第200話:これだから知的キャラは困るよ

 異世界転移したら言ってみたい台詞、というものが存在すると思う。

 不動の人気を得ている言葉は、『知らない天井だ』になるだろう。

 しかし、今の僕はこう言いたい。


 知っているおっぱいだ、と。


 頭の下にある温かいクッションは、フィオナさんの太ももで間違いない。

 婚約者の太ももくらい、見なくてもわかるのが普通だと思う。


 フィオナさんに膝枕をしてもらうのは、初めてだけどね。


 王女の膝枕で寝かされていると思うと、胸にグッと来るものがある。

 僕は人生で初めて、ハゲになりたいという感情を抱いているよ。

 もし髪の毛がなければ、太ももの感触がダイレクトに伝わってくるはずだからね。


 髪の毛越しでも、大変温かくて素敵な物ではございますが。


 目の前のおっぱいが小刻みに揺れているから、今は馬車の中だろう。

 ダークエルフの陰謀を阻止するため、瓦礫の撤去が終わった後に、すぐエルフの里を出立したんだと思う。


 また大量のカレーを作るのも嫌だったし、最高の旅がスタートしていて助かるよ。

 嫉妬深いフィオナさんが一緒にいる以上、エルフの里で恋愛イベントは起こらないだろうし。

 フィオナさんに気付かれない今は、ありがたく膝枕とおっぱい鑑賞を楽しもう。


 起きたとしても、膝の上で背中おっぱいを楽しめると思いますが。


 目が覚めていることがバレないように、黒目をキョロキョロ動かして周りを確認する。

 どうやらシロップさんは馬車の外にいるみたいだ。

 エステルさんの襲撃はないと判断して、護衛にまわってくれたに違いない。


 馬車の旅は最高だなと思っていると、不意に大きな衝撃がやってきた。

 目の前のおっぱいがバルンッと揺れてしまい、思わず「ふおっ!?」と変な声が出てしまう。

 起きたことが気付かれたため、名残惜しい膝枕から起床する。


「悪い夢でも見てしまいましたか?」


「いいえ、とても良い夢でした」


 おっぱいには、いつでも男の夢が詰まっていますからね。


 当たり前のようにフィオナさんが膝の上に誘導してくれるため、僕は身を委ねてボーッとする。

 人形のように軽々しく持ち上げられ、膝の上に座らせてもらった。


 愛情表現が強いフィオナさんと一緒の旅は、なんて最高なんだろうか。

 夜は抱き枕になって眠りたい。


 幸せな感情で埋め尽くされる中、耳元でフィオナさんが話しかけてくる。

 辛うじて何の話かわかるけど、幸せすぎてよくわからない。


 今後のダークエルフと帝国に対することについて、だとは思うんだけど……。


 僕の意識はいま、背中おっぱいが6割、太ももの感触が3割、残りの1割でダークエルフのことを考えている。

 変態の僕にしては頑張っている方だと思うよ。

 バルンッと揺れたおっぱいが背中に当たっていると思うだけで、いつもより刺激的に感じてしまうから。


 でも、フィオナさんが僕のお腹を弄び始めるとダメだ。


 僕達の赤ちゃんが元気か確かめるようにお腹を撫でられると、全ての意識が持っていかれてしまう。

 子作りはまだしていないからできるわけがないし、できるとしたらフィオナさんのお腹なんだけどね。





 そんなこんなでフィオナさんに癒されながら、馬車で進むこと4日。

 無事にフリージアへ戻ってきた。


 一刻を争うかもしれない非常事態ということもあり、僕とフィオナさんだけギルドへ行って、冒険者ギルド本部に連絡を取り、支援要請をすることになった。

 他のみんなはいつでも動き出せるように、出発の準備をしてもらう。


 本来であれば、こんな重要な案件に醤油戦士が出る幕ではない。


 でも、砂漠にある冒険者ギルド本部には行ったばかりで、統括のイリスさんとも面識がある。

