第202話:できる男、料理長
- 1週間後 -
フェンネル王国の王都へたどり着くと、物々しい雰囲気に包まれていた。
ワイワイと賑やかな雰囲気はあるものの、門に兵が集められている。
門を通るところで荷物や身元を確認しているらしく、多くの人が列を作って並んでいた。
魔物が寄ってこないように、騎士団も冒険者も安全のために巡回している。
以前はこんなことなかったんだけどな。
長蛇の列を無視して門へ近付いていくと、フェンネル王国を救った英雄である僕達はあっさりと通してもらえる。
王女も乗っているから、止められる方がおかしいかな。
ややこしくなりそうなエステルさんだけは、馬車の中で身を潜めてもらったけど。
そもそも、エステルさんは他国の第4王女だから、恐ろしいほど失礼な対応だろう。
本人も気にするような人じゃないし、帝国を裏切るエステルさんは王女と扱えないのかもしれない。
無事に城へたどり着くと、2グループに別れて行動する。
不死鳥、エステルさん、スズとシロップさんは、護衛の疲れもあるために休憩する。
万が一に備えて、疲労をためるわけにはいかない。
料理効果もあるから、そこまで疲労は溜まっていないだろうけど、念のためってやつだね。
僕とフィオナさんは話し合いをするため、国王の元へ向かう。
国王は僕がハイエルフであることを知っているし、ダークエルフのことをよく知る僕がいた方がいいと思ったから。
最近は知的キャラの影響で、深刻な会議に出ることが多くなっている。
シロップさんの膝の上でクンカクンカをされ、会議をサボっていた日々が懐かしい。
国王の部屋の扉を開けると、冒険者ギルドのギルドマスターである、精霊使いのアンリーヌさんがいた。
深刻な表情で迎えてくれるし、街の雰囲気を見ればわかる。
予想以上に帝国の行動が早く、戦争の入り口に立たされているような状況なんだろう。
誘われるように席へ着くと同時に、アンリーヌさんの目線が僕の鼻に向けられた。
どうやらアンリーヌさんの精霊達は、また鼻の中に出入りして遊んでいるようだ。
無駄にフンッ! と鼻息を荒くすると、アンリーヌさんがビクッと反応するから面白い。
「ちょうど話しておったんだが、1週間前に冒険者ギルドから連絡があってな。最近では1日に1回、情報共有を兼ねてギルドマスターと話し合いをしておる。早くても来月には、帝国と武力による衝突が起こる予想だ」
武力による衝突……、戦争か。
ゲームやアニメの中でしか見たことないけど、まさか実際に経験することになるなんて。
魔物と人との争いならまだしも、人と人との戦争はツライな。
裏でダークエルフが手を引いているといっても、帝国兵はエステルさんのように間違ったことを教え込まれた人間達。
善意の心で動いている人も多いはずだ。
「数日前から帝国が軍隊を率いて来たため、今は第2騎士団が国境でにらみ合っておる。裏にダークエルフがいることを考えれば、街を守り抜くことは不可能。激しい戦場になると思い、すでに住民は王都へ避難させた」
帝国軍は戦争の準備を何か月も前からしているからね。
街を捨てることにはなるけど、防衛しやすい王都で戦う決断をしたんだろう。
国王が現状を説明してくれると、アンリーヌさんが僕達の方へ向いた。
「すでに冒険者達も王都の防衛に参加している。志願者も多く、ドワーフだけなら冒険者だけで渡り合えるかもしれない。いつ援軍に来るかわからないドワーフを待つより、帝国兵対策にまわることにはなるが」
冒険者の現状を知らされ、僕は驚いてしまった。
直接冒険者ギルドの統括に協力を要請したとはいえ、そこまで協力してくれるなんて思ってもいなかったから。
「国家間の戦争なのに、そんなにも協力者が現れたんですか? イリスさんにお願いしましたけど、戦争を避けるために避難をする人が多いと思っていましたけど」
