第112話:偉大なカツ丼のレシピを教えてもらうニャ

 - クロ視点 -


 ついに念願のカツ丼を作るチャンスをいただいたニャ。

 絶対神であるカツ丼様が、力の一部を分け与えてくださる伝説の料理ニャ。


 こんニャ素晴らしい日は生まれて初めてニャ。


 変幻自在のトンカツより派生した最終形態であるカツ丼は、今までにニャい衝撃となって獣人たちを覚醒へ導く。

 親分はユニークスキルの力と言ってたけど、カツ丼様に執着しニャいように嘘ついてるニャ。

 他人に影響を与えるユニークスキルなんて、存在するはずがニャイから。


 きっと行き過ぎた信仰は判断力を鈍らせると思い、誤魔化そうとして考えた設定だニャ。

 まだ若いのに親分はしっかりしてるニャ。

 さすがカツ丼様に選ばれし宣教師様だニャ。


 その証拠にスズ先輩は色んなことを教えてくれたニャ。

 まさにカツ丼様は、神の名がふさわしい偉大な存在だったニャ。


 太古の昔、星々が氷河期という大地が氷に覆われた時代にカツ丼様が誕生したニャ。

 カツ丼様は氷の大地をワンパンで叩き割り、米粒のような大きさに砕いて、大地を氷から救ったニャ。


 そうして米が誕生したニャ。


 解放された大地にオークという魔物が生まれ、世界を滅ぼそうと企んだのが2,000年前ニャ。

 エルフの仕業と伝えられていたのに、実はオークの仕業だったとは思わなかったニャ。

 颯爽と現れたカツ丼様が、オークを滅ぼして世界を守ってくださったニャんて、さすが勝利を呼び込む絶対神だニャ。


 そして、平和のために開発した料理がカツ丼ニャ。


 カツ丼様はすべての力を振り絞って、エルフにカツ丼のレシピを伝授したニャ。

 しかし、エルフのせいだと勘違いした多くの人々はエルフと敵対してしまったニャ。

 ネメシア帝国ニャんて、エルフを滅亡に追いやってしまったんだニャ。


 このままでは、カツ丼様に合わせる顔がないニャ。


 時は流れて、カツ丼様が力を取り戻した今、親分という宣教師を派遣してくださったニャ。

 各地を巡って失われた料理を伝授されているお方で、フェンネル王国はカツ丼様の兄弟分である、ホットドッグ様が降臨されてるらしいニャ。


 ニャんでも絶体絶命のスタンピードを防いだのは、ホットドッグ様の力をお借りしたのだとか。

 国中の兵士達が「ホットドッグ様ー!」と叫び戦う姿は、勇ましいの一言だったらしいニャ。

 現在、フェンネル王国ではホットドッグが名物として販売され、国教としているそうだニャ。


 そんニャ神々の料理を伝えてくださってる親分から、カツ丼様のお告げを聞いた時はビックリしたニャ。


 ニャ、ニャんとクロも使者として選ばれてしまったニャ!

 こんニャに嬉しいことはあるだろうか。いや、ニャい。


 戦いが終わったら、2度と戦いが生まれないように絶対カツ丼屋を開くニャ。

 サイドメニューはポテトサラダで決まりニャ。


 ニャニャ?! カツ丼様への思いが溢れ出していたら、親分が作り始めてしまったニャ。

 危うく大事な作る工程を見逃すところだったニャ。


 しっかりメモを取って、代々受け継いで行こうと思うニャ。




 まず初めにオーク肉の塊を取り出して、適当な大きさに切り始めたニャ。

 クロはもっと厚い肉が食べたいけどニャ。


「質問ニャ、もっと豪快に肉の塊ごとトンカツにしちゃダメニャ?」


「大きくし過ぎると、肉に火が通らなくなっちゃうよ。揚げる時間も無駄に長くなっちゃうし。おいしく食べるなら、これくらいの大きさが1番かな」


 ニャ、ニャんと!?

 計算されつくした厚みだったニャんて。

 クロの浅はかな欲望でトンカツの良さを壊すところだったニャ。


 ササッとノートにメモをしていると、偉大な親分と旅する料理研究家のスズ先輩が、小声でコッソリ教えてくれたニャ。


「あの大きさがカツ丼の黄金比である。薄すぎず、けっして厚すぎない」


 お、黄金比ニャ?!

