第233話:エピローグ 7-4
- 翌日 -
「帝国に悪夢をもたらした闇の力を使いし者は、エルフ族に伝わる聖水の力で浄化された。ワシ等はトンカツ様の力だけでなく、エルフ族の力も借りて勝利できたことを、決して忘れてはならない。そして、ここにいるのが、人族とエルフ族を結ぶ使者となり、聖水の力で戦いに終止符をうった『醤油のタツヤ』である」
割れんばかりの大歓声を受け、僕は混乱していた。
何も聞かされることなく大勢の人の前に連れてこられ、二つ名が醤油になっていたからである。
いったいどうしてこうなってしまったんだろうか……。
話の内容からいって、ダークエルフにトドメを刺した醤油が聖水と思われたに違いない。
大勢の人が醤油まみれのダークエルフを目撃していたし、あの瞬間にドラゴンゾンビの群れは浄化されるように消えていったから。
「数ヵ月前に王都が襲撃されたスタンピードで、彼が活躍したのは記憶に新しいだろう。その頃から彼が主導となり、我が国では料理文化が急速に発展し、醤油を始めとするエルフが発明した調味料の恩恵を受けていた。そう、偉大なるエルフ族の神、トリュフ神が彼を使者に指名し、カツ丼様とコンタクトを取り続けていたのだ」
国王の話が読めてこなくなったため、近くにいたイリスさんの元へこっそり近寄っていく。
「昨日の会議で何を話してたんですか? 僕は国王にあんなことを話してないんですけど」
「あなた、今まで随分と適当に話してきたのではありませんの? そのツケが回ってきただけですわ。念のために言っておきますけど、わたくしは矛盾の出ないように取り繕っただけですの。闇雲に神を作っていると、そのうちバチが当たりますわよ」
なるほど、そうことだったのか。
イリスさんがフォローしてくれたのなら、悪い風にはならないと思う。
昨日はお持ち帰り用のカレーを渡したし、僕を陥れるつもりもないはず。
調味料の出所は僕だと理解しているからね。
「気を付けたいとは思っているんですけど、スキルの効果を広めたくなかったんですよ。スズにも止められていましたし。それなのに、ハードな敵と戦う機会しかなくて、適当に誤魔化さないと生き残れなかったんです」
「運が良いのか悪いのか、わからない人ですわ。それで、本当によかったですの? 段階的にエルフ族が移住する、という話。どうせエルフ族の許可を取っていないのではありませんの?」
昨日の異世界トップ会談の中で、スズの好感度を上げるために、エルフ族が移住したいという話をしておいた。
心優しくて正義感の強いスズなら、フェンネル王国の片隅に追いやられているエルフ達を不憫に感じただろう。
かつてのように各地の森でゆったりと暮らしてほしいと、スズは考えているに違いない。
付き人の僕が言うんだから、間違いないよ。
ただし、街の中でエルフのお姉さんを見てみたいという僕の欲望が働き、街で暮らしてもらうつもりだ。
仮に各地の森で暮らすことになったとしても、人族と交流するという名目で、気軽に訪れてもらう作戦もある。
「そっちは心配しないでください。エルフ族に顔が利くのは本当ですし、受け入れることは間違いないですから。幸いなことに醤油の出所がエルフになりましたし、今後は人族も積極的に友好関係を築きたくなるでしょう。昨日のカレーもそうですが、ソースという調味料の調合もエルフ族に任せていますからね」
「やっぱりよくわからない人ですわね。詳しく知らない調味料を作り出して、誰も知らない料理を作り出す子供。まったく、扱いに困りますわ」
さすがに別世界からやって来た、という考えにはならないですよね。
知的キャラな人ほど、物事を理論的に考える傾向があるから。
仮に言ったとしても、バカにされている思うだけだろう。
「それはそうと、これが終わったら、火猫と冒険者ギルドに顔を出しなさいな」
「もしかして、今回の報奨金ですか? 寄付した手前、もらうわけにもいかないと思うんですが……」
「違いますわ、二人とも冒険者ランクを1つ上げますの。王都のギルドマスターが安静中ですので、わたくしが書類を作りますわ」
「そっちですか。スズはともかく、僕は上げないでもらえると助かるんですけど。有名になってしまうと、単独行動をしたときに駆り出されそうなので」
滅多にスズと離れることはないと思う。
でも、カツ丼様と僕を比較した時、カツ丼様を優先した過去がある。
「あれだけ大勢の人が目撃した以上、上げないわけにはいきませんの。あなたは知らないと思いますけど、巨大ワーム討伐後に反感を買いましたのよ。Aランク冒険者達が束になって倒せなかったのに、なぜ彼がCランクなのかと」
