第203話:火猫の反乱
- 3日後 -
フィオナさんが熱心にドワーフへコンタクトを取ってくれたこともあり、明日からドワーフの里へ行って交渉することになった。
国境で帝国とにらみ合いが始まっている今となっては、大きな賭けになる。
話し合いを設けてくれるなら、悪いことにはならないと思うけど。
しかし、このタイミングで、予期せぬ問題が生まれてしまう。
最近はダークエルフの問題が大きくなっていたこともあって、朝から料理を作り、夜は国王やフィオナさんと話し合いが続いている。
すると、必然的にフィオナさんと過ごす時間が長くなる。
それに対して、珍しくスズが拗ねているんだ。
無表情でわかりにくいけど、付き人歴が長い僕にはわかる。
不満を溜め込んで、イライラし始めていると。
このまま放っておいたら、愛想をつかされるかもしれない。
料理とお菓子が作れるだけのただの子供と気付いて、振られる可能性もある。
初めて両想いになったスズの期待を裏切るわけにはいかない。
ダークエルフのことよりも、スズさんを優先するのは当然のこと。
その結果、僕は人生で初めてデートを誘うことにした。
「ちょっと街にお出かけしない?」
と、さりげなくイケメンのように声をかける。
「……行く」
と、表情を崩れすことなく、スズが答えてくれた。
まだ不満が溜まり始めたところだったこともあり、早くもスズさんの機嫌を落ち着かせることに成功。
鼻歌を口ずさみ、スキップで近付いて来る姿は、誰がどう見ても上機嫌だった。
優しく恋人繋ぎをしてくれるから、デートを成功させれば、振られることはなさそうだ。
そんなこんなで、スズとの2回目のデートが始まった。
ルンルン気分で城を飛び出し、街へ歩いていく。
これから戦争が始まるとはいえ、王都の街並みは活気がある。
多くの冒険者と騎士団が協力態勢を取っていることから、不安が解消されているのかもしれない。
王都を救ったことのある、
いつものように歩いているだけで、必要以上に注目を浴びているから。
特に注目を集めているのは、僕とスズが恋人繋ぎをしていることだけどね。
僕達がただのパーティメンバーという認識の人が多かったため、火猫のスキャンダルのようになっているんだ。
可愛くてスタイルの良いスズは、アイドル的な人気もあったに違いない。
同業者の冒険者達が僕達を見て、次々に崩れ落ちていく姿が見えるよ。
あいつには勝てねえ……、と言いながら。
純粋な戦闘では100%勝ててしまう醤油戦士に対して、誰もが敗北感を味わっていく。
それもそのはず、彼らは現実を知っているから。
10歳という若さでCランク冒険者になった、醤油戦士のスピード出世。
ギルドマスターや国王といった、醤油戦士の周りの権力。
そして何より、王都で英雄と呼ばれる民の名声。
もはや、一介の冒険者に太刀打ちできるものではない。
誰よりも早くスズに餌付けをした、僕の大勝利だよ。
勝手に冒険者達にマウントを取って歩いているのには、大きな理由がある。
久しぶりの恋人繋ぎに慣れておらず、他のことを考えないと意識がぶっ飛びそうだったんだ。
ようやく落ち着いてきたから、少し冷静になってきたけどね。
すると、大きな2つの問題にぶち当たっていることにも気付く。
その1、緊張しすぎて会話がない。
一方的に繋いでる手から心臓の爆音を送り付けるという、過剰な愛情表現しかできていない。
デートと意識すると頭が真っ白になってしまう、モテない男あるあるだ。
その2、自分からデートに誘っておいてノープラン。
さりげなくイケメンオーラを出して誘っておいて、ただ歩いているだけ。
もはや、散歩がしたいからついてきてほしいという、老人と介護者のような関係になっている。
どこに何があるのかわからない土地で、リードされる専門の僕がエスコートできるわけもないけど。
いったいどうしたらいいんだろうか。
スズさんの機嫌を取ろうと思っていただけに、失望させるのはマズイ。
初めてのデートの経験を活かして、1つくらい彼氏っぽいことをやらないと。
でも、恋愛経験がなさ過ぎて、彼氏っぽいことがわからない。
男としての価値は0である。
「あっちに行きたい。この世界では、香りを楽しむ珍しい物がある」
「あっ、うん」
さすがイケメンのスズさんだ。
2年間王都に住んで土地を熟知し、誘われた側なのにエスコートをしてくれる。
付き人の僕は、大和撫子のようについていくよ。
だからスズさんは、九州男児のように引っ張っていってくれ。
- 歩くこと、20分 -
王都の中心部から、だいぶ外れた場所にやって来た。
都心のような住宅街というより、少し落ち着いた雰囲気で静かな場所。
でも、なぜか前方に人だかりができている。
「変、ここは普段人通りが少ない場所」
な、何をしようとしていたんですか。
人通りの少ない場所に連れて込んで、野外で激しいことをしようとでも?
