第113話:つまみ食いは裏切りに値する
- 翌日 -
「タマ、下味を付け忘れてるニャ」
「しまったにゃ、スジを切ることに集中しすぎたにゃ」
クロちゃんのカツ丼に対する情熱は本物だった。
料理を1度もしたことがないのに、今や完璧にカツ丼を作り上げてしまうほど成長を遂げている。
双子のタマちゃんも同じように器用だけど、工程を飛ばしてしまう癖がある。
まだ料理に慣れてないから、仕方がない。
ゆっくり落ち着いて作れば、1人でも作れると思うけどね。
双子のにゃんにゃんが仲良く作る姿はめちゃくちゃ萌える。
ショートパンツにエプロンを付けてるから、前から見ると履いてないって勘違いしちゃうよ。
後ろ姿もいいものではございますが。
「揚げる分だワン」
「温度は最適」
メイプルちゃんはずっと小麦粉からパン粉まで付ける作業を担当している。
オーク肉をパン粉で隠すのが楽しいみたいで、たまに遊んでるけど。
スズは火魔法が得意なこともあって、トンカツを揚げさせてみたら、最初から上手に揚げていた。
料理ができないって言ってたけど、揚げるだけなら大丈夫らしい。
本人もできると思っていなかったらしく、初めて揚げた時は感動して大粒の涙をこぼしていたよ。
その結果、180度の油の中に涙が入ってしまい、バチバチ油が飛んで大変な騒ぎになった。
火傷で危ないって意味じゃなくて、「カツ丼様がご乱心なされた、生贄を捧げよ」と言い出したからね。
獣人達のホームタウンで、敵に回すような発言は控えてもらいたい。
冒険者として助けに来たのに、やってることは完全にクッキング教室である。
これを食べたらパワーアップするんだから、不思議な気持ちになる。
でも予想外というか、当然の問題に気付いてしまったんだ。
草食動物の獣人がいるから、野菜好きの人がいるってことに。
今まで肉が大好きな人しかいなかったけど、当然のように野菜好きもいる。
シロップさんがウサギの獣人なのに肉をバクバク食べるから、関係ないと思ってたんだ。
もしかしたらと思って、アルフレッド王子に確認すると「ケンタウロス達は野菜がメインだぞ」と言われてしまった。
カツ丼教なのに野菜がいいと言われる、危機的状況である。
しかし、創設して即効で潰すわけにもいかない。
どうしたものかと気分展開にシロップさんとウロウロしていたら、都合よく大量の鉄板が置かれていた。
本当にカツ丼という神が存在して僕を導いているのかもしれないと思っていると、「下に敷くとヒンヤリするやつだ~」と、アホみたいな使い方をしているアイテムを手に入れることができた。
これを獣人達にピカピカになるまで洗ってもらえば、カツ丼教が成功の道を進むことは間違いないだろう。
シロップさんにお願いして、獣人達と一緒に洗ってもらうことにした。
その間にアルフレッド王子の元へ行く。
「アルフレッド王子、作戦会議をしましょう」
「どうした、ついにカツ丼をオープンにするのか?」
アルフレッド王子にはカツ丼を食べてもらったけど、他の獣人には内緒にしている。
まだ全員分渡すほど、カツ丼に余裕はないからね。
「いえ、黒ローブと第2王子、災害級の魔物についての対処です」
「カツ丼様の力を全員でお借りすれば、災害級の魔物でも対処できるだろう。本当に覚醒の領域まで達することができるなんて、俺は一生をかけてカツ丼様を崇めるよ」
ちゃっかりアルフレッド王子は、カツ丼で覚醒するという奇跡を成し遂げた。
その影響でカツ丼教の信者になってしまったようだ。
「そういえば、シロップさんと戦った時に変なこと言ってませんでしたか? 俺の知ってる覚醒じゃないって」
「あぁ、父上から聞いた話では、ここまで激的に強くなるはずがないんだ。獣人が持っている潜在能力を開花させ、肌で敵の気配を感じて戦闘力を高める。聴覚で気配や正確な位置を割り出し、嗅覚で敵の感情や思考を読み取り、視覚で敵の動きを見切る」
ステータス上昇というより、獣の力を覚醒させるわけか。
動体視力が上がって攻撃の軌道が読めれば、カウンターだって容易に合わせることができる。
どれだけ逃げてもニオイと音で見つかるから、1度敵に回せば逃げることは不可能。
気軽にニンジンを食べさせてたけど、シロップさんってめちゃくちゃ強くなってたんだな。
通りでキマイラの攻撃を全部避けてたわけだよ。
「ステータスは上昇しないんですか?」
「ステータス上昇はおまけ程度で、僅かな上昇と聞いている。それでも、覚醒した獣人は手が付けられなくなり、圧倒的な強さを誇っていたんだ。だが、カツ丼様のパワーをお借りすれば、さらにステータスが3倍に跳ね上がる。カツ丼様の偉大さが身に染みるよな」
獣人って人を疑うことを知らないのかな。
ピュアな人を騙してるみたいで、心が苦しくなるよ。
「そ、そうですか。よ、良かったですね。全員が覚醒するかはわかりませんが、油断はしないでくださいね。言い忘れてましたが、キマイラは僕達が討伐しています。シロップさんが覚醒してもダメージは与えれませんでしたが」
「な、なんだと?! キマイラがいなくなったのはお前達のおかげだったのか。その話をもう少し詳しく聞かせてくれ」
「キマイラは物理耐性が強すぎて、物理攻撃が通らなかったんです。なんとか隙を作って、スズの魔法攻撃で討伐しましたけど。アイテムボックスの中に入ってますから、取り出しますね」
キマイラを取り出してみせると、目を大きくして驚いていた。
