第199話:JK
- こちょこちょ地獄を見届けること、20分 -
どうやってセリーヌさんのこちょこちょ遊びをやめさせようか、天を見上げて考えていると、大きな白い鳥が近付いて来るのが見えた。
ん? よく見ると……、あれは鳥じゃなくて、ドラゴンなのかな?
純白に身を包んだ綺麗な羽をしていて、古代竜のようなゴツイ鱗が存在しない。
鳥のような雰囲気を持っているけど、シルエットはドラゴンに近い。
きっと古代竜と同じ、珍しいタイプのドラゴンだろう。
エステルさんの笑い声がBGMのように鳴り響く中、純白のドラゴンが舞い降りた。
神秘的なドラゴンにみんなの視線が集まり、セリーヌさんも目を奪われて固まってしまう。
唯一動いているのは、こちょこちょから解放されたエステルさんだけ。
過呼吸のように荒い呼吸をして、笑い苦しんでいた。
「おじいちゃん、いったいいつまでエルフの里にいるのよ! マジあり得ないですけどー!」
ドラゴンにしては、話し方がJKよりだな。
古代竜のフランクな感じは、純白JKドラゴンの影響が大きそうだ。
「だ、だって、がれきの撤去をしろって言われてるしー」
「はぁー? だって、じゃなくない? 魔法の使い方を教えてくれる約束、もう1週間以上も過ぎてるんですけどー。ひ孫と瓦礫、どっちが大事なのー?」
「ご、ごめんてー。ナナちゃんのとこに早く帰ろうと思ってたよ、おじいちゃんは」
長い
だが、ナナちゃんと呼ばれたJKドラゴンが怒りを治める様子はない。
体格では圧倒的に古代竜が大きいのに、立場は完全に下だ。
古代竜は一族の大黒柱的なドラゴンだと思っていたけど、自分の孫には弱いらしい。
少しでもよく思われたくて、魔法の練習を付き合おうと思っていたに違いない。
孫に好かれたいからと、会う度にお菓子で餌付けするみたいなもんだと思う。
異世界人を餌付けし続ける僕がいうのも変な話だけどね。
今朝、カレーを食べるために狩りをしていたことは内緒にしておいてあげよう。
なんとなくJKドラゴンを怒らせてはいけないと、ここにいる誰もが思っただろう。
気の強い女の子が怒っている時に、口を挟む勇気は持てないから。
それがドラゴンだったら、なおさらのこと。
こっそりとスズに近寄り、JKドラゴンの情報を収集する。
「鱗が見当たらないんだけど、この世界では一般的な種類に含まれるの?」
「ううん、私も初めて見る。街を襲う一般的なワイバーンやドラゴンとは、派閥が違うのかもしれない。普通の魔物は話すことができないから」
エルフと古代竜は同盟国のような形、とリリアさんが言っていたから、精霊の魔力を帯びた竜族が何匹もいるんだろう。
言葉を話せるくらい知的な種族で、エルフと共に表には出てこない特殊な一族。
「すごい流暢に古代竜を罵ってるもんね」
「手の動かし方も器用。ドラゴンは怒ると怖いから、関わらない方がいい」
スズの方が怒ると怖いけどね。
バジル村でワイバーンにキレて、ローキック攻めしたことを僕はしっかり覚えているよ。
そんなことを思っていても、目の前のJKドラゴンも怖い。
両手を激しく動かして感情を表現し、怒っているアピールをしている。
しかも、息つく暇もないほどの早口で話し続け、どんどんヒートアップしていく。
「だいたい私の門限は陽が落ちる前なのに、おじいちゃんは遊びっぱなしとかズルくない? 誰よりも年寄りなんだから、迷子になる前に外出禁止にすべきね」
「ま、まだおじいちゃんはボケてないし……」
「はいー? どの口がそんなことを言えるんですかー? 私との約束を1週間以上もすっぽかしておいて、ボケてなかったらなんなのよ! はぁー、マジあり得ないんですけどー」
とてもドラゴンがする会話とは思えない。
目を閉じて聞いていれば、反抗期のJKと気の弱いおじいちゃんの会話みたいだ。
そんな平凡なドラゴンの会話が進んでいく中、一人だけ勇気を持って仲裁しようとする者が現れた。