 なんて素敵な響きニャんだろうか。


 カツ丼はアレンジが許されニャい、計算されつくした完璧な料理に違いニャい。


 肉の厚みが気になっていたら、なぜか親分が肉に切り込みを入れ始めたニャ。

 パラパラと撒いている塩胡椒は食べたことがあるからわかるニャ。


「質問ニャ、なぜ切れ目を入れてるニャ?」


「スジを切っておかないと食べにくくなるからね」


 いったいどういうことニャ?

 人族のアゴに合わせて作ってるから、固い部分を壊してるのかニャ。

 獣人族はそんなのへっちゃらニャ。


 でも、クロの考えなんて遠く及ばなかったニャ。

 スズ先輩は何でも知ってるニャ。


「トンカツ様はあえて身を切られている。痛みを身に刻むことで、この世の憎しみを解放しているのだ。復讐という負のスパイラルは、痛みを知ってる者にしかわからない苦しみ。平和を守るため、あえて痛みを自分に与える大切な工程である」


 魔物と激しい戦いを起こした紛争地域では、家族や友を失った悲しみから復讐に憑りつかれてしまうニャ。

 かつてのネメシア帝国がエルフのせいと勘違いして、エルフを滅亡に追いやったのと同じニャ。


 もし、ネメシア帝国の人がカツ丼を食べていたら、歴史は変わっていたに違いニャい。


 親分が何気なく行うこの工程に、そんな深い意味があるとは思わなかったニャ。

 無口になって進めてるのも、きっと哀悼の意味があるんだろうニャ。


 カツ丼様の意思を忠実に再現してくださる親分にアッパレだニャ。



 肉の下準備が終わったと思うと、次は小麦粉・溶き卵・パン粉を別々に用意したニャ。


「順番に肉を付けていくからね。この辺はみんなで流れ作業のようにできたらいいと思うんだけど」


 全部一気に混ぜちゃえば楽なのにニャ……と思っていたら、スズ先輩が小声で教えてくれたニャ。


「トンカツ様は純白の小麦粉を纏ってお色直しをする。一見ただのオシャレに見えるかもしれない」


「ニャニャ? まさか趣味の問題ではニャいと?」


 スズ先輩はゆっくりと頷く。


「小麦粉に卵を吸わせることで、最強のアーマーであるパン粉を身に纏えるようにしているのだ。順番通りに行わなければ、パン粉というアーマーに阻まれ、装着することができない。面倒くさい工程に見えて、1つ1つ意味がある」


 親分に従い続けるスズ先輩だけあって、分析能力が長けているニャ。

 先ほど少し見せてもらった研究ノートで導き出した答えニャんだろう。

 カツ丼だけで早くも3冊書いたらしいニャ。


 トンカツという偉大な存在でも、資格がなければ装着できニャいパン粉と呼ばれる防具。

 言われてみれば、衣を纏うのは簡単なことではニャいだろう。


 ソースを吸い込み己の力にする第1の力ニャ。

 サクサクとした食感がたまらニャい第2の力ニャ。

 カツ丼のタレを染み込ませることでフニャフニャに変化する第3の力ニャ。


 3つの力に振りまわされることニャく、活かしきらないといけニャい。

 カツ丼様のポテンシャルを引き出すのは、作る側の役目だニャ。


 じっと親分の手元を観察していると、興味深いことを口にしてくれたニャ。


「1人で何回もやってると、手に小麦粉がくっついちゃうんだよね。手を洗う時にヌルヌルして気持ち悪いから、やっぱり分担して作った方がいいかな」


 バッとスズ先輩の方を向くと、ゆっくりと頷いてくれたニャ。

 きっとこの言葉がヒントになって、パン粉を装着するという答えを導くことができたに違いニャい。



 トンカツの最後を締めくくるのは、揚げる工程だニャ。


 親分はトンカツを入れる前に、箸を何回も油に入れたり出したりしているニャ。

 箸は食べれニャいのに変ニャことを……いや、これは何かがあるニャ。

 今まで無駄な工程は1つもなかったニャ。


「先輩、あれは何をしてるニャ」


「油と会話をしている。詳しく知りたければ聞いてみるといい。トンカツを揚げている間は、声をかけることができないから」


 ニャ?! 油と会話をするとか人の領域を超えてるニャ!

