エピローグ
第230話:エピローグ 7-1
魔物の大群が押し寄せた悪夢の日々が終わりを迎え、王都に平和がやって来た。
今は民に向けて、フィオナさんが広場でスピーチをしているところだ。
ダークエルフの脅威が去ったことに対するスピーチではない。
トンカツ様の生誕祭についての案内になる。
「獣人国、およびフェンネル王国を救済してくださったトンカツ様は、永い眠りに付いてしまわれました。ですが、いつかまた目を覚まされた時に感謝の言葉を伝えるため、私達はカツ丼様のことを後世に伝えていく必要があります。決して忘れてはならないのです。カツ丼様が身を犠牲にしてくださったことで、私達が生きていることを」
トンカツ様の存在が嘘であることをフィオナさんは知っている。
しかし、多くの者が信仰する今となっては、王族よりも遥かに敬愛される対象となってしまい、寄り添わずにはいられない。
ユニークスキルを隠す目的もあるため、最善の方法だとは思う。
芝居がうますぎるのか、予想を上回るレベルで民が感動し、嗚咽を流す声が遠くまで響いていた。
それは援軍に来ていた獣人達も同じである。
すでに母国でカツ丼教を国教としているため、カツ丼様が眠られたことを悲しむ者ばかり。
もしかしたら、『カツ丼様が眠ったのは人族のせいニャ!』と責められるかと思っていたけど、「カツ丼様が決められて行動したことニャ。クロ達も元気になるように祈りを捧げるニャ」と、大人の考えをしていた。
今度余裕ができたら、串カツを教えようと思った。
当然、カツ丼の舞というロボットダンスが繰り広げられたことで、一時的に人族は混乱に陥っていたよ。
その後、恐ろしい速度で拡散され、泣きながらロボットダンスが繰り広げられたのは言うまでもないだろう。
非常に不気味な集団で、ドラゴンゾンビの群れよりも怖かったからね。
でも、砂漠から来た冒険者達はカツ丼様に馴染みがない。
冒険者達が到着したのは、最後の戦いが始まった後だったから。
……と思っていたけど、途中で雪の都アングレカムを経由したことで、タマゴサンドとホットドッグに出会っていた。
そのため、冒険者のカンが働いてしまい、気が付いたときにはカツ丼の舞をしていたよ。
イリスさんは冷たい目で眺めていたけど。
そんな大騒ぎになったことで、トンカツを大量生産する必要が出てきてしまった。
奮起した料理人達が必死になって作っているけど、いくら作っても間に合うことはない、エンドレス調理という展開。
いま王都には、人口が溢れすぎているから。
フェンネル王国の王都に住む民。
帝国との国境から避難してきた民。
援軍に駆け付けてくれた冒険者と獣人達。
人口と料理人の割合が全く合ってないんだ。
フィオナさんのスピーチが終わったら、街は食事の奪い合いが始まるだろうね。
料理人達がせっせと調理を続ける光景を、同じ調理場で僕が眺めているのには理由がある。
なぜか調理場にテーブルが置かれ、異世界トップ会談が行われているんだ。
フェンネル王国の国王。
獣人国の獣王。
冒険者ギルドが統治している砂漠の国のイリスさん。
そして、お腹の空いたスズと、会談の料理を作る僕だ。
死にかけていたとは思えないほど、スズは元気になっているよ。
ダークエルフを倒した後、大勢の人が勝利の喜びを分かち合う中、シロップさんに死にかけのスズとエステルさんを部屋に運んでもらい、雑炊を突っ込んだのは良い思い出だからね。
こっそりと後を付けていたイリスさんに見られていた時は、やられたと思ったけど。
ちなみに、帝国の第4王女であるエステルさんはいない。
フェンネル側についた彼女の功績は大きいけど、どんな理由があったとしても、帝国は敗戦国になる。
参加する権利はないと、本人が拒んでしまったんだ。
気にすることはないのになーと思いながら、オーク肉の角煮とサラダ、ご飯を差し出す。
「王女の胃袋をつかむなんて、とんだ切れ者でしたわ。フェンネル王国の経済を回すだけでなく、平和的に国を発展させることは難しいですの。なかなかできることではありませんわ」
頬杖をつきながら、誰よりも早くイリスさんはオーク肉の角煮に手を付けた。
幸せそうに微笑み、ご飯を口に入れる姿は、とても初めて食べるとは思えないほど冷静である。
「どういうことなの~ん! 歯がいらないわ~ん、舌でブチャよん、舌でブチャだわん。オーク肉が柔らかすぎるのよ~ん」
