズは『勝った』というドヤ顔で、退室していく。


「あの~、リーンベルさん。ギルドのお仕事は大丈夫ですか? 昨日原因を作った僕が言うのもなんですが、2日連続の遅刻は……」


「うっ、タツヤくん、一緒にギルドへ行って仲裁をしていただけると……」


「昨日クッキー300個も渡したんですよ? クッキーだとインパクトが少ないと思いますけど」


「プリンとかは……お出しできませんか?」


 リーンベルさんは、僕の顔色をうかがっている。

 この人はわかってやってるな、上目遣いだ。

 卑怯な天使だと思う。


 だが嬉しい、ありがとうございます。


「出してもいいですけど、ギルドで人が倒れても知りませんよ。あと、クッキーみたいにバンバン上げるだけの量はありませんからね。それと……明日の朝は、頭ナデナデで起こしてもらうことを要求します」


「……それでお願いします」


 やった、頭ナデナデを自然な形(?)でゲットできた!

 明日の朝が楽しみだ。

 またナデナデポイントを攻めてもらいたい。


 撫でまわしすぎて、鼻に指を突っ込んでもらっても構わないよ。

 プリンの在庫は多くないけど、勢いで作った分が残ってるからね。


 僕は寝起きだったけど、そのままリーンベルさんと一緒にギルドへ向かった。

 ギルドに着くと、マールさんとアカネさんが冷たい眼差しでリーンベルさんを見ている。


 冷たい視線を解き放つ2人の元へ向かい、話し合いを始めていく。


「ベル先輩、さすがに2日連続は社会人としてダメだと思います」


 マールさんが先制の正論攻撃をしてきた。

 年下の正論攻撃に、リーンベルさんは大ダメージだ。

 何も言い返すことはできない。


「おっしゃる通りです」


「ベル、さすがに今日はクッキーじゃ誤魔化せないと思うわよ」


 アカネさん、そこは対策済みです。

 リーンベルさんも僕の方を見てくる。

 ゴーサインが出たようだ。


「マールさん。アカネさん。たまたまクッキーよりも遥かに幸せを感じるデザートを持ってるんです。リーンベルさんとスズが、おいしくて気絶したレベルなんですけど。もし今日リーンベルさんが遅刻していなかったら、お渡ししようかなと思いまして……」


「それで手を打とう」


 そう答えたのは、サブマスのヴェロニカさんだ。


 いつの間に現れたんだよ。

 むしろ、聞いていたのか。


 といっても、リーンベルさんの上司なんだけどさ。

 この人は扱いやすいからいいけどね。


 チラッとアカネさんとマールさんを見る。


「ボ、ボクは朝からベル先輩を、み、見かけた気がするけーど?」


 白々しいほど演技が下手くそだ。

 完全に挙動不審になっている。

 この世界で1番演技が下手かもしれない。可愛いけど。


「確かにベルは朝からいたわね、私も見たわ」


 アカネさん、演技うまっ!

 美人でグラマラスボディを持っているだけでなく、演技という才能もあるのか。

 ん? よく見れば胸についてるボタンの形が前と違うぞ。


 ま、まさか、飛ばしたのか!?

