第232話:エピローグ 7-3

 祝勝会という名の立食パーティーが終わりを告げる頃、フィオナさんと国王がやって来た。


 ちょうど参加者が帰って、メイドさんが後片付けをしているところ。

 食べ過ぎたであろうイリスさんは、1人だけ椅子に座って休んでいるけど。


「さすがに疲れました~。フェンネル王国にトンカツ様が顕現されたのは王族のおかげだと言われ、感謝の言葉が絶えませんでしたよ。皆様を騙しているのことが後ろめたくて、変に気を使ってしまいました」


「何を言っておる。ワシ等のために力を使い果たしてくれたカツ丼様のためにも、今後はもっと繁栄させていかねばなるまい。次はいつお目覚めになられるかわからんが、おもてなしのできる準備だけは整えておくべきだ。最重要案件として、代々受け継いでいくことになるだろう」


「はぁ~……、余計に疲れてしまいます……」


 フィオナさん、その苦労はわかりますよ。

 ユニークスキルのことを知っている国王が、なぜか信者化しているんですからね。

 ここまで信仰心が強くなっていると、真実を伝えたら面倒くさいことになりますので、放っておきましょう。


「それにしても、まだしばらくは大きな騒ぎになりそうですね」


 フィオナさんと国王が戻ってきたとはいえ、街はトンカツ様の生誕祭で大盛り上がりだ。

 変なトラブルや揉め事を対処するべく、騎士団の警備が続いている。


「国の存亡に大きく関わる大事件でしたからね。前回のスタンピードとは、比べ物にならないほどの被害が出ていますし」


 多くの人が王都に駆け付けてくれたとはいえ、今日までに命を落とした人は多いだろう。

 籠城戦を強いられていたし、大量の強化されたスケルトンが昼夜問わず襲い続けてきたから。

 帝国が滅んでしまった以上、怒りをぶつける相手もいない。


「被害は少ない方。大勢の人が生き延びた」


「確かにそうですが、王族としては納得いかない部分もあるのです。それで……今日は随分とタツヤさんとの距離が近いようですが、何かありましたか?」


「……別に」


 相変わらずベッタリと体をくっつけてくるスズは、いつもと全然違う。

 実際に大きく関係が発展したかと言われれば、本当に何もないけど。

 僕の財産が吹き飛んでしまっただけだからね。


 ちなみに、会議にいなかったフィオナさんの好感度は、寄付金のことを知った時に上昇すること間違いなしだ。

 あえて、自分から伝えることはしないけどね。

 こういうのは第三者の口から聞いてこそ、好感度が上昇するというものだから。


 忘れかけていた頃に好感度が上昇するという、恋の罠である。


 随分と僕も大人の恋愛テクを使うようになったよね。

 金で解決している辺りが、1番大人っぽいと思うけど。


「あー、なるほど。わかりました。イリス様に取られないようにしているのですね。よく見張っておかないと、タツヤさんはすぐに浮気してしまいますから」


 国王の前で言うのはやめてくださいよ。

 仮にも義理の父親になるんです。

 もっとも耳に入ってほしくない情報ですからね。


「そうだ、フィオナさん用にピザトーストを作っておいたんですよ。ずっとスピーチしてましたから、まだ何も食べていないですよね?」


「お腹ペコペコです~。もっと早く抜け出せると思っていましたので、途中から頭も回っていませんでした」


 嫌な会話の流れを断ち切ることに成功した。


「お疲れ様です。国王様も食べたことはないと思いますので、ご一緒に試食をされてはいかがですか? バジル村で取れるものを使っているんですけど、生産量が減ってしまって、困っているんですよね。今後は食べられなくなるかもしれません」


