第201話:トラブルメーカー

「フェンネル王国と帝国が戦争することになりそうなので、冒険者ギルドで支援してもらえませんか?」

「ダメですわ」


 本物の知的キャラなら全てを話さなくても理解してもらえると思い、結論だけ言ったら断られてしまった。

 フィオナさんに情けない仲介役の姿を見せてしまい、恥ずかしい思いでいっぱいである。


「冒険者ギルドは他国の争いに関与しませんの。それくらい普通に考えてわかるはずではありませんこと?」


 言い返す言葉もありません。

 最初から説明するのでお待ちください。


 だから、蔑むような目で見ないでください。

 言葉責めされたあの日を思いだしますので。


「まず初めに、帝国を陰で操っている者がダークエルフだとわかりました。帝国はすでに戦争の準備を始め、フェンネル王国を滅ぼすためにドワーフと同盟を結んでいます」


 衝撃の事実を伝えたとしても、イリスさんは全く動じない。

 軽く頷くだけで、驚く様子はなかった。


 普通は土下座をしているリーンベルさんのように、声を出せないほど驚いて、顎が外れるくらい大きな口を開けると思うんだ。

 わざわざ振り向いて、リアクションを見せてくれなくてもいいんだけどね。


「どうしてフェンネル王国を狙う必要がありますの? わざわざドワーフまで味方に引き入れるのは、明確な殺意を感じますわ。数ヶ月前のダークエルフによる襲撃も、明らかに過剰戦力と思いましたの」


 適当な理由はいくつか思い浮かぶけど、本物の知的キャラであるイリスさんに嘘は通じない。

 砂漠にいた時はほとんどの嘘がバレてしまい、手の上でずっと転がされていたからね。


 ここで下手なことを言えば、支援要請の話に支障が出るかもしれない。

 話したくはないけど、本当のことを話した方がいいのかな。


 念のためフィオナさんの方を向いて確認すると、まっすぐと僕を見つめて、首を縦に振ってくれた。


「フェンネル王国にエルフがいるという情報が帝国へ流れているからです。現に、フェンネル王国の領土内にエルフの里があります」


 さすがにイリスさんの顔付きも変わった。

 目を細めるようにして、厳しい表情に変わっていく。


「そう、ですの………。エルフを守る国と……エルフを倒そうとする国……。ダークエルフが主導してエルフ狩りを……だとすれば……」


 厳しい表情をしているとはいえ、ある程度予測していたのかもしれない。

 今までの情報を精査するように考え始めた。


 だが、リーンベルさんは違う。

 決してイリスさんに見付からないように身を低くしたまま、声を出さずにジェスチャーを送ってくるんだ。

 『知ってる? エルフって耳が尖ってるんだよ?』と、耳をシュピーンとさせるような仕草を見せてくる。


 そんな彼女に言いたい。

 僕は見た目が人間だけど、ハイエルフでエルフに近い存在ということを思いだしてほしい、と。


「わかりましたわ、冒険者ギルドはフェンネル王国を救援する形で動きます。随分と根が深そうな問題でしょうから、今は深く聞きませんわ。騒動が終わり次第、場を改めて確認いたします」


 イリスさんくらい頭がいいと、もう予想はついているだろう。


 フェンネル王国がダークエルフに狙われていること。

 帝国がエルフを倒そうとしていること。

 エルフ嫌いのドワーフを仲間に入れたことなどを踏まえると、自然と2,000年前の戦いにたどり着くから。


 フェンネル王国の王族とエルフに同じ血が流れているかもしれないと、イリスさんは考えたはずだ。


「ただ、1つだけ気になることがありますの」


「どうされましたか?」


「フェンネル王国であるフィオナ王女はわかりますわ。ですが、あなたは何者ですの? 普通の人間はエルフや各国の王族と交流を持ちませんし、ダークエルフや災害級の魔物を何度も討伐しませんわ。若き優秀な冒険者と言えば響きはいいですが、イレギュラーな存在とも言えますの」