ニヤリとアンリーヌさんが笑うと、国王が頭をポリポリとかきはじめた。
「ふっ、お前はフリージアにいたから知らないんだな。最近、王都ではハンバーガーという前代未聞の破滅的なウマさを誇る料理が生まれたばかり。そこへ一昨日、神々の食事であるカツ丼という怪物的な料理が発表された。今やフェンネル王国は神に導かれる国として、冒険者の間で話題に、いや、全人類の話題になっているところだぞ」
どや顔のところすいません。
あなたが料理の自慢した相手が、導いてしまった変態の神ですよ。
調味料を再現して広めたのは、料理人達ですけどね。
日本の家庭料理が予想以上に影響を与えているとはいえ、今の僕達にはありがたいことだな。
加速的に食文化が急発展するフェンネル王国を、冒険者達が見捨てるはずもない、ということか。
今やSランク冒険者に昇格した
お金にゆとりのある高ランク冒険者は、フェンネル王国の防衛に参加してくれることになるだろう。
戦争の準備ができていないフェンネル王国にとっては、これ以上ない戦力の補強になる。
「国境にいる第二騎士団は、冒険者ギルド本部から援軍が合流することを考え、時間を使って後退する予定だ。不本意だが、国境にある街を放棄し、王都に誘い込んで迎撃する。ダークエルフによる召喚魔法を考えると、戦力は固めた方がいいだろう」
国王の言うことは正しいけど、召喚魔法はネックだな。
戦力を集めるのは大事だけど、それだけで守れるようなレベルじゃないから。
それに、2人のダークエルフが同時に攻めてきたら、ユニークスキルの力がないとすぐに壊滅するはず。
もっといえば、冒険者ギルドの援軍が来る前に攻め込まれたら……。
帝国側にまだ2人もダークエルフがいるだけで、圧倒的に不利な状況へ追い込まれた気分になる。
かといって、ユニークスキルを公表して戦うわけにもいかないし、う~ん……。
何かいい案がないか考えていると、部屋がコンコンッとノックされた。
振り返ると、料理長がクッキーを作って持って来てくれた。
そっとテーブルの上に置いてくれたクッキーを見た瞬間、僕は違和感を覚える。
チョコがないだけで、随分と僕の作るクッキーと似ている気がするんだ。
ま、まさか、この男!!
急いでクッキーを口の中へ入れると、完全に再現されていた。
いや、僕のより繊細に作られている感じすらある。
もはや、日本で売っても商品として販売できるレベルかもしれない。
本物の料理人が作る、焼き加減が完璧なクッキー。
確か料理長が僕のクッキーを食べたのは、たったの1度だけだ。
この、料理センスの塊野郎め!
このままのスピードで再現されれば、僕のレパートリーが全て作られてしまうぞ。
僕が作れるのは家庭料理のレベルなんだから、もう少し時間をかけて再現してほしい。
僕が結婚する前に、料理とお菓子ができるポジションを奪わないでくれよ。
フィオナさんと僕を引き離そうとしているのか?
「料理長、頑張りすぎですよ」
「大丈夫です、師匠。昨日は10時間寝ました」
それは寝過ぎだよ。
逆に体が疲れるぞ。
「よくクッキーまで再現できましたね。高級な砂糖を使うので、デザートの普及は難しいと思っていましたが」
「実は最近、砂糖よりも甘い液体を作ることに成功しました。甘味草という草を火魔法で乾燥させ、時空魔法で100年ほど経った物を煮詰めるだけで作れるので、非常に低コストなんです」
おい、待て。貴様、時空魔法という恐ろしい魔法を使えるのか?
どこの異世界でも、料理長が時空魔法を使ってクッキングすることはないだろう。
今まで調味料がなかっただけで、随分とハイスペックな料理長だったんだな。
おかげで、醤油と味噌のスピード製造の謎も解けたぞ。
時空魔法で時間をコントロールして、急速に発酵させて作るとは、異世界っぽいグッドなアイデアをだしやがって。
カッコよくて羨ましいじゃないか!