 変態なことはバレているけど、冒険者としての評価は無駄に高く、なぜか知的キャラで通っている。

 フェンネル王国の王女であるフィオナさんだけで支援を要請するより、仲介役として間に入った方がいい、ということになったんだ。


 砂漠の危機である巨大ワーム討伐に貢献したばかりだし、僕の話をイリスさんも断りきれないはず。

 世界的な問題だから、ちゃんと話せば断られるようなことはないと思うけど。


 駆け足でギルドの中へ入っていくと、すぐにフィオナさんと一緒にリーンベルさんの元へ向かった。


「リーンベルさん、魔石通信を貸してもらうことはできますか? ギルド本部に直接連絡したいことができたんです」


 2週間も離れてないのに、いきなりやって来た僕にリーンベルさんは挙動不審。

 目をキョロキョロと動かし、周りを気にしている。


「え、えーっと……」


 もう、リーンベルさんが可愛いのは知ってますよ。

 会えない時間が寂しくて、いきなり出会えたことによる嬉しい気持ちもわかります。

 でも、非常事態なのでちゃんとしてください。


 恥ずかしそうに手招きしてきたリーンベルさんが可愛すぎるので、そっと顔を近付けていく。


「フィオちゃん、変装用のメガネを付け忘れてるよ」


 小声で指摘されたことで、ふとフィオナさんを見てみると、確かにメガネを付けていなかった。

 効果があるかないのかわからないメガネなんか付けてなくても同じ……と思って周りを見てみると、周囲のリアクションが全然違うことに気付く。


 冷静なアカネさんですら背筋をビシッと伸ばしていて、ギルド内にいる冒険者は全員敬礼、依頼をお願いする市民は正座して崇めるような状態だった。


 普通のメガネに見えて、意外に効果あったんだな。

 でも、今はちょうどいいかもしれない。


「リーンベルさん、例の件でけっこう危ないことになっているので、魔石通信を使いたいんです。フィオナさんからのお願いということで、処理してもらえませんか?」


「う、うん、わかったけど……。準備もいるし、ギルマスの許可が必要だから、ちょっと奥の部屋に案内するね」


 リーンベルさんがテキパキして僕達を案内する姿に、「ベル、王女様を前にして緊張しないなんて大物ね」と言うアカネさんのぼやきが聞こえてきた。

 すでに一度、リーンベルさんはフィオナさんに正座させた経験もあるくらい自由に過ごしているけどね。

 そんなことを言ったらアカネが失神しそうだから、ここは内緒にしておこう。


 案内された部屋で待っていると、リーンベルさんがすぐに戻ってきてくれた。

 ササッと魔石通信の準備をしてくれる中、


「タツヤくんだったら、好きに使ってもいいって言ってたよ」

「普通はギルドの信頼を集めるのって、大変なんだけどなー」

「魔石通信なんて、普通の冒険者が使わせてもらえるようなものじゃないし」


 と、久しぶりに会うからなのか、リーンベルさんが無駄に褒めちぎってくる。

 褒められることに慣れていないため、なんとなく「すいません」と謝ってしまうのはなぜだろうか。

 普段心配されたり怒られたりする方が多いから、リーンベルさんに褒められるのは恥ずかしい。


 次回も褒めてもらえるように、なんとなくクッキーをお渡ししておきますね。

 僕を褒めたらクッキーがもらえるというシステムを擦り込んで、今度会った時に褒めてもらおうという作戦ですけど。


 魔石通信の準備が終わると、すぐにリーンベルさんが砂漠の国デザートローズへ連絡を取ってくれた。

 魔石に映し出された受付嬢は相変わらず水着だけど、全然知らない人だった。


「こちら、フリージア支部のリーンベルです。ギルド本部の………誰に連絡取りたかったの?」


 今頃ですか?


