第231話:エピローグ 7-2
城の外では、トンカツ様の生誕祭が大々的に行われている。
健常者であるフィオナさんを中心としているため、何かトラブルが起こることもないだろう。
彼女はいま、トンカツ様の巫女のような存在だからね。
ダークエルフとの戦いで戦果をあげた者達は、街にいない。
城の一部が解放され、バイキング形式の立食パーティーを行っているから。
頑張って魔物と戦い抜いた者達は、優先的に食事をしてほしいという計らいでもあった。
現場で料理人として働く、僕だけは別として。
ダークエルフにトドメを刺した僕が料理をしているところを見て、最初は誰もが気を使ってくれた。
格上の強そうな冒険者が「どうされたんですか?」と聞いてきたり、
獣人達が「親分、何してるドン」と言ってきたり、
リリアさんが「カツカレー」と注文してきたり。
でも、長く持つはずがない。
ここには、さっきまで料理人が作りまくっていた、トンカツ、カツサンド、カツ丼が並べられているから。
カツばかりだけど、揚げ物を見たことがない冒険者達にとっては、衝撃的な光景なんだ。
「おい、これは食い物でいいのか?」
「これがカツ丼様を世に知らしめた……カツ丼!」
「ホットドッグの衝撃を軽く超えてくるんじゃねえよ……」
食べ始めた冒険者達は、感動のあまり泣いている者もいれば、おいしくて一瞬で倒れる者もいる。
なんだったら、トンカツを見た瞬間に倒れる者まで何人もいた。
獣人国で獣人達は食べたことあるため、そんな行動をする者はいない。
だが、ここには僕がさっきまで作っていたオーク肉の角煮も並んでいる。
そのため、獣人達の暴走も早い。
「と、溶けるドンッ!」
「やわ、やわらヒヒーン!」
「飲む肉ワン!」
「カレーないかな~」
なお、頑なにカレーを求めているのは、リリアさんとシロップさんである。
きっと空前のカレーブームが不死鳥の中で起きているんだろう。
仕方ないので、4つの業務用鍋で大量にカレーを作り始める。スズと一緒に。
そう、僕の傍ではスズがベッタリとくっついている。
乙女のように表情をトロンッとさせ、優しく腰に手を回してくる姿は、今までと雰囲気が少し違う。
おそらく、好感度が上限突破してしまった影響だろう。
醤油財閥の全ての金をつぎ込んで、フェンネル王国に寄付した甲斐があったよ。
スズも僕も無一文だけど、幸いなことに家と食料はある。
幸せを噛み締めながら、ゆっくり稼いで生計を立てていけばいい。
そんな火猫の愛らしい姿を見れば、冒険者達の雰囲気も変わってくる。
気を使ってくれていたはずなのに、『料理でもして爆発しろ、リア充め』みたいな雰囲気になっているからね。
ごめんね、もうすでに心臓は何度も爆発しているよ。
甘えてくるスズさんに勝てるほど、僕の心臓は強くないんだ。
心臓が爆発しても生きている、ハイエルフってそういう生き物なんだよ。
鼻歌まじりにカレーを作っていると、そろそろっと近付いて来る者がいる。
どこかで見たことあるなと思っていたら、「カエルの兄貴」と声をかけられた。
誰かと思えば、砂漠の国で解体の順番抜かしをして怒られていた、3人組。
水着美女の誘惑にまけて、巨大ワームの噛ませ犬という不本意な役目を受けた、お調子者達だ。
特に深い付き合いではないため、会釈をして誤魔化した。
大人の対応とは大事なものである。
内緒だけど、本当は男に興味がないだけさ。
だが、時には興味がないからこそ、男と言葉を交わす必要もある。
「タッきゅん、タッきゅん……ン~~~、バッ!」
いないいないばあ! で登場する屁こき神、トーマスさんだ。
大きな戦いも終わり、無駄にテンションが高い。
いや、いつものことか。
「忙しいので、向こうに行ってもらっていいですか?」
「照れ屋さん……メッ! おじさんをからかっていると、つまみ食いしちゃうゾッ」
「本当にやめてください」
見えない壁を作って距離を取っていると、トーマスさんの後ろから、カツサンドを持つイリスさんが近付いてきた。
「トーマスは向こうで食べてきなさいな。邪魔をすると、他の冒険者達に怒られますわよ」
「ハッハッハッ、イリスきゅんは面白いことを言うね! どう見てもマブダチのタッきゅんは喜んでいるよ」
「喜んでいませんよ」
「ほらっ、そういうところだゾッ。本当に素直じゃないね、ハッハッハ」
どういう風に解釈すれば、ここまで勘違いできるのかわからない。
こんなにも嫌悪感を出してストレートに感情をぶつけているのに、一向に嫌われる気配がないんだ。
恐ろしいほどポジティブ過ぎて、僕には対処できないよ。
高笑いしながら離れていくトーマスさんに安堵して、スキルでカレーのルーを作り出し、ボトボト入れて溶かしていく。