笑い地獄から解放されたばかりのエステルさんだ。
以前、スノーウルフを誰よりも怖がっていた彼女が、へっぴり腰になりながらドラゴンに近付いていく。
不審な気配にJKドラゴンは気付いたのか、古代竜から目を離して、エステルさんを見下ろした。
ビシッと背筋を伸ばしたエステルさんの冷や汗は、干乾びてしまうような勢いで肌から噴き出ている。
「き、昨日は私が古代竜に無理やり話をしてもらってだな、時間をもらってしまったんだ。か、代わりに瓦礫の片付けをすることで、手を打っていただけないだろうか」
怒るJKドラゴンの視線は厳しい。
エステルさんに頭を近付けると、品定めをするようにジロジロと見始める。
極限の緊張感でさらに冷や汗が溢れ出しているため、脱水状態になっていないか心配だ。
「あんた、なにうちのおじいちゃんをナンパしてんのよ。イモ臭い顔して良い度胸ね。ふんっ、まぁいいわ。瓦礫の片付けはあんたに任せるから、ちゃんと綺麗にしておくのよ」
「は、はい、す、すいません……」
奇跡的にエステルさんの仲裁が成功して、JKドラゴンは空へと舞い上がった。
僕は急いでコップに水を入れ、脱水状態であろうエステルさんに差し出す。
念のため、フォローしておこう。
ゴクゴクと猛スピードで水分補給をするエステルさんは、帝国の第4王女であるため、決してイモ臭い顔はしていない。
出会った頃はもっと気が強い暴れ馬たったけど、今は大人しい飼い馬のようになっているだけだ。
古代竜がエステルさんに「マジ感謝」とJKっぽくお礼を言うと、すぐにJKドラゴンと一緒にエルフの里を離れていった。
羽ばたいていくドラゴンたちを見送ると、嵐が去ったようにホッとする空気が流れ始める。
一人を除いては。
「エンちゃん……、いつの間に結婚してたんじゃ……」
どうやらセリーヌさんは、古代竜に恋をしていたらしい。
口を開けたままボーッとしてしまい、いなくなった古代竜を見送り続けている。
とはいっても、リリアさんが直接の先祖に当たるなら、セリーヌさんも結婚しているはずだ。
フェンネル王国が繁栄していることも考えると、複数人の旦那がいるとも考えられる。
もはや、ハイエルフという種族は浮気をする一族といってもいいだろう。
様々な異性と恋をしてしまう、恋が多い種族なんだ。
だから、僕ももっと浮気しよう。
いや、でも、最近はチェックが厳しいからな。
まずは恋人らしいイベントをクリアして、女性に慣れることから始めないと。
そんなことを考えながら、みんなで古代竜が壊した後始末をしていく。
言い出しっぺのエステルさんを中心に、せっせと瓦礫の撤去作業をして綺麗にするんだ。
当然、腕力が低すぎる僕にやれることはないし、王女のフィオナさんが手伝うわけにもいかない。
ましてや、徹夜でカレーを作り続けた僕は休むべきだろう。
ちょうどフィオナさんの手が空いているから、寝かし付けてもらうべきだな。
ひ、膝枕で!!!!!!!
キングオブヘタレの僕がそんなことを言えるわけもなく、草の上にウルフの皮を敷いて横になる。
撤去作業の音が気になるけど、寝れないほど大きな音ではない。
そのまま目を閉じて眠ろうとしていると、フィオナさんが近付いてきた。
「枕がないのでしたら、膝をお貸ししましょうか?」
膝を貸すというパワーワードが脳内に響き渡る。
王女様に膝枕をしていただけるという快楽が脳を蝕み、強烈な睡魔に変換されてしまう。
「あ……え……あー……」
フィオナさんに膝枕をされて眠りたい、と思いつつも、睡魔には勝てそうになかった。
近付いて来るフィオナさんが腰を下ろし、僕の頭を触れた瞬間に意識が遠くなっていく。
もうちょっと起きてたら、膝枕の記憶を脳内保存できるのに……と思いながら、重いまぶたが塞がれていった。
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