第111話:入会
「皆の者、よく聞くがいい。ここにおられるのは、カツ丼教の宣教師タツヤだ。戦いに勝利をもたらす絶対神を、獣人国の国教にしようと思う」
獣人国の王族は大丈夫だろうか。
シロップさんが覚醒すると知った瞬間に、カツ丼をリスペクトし始めてしまった。
いきなり大勢の獣人達の前に引っ張り出され、宣教師として紹介された僕の身にもなってほしい。
当然のように、獣人達は「は?」という状態である。
アルフレッド王子は僕の顔をじっと見て、「後は任せた」と言わんばかりの表情だ。
もっと入念に打ち合わせをしてほしい。
辺りを見渡すまでもなく、ガタイのいい獣人達が注目してくる。
姫騎士のにゃんにゃん以外は全員男で、犬・猫・サイ・ケンタウロスの4種族だ。
A・Bランクの屈強な戦士ばかりだと思うと、緊張してしまうよ。
「えーっと「私が話そう」」
挙動不審な僕の代わりに出てきたのは、スズだ。
自信満々の顔で堂々と登場し、片手をバッと前に出してカッコつけている。
もしかしたら、スズも中二病なのかもしれない。
「カツ丼様はおっしゃった。不本意に虐げられている獣人達に力を貸してやろうと。カツ丼様の偉大な力の片鱗を一時的に頂戴することで、己の真の力を解放するのだ。そして、決して裏切ることなく崇め奉ることをカツ丼様は望んでおられる」
普段無表情でやる気がないのに、スズってこういうのが好きなんだね。
こんなに生き生きした姿を見るとは思わなかったよ。
「ヒヒーン、カツ丼様とは?」
最初に出迎えてくれたケンタウロスが質問してきた。
当然の質問だと思うし、会場は全く盛り上がっていない。
でも、スズはやる気に満ち溢れている。
「カツ丼様は未来を切り開く神であり、戦いに勝利を呼び込む絶対神である。力を求める君達に、カツ丼様の偉大さをお見せしよう。一足先にカツ丼教へ入会しているシロップには、カツ丼様よりニンジンパワーを頂戴している。さぁ、やって来るがいい、シロップよ」
意外に乗り気だったのか、シロップさんがサッと現れて、スズの前に跪く。
どうやらショコラは、中二病パーティになってしまったらしい。
僕も中二病だから、別にいいんだけどさ。
2人は「お前の出番だぞ」という顔でこっちを見てきたので、そっとニンジンの煮物を手渡した。
知らないところでリハをやっていたのかもしれない。
シロップさんはニンジンの煮物を受け取ると、無駄に天高く掲げた後、みんなが見守る中ゆっくりと食べ始めた。
スズも食べたかったのか、堂々とつまみ食いをしている。
最近は気にしなくなったけど、シロップさんはニンジン料理を食べると、覚醒して妖艶になる。
毛並みの質が変わるため、同じ獣人達は興味深そうに眺めていた。
ざわざわと騒めくのも無理はないだろう。
「すごいニンジンだな」
「喜んでるな、あのニンジン」
「シロップちゃん、可愛くなったなー」
「ニンジンの神なのか」
誰もカツ丼というワードを口にしなくなってしまったね。
ニンジンの煮物を食べてるんだから当然かもしれないけど、カツ丼教としては少し寂しい。
手づかみで食べたスズは、親指と人差し指をペロペロ舐めている。
「今のシロップはカツ丼様の力で覚醒している。勇気のある者は戦いを挑むがいい。カツ丼様が絶対神と呼ばれる所以を、身に刻むことになるだろう」
スズの言葉に、会場の誰もが半信半疑だった。
それよりも、ニンジンの煮物が気になって仕方がないみたいだ。
だが、1人だけ不意を付いて戦いを挑んできた者がいる。
シロップさんの後方である死角から、猛スピードで突っ込む1人の男。
アルフレッド王子だ。
彼はカツ丼様の力を疑っていたのかもしれない。
力が欲しいという思いが行動を促したかもしれない。
覚醒の力を確かめてみたいと思ったのかもしれない。
1ついえるのは、王子だというのに死角からは卑怯だ!
だが、ステ3倍になってるシロップさんは動じない。
彼の気配を感じ取ってクルッと上半身を捻じると、全速力で突っ込んでくるアルフレッド王子の拳をアッサリと受け止めた。
「王子は最近戦ってないんじゃないかな~。前より弱くなった気がするよ~。パンチが軽すぎるんだも~ん」
驚愕の表情で驚くアルフレッド王子は、シロップさんに受け止められた拳が震え始める。
「こ、これが覚醒だというのか?! そんなはずはない、いったい何が起こってるというんだ。拳を重ねて伝わる、威圧に似た圧倒的なオーラ。お、俺の知ってる覚醒じゃない!!」
………王子は何を言っているんだ?
覚醒って3倍になることじゃないのか。
謎の発言をしたアルフレッド王子は、現実を受け止められないように猛攻を繰り返す。
しかし、一歩も動くことなく全ての攻撃を受け止めるシロップさんは、「あははは~」と笑いまくっている。
最強のボスキャラと、負けイベント確定の勇者みたいだ。
全ての攻撃を防がれるアルフレッド王子は、逃げるようにバックステップで距離を取る。
それと同時にシロップさんが距離を詰めた。
成す術もなく驚くことしかできない王子はガードすることもできない。
シロップさんによるデコピンがパーンッと鳴り響いて、戦いに終止符を打った。
獣王の息子であるアルフレッド王子は弱いはずがない。
さっきもスズと同レベルと言っていたからね。
ステ3倍のシロップさんが圧倒的な強さを誇っているというだけで。
きっと王都のスタンピード、ブリリアントバッファローの特訓、キマイラ戦など激しい戦いを乗り越えて、レベルが上がっているんだろう。
そのため、ニンジンパワーで上がるステータスが、さらに増えているんだ。
シロップさんの攻撃が効かなかったキマイラは、本当に強い魔物だったと実感させられる。
アルフレッド王子がアッサリと敗れてしまったことで、会場の獣人達は燃え上がった。
獣人の中に流れる闘争心が目覚めたのか、次々にシロップさんへ突撃していく。
1対1の戦いじゃなく、1対100の戦いである。
四方八方から向かって来る獣人達を「あははは~」と、笑いながら次々に殴り飛ばしていくシロップさんはちょっと怖い。
圧倒的な力量差を見せつけるためか、獣人達を軽く吹き飛ばすだけ。
全くケガはさせていないから、あれでも手加減をしているんだろう。
姫騎士と王女様も途中から参戦したけど、結果は同じ。
僕はスズが律儀にお姫様抱っこをして安全な場所へ運んでくれたので、高みの見物をしているよ。
吹き飛ばされても立ち向かって行く姿は、みんな楽しそうだ。
もしかしたら、じゃれてるだけなのかもしれないね。
30分ほど戦い続けると、獣人達は次々に心が折れていった。
ただ圧倒的な力に負けているだけじゃない。
大勢で挑んで負け、誰も攻撃を当てることができず、挙句の果てに手加減されているんだ。
災害級の魔物に挑む獣王を置いて逃げてしまった、後ろめたい気持ちもあるんだろう。
自分の無力を認めるように、うなだれる獣人が増え続けていく。
そして、スズが動き始める。
タマちゃんとクロちゃんと共に、うなだれる獣人達に声をかけ始めたんだ。
何か紙を渡して書かせると、獣人達は元気を取り戻していく。
その中には、泣いて喜ぶ獣人までいた。
気になって覗いてみると、『カツ丼教のご入会について』という申請用紙を手渡し、カツ丼教へ勧誘していた。
まさか僕と王子が2人で話してる隙に、こんな紙まで作っているとは思わなかったよ。
用意周到というべきか、熱心に取り組んでいるというべきか。
コッソリとスズに「よくここまで考えられたね」と小声で言うと、「考えてない、カツ丼様が教えてくださった」と、真顔で言われてしまった。
どうやらスズは真性の中二病だったようだ。
僕の中二病を遥かに凌駕している、敗北感が半端ないよ。
通りで恥ずかしそうにせず、獣人達の前で演説ができたわけだ。
誰かに見られたら恥ずかしいと思って、コソコソ中二病を発症する僕とは次元が違う。
これが……本物の中二病か。
結局、シロップさんに1発も攻撃を当てることができず、完封勝利でニンジンパワーを見せつける結果となった。
今はここにいる全ての獣人がカツ丼教に入会して、謎の拍手が起こっている。
ここまで大きな展開になっていくと、獣人国だけで留まるのかなー。
フリージアに帰ったら、リーンベルさんが即効で入会しそうだから、フェンネル王国では勧誘しないでほしい。
拍手が鳴りやむと、スズによってカツ丼の舞が伝授されていく。
みんな熱心に踊っているけど、初歩的なロボットダンスだ。
誰も疑問に思わないことが謎だけど、カツ丼様への信仰心がここまで強いと安心できる。
それにしても、大勢の獣人が一斉にロボットダンスをやると圧巻だな。
軍隊のように1人も乱れずに踊りが揃う辺りは、さすがの身体能力だ。
逆に1人だけやってないと浮いてしまって、恥ずかしい気持ちになってくるよ。
……やってみると、意外に楽しい。
カツ丼教に入会した以上は、カツ丼を食べさせる必要が出てくるんだろうなー。
いったい誰が100人分のカツ丼を作るんだろうか。
みんな1杯だけでやめてくれないと思うし。
でも、洞窟内で過ごし続けているなら、獣人達はまともに食事を取れていないはず。
保存食ばかり食べてると思うから、早めに食べさせてあげたい気持ちはある。
取り合いにならないように、気を付ける必要があるけど。
フェンネル王国では兵士達が大騒ぎになっていたし、ホットドッグ祭りが大変だって聞いてたからね。
獣人にカツ丼を差し出したら、そんなレベルじゃ済まないと思うんだ。
フリージアで食料を買い込んできたから、材料が足りなくなることはないだろう。
オーク集落を討伐した時のオーク肉も大量に残ってるから、肉も確保できている。
クロちゃんがカツ丼屋さんになりたがってたし、手伝ってくれる人を増やすべきだな。
「あっ、カツ丼様からお告げが来ました。スズ、タマ、クロ、メイプルの4名はカツ丼を作るための使者となれ、そう言っています。早速別室へ参りましょう」
「「「「 ははっ! 」」」」
カツ丼屋を開きたいと言ってたクロちゃんは、選ばれたことに涙を流して喜んでいる。
一緒に喜ぶタマちゃんももらい泣きだ。
そこまで喜ばれても困るし、適当に言ってるだけだから心が痛むよ。
「え~、私は選ばれなかったの~?」
「シロップさんは選ばれませんでした。きっと他にやるべきことがあるんだと思います。カツ丼様は全てを見通して、判断していますからね」
シロップさんを選ばなかったのは、以前料理をしてたらオークの赤ちゃんが生まれたことがある、って話をしてたからだ。
不死鳥との親睦会で話してたことを、僕は覚えているからね。
さらなる未知の生物を誕生させられても困るし、そんな監修はしたくない。
危険すぎると思ってメンバーから除外したんだけど、めちゃくちゃ落ち込んでるじゃん。
なんでパーティメンバーが『カツ丼に神が宿ってる』と、本当に思ってるんだろうか。
絶望に満ちた表情で膝から崩れ落ちないでよ。
早くも引き返せないところまで来てしまったようだ。
「あぁー、あれですね。シロップさんとアルフレッド王子は、獣王様の奪還に向けて偵察に行け、そうカツ丼様が言っています。他の獣人達は疲労を溜めないように休めと」
ひそかに落ち込んでいた王子がガッツポーズをして、シロップさんと共に忍者みたいにサッと消えた。
広場にいた獣人達は、みんな一斉に雑魚寝を始める。
信者って怖いなーって思いながら、カツ丼を作るために別の場所へ移った。
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