第229話:VSダークエルフⅡ

 炎の槍を形成したスズは、矛先をダークエルフの方へ向けた。


「フン、大層な物を作ってくれるな。そんなにも魔力を練り込んだ物を維持するのは難しい。イチかバチかの賭けに出てきたか」


「これ以上戦闘が長引けば、至る所で崩壊が始まっていく。私も含めて。全ての魔力を込めた以上、擦り傷では済ませない」


 今までの経験から言っても、赤い魔力が目視できるまで練り込んで魔法を行使した場合、戦闘できるような状態ではなくなる。

 腹部に重傷を負ってしまった以上、次はないと思って、最後の攻撃に決めたのかもしれない。


「メスガキにしては思い切った決断だな。狂犬に噛まれては洒落にならん」


「犬扱いされるのは初めて」


 右手に炎の槍を持ったまま、スズは再び手足を地面に付けた。

 ダークエルフだけを見据えて、グッと大地を踏み込み、襲い掛かる。


 猛烈なスピードで飛び込んだスズの速さは、今までと比べ物にならない。

 飛び込んだ瞬間には、ダークエルフの左下腹部に炎の槍を突き刺していたから。


 反射的に腕を振り払ったダークエルフの手が、傷を負ったスズの腹部に当たって吹き飛ばされてしまう。

 それと同時に、突き刺さっていた炎の槍が塵になるように消えていった。


 今までスズは猫のように戦う時、反撃を食らわないようにスピードを抑えていたに違いない。

 自分の目で敵の動きが確認できるスピードで戦い、カウンター攻撃を食らわないようにしていたんだ。


 でも、最大限まで練り込んで作り出した炎の槍で戦うのに、時間をかけることはできない。

 槍で戦うところも見たことはなかったから、最初から捨て身の攻撃をするつもりだったのか。


 吹き飛ばされたスズがもがき苦しむ一方、ダークエルフは攻撃を受けたことに憤りを感じていた。


 いくらダークエルフといっても、炎の槍で下腹部を貫かれたまま魔法をコントロールすることはできないんだろう。

 体を覆っていた黄色い魔力は消え、出血している下腹部を押さえ、威圧するような目でスズを見下ろしている。


「人間如きがッ!! どこまでも俺の邪魔を、ガッッッ!!」


 怒り狂うダークエルフの胸に、背中から1本の剣が貫いた。


 正義感のある人は、なぜここまで無理をしてしまうんだろうか。

 まだ万全の状態じゃないのに転移したせいで、エステルさんの手の震えが剣まで伝わっている。


「償えない程の罪を背負った者が、邪魔もクソもないだろう。死者が安らかに眠るには、お前の命を捧げるしかない。帝国もエルフも望みは同じ、お前の死だ」


「グッッッ、貴様ッ!」


 ダークエルフが振り向き様にエステルさんを殴り付けると、勢いよく吹き飛ばされる。


 あれくらいの攻撃を防げないほど、エステルさんは弱くない。

 やっぱり僕達を運んだ空間転移の反動が残っていて、まだ戦えるような状態じゃないんだ。

 かろうじて腕がピクピクと動いているから、まだ生きているとは思うけど。


 でも、これでダークエルフも重症をおった。

 呼吸を荒げている姿を見れば、誰もが後一押しというところまで来ている。

 それ以上にスズとエステルさんは限界に近付いているけど。


 倒れていたスズが腹部を押さえながら立ち上がっても、歩こうとすると足がもつれ、すぐに倒れてしまうほどだ。


 今はまだ助けることができない。

 こうなったら、無理矢理でも僕がダークエルフを討伐して、早く2人を回復させるしか……。


 そう思った瞬間、リリアさんの青いオーラが一層輝き始める。


「暴れ馬と意見が一致するとは不本意だ。屁魔法なんかと比べられるのは、もっと不愉快だがな! ”ブリザード”」


 苦しむダークエルフを中心に大きな竜巻が発生し、その中で数多の氷の刃が回転しながら駆け巡る。


 当然、そんな大きな竜巻が至近距離で発生すれば、周りにいる人間は風の影響で……あれ? 影響がない?

 むしろ、風の音すら聞こえてこない。


 必死の形相でリリアさんが制御している姿を見ると、仲間に被害が出ないようにコントロールしている可能性が高い。

 本来は3人で行う儀式魔法と言っていたから。

 1人は風魔法で竜巻を作り、1人は氷の刃の生成を続け、1人は周囲に被害が出ないようにする魔法なんだろう。


 ステータスが3倍になったからといって、1人3役は無謀すぎますよ。

 足がガタガタと震えているの、見えているんですからね。


 とはいっても、リリアさんのおかげでこの戦いに幕を下ろせる。

 腹部に重傷の負ったダークエルフが、この魔法の中で生きているはずがない。

 竜巻の中心では酸素が薄くなるし、氷の刃と突風で切り刻まれれば、さらに追加ダメージを負う。

 極限まで魔力を振り絞ったエルフ族の魔法で最後が決まるなら、ダークエルフの敗北にふさわしいと思うよ。


 スズといい、エステルさんといい、リリアさんといい、みんな無茶ばっかりしてるけどね。

 まったく……、世界平和のために体を張りすぎですよ。


 料理を作っただけの醤油戦士はどうしたらいいんですか?

 本来はサポート役なので、何もしないのが正しいと思いますけどね。


 でも、一応ハイエルフなんですよ。

 何かしないとマズい気もするので、気合を入れて祝勝会の準備をするしかなさそうですね。

 参加人数が多すぎることだけがネックですけど。


 呑気に祝勝会のメニューを考えていると、リリアさんの魔法が少しずつ弱まり、竜巻が止み始めていく。

 しかし、僕が思い浮かべていた光景はそこにはなかった。


 傷だらけの姿でダークエルフが立っていたから。


 重症の状態で、あの規模の魔法を受けても死なないなんて。

 満身創痍になっているとはいえ、まともに戦える人間はこっちにも残っていないぞ。

 ドラゴンゾンビの方だって限界が近いのに。


 下唇をグッと噛み締めたリリアさんが、最後の力を振り絞るようにアイスニードルを放った。

 が、ダークエルフは反射的にかわし、こともあろうか、僕の前に現れる。



 距離にして、約3mの近距離。



 数々の強敵と戦い続けてきたダークエルフからすれば、僕みたいなザコは本当の虫けらみたいな存在なんだろう。

 相手にされることはなく、僕に背を向けていた。


「クソ共がァァァア! 許さん、許さんぞォォォオ! この命などくれてやる、貴様達を巻き添えにしてな!」


 怒りを表すように力んだダークエルフは、ブシュッと血が噴き出していた。

 ドス黒い魔力が体から蒸発するように漏れ出る姿を見て、僕は確信する。


 死を悟ったボスが死に際で自爆をするという、典型的な爆死パターン。

 全ての魔力を解き放ち、地面がえぐり取られるような爆発を起こす、恐ろしい技をするつもりだろう。


 どこの世界も同じなのかな。

 スズ達も非常事態だと気付いているみたいだ。


 ほふく前進のように腕だけで近付こうとするスズは、立ち上がる力すらないと思う。

 体にムチをうち、意地でも止めようという思いが伝わってくる。


 意識をギリギリ保っているエステルさんは、転移して防ごうと考えているはずだ。

 でも無理がたたって、手をピクピクと動かし、剣すらまともにつかめていない。


 リリアさんはもう、最後のアイスニードルで魔力を使い果たしたと思う。

 鋭い目付きでダークエルフを睨み、悔しそうに下唇を噛んでいる。


 ドラゴンゾンビと戦う冒険者や獣人達に救援要請しても、間に合うことはないだろう。

 誰もが戦うだけで精一杯であり、救援してほしいと願うくらいだ。


 そんな中、たった1人だけ無傷で戦闘できる者が存在する。

 誰よりも早く祝勝会のメニューを考え、空気のように存在感のなさすぎる男、醤油戦士だ。


 偶然にも、ダークエルフは僕の目の前で自爆しようとしている。

 全身が傷だらけの状態で魔力を解放しようとする姿は、『狙ってくれ』と言っているようなものだ。


 怒りに満ちたダークエルフに、僕は抜刀の構えを取る。

 この構えは、フリージアでカエルを倒した時の技であり、唯一周りから褒められた輝かしい功績を持つ。

 信頼と実績のある、由緒正しき醤油の斬撃。


 全然バレないまま一歩を踏み出して、誰も見ていないのに、無駄にカッコを付けて振り抜く!


「塩分高め、高血圧で散れ! ダークセイバー・十文字斬り」


 抜刀するように下から上へ醤油を飛ばし、クルッと一回転して裏拳を叩きこむように醤油で薙ぎ払う。

 こんな時に中二病が発動したため、一度やってみたかった十文字斬りを実践してしまった。


「ウワアアアアアッッッ!!」


 醤油の斬撃にダークエルフが気付いた時には、もう遅い。

 無数の傷口に塩分高めの醤油が入り込み、恐ろしいほどの激痛に襲われてしまう。

 全身の痛覚を倍以上に高める、醤油攻撃の神髄である。


 剣で斬られて痛みを伴うことは、今まで何度も経験してきたに違いない。

 だが、調味料が乏しいこの世界で、傷口に塩分が侵入するケースはないと断言してもいい。

 瀕死の重傷を負ったうえで、猛毒を浴びたような地獄の痛みだと思う。


 全身が傷だらけのため、悲痛な叫び声だけが鳴り響き、ダークエルフは苦しみ続けることしかできない哀れな存在になり果てる。


 生命力を一気に放出するようなダークエルフの叫びが治まり始める頃、僕はもう1度ダークセイバーを振り抜き、追い醤油をかけた。

 襲われたら怖い、というただのビビりによる条件反射のような防衛策だ。


 しかし、再び傷口に醤油を塗られても、ダークエルフは痛みを感じる様子はない。

 醤油の勢いに押され、体が地面へ引っ張られるようにドサッと倒れ込む。


 その瞬間、ドラゴンゾンビ達にも変化が現れた。


 動きが止まるだけでなく、朽ち果てるようにボロボロと溶けているんだ。

 魂を魔法で縛られた魔物達が、天へ召されていくような雰囲気と言えばいいのだろうか。

 雲から太陽を覗き始め、さらに神秘的なオーラが漂っていた。


 ドラゴンゾンビ達と激しい死闘を繰り広げてきた冒険者や獣人達は、誰もがこう思ったに違いない。

『凶悪な魔物を率いてきたダークエルフを討ち取り、俺達はダークエルフの軍勢に勝ったんだ。でも、一体だれが討ち取ったんだろうか』と。


 振り向いた全ての者が、自然に僕の顔を見て驚いてしまう。

 倒れたダークエルフと立ち位置から、どう見てもトドメを刺したのは僕しかいないから。


 だが、それは事実!

 最後のトドメだけを刺して、おいしいとこ取りをしたことは認めよう。

 でも、僕がトドメを刺さなければ、全員の命が失われていた。


 そう、世界を守ってダークエルフを討ち取ったのは、僕という事実が覆ることはない!

 2,000年間に渡る長き戦いの幕を下ろしたのは、醤油なのである!





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