意外にビビリなのか、アルフレッド王子はキマイラをチョンチョンと、突くように触っている。
街を襲った災害級の魔物だから、怖いという感情が残っているのかもしれない。
「た、確かにキマイラだな。機動力のあるこいつが倒れてくれるのはありがたい。ならば、現在は怪物が3体ということか。カツ丼を食べ次第、4パーティに分かれて討伐に向かおう」
キマイラをアイテムボックスに戻す。
「いえ、もう少し細かく分かれましょう。魔物討伐が3パーティ必要なのは当然です。そこに王女様を含めた住人を避難させるパーティを1つ。獣王を救出するパーティを1つ。黒ローブを足止めするパーティを1つ。合計6パーティに分けましょう」
「なるほどな、だが父上はすべてが終わってからで構わない。戦力を分散せずに攻め抜いた方がいいだろう。バレないように食事をさせているが、満足する量を渡せていないからな。父上を助けても戦力にならない」
「その辺は大丈夫です。カツ丼様の大いなる癒しで、すぐ回復しますから。獣王は強い戦士と聞いていますし、先に助けて戦場へ解き放ちましょう」
「カツ丼様はそんなことまで可能なのか?! まさに未来を切り開く全知全能の神だな。父上が何と言おうと、獣人国の国教にすることを約束しよう」
雑炊食べさせるだけなので、気にしないでください。
こうやって考えると、ユニークスキルのチートっぷりがすごいな。
1時間とはいえ、100人の味方をSランク冒険者に変えてしまうんだもん。
最強のモフモフ軍団が誕生し、災害級の魔物を駆逐するに違いない。
傷も回復するし、状態異常も回復する。
食べる前より遥かに強くなって、戦線にだって復帰できる。
スズが必死で止めようとするはずだよ。
「編成はお任せしますから、明日までに決めておいてください。ほとんど準備も終わっているので、動き出せると思いますから。あと、タマちゃん、クロちゃん、スズと僕の4人は別部隊として行動します。料理を作らないといけませんので、臨機応変に対応します」
「わかった、お前達の判断に任せよう。確実に覚醒することがわかっている俺とシロップで、黒ローブは対処するか。逃がして災害級の魔物が再び召喚されれば、終わりが見えないからな」
「そうですね。先に災害級の魔物を大勢で仕留めて、次々に援護へ向かうようにしましょう。少なくとも、1時間以内に災害級の魔物は駆逐する必要がありますし」
入念にアルフレッド王子と作戦会議を行い、黒ローブ討伐へ向けて話し合った。
その後、広場に戻るとピカピカの鉄板が大量に並んでいた。
シロップさんのニオイチェックは厳しく、まだ洗い直しをさせられてる人もいる。
鉄板の上で料理するんだから、厳しいくらいでちょうどいいよ。
僕に気付いたシロップさんは、サッと近くにやって来た。
「これで何作るの~?」
「今までと少し系統が違う料理になりますね。だから、実物見ないとわからないと思います」
「えぇ~、教えてくれてもいいのに~」
教えたら作る羽目になりそうなんだもん。
こんなところで作ったら、大変な騒ぎになっちゃうよ。
「僕は準備があるんで、引き続き鉄板チェックをお願いしますね」
シロップさんから逃げるように離れて、スズ達が料理をしている部屋へ向かった。
部屋の前にやって来ると、不審な会話が聞こえてきたので、コッソリと中を確認する。
「やっぱりカツ丼はおいしいにゃ」
「何度食べても感動するニャ」
「おかわりだワン」
「2杯目はダメ、タツヤはつまみ食いに厳しい。1杯ならバレないけど、2杯目は絶対バレる」
おい、もうバレてるぞ。
随分おいしそうに食べてるじゃないか。
他の獣人達はフリージアから持ってきたパンで我慢してるっていうのに。
「でも、ご飯が中途半端に残った方が不自然にゃ」
「その通りだニャ」
「これは食べるべきだワン」
熱心に作ってたはずのクロちゃんまでが、カツ丼に溺れている。
普段からつまみ食いを狙っているスズに影響されてしまったのか。
そんなところは先輩風を吹かさないでくれよ。
「一理ある。もう1杯ずつ食べてから、急いでご飯とトンカツを作って誤魔化そう」
無駄な結束力が生まれてるし、目撃してなかったら普通に誤魔化されていただろう。
見ちゃったから、完全にアウトですけどね。
「カツ丼様のお告げがありました。カツ丼のつまみ食いは裏切りに値する、今ならまだ許すと」
僕の声に気付いたスズ達は、一気に顔が真っ青になっていった。
持っていた茶碗を置いて、綺麗なスライディング土下座を決めてめちゃくちゃ謝ってくる。
「ごめんなさい」
ストレートに謝ってくるのはスズだ。
地面に頭をこすり続けて、頭を上げようとしない。
「ごめんにゃ~」
「ごめんニャ~」
豪快にガンガンと頭を地面にぶつけ、何度も頭を下げるのはタマちゃんとクロちゃんだ。
シーソーのように片方が頭を下げれば、片方が頭を上げてくる。
順番に謝り続ける姿は、いつ声をかけていいのかわからない。
唯一、メイプルちゃんだけは「くぅ~ん」と、犬っぽく泣いて上目遣いで見てくる。
可愛すぎてツライ。
もう1度言おう、可愛すぎてツライ。
思わずメイプルちゃんだけ、30分ほどお叱りプレイを楽しんでしまったよ。
まさかドMの僕が叱る側にまわる日が来るなんてね。
獣人国って怖いところだよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます