第228話:VSダークエルフⅠ

 邪魔にならないように、離れた場所で醤油戦士がスタンバイする頃、ぶつかり合っていたダークエルフとスズが距離を置いた。

 まだ互いにダメージを与えることができず、様子を見ているように感じる。


「人間ごときがここまで抵抗するとは、想定外だった。あれほどのスケルトンを解き放ったのに、城壁すら壊れないとは。それどころか、ドラゴンゾンビの群れを押し返してきやがる。こんなメスガキすら俺に対抗してくるなんて、つくづく生意気な生き物だ」


「ダークエルフには言われたくない。2000年もの長き時間にわたって人族を洗脳し、エルフを滅亡させた罪は重い」


「バカなことを言うな、お前達の方が罪深い存在だろ。魔物を殺しては食料とし、繁殖を繰り返しては生き続ける。生まれたての魔物すら殺してしまう、残忍な生き物が人間やエルフだ。雨を凌ぐこともできない生活を送る魔物達にとって、お前達は邪魔な存在なのだ!」


 ドワーフの里でダークエルフが言っていたけど、やっぱり魔物中心の世界へ変えようとしているんだ。


 どうして魔物寄りの思考をしているのかわからない。

 元々エルフだったことを考えれば、異端児というやつだろうか。

 人間やエルフに恨みを持っている可能性は高いけど、改心させるのは不可能。


 国1つが滅んだ以上、許される罪でもない。


「冒険者をやってきた私には、心が優しい魔物がいることもわかる。でも、多くの魔物は人とわかりあうつもりがない。攻めてくる以上、人もわかりあう気持ちになれない」


「今さらお前達とわかりあうつもりなんてない。長き時間をかけて計画してきた俺達は、この世界を魔物の世界として再生させる。死で償えることを喜ぶがいい」


 ダークエルフが踏み込むと同時に、スズも前に出て拳を突き出した。

 互いの武器がぶつかり合い、甲高い音が響き渡る。


 短いかぎ爪を手足に付けて戦うダークエルフと、カイザーナックルで戦うスズは戦闘が似ている。

 物理攻撃で戦い、スピードのある近接戦を展開。

 武器で競り合うこともなく、次から次へと互いに攻撃を繰り出す。


「死んでもなお戦わせる、外道め」


「魔物に生まれ変わることができたんだ、あいつらは幸せだろ」


 スズが左で胸元を殴ろうとすれば、ダークエルフは右腕でガード。

 ダークエルフが空いている左腕でスズの顔面を狙うも、スズは膝を曲げて上体を落として回避。

 低い体制のまま、スズが腹部に殴りかかると、ダークエルフは回避するように後ろへ飛んだ。


 そして、着地と同時に踏み込み、スピードを付けてスズに殴りかかった。


 最初の攻防よりもスピードが上がっている。

 一発でもまともに入ってしまえば、致命傷になりかねない。

 今までのダークエルフを思いだすと、奥の手があるはずだ。


 でも、ダークエルフの身体能力に、スズが劣っているようには感じない。

 1対1でも渡り合えているし、押しているような雰囲気さえある。


 これだけのドラゴンゾンビを操りながら戦闘しているんだ。

 スズが魔法を温存している以上、有利に進めることができるはず。

 それに、こっちにはリリアさんがフォローしてくれているから。


 パッとリリアさんの方を確認すると、綺麗な緑の魔力に包み込まれていた。


 スズがエクスプロージョンを使おうとする時、必ず魔力が目に見えるようになる。

 あの規模の魔法をリリアさんが放とうとしているのであれば、味方も巻き込む可能性が高い。

 相手がダークエルフとはいえ、やり過ぎじゃないか?


 いったんスズの戦いから目を離し、リリアさんに近付く。


「リリアさん、魔力を込めすぎじゃないですか? 緑のオーラが出てますよ」


「……どっか行け、気が散るだろ。本来は3人で行う儀式魔法の一種だ。時間をかければ問題はないが、クソ邪魔」


 綺麗な緑のオーラが歪み始めたため、本当に邪魔してしまったんだろう。

 本人が問題ないと言うのであれば、このまま任せよう。

 必要以上に話しかければ、ブチギレてきそうだもん。


 こんな大勢の人が戦っている中で、怒鳴られたくはない。

 みんなの戦いを邪魔することになるし、僕の豆腐メンタルは一瞬で崩れ落ちるだろう。


 サッと持ち場に帰り、スズの戦いに目を戻した、その時だ。

 体勢を崩したダークエルフの顔面を、スズの拳が捉える。

 ガードも間に合っていなかったため、ダークエルフはまともに攻撃を受けて吹き飛ばされた。


 だが、ダークエルフは思ったよりもアッサリと立ち上がってしまう。

 口の中を切ったのか、口から流す血を腕で拭っていた。


「メスガキ如きに俺が止められるとは。何もかもがうまくいかないな。魔力の根源が断ち切られるまで、待っておくべきだったか」


「おそらく、その可能性もない。これからエルフと人族は、手を取り合って生きることになる。世界の再生が始まった以上、全てをここで終わらせる」


 地面をグッと踏み込んだスズが駆け出す一方、ダークエルフは虚無状態に陥っていた。

 スズの拳が顔面を捉えても、受け身の体勢すら取ることはない。


 無防備な状態で殴られたダークエルフは、大きく吹き飛んでいった。

 立ち上がることもなく、殴られた状態のままで動かなくなってしまう。


 長い時間をかけて世界樹を衰退させてきたダークエルフにとっては、スズの言葉を理解したくなかったに違いない。

 ハイエルフのセリーヌさんが世界樹を管理できるようになった以上、放っておいても世界の平和が1,000年は保たれる。

 こっちとしては、ダークエルフさえ倒すことができれば、後は平和な未来がやって来るだけなんだ。


 料理効果があるうちに倒してくれ。

 獣人も冒険者達も、ドラゴンゾンビで手一杯なんだから。


 しかし、スズがダークエルフに追撃を加えることはなかった。

 異様な雰囲気を感じたのか、冒険者のカンが働いたのかわからない。

 ドラゴンゾンビと戦い続ける冒険者や獣人達の戦闘音だけが、周囲に響き渡る。


「そうか、そうなってしまったか。我等の願い続けた夢が潰えていたとは。ハイエルフが誕生したという情報はなかったんだが、全て水の泡となってしまったか」


 疲労感を感じるような声を出したダークエルフは、ゆっくりと立ち上がる。

 スズの攻撃も効いているとは思うけど、それよりも精神的な動揺が大きいと思う。


「だが、全てがうまくいっていない、というわけでもあるまい。幸いにも、この場には各国から強者が集まっている。我が命を犠牲にしてでも虐殺すれば、後は同胞の魔物達に思いを託そう」


 ダークエルフが黄色いオーラを纏い始めた瞬間、スズが一歩後ずさった。


 スズが火魔法で赤い魔力に身を包み、リリアさんが風魔法で緑の魔力に身を包んでいる。

 それなら、黄色は土魔法系統の魔法かもしれない。


「魔力を温存する必要がなくなった今、貴様に勝つ術はない。あらゆる魔法を使いこなす我は、改革者として選ばれた存在なのだ。その使命を果たすため、まずは確実に貴様を潰す」


 再びダークエルフが駆け出し、スズに向かって拳を突き出す。


 ギリギリで上体を捻って避けたスズは、反撃の拳を腹部に振り抜く。

 ガンッ! と、まともにダークエルフの腹部に拳が入るが、ダークエルフは微動だにしなかった。


 そこへダークエルフが蹴りをしてきたため、スズは避けきれずにガード……したはずなのに、大きく吹き飛ばされてしまう。


 容赦のないダークエルフはすぐに追撃を開始。

 すぐに気付いたスズは起き上がり、いくつもの炎の矢を空中に作り出して放射。

 自身も猫のように飛びかかり、ダークエルフに一撃離脱するように戦闘スタイルを変えていた。


 やっぱり土魔法の系統なんだろう。

 自身を硬質化させることで防御力を強化して、そのまま攻撃することで攻撃力を高めているんだ。

 スズの炎の矢をまともに受けても、かすり傷程度のダメージしか与えていない。


 まともに戦うのは危険と判断して、スズは魔法を織り交ぜているんだろう。

 少しでもダメージを蓄積させるためか、目くらましのために魔法を使いながら。


 何度もスズが飛びかかっていっても、ダークエルフが平然とした顔で攻撃を受け流すだけだ。

 ダークエルフが攻撃を繰り出すと、スズが拳で軌道を変えるように弾くため、攻撃は受けていない。


「こざかしいハエめ、”ウィンドボム”」


 スズが襲い掛かるように飛び込んだ瞬間、ダークエルフの前方に圧縮された空気が解放され、突風が吹きつける。


 強力な向かい風になってスズのスピードが殺されると、ダークエルフは駆け抜けて加速。

 その勢いのまま拳を振り抜き、かぎ爪の付いた武器がスズの腹部に突き刺さり、吹き飛ばされてしまう。


 ウィンドボムの影響で、目が開けられずに視野が狭くなったのかもしれない。

 ダークエルフにとっては追い風となり、想定外の加速に対処できなかった可能性もある。

 少なくとも、ガードもできずにダークエルフの攻撃を受けたら、戦闘不能に陥ってもおかしくはない。


 急いで何か食べさせて治療しないと、スズの命に関わるかもしれない。

 でも、ダークエルフの前で料理を出すわけには……。


 僕が頭の中で葛藤していると、重傷を負ったスズにダークエルフが距離を詰めていく。

 しかし、甲高い『キィィィィィィーン』という聞きなれない音が聞こえると、立ち止まって周囲を確認した。

 古代竜のドラゴンゾンビが粉砕されていることに、驚愕の表情を浮かべている。


 トーマスさん、まさか屁魔法の完成形はレーザーなの?

 体内で空気を極限まで圧縮して魔力と混ぜ込み、肛門サイズまで収束して解き放つことで、威力を最大限まで高めているんだろう。

 そのため、体への反動を無くし、痔にならない。


 シリアスな場面で屁の分析が終わる頃、ドラゴンゾンビが少しずつ再生を始める。

 安堵したダークエルフがスズに目を戻すと、すでに立ち上がっていた。


 出血する腹部を手で押さえることもなく、痛がることもない。

 右手を前にかざして、大きな炎の槍を作り上げたところだった。


 自分よりも大きく、赤い魔力を纏った燃え滾るような炎の槍を。

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