できたら、初めては落ち着いた空間でお願いしますよ。
野外が嫌いなわけじゃないですけど、初めてにしてはハードルが高いですから。
そういう見られている空間が好きなら……あっ、引っ張らないで。
いけない妄想で体温が上昇していくと共に、スズと一緒に人混みをかき分けて進んでいく。
子供の体格だと通りやすいし、力の強いスズは強引に突破するからね。
人だかりの先頭までやって来ると、これ以上は立ち入らないように騎士団が警備していた。
騎士団達の隙間から奥の景色が見えた瞬間、僕は目を丸くして驚いてしまう。
今からレモンの木を伐採しようとする、騎士団の姿が目に映ったんだ。
「良い香りがしてたんだけどなー」
「仕方ないわ、王都へ移住してくる人が多いんだもの」
「ケチャップのためにトマト畑とするなら、誰も反対できないさ」
周りの住人達の声を聞いて、僕は心の中で叫んだ。
バカ野郎! ここに反対する勢力がいるぞ! と。
ホットドッグを多く作るためとはいえ、戦争間近のタイミングで騎士団がやるべきことじゃない!
しっかり体を休めて、城でハンバーガーを食べてこい!
国王め、いったい何を考えているんだ。
王都で柑橘系の香りを放つ癒しスポットを破壊しようとするなんて、許せない!
せっかくスズさんが案内してくれたデートスポットを壊そうとするなんて、絶対に許せない!
デートの思い出を作らせようとしない、国王の非道な決断が許せない!
次の場所へエスコートしてもらえないかもしれない不安から、僕の怒りは頂点に達していた。
繋いでいる手をギュッと握りしめ、スズの方を振り向く。
「ケチャップを作るなら仕方ない」
どうしてスズまで説得されているんだ!
僕とのデートをケチャップに邪魔されて、納得しないでくれ!
ここは任せろ、再説得のプロにな!
「スズ、から揚げにレモンを搾るとおいしくなるよ」
その瞬間、目の前にいた騎士団達が次々と倒れていく。
全員がワンパンで意識を奪われ、警備をしていた者は全員が一瞬でやられてしまった。
ホロホロ鳥が大好きなスズにとって、から揚げは1番好きな料理と言えるだろう。
カツ丼も好き、ハンバーガーも好き、クッキーも好き。
でも、ふっくらとした炊き立てのご飯に、肉汁が溢れ出すから揚げとみそ汁で食べるのが1番好きなのである。
レモンの木に手を掛けようとしている騎士団達に、スズは一切声をかけることもなく、問答無用でぶっ飛ばしていく。
騎士団達に弁明の余地はない。
レモンの木を伐り倒そうとしていることが罪なのだから。
そんな光景を、民はどういう感情で見守っているんだろうか。
誰よりも正義感に溢れ、フェンネル王国で知らぬ者はいないと思われるスズが、騎士団に牙をむいているんだ。
小さな村でも『火猫』という二つ名で飛び上がるほど喜び、神様のように崇める存在。
一途にフェンネル王国だけで活動を続け、他国にまで噂が流れ、民からも慕われる可愛い女冒険者。
英雄と呼ばれたビッグネーム、火猫のスズの反乱である。
現場にいた住民達は、目の前に映る光景を理解できていないんだろう。
全員が息を潜めるように、無心でボーッと眺めているだけ。
レモンの木を決して傷付けることなく、騎士団を叩きのめすスズの姿を。
そして、スズの前に1人の男が立ちはだかった。
なぜか現場でレモンの木の伐採の指揮を執っていた、王国最強の騎士団長ファインさんだ。
もっとホットドッグを食べたい男と、から揚げにレモンを搾りたい女が対峙。
王都内にもかかわらず、無駄に緊迫した空気が辺りを包んでいく。
異様な空気に反応したのは、冒険者のカンが働いたであろう4人組、不死鳥とシロップさんだ。
スズの援護をするように、レモンの木の防衛を始めた。
フェンネル王国を守った英雄達が、大反乱を起こす瞬間である。
大事件を勃発させた張本人である僕は、スズとレモンデートを楽しみたかっただけなのに。
僕は思った。
ファインさんに、から揚げをおいしくするレモンの木を残してほしい、と伝えたら解決しそうだと。
でも、2人が対峙している場所までは距離があり、僕の声は届きそうにない。
何より、『ホットドッグ派の騎士団 VS から揚げにレモンをかけたい冒険者』の争いに巻き込まれるのは嫌。
レモンの木を切ろうとする遺憾の行為に、スズは我を忘れているんだろう。
説得する様子が見られず、敵対している雰囲気しか感じられない。
ファインさんも頭の中も似たようなものだと思う。
ホットドッグ一色に染められていて、話し合う雰囲気が0だ。
スズに対して、明らかに戦意をむき出しにしている。
そして、とばっちりが来ないように住人の守りに入った者がいる。
まさかの暴れ馬、エステルさんだ。
他国の民の為に誰よりも大人の行動を取り始めた。
ボーッと眺める民達に流れ弾が当たらないようにするため、「すまない、もう少しだけ下がってくれ」と、律儀に対応。
自分が剣で防げるだけのスペースを作り出すと、僕を見付けて近付いて来る。
「何があったんだ? 民を守るための訓練にしては、随分と空気が重い。火猫も本格的に攻めすぎじゃないか?」
暴れ馬の二つ名を持つエステルさんの正論な言葉で、僕は気付いた。
早くもスズとファインさんの戦いが始まっていることに。
王国最強の騎士であるファインさんを崩すためか、今日のスズは気迫が凄まじい。
「から揚げーーーッ!!」
と叫びながら、スズはファインさんの顔面を殴りつける。
どうやら、から揚げをおいしく食べたいだけのようだ。
味変するはずのない唯一無二の完成された料理と思っていた、から揚げ。
更なる進化を遂げると聞いたスズの思いは強い。
両想いの僕は存在を忘れられていそうで辛い。
一気に決着を付けようとしたスズは、追撃をするために駆け抜けて行く。
「ホットドーーーッグ!!」
スズの攻撃を受け流すようにさばいたファインさんは、カウンターを叩き込むようにスズの腹部を刺突。
装備によって貫通することはないものの、テンションがハイになっていたスズは防御態勢が取れず、まともにくらって吹き飛んでしまう。
当然、背後にはレモンの木があったため、ぶつかりそうなところをシロップさんがフォロー。
無駄に息の合った、ショコラのチームプレイである。
フェンネル王国最強騎士のホットドッグ愛も強く、すぐに追撃を開始する。
民が増えればホットドッグの需要が高まり、お腹いっぱいになるまで食べられないかもしれない。
そんな思いが今の彼を動かしているんだろう。
今ここでレモンの木を伐採してトマト畑にしなければ、いつかケチャップの奪い合いが始まる。
模範となるべきの騎士団長が、欲望のままにホットドッグを食べるわけにもいかない。
だから、ここでトマトの生産量を高める以外に道はないのだと。
激しい戦場になる気がして、僕は保険をかけることにした。
「エステルさん、流れ弾が来たら守ってくださいね」
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