当然、カツ丼を作るタマちゃんかクロちゃんも時空魔法を使えるはずだな。
彼女達は可愛いから許すけど。
だが、時を操れるなら話は早い。
ここは料理長に一肌脱いでもらうべきだろう。
「料理長、クロちゃんからカツ丼を伝授された時、何か変な話を聞きませんでしたか?」
「変な話は……特になかったと。世界を平和に導く絶対神、カツ丼様が考案された神々の食事としか聞いておりません」
うん、聞いてるね。
それなら大丈夫だよ。
「国王様、騎士団もそうだと思いますけど、冒険者達もフェンネル王国の料理をモチベーションとしています。今から大量に作っておいて、いつでも食べられるように準備しておくのはどうですか? それを料理長が時空魔法で鮮度をキープする形で」
「まだ、いつ戦闘が始まるかわからないんだ。状況を判断して作った方がいいだろう」
おい、国王! 貴様、ユニークスキルのことを知っているだろ! ちょっとは発言の意図を読んでくれ!
勝利をもたらす神々の食事で、みんなをパワーアップさせるんだよ。
城の料理人達が作る料理に僕の料理を混ぜれば、ユニークスキルだと気付かれないだろう。
神々が力を貸して導いてくれるという設定にすればいいんだよ。
冒険者達にも国からの支援という形で食べさせて、圧倒的な強さで押し返すんだ。
もうすでに獣人国でやった二番煎じだけどな!
「いえ、カツ丼様の生誕祭が近いんです。絶対神であるカツ丼様を崇め奉ることで、フェンネル王国に勝利をもたらします。そうですよね、フィオナさん」
またよくわからない嘘を付いてしまった。
アイドルの生誕祭みたいなノリで言ってしまうなんて。
「はい、タツヤさんがいる間に作り置きをすべきです。たくさんの料理人に作られた方が、絶対神のカツ丼様もお喜びになります。
さすがフィオナさん、ナイスフォローだ。
ユニークスキルをカツ丼様で隠す意図まで気付いている。
やっぱり僕達の心は以心伝心、愛し合う2人だからこそ気付いてしまうんですね。
あっ、こんな大事な場面でウィンクはおやめください。
真面目モードが切れて、ただの変態に成り下がってしまいます。
「お、おう! そ、そうだな! 騎士も冒険者も楽しみにしているからな。誰が作ったのかわからなくなるがな!」
鈍感の国王でも気付いたみたいだ。
さすがにアンリーヌさんと料理長が気付くことはないけど。
これがイリスさんだったら、100%ユニークスキルだと見破られたことだろう。
「それより、お父様。私は一度、ドワーフ達の説得を試みます。協力関係とはいかなくても、彼らが戦争から降りてくれれば、随分と楽になるはずですから」
「ドワーフか……協力してくれる可能性は低いぞ。奴らも必要以上にエルフを恨んでおるからな。慎重に行動を取らないと、ワシ等との関係が悪化することもある」
「わかっています。まだ私もはぐれドワーフと話したことしかありませんから」
王女であるフィオナさんがそんな状態なら、国交断絶みたいな状況だな。
ドワーフを説得するのは、思っている以上に難しいかもしれない。
「タツヤさんが料理を作っている間に、私が魔石通信で呼びかけてみます。何とか会談までこぎつけて、少しでも犠牲者を減らさないと」
話がまとまったところで、僕は戦争に備えて料理を作るというシェフのような働きをすることになった。
元から冒険者らしいことはしていないから、全然構わないけど。
ただ、騎士団と冒険者達の料理を作るには、大量生産をする必要がある。
普通に作っていたら、時間がいくらあっても足りないだろう。
こんな時に頼りになるのは、シロップさんだ。
後ろからハグをして持ち上げてもらい、クンカクンカでブーストをかけてくれれば、恐ろしいスピードで料理を作ることができる。
変態の力は、世界を救うのさ。
この日、久しぶりのクンカクンカだったこともあり、僕は1時間でカツ丼を380杯も作るという謎の新記録を打ち立てた。
なお、作り過ぎてお椀が足りなくなったため、お椀の製造も急ピッチで行われることになった。
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