 さりげなくチーズをプレゼンするため、フィオナさんと国王にピザトーストを手渡す。


 チーズ好きのフィオナさんがおいしそうにパクリッと食べる中、国王は早くも香りにやられていた。

 勇気をもって一口食べると、止まるはずもない。


 ジャンキーな食事が大好きな国王にとって、チーズとは神のような存在でもある。


「オヤッサン、チーズの革命は止まらない」


 スズが自慢気にしていたので、なんとなく出番だと思い、チーズバーガーとチーズホットドッグを皿に取り出す。


 食い入るように国王が見る中、遠くから猛ダッシュでイリスさんも近付いてきた。

 それを見て、イリスさんが残っていた本当の理由に気付く。


 1つは、僕が他にも新しい料理を持っているのではないか、という疑問を解消するため。

 全てを知り尽くしているような知的さを持つイリスさんでも、料理はサッパリわからないらしい。

 小柄のため、多くの料理を食べられずに悔しい思いをしていることもあるだろう。


 2つ目は、残り物をお持ち帰りしたい、という欲望を止められないんだと思う。

 誰もが満足して帰っていったこともあり、冒険者ギルドの統括であるイリスさんが、堂々と持ち帰ることはできない。

 人がいなくなった隙を見て、バレずに持ち帰ろうと休んでいるフリをしていたんだ。


 これには、すでにカレーを渡してしまった僕の影響もあると思う。


「なんですの、この暴力的な見た目は! おいしいんですの? どんな味がしますの?」


 チーズの見た目にやられたイリスさんは、我を忘れてしまっている。

 誰よりも知的で冷静沈着な彼女はいま、必死の形相でチーズの感想をフィオナさんに求めていた。


「見た目通りの濃厚な味ですよ」


「もっと詳しく教えなさいな」


「そうは言いましても、チーズはチーズですから。食べられてはいかがですか?」


「お腹がいっぱいですの!」


「大丈夫ですよ、チーズは別腹ですから」


「何を言ってますの! 別腹には甘いもの以外入りませんわ」


 チーズ好きのフィオナさんに正論は通じない。

 首を傾げられたことで、イリスさんはイライラしている。


 一方、国王は違った。

 ピザトーストを食べきり、一杯の水を飲み干した。


「……損失だ、これは人類の損失だ! すぐにバジル村を全面的に国でバックアップしなければならない」


 予想通りの展開になってくれて嬉しいよ。

 財政難で苦しんでいるとはいえ、チーズの生産者がいなくなるのは寂しい。


「もしバジル村を視察するのであれば、アトリーナさんというおばあちゃんを訪ねてください。一家でチーズ屋さんをしていて、色々詳しそうでしたので」


「よし、すぐにプリンを食べながら会議を開く」


 そう言った国王は、チーズホットドッグを持って部屋を後にした。


 僕はプリンを作っていないから、いつの間にか料理長がプリンまで開発して作っていたらしい。

 本当に……恐ろしい料理センスをしている、料理長。


 会議を開くといっても、国王達が良い案を生み出すとは思えない。

 彼は民衆から支持されているけど、国王らしいところを見たことがないからね。

 このまま任せておくには、不安が残る。


 でも、ここには本物の天才、イリスさんがいる。

 幸いなことに、キャラを忘れるくらいチーズに興味を持っているし、料理に興味津々だ。

 手を貸してもらう以外に道はない。


 イリスさんが無我夢中でフィオナさんに詰め寄る中、僕は紙とペンを取り出して、スラスラと文字を書いていく。

 書き終えると同時に、アイテムボックスからアイスを取り出して、イリスさんに差し出した。


「フェンネル王国の料理長も知らない、新作デザートになります。暑い砂漠地帯で販売されれば、世界がガラッと変わるような生活になるでしょうね。ちょうどレシピが手元にあるんですけど、どうされますか?」


 不意に声をかけられたイリスさんは、大きく咳払いをした。

 顔を赤く染める彼女は、きっとこう思っただろう。


 他国の王女に詰め寄ってしまうなんて、失礼なことをしてしまいましたわ。

 デザートでも食べて、いったん落ち着くのよ、イリス。

 甘いものは別腹ですから、食べても問題ありません、と。


 スプーンで一口サイズにした後、イリスさんはお淑やかに口へ運んでいく。

 思っていたより冷たかったのか、ビクッとした後、口の中にあるアイスが溶けるまで、ジッと手元のアイスを見つめていた。


「わたくしに取引を持ち掛けるなんて、良い性格をしてますわね。1つだけ言っておきますが、これは冒険者ギルドの利益を尊重した結果ですのよ」


 パシッとアイスのレシピを受け取ったイリスさんは、ゆっくりと部屋を後にした。

 おいしそうにアイスを食べながら、メイドさんに会議室の案内を頼んでいたから、後は任せておこう。


 これでチーズの生産量が増え、黒字経営になることは間違いない。

 彼女は会議室で、未知のデザートであるプリンとも出会うからね。

 僕としては、フィオナさんと一緒においしく食べられるチーズが確保できれば、それで問題ないよ。


「から揚げ食べたい」


 このタイミングで、から揚げをねだられるとは思っていなかったよ。

 さすがスズ、ホロホロ鳥が大好きだね。

 でも安心してほしい、僕のアイテムボックスにはいつでも出来立てのから揚げが……ない。


「ごめんね、すぐ作るからちょっと待ってて」


 付き人として、あるまじき大失態だった。

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