 見てみたかった、おっぱいが大きすぎてボタンを弾き飛ばすシーン。


 すると、貧乳のマールさんが強烈なジト目で睨んできた。


 なぜ考えていることがバレたんだろう。

 でも安心してください、僕は貧乳も大好きですから。

 マールさんの胸元もしっかり見ていますよ。


 受付の中に入れてもらって、3人にプリンを手渡す。

 その間にリーンベルさんは何食わぬ顔で受付に座った。


 バタッ


 即効でプリンを掻き込んだヴェロニカさんは、一瞬で気絶してしまった。


 予想通りの展開である。

 幸せそうに倒れているし、なにも問題はないよ。

 この人はこういう人だからね。


 でも、こんな光景を見たことがないマールさんとアカネさんは固まってしまう。

 僕はヴェロニカさんを指差し、2人に警告をする。


「こうならないように気を付けてくださいね。意識持ってかれる系のデザートなんで」


「ボクそんなの初めて聞いたよ」


「お姉さんもよ」


「そうですか? 最近こういうので倒し過ぎて、慣れてしまいましたけど」


「「………」」


 当たり前のように言ってしまったけど、普通に考えたらおかしいな。

 なんだよ、意識持ってかれる系のデザートって。

 完全に非常識なことを言ってるよね。

 でも間違ってはいない。

 それに僕はそういう料理もありだと思うんだ。


 だって、最近料理で倒すことが快感になってきたからね。

 もう趣味みたいなものだよ。


 せっかくだから、君達も倒したいと思っているよ。

 絶対に油断しないでね。

 1発でノックアウトしちゃうから。


 どうしたらいいんだろうという感じで、プリンを持ったまま立ち尽くしてしまう2人。

 そこに、リーンベルさんがコソッとやって来る。


「アカネ先輩、マール。タツヤくんの言うことは、そのまま受け取った方がいいからね。なめらかな甘さが口全体に拡がるから、気をしっかり持たないと一瞬でやられるよ?」


 それだけ言って、受付に戻っていく。

 謎のアドバイスを受けて、2人はさらに混乱することになった。


 僕も同じ立場なら、「こいつら何言ってるんだ?」としか思わないだろう。

 そのリアクションは正しい。


 でも、リーンベルさんの言うことは真実だ。


 そんな先輩からのアドバイスを無視して、何気ない顔で食べようとしている愚かな者がいた。

 ボクっ子のマールさんだ。


 手に持ったスプーンでプリンをすくうと、あまりのなめらかさに「おっ」と少し驚いた。

 そのまま何の迷いもなしに、口へ運んでしまう。


 バタッ


 マールさん、ちゃんと先輩の忠告を聞かなきゃダメだよ。

 なんで気をしっかり持たなかったのかな。

 そんなに嬉しそうな顔で倒れられたら、すごい快感になりますけどね。


 マールさんが倒れるところを見て、アカネさんは真顔になった。

 現実を受け入れることができないんだろう。


「アカネさんで5人目なんですけど、まだ誰も一口目を耐えきる人がいないんですよね。大人の魅力を持っているアカネさんに、期待してもいいですか?」


 アカネさんは悟ってしまったようだ。

 これは本気で気を付けないとダメだと。


「わかったわ、ベルの言う通り気をしっかり持つわね」


 アカネさんはプリンをすくうと、同じように一瞬驚いていた。

 でも、そのままの勢いで口に運んでいく。


 一瞬、フラッとして倒れかけたけど、なんとか踏ん張ったようだ。


 さすがアカネさんである。

 ボタンを飛ばしてしまうグラマラスボディを持っているからね。

 きっと彼女のおっぱいは特別製で、なめらかプリンでも勝てないような柔らかいおっぱいなんだろう。


 それなのに、ボタンを弾き飛ばしてしまう暴力的なパワー。

 生まれ変わったら、あのボタンになりたい。

 糸でグルグル巻きにして止められた後、アカネさんのおっぱいを毎日押し付けられるんだ。


「予想外だったわ。本当にベルの言うとおりね。う~ん、おいしいわ~」


 アカネさんはなめらかプリンに夢中だ。

 僕はアカネさんが装着している、2つのなめらかプリンに夢中だ。

 だが、直視できない……。


 クソッ、なんてもったいないことをしているんだ。


「はぁ~、幸せ~」


「アカネさんのような美人さんに言われると嬉しいですね。ちなみに、もう1つ新作のお菓子があるんですけど、よければ食べませんか?」


「いいの?」


「2人には内緒ですよ?」


 そういって、トリュフチョコレートを手渡してあげる。


「濃厚ですから、気を付けてくださいね」


 アカネさんはクッキーのチョコで見慣れているんだろう。

 何も気にすることなく、そのまま口に入れてしまう。


 バタッ


 言ったじゃないですかー、気を付けてくださいねって。

 なんで油断しちゃったんですかね。


 パッと振り返ると、リーンベルさんは受付で『最後の見てたぞー』と言わんばかりのジト目をしていた。


 だって、悔しいじゃないですか。

 倒したくなるじゃないですか。

 幸せで倒すのが趣味なんですから、許してくださいよ。


 食べた側はおいしくて幸せ、倒した側は快感で幸せ。

 winwinの関係ですよ。


 倒れた3人を放っておいて、リーンベルさんの元へ行く。


「次はもう無理ですからね」


「わかってるよー。ごめんね、変なことに巻き込んで」


「こ、今度は起きてる時にやってくれてもいいんですよ?」


「ふ~ん。甘噛みされたいんだー。ふ~ん。頭ナデナデを要求しておいて、甘噛みもされたいんだー。ふ~ん」


 突然のふ~ん攻撃により、思わずギルドから走って逃げだしてしまった。


 リーンベルさんの心が読めない……。

 甘噛みするくらいなら脈アリじゃないのか。

 スズも両想いっていってたのに。


 この人は僕にどうしてほしいんだろうか。


 誰か、ふ~ん攻撃について詳しい専門家の人、リーンベルさんの気持ちを教えてほしい。

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