 冒険者ギルドの統括とはいえ、イリスさんはどこまでも知的キャラを出してくるから困るよ。

 それは完全な深読みであり、ただのトラブルメーカー以外に答えはありません。

 運が良すぎて生き残っているだけの、ザコ冒険者ですから。


 もしかしたら、今も王女であるフィオナさんを差し置いてイリスさんと交渉しているから、疑問に思われたのかもしれない。

 冒険者のやることではないし、不自然な存在に見えたんだろう。


 ここでトラブルメーカーと答えたところで、イリスさんは納得しないかもしれない。

 でも、僕自身がエルフの上位種族にあたるハイエルフだと伝えるのはマズイ気がする。


 ユニークスキルと同じくらい広げたくない秘密だから。

 広げてはいけない秘密、とも言えるかもしれない。


「私の旦那様です」


「「へ?」」


 フィオナさんの言葉に、間の抜けた声をイリスさんと一緒に出してしまった。

 こんな大事な場面で、再度婚約者であることを報告する意味はないのに。


「タツヤさんは私の婚約者ですので、未来の旦那様です。仕方ありませんね、私達のなれそめをお話ししましょうか」



 - 1時間後 -



「も、もういいですわ! だ、大体予想も付きましたの!」


 全てを見透かすようなイリスさんでも、フィオナさんの頭の中がお花畑なことは見抜けなかったみたいだ。

 もう彼女の話を聞きたくない、という強い意思が伝わってくる。


 でも、フィオナさんは違う。

 公表していないため、誰も聞いてくれる人がいなかった、のろけ話。

 現実に起こったことを9割以上も盛った妄想話で、1人だけ幸せそうだった。


「そ、そんな! まだ半分も話し終えていません!」


「いえ、けっこうですの! もうお腹いっぱいですわ!」


 きっとイリスさんの頭の中では、どうでもいい情報と処理されたに違いない。

 何より、のろけ話よりもダークエルフのことを優先すべき、と思っただろう。


 のろけ話でハイエルフであることを隠す、フィオナさんのファインプレイである。


 予想外の話が1番長引いてしまったため、フェンネル王国の連絡はイリスさんに任せることにした。

 僕達は一刻も早く王都へ行き、もしもの襲撃に備える必要がある。

 早くドワーフに交渉して、帝国とドワーフを引き離さないといけないし。


 イリスさんとの話がまとまると、当たり前だけど魔石通信を切らなければならない。

 申し訳なさそうに身を潜めていたリーンベルさんがひょこっと顔を出すと、今まで見たことのないような顔でイリスさんが驚いていた。


「あ、あなた! な、な、何してますの! う、受付嬢が聞いていい話ではありませんのよ!!」


 最初に土下座したのに、完全に存在を忘れ去られてしまっていたみたいだ。

 リーンベルさんは隠密スキルでも持っているのかもしれない。


「ヒィィィ! す、すみませんでちた!」


 大事なところで噛んでしまうリーンベルさんは可愛い。

 相手が妹属性を持つイリスさんだからこそ、赤ちゃん言葉が出てしまった可能性もある。


「あっ、イリスさん、大丈夫ですよ。リーンベルさんには色々と話してますので」


「そういう問題では……そ、そうですの。……あなた! ……い、いいですわ。巨大ワーム討伐の借りは、これでチャラですわよ」


 察しが早いイリスさんは、こう思っただろう。


 フェンネル王国の王女に手を出しておきながら、ギルドの受付嬢にまで手を出しましたの?

 それなのに、わたくしと一夜を共にしようとした、罵倒されたがりのド変態。

 ワームの報酬を偽った件もありますし、私との報酬の件とマールと浮気している件は内緒にしておいて差し上げますわ、と。


 口にしない方がいいと判断して、言葉にしなかったイリスさんは優しい。

 冒険者としての評価は上がっているけど、男としての評価は下がり続けている気がするけど。


 混乱するリーンベルさんにコロッケパンとハンバーガーを手渡し、お留守番をお願いする。

 偶然にも状況を聞いてくれていため、パンを受け取って納得してくれた。


 魔石通信の片付けをリーンベルさんに任せて、僕達はギルドを飛び出していく。

 無駄に長時間話し合っていたけど、馬車に着いても誰も文句は言わなかった。

 大事な話だから長時間かかるのは普通だろうと思ってくれたんだろう。


 6割以上がのろけ話だと言えないと思いつつ、フィオナさんと一緒に馬車へ乗り込む。

 車内では、また甘いひとときになると思いながら。

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