「イリスさんですよ」


「ギルド本部のイリスさn………待って、イリス様って統括だよ? 気軽に連絡取っちゃダメな人だからね。なんでそんな人に連絡しちゃうの?」


 リーンベルさんが焦る気持ちもわかる。

 冒険者ギルドという世界的な大企業の本社へ連絡して、社長に代わってほしい、といきなり言っているんだからね。

 ただの受付嬢が絶対にお願いしてはいけないランキング第1位だ。


「どうされましたか? こちらギルド本部です、速やかに用件をお伝えください」


 水着姿なのに、対応は凛としている。

 さすがギルド本部だな。

 是非、フリージア支部でも水着の採用を検討していただきたい。


 自分の立場を考えて、てんやわんやするリーンベルさんは可愛い。

 魔石通信で姿が映っているため、必死になって『私は悪くないし、用もないです』と、小刻みに首と手を横に振ってアピールしている。


「リーンベルさん、大丈夫ですよ。すいませーん! 冒険者のタツヤですけどー、イリスさんに代わってもらえませんかー?」


 大声を出したことでリーンベルさんはパニック状態だ。

 王女の権利で何とか揉み消してもらおうと、なぜかフィオナさんの足にしがみついてしまう。


 冒険者ギルドの本部としては、隣国の王女にしがみつく方が大問題だよ。

 優しく頭を撫でてあげるフィオナさんは、面倒見が良くて素敵だと思うけど。


「冒険者のタツヤ様………あぁ! 巨大ワーム討伐の! すぐにイリスへお繋ぎしますね」


 情報が集まる冒険者ギルド本部だし、現地で活躍したこともある。

 大量の魔物も納品したことで、僕の名前と顔を覚えてくれていたんだろう。

 まぁ、巨大ワーム討伐へイリスさんが直々に指名して連れていったんだし、当然のことだと思うけどね。


 ただ、そんなことを予想もしていなかったリーンベルさんは、真顔になっている。


「フィオちゃん、イリス様って統括だよね?」


「そうですね、ご多忙の方でなかなかお話する機会はありません。とても聡明で可愛いらしい方ですよ」


「なんでタツヤくんが簡単に連絡とれるの?」


「それはもうタツヤさんですからね」


「「……浮気したの?(ですか?)」」


「違いますよ、日頃の冒険者活動の結果です」


 浮気の失敗をした相手というか、ワンナイトラブに誘われて何もできなかったといいますか……。

 結果的に何もなかったので、完全に無罪ですよ。


 そんな話をしているうちに、ギルド本部側の通信がガタガタと物音を立て始めた。

 お淑やかに椅子に座り、「んんっ」と咳払いをするのは、懐かしい第2の妹であるイリスさんだ。


「どうしましたの? ギルドの通信は私用で使うものではありませんわよ」


「申し訳ありません!」


 と、自分の立場が危ういと思ったリーンベルさんは迷いがない。

 すぐに土下座をしてしまう……が、机に魔石が置かれているため、イリスさんには見えていない。


 無駄に話をややこしくしているだけである。


「イリスさん、今のは気にしないでください。いきなり統括に連絡をすることになって、ちょっと受付嬢が混乱しているだけなので」


「わかりましたわ。それで、どうしましたの? わたくしに連絡をする必要があるということは、あまりよろしくないことのような気もしますわ」


 これだから本当の知的キャラは困るよ。

 久しぶりに兄の顔を見たなら、普通はもっと喜ぶべきはずなのに。


「あ、はい、そうなんですけど……。わかると思いますけど、横に座っているのがフェンネル王国の王女、フィオナさんです」


「ご無沙汰しております、イリス様」


 なんとなく土下座をやめるタイミングがわからず、空気になっているリーンベルさんとは違う。

 本物の王女様で、国王よりも礼儀正しい素晴らしい対応をフィオナさんは見せている。


「ちょうど1年ぶりになりますわね。それで、いつから2人は婚約しておりますの?」


「「………」」


 これだから本当の知的キャラは困るよ!

 普通はそんなことを見てもわからないだろう!

 今の話の流れで婚約していると判断するポイントは0だぞ!


「真顔で見られても困りますわ。フィオナ王女の体が僅かにタツヤの方へ傾き、以前より血色がよろしいですの。紹介する時に王女を『さん』付けで呼ぶには随分とナチュラルでしたので、普段から共に過ごして呼んでいるのかと。そこまでわかれば、すでに婚約して同棲していることくらい誰でもわかりますわよ」


 これだから……本当の知的キャラは、困るよ……。

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