言葉だけ聞けば正論ですね。
完全に過大評価ですが。
「さすがに今回も昇格なしになると、わたくしの立場がありませんわ。これからは火猫と安全な冒険者ライフを心掛けることですわね。もしあなたに何かあったときは、パーティメンバーがバッシングされることをお忘れなく。軽く考えているようですけど、食文化の発展は偉大なことですのよ」
「そうですね、今までの経験を踏まえれば、なんとなくわかります。昨日のカレーの皿は獣人達が全員舐めてましたし、今日も厨房はフル回転でしたから。いつまでトンカツ様の生誕祭をやるつもり……イリスさん?」
いきなり挙動不審になるイリスさんの姿を見て、僕は悟った。
昨日持ち帰ったカレーを朝食べて、器についたカレーを舐めてしまったんだと。
「ま、まぁ、皿を洗う手間が減っていいんではありませんの?」
人の舐めた皿は、入念に洗うと思いますよ。
誰にも言いませんから、少しは落ち着いてください。
長々と続いた中身のない国王のスピーチが終わると、僕の出番は終わりのようだった。
今後のエルフ族との関係と、僕が使者になったことを知らせるのがメインだったんだろう。
カツ丼様の名前も出たから、変なことにはならないと思う。
僕もこの場を後にしようとすると、スズが無駄にでしゃばってしまう。
いつもの中二病用のマントを付けて、スピーチを始めたんだ。
火猫ブランドが浸透しているだけでなく、見た目の可愛さから人気のスズのスピーチにケチをつける者はいない。
今回の戦いでも活躍したためか、冒険者代表のような風格がある。
話の内容は、獣人国がすでに信仰しているカツ丼教についてだ。
フェンネル王国も国教にするべきだと強く訴えている。
心配しなくても、もう国教みたいなものなのにね。
無駄に長かったスズのスピーチが終わると、僕達は冒険者ギルドへ足を運んだ。
当然、道中は大きな注目を浴びたよ。
「火猫と醤油だ」
「あれが噂の聖水使いの醤油か」
「俺は最初からやる男だと思ってたよ、醤油のやつはな」
二つ名が付いてしまったことで、誰も僕の名前を呼んでくれなくなってしまった。
まるで醤油が擬人化したように、僕のことを醤油と呼んでくる。
醤油戦士としては、大変複雑な気持ちである。
スズの後についてギルドの中へ入っていくと、街がお祭り騒ぎのため、人が少ない。
イリスさんとエステルさんという異色の組み合わせで、冒険者カウンターで話し込んでいた。
「魔物の動きがわからない以上、深追いはできませんわ。フェンネル王国の騎士団も疲労困憊ですの。冒険者達が長旅をしていることも忘れては行けませんわ」
「わかっている、恩に着る」
「構いませんわ、フェンネル王国も冒険者ギルドも利益を求めて決断していますの。帝国側に出すものを出してもらえば、わたくし達は納得しますわ」
どうやら帝国に生き残っている人がいないか、エステルさんが調査協力をしたようだ。
昨日は随分と優しい印象があったけど、イリスさんも国王も鬼みたいな心をしているな。
帝国が滅んでいる可能性が高いのに、金銭を要求するなんて。
カッコつけてモテたかっただけの僕が言える立場じゃないかもしれないけど、さすがにエステルさんが可哀想だ。
民も国も全て失った人に、何を求めてるんだよ。
「可能な限り早く渡せるように、私もしっかり畑を耕そう。ドワーフにも手伝ってもらえば、トマトもチーズもすぐにできるはずだ」
「大豆も忘れないでくださいな。砂漠で作物を作り出すのは大変ですのよ。まさか、味噌と醤油が大豆からできているなんて……」
「安心してくれ。今後は過去の罪を償い、立派な野菜帝国を築いてみせる。城が壊れてなければ、米の備蓄だけでも随分あるぞ」
「米はカツ丼に必須ですわ! これは冒険者総出の緊急案件になりそうですわね」
なんか……疑ってすいませんでした。
人の命も関わっているようですし、早めに行動した方がいいと思いますよ。
魔物が荒らしている可能性もありますからね。
あと、人助けを優先するスズを前にして、そういう話は控えてください。
命の重みを理解している彼女からすれば、野菜を優先しているように感じてしまいますから。
当然、そんな話を聞いてしまったスズは、凛とした表情で2人の間に入る。
「意外にキャベツはいっぱい必要。タマネギの消費も大きい。彩りを意識してニンジンを使うこともある」
「ど、どういうことですの?! もう少し詳しく……」
お願いだよ、スズ。
いつものように人命救助を優先してくれ。
火猫ブランドに大きな傷が付いてしまうぞ。
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