第234話:エピローグ 7-5
- 1週間後 -
僕はまだ、フェンネル王国の王都からフリージアへ帰れないでいた。
いくつもの理由が重なり、滞在を余儀なくされているんだ。
1つ目は、カツ丼様の生誕祭が終わらないこと。
夜遅くまでカツ丼の舞を捧げる熱心なカツ丼の信者達は、カツ丼を食べて全力で感謝の思いを伝えている。
獣人達も加わることで、異種族で交流が行われるのは良いことだと思う。
率先している者が国王と獣王という変態のため、いつまで経っても終わらないということもあるけど。
なお、毎日お祭り騒ぎをしているので、調味料の生産に限界が来ていた。
調味料の無尽蔵製造機である僕の活躍は、とても大きな貢献をしていると思う。
2つ目は、『醤油』の二つ名による弊害だ。
ダークエルフを醤油で討ち取った事実を大勢の人が見ていたため、誇張されて醤油の噂が広まっている。
国王の口から、醤油を聖水と発表したことも大きい。
己の邪気を払いたいのか、幸運になれると思っているのかわからないけど、僕を見付けると無駄に近寄ってくるんだ。
外に出ただけで芸能人のように囲まれる姿は、王女のフィオナさんよりも人気があるといっても過言ではない。
その結果、揉みくちゃにされて即死する可能性が出てきた。
何と言っても、僕はゴブリンよりも弱いからね。
だから、無闇に外へ出られない。
3つ目は、王都からフィオナさんが離れることが発表されたから。
元々フィオナさんは僕の家に住んでいたけど、フェンネル王国の民は誰もその事実を知らない。
今回、国王の口から「エルフ族と友好的な関係を築くため、フリージアへ移住する」ということが発表された。
カツ丼の巫女様のような扱いを受けていたことから、信者達に「カツ丼様は王都を見捨てられたのか?」と、不安にさせてしまったんだ。
その誤解を解くために、国王と獣王が積極的にカツ丼様の生誕祭を頑張っていることもある。
ちなみに、エルフ族の使者である僕の家に、フィオナさんが滞在することも発表された。
トリュフ神がフェンネル王国を救い、エルフ族から調味料が伝わってきたと国王がスピーチした影響は大きい。
速やかにエルフ族との関係を深めるため、誰も反発するようなことはなかった。
世界最速でSランク冒険者になった、火猫のスズが同じパーティメンバーにいることもあるだろう。
いっそのこと、婚約者として発表してほしかったけど。
そんなこんなで、僕とフィオナさんが外に出れば大騒ぎになってしまうため、フリージアへ戻ることができないんだ。
料理を作る以外は、甘い時間を過ごしているけどね。
特に夜は、3人で一緒のベッドに寝るほど仲睦まじい日々が続いている。
甘えん坊のフィオナさんは、ボディタッチが増えているんだ。
手を繋いで眠るだけだった日々はなくなり、頬を優しく撫でてくれるようになった。
キスされるんじゃないかとドキドキしているけど、そこからの発展は全くない。
停滞していた恋が動き始めたことを感じ、僕の期待は高まっているよ。
いつも足元に寝ていたスズにも変化があって、僕の頭の上で寝るようになった。
正確に言えば、体を丸めた状態で僕の頭を枕にするように、スズが頭を乗せて寝ているんだ。
意外に頭って固いから、スズがゴリゴリ頭蓋骨をぶつけるように動いてけっこう痛い。
多分、スズは頭をスリスリして甘えているような気持ちなんだと思うけど、ちょっと迷惑だよ。
不意を突いて耳を甘噛みしてくるから、いつ噛んでくれるのかわからないワクワク感が生まれているけどね。
2人と一緒に過ごす甘い日々はとても素晴らしいものだと思う。
でも、僕くらいの恋愛虚弱体質になってくると、恋の病が頻繁に発動してしまうんだ。
リーンベルさんの笑顔が見たい。
リーンベルさんに餌付けしたい。
リーンベルさんに弄ばれたい。
こんな時にクンカクンカをされていたら、少しは変わっていたのかもしれない。
でも、シロップさんは一時的に
冒険者ギルドの統括、イリスさんによる緊急招集が行われたんだ。
帝国の領土に牽制をかけていたドワーフ達と連絡が取れると、僅かに生き残りがいると判明。
全ての冒険者に緊急招集をかけ、エステルさんとフェンネル王国の第4騎士団を率いて、帝国へ向かっていった。
僕とスズが免除されたのは、寄付金による影響だ。
イリスさんが「お人好しのあなた達は邪魔ですの」と、一蹴されてしまったから。
気を使ったわけでもなく、本当に邪魔だったんだと思うよ。
道中、野菜や穀物も一緒に回収するつもりなんだろうね。
場合によっては、そのまま畑を耕してくることも考えられる。
シロップさんと離れるのは辛いことだけど、帝国内の魔物も活発化するだろうから、仕方ないことだ。
別れ際に「帰ったらカレーがいいな~」と言われたし、早めに帰ってくることは間違いない。
最高のクンカクンカをされるため、ニンジンのペーストを混ぜ込んだ、ニンジンカレーを作っておこうと思う。
このままだと本当に帰れないと思いつつも、今はフィオナさんの部屋で優雅にお茶会をしているよ。
スズとフィオナさんと3人でクッキーを食べるのが、最近の日課なんだ。
メイドさんがおしゃれなカップに紅茶を入れてくれるし、貴族っぽい生活になっている。
そこへコンコンッとドアノックをして、王妃様がやって来た。
元祖常識人であり、母性の塊である僕の義母……になる予定の人。
「私がバジル村へ騎士団と視察に行くことになりましたので、ご一緒しませんか? まだ若いですが、サラも今後の勉強のために連れて行こうかと」
そういえば、王妃様とフィオナさんの妹のサラちゃんにもチーズバーガーを渡したっけ。
いつもと同じように喜んでくれてたけど、2人とも好きな味だったのかな。
「僕達は構いませんけど、王都から離れられないんですよね。カツ丼様が眠りに付いた影響が大きいですし、大勢の人に囲まれてしまいますので」
「心配いりません、出発時間は本日の深夜2時を予定しておりますから。太陽の出ている時刻に出発すると民が混乱しますので、寝静まった後に街を離れるのです。その後、大きな騒動が起こったとしても、私達が多くのチーズを持ち帰ってくれば治まると思いますよ」
常識人の王妃様が言うなら間違いないと思いますけど、本当に大丈夫かな。
まぁ、いつまでも王都に滞在を続けるよりはいいよね。
何かあったとしても、国王と騎士団が頑張ってくれるだろう。
1番行きたそうな国王が留守番なのは、ちょっと可哀想だけど。
「わかりました。では、サラちゃんにも伝えておいてもらってもよろしいですか?」
「えぇ、もちろんです。もうすでに仮眠を取り始めていますので、準備は万全ですよ」
優しい笑みを浮かべて部屋を去っていく王妃様の背中を見て、僕は少し心配になった。
王妃様の心の中に、チーズ神が目覚め始めていないかと。
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