普通の人はこうやって、意味のわからないオーバーリアクションを取ってくれるのに。
もはや、普通とは何なのか、という壁にぶち当たるけど。
「これで大きな戦いはなくなるはず。争っていたドワーフとの話し合いが難航する程度。後はいつも通り魔物に気を付ければいい」
トップ会談という食事会を一瞬でまともな会議に変えようとしたのは、まさかの冒険者のスズだ。
クネクネ動く獣王を無視して、まともな会話へ軌道修正するというファインプレイである。
誰よりも落ち着いて、サラダと一緒に角煮を食べる姿は頼もしい。
なお、角煮というメニューを希望したのもスズだ。
ダークエルフの醤油漬けを見て、オーク肉に醤油が染み込んでいるところを想像したのは違いない。
「そんなことはありませんわ。帝国がどうなっているのか把握しないといけませんし、まだ残党が残っている可能性もありますの。滅びたとしても、魔物が巣を作っては大規模なスタンピードが起こりますわよ」
水を指さないでほしい、と言わんばかりにスズがそっぽを向いた。
可哀想なので、おかわりの角煮を皿に入れてあげる。
「それに、フェンネル王国も復興が大変ではありませんの? いつまでも避難させた人々を養うほど、食料もお金もないと思いますわ。ましてや、非常事態の援軍とはいえ、タダというわけにもいきませんの。特に冒険者は、そういう人達が多いですから」
「わかってはおるが、正直なところ、すぐに用意することはできない。遠征費を含め、ドラゴンゾンビの群れとなれば、スタンピードの金額では納得できんだろう。獣人国にも世話になったしな……」
「気にしなくてもいいのよ~ん。最初にダークエルフの襲撃を受けて、お世話になったのは獣人国なのよ~ん。お互い様だわ~ん」
確かに、獣人国を救済したのは、僕とスズ、そしてシロップさんだ。
でも、それは……。
「フェンネル王国の人間が救済したとはいえ、依頼を出したのは冒険者ギルドですの。すでに報奨金も払いましたので、実質は冒険者ギルドの功績ですわ」
僕はもらった記憶がないから、スズがもらっていたんだろう。
パーティのお金管理は、1番金遣いの荒いスズだからね。
「ワシも冒険者ギルド側の言い分が合っておると思う。フェンネル王国を拠点としているだけで、冒険者ギルドの所属になるからな。ゴッちゃんの思いは有難いが、甘えるわけにもいくまい」
「オヤッサン……」
獣王と国王が謎のあだ名で呼び合うと、妙な雰囲気に包まれていた。
思わずスズとイリスさんが、少し椅子をずらして、距離を取るほどに。
両手で固い握手をする2人に嫌悪感全開のイリスさんは、ゴホンッと咳払いをして、やめさせていた。
「ですが、今回は色々特殊なケースですの。先ほども言いましたが、帝国の復興をどのような形でも進めない限り、魔物の被害が増えるだけですわ。国境が近いフェンネル国が財政難で対処できないと、色々困りますの。そこで、これですわ」
ポンポンッとイリスさんが叩いたのは、角煮の入っていた空のお皿だ。
反射的におかわりを入れてしまうのは、無駄に鍛え抜かれた付き人精神である。
「特殊な調味料の作り方と、フェンネル王国が知っているレシピを冒険者ギルドで買いますの。額は、白金貨5,000枚でどうかしら。各国への報酬と街の復興程度なら、それで賄えると思いますわ」
調味料の生成方法込みで、白金貨5,000枚(50億円)の値が付いてしまうとは。
適当な僕の言葉だけで調味料を開発した料理長の功績は、恐ろしいほど大きい。
フェンネル王国を救う陰の救世主は、意外にも彼かもしれない。
国王が唇を噛み締めてイリスさんに頭を下げるところを見ると、想像以上に大きな額を提示されたんだろう。
民を救える道筋を作ってくれたイリスさんの優しさに、心が打たれているだけかもしれないけど。
そんな光景を目の当たりにしてしまえば、善意の爆弾、火猫のスズが黙っていない。
マジックバッグをゴソゴソと漁り、白い袋を取り出すと、テーブルの上にガシャンッと置く。
音からして、金である。
「寄付」
おそらく、さっき言っていた獣人国への緊急依頼の報奨金に違いない。
「いくら入ってるの?」
「白金貨200枚」
思わず僕は「はぁ~」と大きなため息を付いてしまった。
さすがに今回ばかりは、失望してしまったよ。
いつから君は、はした金で人の命を救えると勘違いしていたんだい?
