第235話:エピローグ 7-6
- 7日後 -
無事にフリージアへたどり着くと、王妃様達と別行動になる。
まさか料理長まで連れてくるほど、ガチだとは思わなかったよ。
第2騎士団が護衛に付いているから、無事にバジル村の視察は終わると思うけど。
ちなみに、王妃様とサラちゃんは初めての視察らしい。
どれだけ2人がチーズを好きになったのか、ハッキリとわかったよ。
フィオナさんも異常にチーズが好きだから、もはや王族の遺伝子にチーズ好きが組み込まれているに違いない。
チーズ屋のアトリーナさん、王妃様にビックリして死なないといいんだけど。
入れ歯をした高齢のお婆ちゃんだったから、少し心配だよ。
1週間も続いたチーズ料理で胃が持たれる中、僕の胸は高鳴っていた。
久しぶりにフリージアへ戻ってきて、リーンベルさんに会えるから。
家へ帰ってもフィオナさんの護衛役がいなくなるため、3人でギルドへ歩き進めていくと、道中で大きな騒ぎになり始めた。
王都で発表があったこともあり、僕とフィオナさんの影響がフリージアにも出ているんだろう。
この街出身のスズがSランク冒険者に昇格した影響もあると思う。
「おい、飯テロの兄貴が帰って来たぞ」
「マジかよ、飯テロの兄貴を見ると、腹が減って食費を倍近く使っちまうんだよな」
「夜は絶対に家の前を通るなよ。まだ新作を溜め込んでいるらしいぞ」
ごめん、僕が原因だった。
フリージアでカエル討伐をしたことで『兄貴』と呼ばれるようになり、焼き鳥やチーズ料理で香りをばら撒いたことで『飯テロ』というあだ名が付いたんだろう。
その結果、『飯テロの兄貴』という謎の存在になっている。
よく考えれば、クッキーもいっぱい焼いてたからな。
随分と香りが周囲に拡散していたようだ。
肩身の狭い思いをしたまま、冒険者ギルドへたどり着いた。
そっと扉を開けた瞬間、ギルドの異変に気付く。
漆黒の闇がギルドに満ち溢れ、絶望の淵へと追いやられるような雰囲気。
受付を見ると、1人の女性から闇が大量生産されていることに気付く。
堕天使……リーンベルさんだ。
どうしよう、まだ何もしていないと思うんだけど、怒られるような雰囲気しかない。
会う前からこんなに怒っているなんて、どうすることもできないぞ。
「これはダメ、逃げた方が怖い。タツヤ、先に行ってほしい」
「そ、そうです、ここは男らしいタツヤさんが先陣を切っていくべきです」
「待ってくださいよ、生け贄はやめてください。あっ、ちょっと、2人とも押さないでよ。やだ、僕はまだ死にたくない」
ダークエルフよりも不気味な堕天使に近付いていくと、獲物を捕らえるように目を合わせてきた。
ニコニコした不敵な笑みを浮かべるリーンベルさんに、自然に背筋がビシッと伸び、何もできずに固まってしまう。
「タツヤく~ん、ギルドカード出してみようか。Bランクになったんだってねー。お姉ちゃん、ちょっと見てみたいなー」
終わった……、怒られる対象者は僕だ。
スズとフィオナさんの安堵するような溜め息が羨ましい。
今のリーンベルさんを怒らせるわけにはいかないため、「すいません」と言ってギルドカードを手渡す。
「ねぇ、Bランク冒険者の最速記録と最年少記録を持った女の子、なんて言う名前か知ってる? スから始まって、ズで終わる子なんだけどね。どうしてその子よりも、1年以上早く記録を更新しちゃったのかなー? お姉ちゃん、詳しく聞いてみたいなー」
あそこまで圧倒的な活躍と知名度を誇っているスズよりも早く、Bランクへ昇格してしまったのか。
この間Cランクになったばかりということもあるし、怒られることは回避不能だな。
よし、助かることを諦めよう。
震える手足が自然と折れ曲がっていき、気が付けば土下座の体制をとっていく。
ダンゴムシのように縮こまる僕は、ステータスにふさわしいザコのような存在になっただろう。
「スズー、お姉ちゃんは聞いちゃったよー。首謀者のダークエルフを無謀にも1人で押さえ込んで、お腹に傷を負ったんだってねー?」
これほどの歴史に残る大事件は、随分と詳細が詳しく出回るみたいだ。
現場にいたイリスさんが情報共有のため、ギルド内へ連絡しているだけかもしれないけど。
どちらにしても、スズもターゲットになっていたことは明確である。
「お、お姉ちゃん、で、でもね? もっといっぱい魔物がいて、だ、誰も他に……」
「えーーー?! なーにー、スズ? お姉ちゃん、詳しく聞こえないなー。まさか、仕方がないなんて言わないよね? 命を失ったら、お姉ちゃんは1人ぼっちになっちゃうだもん。無理なこと、しないよね?」
反論を試みたスズの心が折れるのは早かった。
僕の横で土下座するダンゴムシ仲間になってしまう。
正直、反論しないでほしかった。
リーンベルさんの怒りレベルが3倍近く膨れ上がった気がする。
当然、ギルド内にいた冒険者や依頼主全員が逃げていく音が聞こえてきた。
なんだったら、アカネさんやマールさんも逃げた音がしたよ。
ここまで来ると、僕とスズの頼みの綱はフィオナさんしかいない。
王女である彼女がリーンベルさんをなだめてくれれば、我が家でいっぱいイチャイチャできる時間が生まれる。
王妃様とサラちゃんの前だったから、1週間も膝の上に座らせてもらえなかった。
甘い時間を楽しむために、お願いだから立ち上がってほしい。
「べ、ベルちゃん」
さすがフィオナさん!