 そんなことはできるはずがニャい。


「親分、それは何をしてるニャ?」


「油の温度が高くなると、箸を入れたら泡が出てくるんだ。トンカツは170~180度の温度で揚げるからね。シュワシュワって泡が出てくるまで待つといい具合だよ。ちょうどこんな感じが良い具合だね」


 フライパンを覗き込んでみると、本当に箸から泡がシュワシュワ出てたニャ。

 箸という媒体を使って、油さんにお伺いを立てるいうことだニャ。


 親分は油の中に優しくトンカツを沈めていくと、ジュワ~~~と軽快なメロディーが響き渡ったニャ。


 スズ先輩の言ってた意味が分かるニャ。

 トンカツになるための神聖な儀式を誰が邪魔できるだろうか。いや、できニャい。


 思わず目を閉じて、トンカツが揚げられる音、いや、神の歌声を聞いてしまうニャ。


 親分は時間差で新しいオーク肉を油に入れて、新たにジュワ~~~という音を響き渡らせたニャ。

 最初から2枚入れたらいいのに、ニャぜ時間差を付けて入れることにしたニャ?


 気になるけど、神の歌声を妨げるわけにはいかニャい。


 親分は神の歌声に心が奪われることなく、慣れた手付きでひっくり返し、見事に2枚のトンカツを作り上げたニャ。

 油から取り出されたトンカツは、油汗を垂らしながら黄金のアーマーをキラキラと輝かせ、強力な装備を見せびらかしているニャ。


「親分、ニャぜ時間差を付けて肉を油へ入れたんだニャ?」


「1度に入れると温度が下がっちゃうからだよ。低い温度になると、油でベチョベチョになっちゃうからね」


 クロよりも先にスズ先輩がノートを取り出してメモしていたニャ。

 どうやら知らなかったらしいニャ。


 ソッと覗いてみると、考察部分が斜線で消されていたニャ。


『トンカツ様はハモるのが嫌い。輪唱して歌いたいタイプ』


 似たようなことを思っていたので、先輩に親近感が沸いたニャ。



 トンカツを一口大にカットすると、いよいよカツ丼へ進化する儀式が行われるニャ。

 まだ食べたことないがメイプルちゃんは、意識が朦朧としているニャ。


 可能ニャら、出来立てのトンカツをケチャップでいただきたいニャ。

 でも、これから神へと進化する大切な時間だニャ。


 つまみ食いを狙ってるスズ先輩の手をペチッと叩き、親分の作り方を拝見するニャ。


 親分は魔法の液体というべき調味料達のお風呂に、トンカツを沈めたニャ。

 そこに溶いた卵を流し入れるだけという、超絶簡単な方法に驚きを隠せニャい。


 しかし、ご飯という新雪に舞い降りた偉大なお姿は、まさにカツ丼そのものだったニャ。

 出来立ての圧倒的なオーラを放つ湯気が凛々しいニャ。


 見逃さずに一部始終見ていたというのに、ニャぜ理解できニャいという不思議な感情にニャるんだろうか。

 今までオーク肉なんて何度も食べてるニャ。

 でも、親分の作るオーク肉料理は異次元のレベルに存在するニャ。


 これぞ、調理という神の力だニャ。


「まだメイプルちゃんは食べてないよね。作るものがどんな味か知らないのも変だから、食べてみて」


 出来立てのカツ丼を食べられるなんて羨ましい限りニャ。


「ワンワンワンワン! いただくワン!」


 ワンワンワンとガツガツ食べる姿は、王女っぽさが0だニャ。

 メイプルちゃんは普段からこういう感じだし、仕方ニャいけどニャ。

 もっとじっくり味わうべきだと思うけどニャ。


 タマとスズ先輩はカツ丼の香りだけでももらおうと、メイプルちゃんに近付いてるニャ。

 でも、クロは違うニャ。

 カツ丼様より任命された使者としての役目を、絶対に成功させてみせるニャ。


「親分、早速カツ丼の修行をやりたいニャ」

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