砂漠の国を代表するイリスさんが、白金貨5,000枚を出したのに対して、スズはたったの200枚。
善意の爆弾にしては、はした金である。
一介の冒険者が寄付する額には大きいと、普通の人は思うかもしれない。
そう、普通の人には、だ。
「あなた、それはパーティで稼いだお金ではありませんの? 何の相談もなしに、寄付するものではありませんわ。日頃の行いの話は私の耳にも届いていま『ガシャンッッッ!』すけど……」
イリスさんの言葉を遮るように、アイテムボックスから有り金を全て取り出し、テーブルに叩きつけた。
スズの袋の中に入ってる白金貨、およそ6倍の大金を。
「わかります、少ないですよね」
「はあ?」
誰がどう聞いたとしても、イリスさんの言い分は正しい。
今までもパーティで稼いだ金を各地で散財し、残っている有り金を全て差し出しているんだ。
お人好しという域を超えているだろう。
だが、しかし! 僕はそんなスズさんが大好きなのである。
今ここで金を使わなければ、火猫のスズの名誉に関わってしまう。
醤油戦士財閥にある全ての金を寄付して、火猫ブランドを守りたい。
それがパーティプレイというものであり、付き人である僕の使命だ!
「寄付、パート2」
当然、僕がそんな白金貨1,000枚(10億円)以上も隠し持っていたことをスズは知らない。
カエルとブリリアントバッファローを売りさばいたのは、スズがいなかった砂漠での出来事だから。
かつてないほどのキラキラした眼差しでスズに見られるほど、好感度が上昇してしまったよ。
まるで、初めてから揚げを差し出した時のような目だ。
心臓がギュンギュンするよ。
国王の涙腺が崩壊すると、獣王がクネクネと動いて慰め始める。
呆れたイリスさんが溜息を漏らして角煮を食べ始めるという、最高にカオスな状況だ。
なお、少しでもカッコつけるためにドヤ顔は崩さない。
「パーティメンバーがいいのであれば、私は構いませんわ。それと、まだエルフの処遇が決まっていませんの。幸いなことに、友好的な国が多く残りましたから、大きな問題にはならないと思いますわ。ですが、過去の話が尾を引く可能性もありますのよ」
そういえば、冒険者ギルドへ応援を要請する際、下手に嘘をつかない方がいいと思って、エルフの里があることを伝えていたっけ。
でも、どういう思いでエルフ族が過ごしているかわからない以上、考えても結論が出しにくい。
だが、虐げられていたとはいえ、ダークエルフと戦ったエルフがリリアさんだけ、というのはいかがなものだろうか。
各地でダークエルフが暴れまわっても、結局倒し続けて辛い思いをして来たのは僕達だ。
元々エルフからダークエルフが生まれたことを考慮すれば、最後くらい援軍に来てほしかったという思いもある。
それにエルフの里に行った際、徹夜でカレーを作らされた挙げ句、お礼のハグすらなかったことが許せない。
「それについては、事前にエルフ達から希望を聞いておきました」
と、全くそんな事実はないのに、嘘をぶつけていく。
イリスさんが角煮に夢中な今だけは、僕の嘘を見破る術はない。
エルフ達よ、すまないな。
確実にスズさんのハートを射止めるため、君達には犠牲になってもらう。
「実はですね……」
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