両想いの僕の気持ちを理解してくれたに違いない。
頑張ってリーンベルさんをなだめてくれ!
「フィオちゃ~ん? ねぇ、どうしてドワーフに捕まっちゃったの? ダメだよね、危険だったよね、危なかったよね? 聞かせてほしいな、どうしてそうなったのか。お姉ちゃんにゆっくりと話してみよっか?」
フィオナさんの土下座も早かった。
スズの反論を見て、逆らってはいけないと判断したんだろう。
まさかドワーフに捕まっていた情報まで流れていたとは。
これはもう、3人とも言い逃れができない。
なお、王女様であるフィオナさんが土下座したのは、生まれて初めてのことだと思う。
一介の受付嬢がそんなことをさせてもいいのか、と思うかもしれないけど、堕天使リーンベルさんに逆らえる者はいない。
晴れていたフリージアに通り雨が降り始めると、すぐにゴロゴロと雷の音が鳴り始めた。
以前、台風のような大嵐をコロッケの大食いで跳ね返した、堕天使リーンベルさんの追加属性だろう。
怒りのパワーで天を支配し、恐怖が倍増してしまう恐ろしい能力である。
静寂に包まれるギルド内で、リーンベルさんが1歩ずつ近付いてくると、呼応するように雨音も強くなっていく。
リーンベルさんの心を表すような天気に、ダンゴムシである僕達はどうすることもできない。
「無理はしちゃダメだよって、お姉ちゃんは言わなかったかなー? 無茶なことはしないって、お姉ちゃんと約束したんじゃなかったのかな?」
僕は思った、雷がいつ落ちるるかわからない恐怖を感じ続けるより、早く放電させてしまおうと。
避雷針になって雷を受け止め、機嫌を取れるから揚げを作って帰りを待っていようと。
「ごめんなさい、ダークエルフにトドメを刺しました」
今までに聞いたこともない雷が、ズドーーーンッ! と辺りに鳴り響いた。
「どうしてそんなことしたの!! あなた達は命を何回失くす機会があったかわかってるの!? だいたいドワーフの交渉に少人数で行くってどういうわけ?! 戦争前の鎖国国家に王女を含めた少人数でいけば、捕まるなんて当然のことでしょ!!」
「「「ごめんなさい」」」
リーンベルさんのただのド正論に、普通に言い返すことができなかった。
- 3時間後 -
「もう、みんな無茶なことばかりするんだから。ダメだよ、ちゃんと気を付けないと」
「「「は、はい」」」
ほ、本当に気を付けないといけませんね。
毎回こんな説教はされたくないので。
初めてのフィオナさんなんて、まだ震えが止まってませんからね。
自分の国の王女になんてことをしてるんですか。
も、文句ではないです……けどね。
だ、だから、怒らないでください。
「そういえば、みんないなくなっちゃったね。アカネ先輩もマールもダメだなー。誰もいないからって、休憩室で仕事サボっちゃうなんて」
リーンベルさんが奥へ2人を呼びに行った時、僕達の心は1つだった。
猛ダッシュしてギルドを離れ、我が家へ帰っていく。
今日の夜ごはんは大量に用意しなければならないと思いながら……。
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