「まったく……、あなたはもう少しうまくやれませんの? これだけの香辛料を贅沢に使うなんて、普通では考えられませんわよ。誰も疑問に思わないことが不思議で仕方ありませんわ」
ユニークスキルで作っていることを完全に理解しているイリスさんは、呆れ果てていた。
もっと注意してスキルを使わないとユニークスキル持ちだとバレてしまうという、適切なアドバイスをくれた。
僕の身が危険に及ばないように心配してくれる優しい女性だと、普通なら誰もが思うだろう。
しかし、覗き込むようにカレーの鍋を凝視し、僕の顔を見ることもなく話すイリスさんは、少し違った意見を持っていると感じ取れる。
自分がお腹いっぱいでこれ以上食べられないから、カレーを出してほしくなかった、とね。
「大丈夫ですよ、冷めても温めればおいしく食べられますので。カツサンドも無理に食べなくていいですよ。一緒に持ち帰って、明日の朝にでも食べてください」
「な、何をおっしゃってますの。まだまだ食べられますわよ。ぜ、ぜ、ぜ、全然お腹には余裕がありますわ」
こんなに焦るイリスさんを見るのは始めてだ。
顔を真っ赤にしただけでなく、食べかけのカツサンドを無理やり頬張る姿に説得力はない。
お腹がいっぱいでなかなか飲み込めていないところを見ると、やせ我慢もいいところである。
そんな中、早くもカレーを食べようと並び始める者がいる。
立食パーティーのトンカツを持参し、真剣な表情をする不死鳥の3人とシロップさんだ。
大人しく並ばないともらえないと思っているのか、無駄にマナーだけは良い。
辺りに香りが広がり始めると、エステルさんとにゃんにゃんまでやって来た。
香りに気付いた獣王や獣人達も遠くから走ってくるため、カレーに行列ができることは間違いない。
「イリスさん、本当にいいんですか? 今ならお持ち帰り用のカレーをお渡ししますよ。多分、このままだと全部なくなりますけど」
「……少しだけ、お願い、しますわ」
冒険者ギルドの統括ということもあり、食事を持ち帰るのは恥ずかしかったんだろうか。
偉い立場の人間が立食パーティーの料理を持ち帰るなんて、レアケースにはなるとは思う。
大量に持っていかれるのは困るけど、1人分なら全然構わないのに。
たって、レディーファーストって大事だからね。
モテる男は女の子を優先させるのさ。
テイクアウトのカレーを受け取ったイリスさんは、とても恥ずかしそうにして、珍しくモジモジして受け取っていた。
本来、そんな可愛いイリスさんを見てしまったら、僕の心臓を鷲づかみにする事件が勃発する。
でも、今日は甘えん坊なスズが抱きついてくるから、すでに心臓が潰れているんだ。
どれだけ可愛い姿を見せてきても、今日の僕はガードが固いから落とせないよ、ごめんね。
心の中でイリスさんにマウントを取っても、頭の隅に餌付けができることをメモしておく。
どこまでも強欲な男は、隙あらば浮気を試みるのだ。
も、もちろん、スズやリーンベルさん、フィオナさんに振られないように気を付けますけどね。
今夜は良い夜が過ごせそうだなーと思いながら、律儀に待ち続ける不死鳥から順番にカレーをよそっていく。
受け取ったカイルさんとザックさんは、勝負の余韻を噛み締めるように食べ、リリアさんとシロップさんは黙々と食べ始める。
さすがに今夜は何杯も食べられないと思い、じっくりと味わっているのかもしれない。
きっと4人は、大勢の人間が参加する立食パーティーで、確実にカレーを食べるため、最初に探していたんだと思う。
そういうところは無駄に頭の回転が早いからね、不死鳥って。
当然、にゃんにゃん達の番が来れば、カレーについて問い詰められることになる。
カツ丼に迫る人気料理、いや、カツ丼を凌駕するかもしれない料理に興味津々なんだ。
でも、カレーのルーの作り方がわからないので、「一部のエルフしか知らない英知の詰め合わせだから」と、適当な理由で断っておいた。
エルフの里でいま、神の舌を持つ男が再現しているから、もう少し待っててほしい。
盗み聞きしていた獣王がコッソリとエルフのリリアさんに確認する姿を見て、本当に獣人とエルフは友好的な関係なんだなって思ったよ。
周りの獣人がリリアさんに気付き始め、どんどん囲まれていく姿は異常な光景だけど。
人族がいる場所では、エルフだとバレないように気を付けてるんだし、怒られないように気を付けてね。
本当にリリアさんは口が悪いんだから。
「ワンワンうるせえよ! もっとカレーとご飯の割合を考えて食え! おい、クソ馬! パンの上にご飯とカレーを乗せるな! サイ共! ……は普通に食ってんじゃねえか、うまいよな」
意外にリリアさんって、面倒見がいいのかな。
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